朝日新聞国際面で連載中の「二人物語 2008米大統領選」を読んでいます。
6月18日の第1回から、毎日連載で5回シリーズで、両候補の人柄や背景を紹介する記事です。今日の記事は4回目です。
オバマ氏については、
第1回はジャカルタからで、オバマ氏は、6歳のときに母親がケニア人の父親と離婚し、インドネシア人と再婚し、ハワイでの生活を始めます。両方の父親がイスラム教徒だったことから、オバマ氏はイスラムとの関係も一つのキーポイントになっているようです。
第2回はホノルルからで、生い立ちからくる複雑なアイデンティティーも、ハワイの異種に寛容な雰囲気のために、解決策はきっと見つかるという前向きの態度を作るきっかけになったとあります。
第3回はシカゴからで、ニューヨークの名門コロンビア大学を卒業し、金融関係の仕事をした後、シカゴ南部のサウスサイドで非営利団体に入ります。全米有数の黒人貧民街で、住民の生活改善にたずさわります。シカゴでの最初に1年間にいくつかの短編小説も書きます。住民を集めての集会で失敗したり、「知的すぎて小難しいと不評」だった演説も、黒人教会の牧師の説教で学び、上達します。
シカゴでの3年間で政治家への道に目覚め、ハーバード法科大学院で学び、再びシカゴで今度は大学で教えた後、州議会議員、連邦上議員、大統領候補となります。
第4回もシカゴからで、オバマ氏の「現実主義」が中道層に受け入れられ、雄弁がしたたかな政治的打算を覆い隠すとされます。オバマ氏が苦労したのは、自分のアメリカンドリームと米国の歴史と関連づけて演出する部分だったという点は興味を持ちました。
マケイン氏については、
第1回はハノイからで、マケイン氏は1967年10月26日にベトナム戦争でハノイ上空で撃墜され、5年5ヶ月刑務所で捕虜となります。
第2回はアナポリスからで、マケイン氏は50年前、メリーランド州アナポリスの海軍士官学校に入りますが、多くの反則をして罰の行進を何回もさせられます。宿舎を抜け出して酒場へ行ったり、禁止されているテレビを持ちこんだりし、卒業時の成績はビリから6番目でした。
祖父も父親も海軍で活躍し、その伝統の誇りと、それにより選択肢が狭まるいらだちが原因であったとされます。
第3回はジャクソンビルからで、ベトナムで撃墜され墜落したさいに、両腕と右足を骨折し、海軍での出世は不可能になります。航空司令官から77年に連邦議会上院の連絡官になり、海軍のロビイストとして同世代の議員と会うことで、政治の世界に興味を持ち始めます。
息子の高校の卒業式に招かれ、ウォーターゲート事件を題材にしたスピーチで満場の拍手を浴びます。80年に妻と別れ、大手ビール会社オーナーの娘と再婚し、81年に海軍を退役し、82年に妻の地元アリゾナから下院議員に立候補し、当選します。
第4回はニューハンプシャーからで、マケイン氏の人気の秘密は、70歳になっても過去に大逆転を起こした土地で拾ったコインをポケットに入れて選挙運動をしたり、気さくで表裏がなく、一本気な性格だと書かれています。率直な語り口(ストレートトーク)が持ち味だそうです。8年前にブッシュ大統領に負けたときのこともジョークにして笑わせます。
インタビューで伝記を書くときも、自分に都合の悪い部分にも文句を言わず、これは「記者に好かれる」タイプだそうです。
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米国大統領選挙は、世界中が注目している話題ですが、これまでこのように人柄を紹介された記事がは、あまり読んだことがありませんでした。
たいへん参考になり、他の方にも話したくなる内容でした。
6月18日の第1回から、毎日連載で5回シリーズで、両候補の人柄や背景を紹介する記事です。今日の記事は4回目です。
オバマ氏については、
第1回はジャカルタからで、オバマ氏は、6歳のときに母親がケニア人の父親と離婚し、インドネシア人と再婚し、ハワイでの生活を始めます。両方の父親がイスラム教徒だったことから、オバマ氏はイスラムとの関係も一つのキーポイントになっているようです。
第2回はホノルルからで、生い立ちからくる複雑なアイデンティティーも、ハワイの異種に寛容な雰囲気のために、解決策はきっと見つかるという前向きの態度を作るきっかけになったとあります。
第3回はシカゴからで、ニューヨークの名門コロンビア大学を卒業し、金融関係の仕事をした後、シカゴ南部のサウスサイドで非営利団体に入ります。全米有数の黒人貧民街で、住民の生活改善にたずさわります。シカゴでの最初に1年間にいくつかの短編小説も書きます。住民を集めての集会で失敗したり、「知的すぎて小難しいと不評」だった演説も、黒人教会の牧師の説教で学び、上達します。
シカゴでの3年間で政治家への道に目覚め、ハーバード法科大学院で学び、再びシカゴで今度は大学で教えた後、州議会議員、連邦上議員、大統領候補となります。
第4回もシカゴからで、オバマ氏の「現実主義」が中道層に受け入れられ、雄弁がしたたかな政治的打算を覆い隠すとされます。オバマ氏が苦労したのは、自分のアメリカンドリームと米国の歴史と関連づけて演出する部分だったという点は興味を持ちました。
マケイン氏については、
第1回はハノイからで、マケイン氏は1967年10月26日にベトナム戦争でハノイ上空で撃墜され、5年5ヶ月刑務所で捕虜となります。
第2回はアナポリスからで、マケイン氏は50年前、メリーランド州アナポリスの海軍士官学校に入りますが、多くの反則をして罰の行進を何回もさせられます。宿舎を抜け出して酒場へ行ったり、禁止されているテレビを持ちこんだりし、卒業時の成績はビリから6番目でした。
祖父も父親も海軍で活躍し、その伝統の誇りと、それにより選択肢が狭まるいらだちが原因であったとされます。
第3回はジャクソンビルからで、ベトナムで撃墜され墜落したさいに、両腕と右足を骨折し、海軍での出世は不可能になります。航空司令官から77年に連邦議会上院の連絡官になり、海軍のロビイストとして同世代の議員と会うことで、政治の世界に興味を持ち始めます。
息子の高校の卒業式に招かれ、ウォーターゲート事件を題材にしたスピーチで満場の拍手を浴びます。80年に妻と別れ、大手ビール会社オーナーの娘と再婚し、81年に海軍を退役し、82年に妻の地元アリゾナから下院議員に立候補し、当選します。
第4回はニューハンプシャーからで、マケイン氏の人気の秘密は、70歳になっても過去に大逆転を起こした土地で拾ったコインをポケットに入れて選挙運動をしたり、気さくで表裏がなく、一本気な性格だと書かれています。率直な語り口(ストレートトーク)が持ち味だそうです。8年前にブッシュ大統領に負けたときのこともジョークにして笑わせます。
インタビューで伝記を書くときも、自分に都合の悪い部分にも文句を言わず、これは「記者に好かれる」タイプだそうです。
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米国大統領選挙は、世界中が注目している話題ですが、これまでこのように人柄を紹介された記事がは、あまり読んだことがありませんでした。
たいへん参考になり、他の方にも話したくなる内容でした。