塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

英語とイタリア語を勉強しています。

2009-12-18 01:22:14 | 日記
 僕がインテルのファンである事は度々お話しています。
 その影響もあって僕は数年前から英語とイタリア語を、毎日「5分間ドリル」と題して自主学習しているんです。教材を音読する日もあれば、単語を書き出して辞書を引く時もあります。
 
 この習慣はここ6、7年は続けているでしょうか。おかげさまで英語は準2級の資格が手に入りました。でもどちらも資格をとって給料倍増!!を狙っているわけではないので、5分間ドリルで僕には充分なんです。

 ただ英語やイタリア語が理解できたら、よりサッカーの情報が手に入りやすいかなと思ったんです。イタリア語がわかるとスペインやポルトガル、ルーマニアの方々とも話ができると聞いたことも影響しています。

 僕のスーパーには海外のお客もいらっしゃいますが、いざ話しかけようとしてもなかなか上手くいきません。やはり実体験が絶対的に不足している事を痛感しますね。それに皆さん大変流暢に日本語を話されるので、甘えてしまっている側面もあります。

 僕は海外にサッカー観戦に出かける予定はまったくありませんが、いつか海外に出かけたときドリルの成果が現れることを期待しています。欧州や南米のスタジアムでは自分で自分の身を守る必要があるでしょうし、現地で犯罪や病気に巻き込まれるような災難に遭遇する危険だってあります。

 でも自分の好きなことで視野が広がる事はありがたいことです。
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シンプルなサッカーを目指したらどうか

2009-12-18 01:03:31 | 日記
 今僕の勤めているスーパーは、平日週末関係なくクリスマス商品をお買い求めのお客と、包装を依頼するお客でごったがえしています。僕達一般の従業員では数が足りない為、この時期から年始にかけて臨時の従業員を雇うのですが、お客の勢いに圧倒されてしまい、自分の持ち味を発揮できない方もいます。

 僕も包装や受付で幾度となくミスをして、批判や罵声を浴びた経験があるので、臨時の皆さんには「自分が今できることをしてください。シンプルにできることをそつなくこなしましょう。」と声をかけています。
 習ったことを実践する事は良い事ですが、混雑しているときに練習していることをやろうとすると、無駄に時間を消費してしまうため、今自分にできることを単純にこなした方が良い結果がでるんです。

 サッカーも世界でも同じ事が言えると思います。
 ルイス・ファンハールやラファエル・ベニテスは「戦術家」と呼ばれることがしばしあります。確かに戦術に疎いよりは精通していた方が良いに決まっています。

 でも監督の目指す戦術が複雑すぎて選手が遂行できないなら。監督が先発の顔触れを変えすぎて、選手がコンビネーションの確立に苦労しているなら。
 それは単なる絵空事です。彼らの頭の中ではゴールまでの道のりとゴールを奪う瞬間が、明確に浮んでいるのでしょうね。
 でも頭の中の出来事と現実の出来事は異なります。
 ですからレギュラーだろうがサブだろうが、誰が出場しても自分の役割がすぐに思い浮かべられる、シンプルなサッカーをしたらいいんじゃないのと思うときがあります。

 自分の目指すサッカーが遂行できず、その度に選手をトレードしていたら、クラブは破産してしまいます。シンプルなサッカーはクラブの現有戦力で戦える事が可能と言う、経済面でもメリットがあるはずです。

 アーリークロス一本槍やサイドアタックの徹底など、シンプルと一口にいっても様々な戦術がありますが、選手が戦術を近いできず右往左往しているよりずっと見ていて楽しいと思います。

 戦術は大事です。でも戦術に溺れては勝ち点3は得られません。
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