ホスピス、緩和ケア看護覚書*カナダ編

ホスピス看護をカナダから。2013年大学院を卒業しました。カナダ人の夫とは14年たっても熱愛中。

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ブログ再開しました。

2014年08月31日 | NP仕事
長らく休んでいたブログを引越しして再開しました。

新題は  走るナースプラクティショナー  です。

こちらです。よろしくお願いいたします。



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どこへ行く?

2013年07月30日 | NP大学院
まだ合格通知が届かないので本格的な就職活動は始めていないが毎日求人情報はチェックしている。昨年始まった政府の特別予算で新しいポジションが年間に45ずつ作られるので2年前に比べて就職状況の色はかなり良い。ということは選り好みが可能ということでどこにしようか迷っている。

緩和ケアに情熱を注いできた13年間。今でも緩和の仕事をするとやり甲斐を感じる。ちょうどがんセンターでサバイバーシッププログラムとしてGPのいないがん患者(アンアッタチ市民でがん患者 と呼ぶ)のプライマリーケアをするNPの募集がある。隣の市で通勤も30km圏内。今までの経験と知識をプライマリーケアに生かすことができる。
私の取ったプログラムはファミリーNPで小児、周産期(妊娠)、成人、老人の4分野。学生中、思いの外小児と周産期を楽しんだ。なのでこのまま成人を選ぶと小児と周産期を忘れてしまいそう。
プライマリーをしっかり習得してから好きな分野に動くのが一番良い。がその時に自分のやりたい職がなかったら、、、、と心配になる。

プライマリーをやりたいのならこれまた隣の市でインディアンコミュニティーのNPを募集している。これは何でもありで当に学んだことを最大限活かすことができる。それにここのクリニックで現在働いているNPはよく知っている先輩で仲良くやっていけそう。

もう一つノースショアで緩和専門のNPを募集している。コンサルテーションのNPで在宅死を推進するためにアンアッタチ市民を中心にケアを行う。今まで緩和のコンサルテーションチームでクリニシャンとして働いてきたので、これこそ自分にピッタリと思う。しかし、遠いことと専門すぎることで躊躇している。ノースショアには旦那の両親が住んでいる。同居?も悪くない考え??

この他にもペンバートンやバンクーバー島などでのプライマリーケアNPの仕事にも惹かれる。がノースショアの仕事にしても引越しが関係し絵里佳の転校、旦那の仕事などが関係してくる。独りごとでは済まされないのでかなり検討しなければならない。

面接をできるだけ受けて受かってからどこにするか決めればいいこと、、、今迷うことではない。
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母親として

2013年07月21日 | 家族
こんなブログを書いていたことを忘れていました。昨年10月に書いていました。

大学院は今年で4年目になります。プリスクーラーだった絵里佳は小学2年生になりました。
お母さんは忙しい人という観念が定着したようで、お母さんは忙しいからダメだよね、と前置き入れるようになった。それでも諦めないでクラスパーティーに持っていく食事を作って欲しいとか、クラスにボランティアとして来てくれるのはいつなのかとか。
今期は学校に連れて行くのも旦那、お弁当や連絡帳のやり取りも旦那の仕事。私は全く関与していない。
習い事も大変。バレエもヴァイオリンも週に2回ずつのレッスンになって、それも3:45からとか、共働きの家庭では絶対連れていけないような時間帯。日本のように公共交通が発達していないし12歳以下はマイナーとして、一人で歩かせることは出来ないし。高い授業料払って、レッスンに参加できないなんて、たまりません。何とか同じ学校から同じレッスンにいっている親御さんに頼むことが出来たので良かったけれど。
日本語学校は連れて行くことが出来ないと一昨年に辞めたし。
子供をサポート出来る良い親になるのも大変です。と言うより私はずっと前に失格か?



今は家族といる時間をとても楽しんでいます。こんなに幸せを感じるのかと思うほど幸せです。いつも何処かで勉強のことを考えていた自分。心ここに在らずってとこでしょうか。こんなママが戻ってくるとは思っていなかったと家族も喜んでいます。家族って本当に大事なものなのね。

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オスキー

2013年07月18日 | NP大学院
卒業、卒業と言っても免許試験に合格しなければNPとして働くことはできず、オスキー試験の合格通知を待つばかり。他の職種と違って合格がはっきりするまでは面接にも呼んでもらえない。何故って合格率が低いからだ。以前にも書いたが3度落ちるとアウトになる(もしくは学校のやり直し)。過去に3度も落ちてしまった卒業生もいる。なので仮免許で働くことを雇用者側は望まないのだ。

NPに入学してからオスキーのことは耳にタコができるほど聞いてきた。オスキー対策は入学してすぐ始まった。合格率が低く合否決定が不透明と悪評が高かった。年々改善され合格率は改善された。しかし、この試験をしなければいけない州はBC州だけで、アメリカでも稀である。医師、歯科医師にはある試験なので医師のオスキー対策本はあってもNP対策本はなし。こういう事が難しさを悪化させる。試験費用も高いし絶対一度で受かりたいと肩に力が入る。

最後の3週間はとにかく練習を重ねた。医師の試験対策本を2冊こなし、お互いに対応に難しい患者を装ったり、難しいシナリオを作り上げた。はじめはこの試験はノンセンスと思っていたが練習を重ねるうちにその意図が見えてきた。系統的で的をついた問診、カウセンリング、治療方針の説明がとてもスムーズに行えるようになった。実習中5分や10分ですべてを終えることができる時はとても少なかった。一人に20ー30分かけていた。5か10分以内ですべてを終えなければならないこの試験のおかげで効率が上がり短時間で且つ効果的な診療技術に磨きがかかった。

ベテラン看護師出身は受からないという神話があった。その理由がわかった気がする。経験があるからこそ経験に頼って系統的に客観的に診察ができない。基本に基づいてしっかり技術を身につけることが大切なのだ。経験は素晴らしいが客観的になれなければ簡単に誤診につながるのだ。早さだけではない。どれだけ患者とエンゲージできているか、マナーや働きかけ方なども評価される。2年間しっかり勉強してその技術を身につけることができて良かったと思う。

試験当日スタミナが持つか心配だった。過去には緊張のあまり嘔吐したり胸痛、めまいを訴える受験生が居たとか。私も胃がキリキリと痛んでいた。しかし、始まってしまえばあっという間の5時間だった。嵐のように駆け抜けた感じだった。

結果は8月中に出る予定だ。どうぞ合格していますように。

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卒業しました

2013年07月13日 | NP大学院



5月28日に卒業し修士号を取得しました。その前日にナースプラクティショナーの筆記試験に合格して、先月実技試験を終えて結果を待っている状態。マスターの2年、NPの2年、合わせて4年、長かったような短かったような。一つだけ言えるのは人生で一番勉強した4年間だった。ブログもウェブもほったらかしで、交友も狭まり、母親としての役割も変わってしまった。母親業を兼業してくれた旦那とAJには頭が下がる思い。4才だった絵里佳は8才になり、私より旦那を頼る子になってしまった。仕方がない。彼女の学校のボランティアもすべて旦那がしてくれたのだ。

罪滅ぼしという言葉を使いたくないが、フロリダのディズニーワールドに10日間旅行へ出掛けた。実技試験終了後すぐの出発だったので放心状態で最初の数日は勉強しなくていいという事実に不安を感じた。どっぷりと遊び、笑ったりしたおかげで、だんだん昔のギアに戻ってきた。幼児期から成長して少女になった娘の姿に感心する旅でもあった。

家族を持って勉学に勤しむことの難しさは予測していた。授業を受けることだけが勉強ではない。論文書きや提出物の多さ、自主的な勉強会も沢山参加した。家に居ないのは学校関係。家にいても食事以外は机に向かっている状態で浮気よりもたちが悪いと現役のNPの旦那さんが言った言葉がその通りだった。離婚せずにいられたのも家族のお陰とこれまた頭が下がる。



卒業式は学部別で、学士、修士、博士で行われた。博士の人たちをカッコいいなーと思ったがこれこそ雲の上的なもの。卒業生の数だって全然違う。学士が120人ぐらいに対して、修士は30人程度、博士は3人ぐらい。誰でも挑戦できるものでないことがわかる。それにアカデミックの世界はサメのタンクにいるようなもので食うか食われるかの世界だそうだ。なので家族を捨てる気ぐらいで挑まないと博士を取得することが難しいし、それをキャリアに活かすことも出来ないとか。AJと絵里佳には自由のたくさんある時に好きなだけ勉学を楽しんでもらいたいものだ。


卒業式を前に行われたWhite Coat Ceremony。白衣を着ているのがクラスメイトでそれ以外は教授陣。みんないい顔しているよね!

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お久しぶりです

2013年02月18日 | NP大学院
久しぶりのブログです。先日大学院最後の試験が終わりました。卒論もほぼ完成に近く、2ヶ月の実習を終えると5月28日に卒業となります。なので卒業式まで大学へ足を運ぶことは、おそらくないと思う。4年間、特に最後の2年間はしんどい時期だった。課題の多さ、毎日24時間費やしたって足りないほど学ぶことが沢山あって、、、それでもここまできたんだなーと振り返って嬉しく思う。

20代、30代のクラスメイトに囲まれ、44歳の私が第二言語でよくやったもんだと自分を褒めたくなる。何せ日本語で看護を学び看護師になり、こちらに来てからも自学で医療英語を学び働いていた私だから解剖学、病態生理学、薬理学の用語を学ばなければならないし、通学時間を使ってよく勉強したよとも思う。

看護師になって23年が経とうとしている。其の間に出会った患者さんとその家族、沢山のことを学ばせてもらい経験を積んできたことが私を支えてくれたと強く思う。

家族の支えも大きかった。家事を手伝ってもらい、落ち込んでいる時は励ましてもらい、感謝の気持ちでいっぱいだ。

ここまで来たと嬉しさと同時に気持ちも緩みそうになる。しかしNPになるための試験は筆記が5月下旬、実技が6月下旬。

卒業生と話をしたら、また胃がひっくり返るような気分の悪さに襲われた。両方の試験に備えて卒業したからと言って仕事に戻らず、フルタイム(一日8時間、週に5日間)で勉強をしたそうで。我が校は筆記の平均が北米の平均を遥かに上回る高成績。OSCE (オスキーと呼ぶ)と言われる実技試験の合格率は昨年が96%、一昨年が100%と他校が50-60%と比べものにならない程の高成績。その影には集中して試験対策をしたお陰だと、ならばそれぐらいしないと合格しないのだと現実の厳しさがわたしの胃を攻撃する。

OSCE を課しているのはカナダでもBC州のみ。アメリカでもこれをNPに課している州はないと思う。
OSCE は医師、歯科医、薬剤師にとっては試験の一部。それに並ぶために作り出された。真のクリニシャンを証明するための難関なのだ。
実際の診察を想定して16人の患者が設置される。患者役は役者さんでメイキャップもバッチリ、怪我や患部もリアルに本物そっくりとか。
問診、診察 (レントゲンや心電図の読解を含む)、カウンセリング、診断、治療計画、治療薬の処方、紹介状の記入などなど、5分から10分と言う短い間にそれぞれを行い次の患者に移って行く、と言うとてもストレスが高い試験なのだ。

NP になれば本物の患者を相手にすることなので受かって当たり前なのだが、試験官の厳しい目線の下、限られた時間内で、次々とステーションを変えて行くことがストレスになるのだ。

落ちたくない理由は3つ。
試験費用がなんと一回で$2300(およそ20万円)。そして試験は年間に2回しか行われない。2度失敗すると学校のやり直しをしなければ受験資格がない。

なので緊張していても自分を発揮できるぐらい自信がないとパニクって試験は終わりになるわけだ。
今まで学んだことがどんなストレス下でもスラスラと出てくるように6月23日のテスト日までがんばりまーす!

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ばいばいMissyちゃん

2012年10月31日 | 家族


Missyはうちの猫ちゃんです。AJの10歳の誕生日に我が家へやってきました。

私動物が苦手なんです。旦那は以前飼っていた猫の死に方がいやで動物はもう飼わないと言っていました。でもあまりにAJが強請るので、誕生日プレゼントとして承諾しました。時期的に子猫は見つからず、猫のシェルターを訪れました。そしてMissyと出会いました。他の猫や動物とまったくそりが合わず、展示場へもつれていくことができず、一人でひっそり座っていた彼女。目が合ったときからピーンと一目惚れ。その夜夢に出てきたくらいで、翌日引取りに行きました。

家族の一員となり、いろんなエピソードがありました。昔は丸々と肥満ではないかと思われていたのに、すっきりと痩せてきて、缶詰からオーガニックの生肉に変えたからかな、と思っていました。ここ数ヶ月吐く回数が増え、食べた後はお腹が痛いのか、うなるような泣き声をしていました。で、先週の金曜日からまったく飲まず食わずとなり、おしっこもまったくなし。土曜日に獣医へ連れて行って、血液検査や尿検査、そして点滴をして帰宅。再び水を飲むようになり、食事も少しずつ食べるようになったし、おしっこも出るようになった(失禁だったけど)。お腹に腫瘍のようなものがあるし、腎機能が低下していると、水曜日エコー下でバイオプシーをする予定でした。

火曜の夜は落ち着きがなく、歩くこともおぼつかないのに私たちのベッドの横に作った特別ベットから抜け出して、ずりずりとどこかへ行こうとする彼女。痛いのかうめき声もひどくて、、、眠れない夜でした。痛そうなのにさすってあげること意外何もできなくて、そばに行くとずりずりと動こうとするし、、、エコーしてももう遅いかも、、、と実習へ行くのもキャンセルして一日付き合うことにしました。

エコーは朝9時。エコーはしなくても、痛み止めとか、もしかしたら安楽死について獣医と話がしたいと、予定通りでかけることにしていた。旦那が絵里佳を学校に連れて行っている間に、私は一人でMissyのそばに居ました。夜中と違って体を持ち上げることもできない彼女。私の涙がポテポテ落ちてきたら急に彼女が頭をスリスリしてきたと思ったら、急に呼吸が変わって、、、あっという間でした。抱き上げて旦那が運転する車に乗り込んで近所のクリニックに向かいました。下顎を使って一生懸命最期の一息を吸い込む彼女。人間とまったく同じなのね。獣医の待合室で彼女は私の腕の中で動かなくなりました。

土曜日の時点で腎石や感染、もしくは慢性の腎機能不全だったら治療ができるけど、癌だったら安楽死を勧めますねといわれていた。12歳の彼女。まだまだ若いから希望は捨てないでと、迷いながらのエコーの予約でした。AJも絵里佳にも朝そばにいるか学校に行くかどっちがよいか選択をあげました。二人とも学校へ行くことを選びました。

獣医もクリニックのスタッフもとても親切で、まるでホスピスにでもいるような気分でした。個室を用意してくれて、旦那と交代で抱っこしながらMissyにお別れをしました。

火葬か埋葬か、旦那の希望で個別火葬で遺灰を受け取ることにしました。一週間ぐらいかかるそうです。ばいばいMissyちゃん。






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知らぬ間に

2012年10月02日 | NP大学院
3ヶ月以上ブログを更新していないと、画像設定が変わっていました。

そう、とても忙しい日々を送っています。今日、今期初の試験も終わり、午後からは堂々プレゼンを終わらせて、ホット一息。いつもは勉学に勤しむ通学時間。頑張ったご褒美に今日はインターネット検索をしていました。あと8ヶ月で卒業。筆記と実技試験に合格すればナースプラクティショナーになれるまであと一年。

終わりのない長いマラソンを走っている気分ですが、頑張るの一言に限ります。

さ、2週間後の締め切りのペーパーを今夜から始めるかー
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慕われる看護師

2012年07月22日 | 訪問看護
って何でしょうか?

訪問看護は緩和、在宅点滴、術創やじょくそうなどの包交の3本柱。緩和は自分の得意分野で経験も幅広く深くあり知識も深いので他の訪問看護師より抜きん出ていることは自負している。最近他の分野でも”あなたが毎日来てくれれば”と言われることが多くなった。

9つもじょくそうがあるテリー。事故による下半身麻痺で30年。包交にかかる時間は並大抵でない。その上透析に通っているので朝9時からきっちりはじめないと出かけるのが遅くなって大変なのだ。それなのに今日私は物品が見つからなくて10分ほど遅れて訪問。遅れてしまってごめんなさいと言うと、そんな風に謝ってくれるのはあなただけだ、と。

病院でもホスピスでもそうだった。私にしてみれば普通に接しているつもりだけど、ありがたいと思われる。患者は患者という特別な人間になってしまって健常人のように接してもらえない。弱者という図式でしょうか。ぞっとします。

次の家では”あなたが毎日来てくれたらきっと傷が早くなおります”と言われた。またまた言い過ぎですよ~と冗談めいて返すと、真剣な顔で”あなたほど丁寧にきちんと絆創膏を当ててくれる人はいませんよ”と。特別なことは何もしていない。看護師として期待される技術を使っているだけだ。
ってことは他の看護師は??家族は他の看護師はこんな風にと真似をする。あーそれはひどい、、、と。素人でもわかるような悪い技術を平気でするなんて、、、
にっこりして、じゃあチームメイトをしっかり教育しますわ~と去る。

日本よりずーっと社会的地位も高く、お給料も良いこちらの看護師さん。日本のように人のお世話がしたくてなどと献身的な理由で看護しになった人よりも、お給料が良いし、”看てあげてるんだから”と高飛車な方が多いこちら。特別にすごい看護師でなくても、普通にしているだけで慕われるなんて、なんて怖いところなんだ~と久々に現実をひしひしと感じた日でした。

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嬉しいよやっぱり 2

2012年07月12日 | ホスピス
彼女の気持ちを汲みながら話を進める。在宅のことを全く知らなかった二人は、そういう援助を受けられるのなら、もう少し長く家に入れるかもと喜ぶがトーマス自身があまり健康でないので、トーマスの負担が心配と。ホスピスは子供達に近いところを選ぶのか、それとも二人の家に近いところにするか、二人は迷う。

アイリーンの息切れが気になった。どれぐらい続いているか聞くとそんなことはないと言う。具体的な質問をすると過去2週間ぐらい歩くと息切れがしていたと。会話が長く出来ないのは緊張する性格だし、不安からくるものかと思ったと。診察を始めると右肺の下葉に全く息が入っていない。打診も鈍い音。触診でも音の振動が伝わっていない。という事は胸水の貯留か、無気肺の可能性。呼吸数は早いし、心拍数も1分間に140と早い。全身の観察を終えて、どうするか迷った。

11時半、オフィスに戻ってもう一度データーに目を通す。最後の胸部レントゲンは2ヶ月前。左の肋骨の転移以外に異常所見はない。GPに電話を入れる。最近の検査結果がないかと。GPは私の所見を聞いて驚く。10日前にきた時はそんなことはなかったと。

自分の観察力と診断力に自信がない。NPになるまでにはあと一年ある。思い違いだったらどうしよう。ホスピスではなくて病院に連れて行って、取越苦労だったらどうしよう、と。

緩和医のゾイに電話をいれる。丁度会議が終わったと話ができた。TPCUか ER、それともホスピスなのか自分の意見を伝えるが自分の中でもどうしていいか決めれない。相談しているうちに考えがまとまってきた。結局GPが病院で患者を診ることができるので、TPCU (他病院になる)ではなくERへ行くことにした。

こうすることで肺炎による無気肺なら抗生剤の投与。胸水なら穿刺ができる。これぐらいならTPCUへ行かなくてもどんな病院でも治療が受けれる。顔見知りのGPに診てもらえることもできる。それにアイリーンはまだ真にホスピスへいく準備ができていないと私は感じた。。病院へしばらく入院することがトランジッションの期間になりスムースなホスピス入院が出切るだろうという見込みからだ。

二人にチームの意見を伝えると、二人もそうしたいと言う。私は救急車を手配し、ERに連絡を入れる。レントゲンの結果が出るまでとても不安だった。間違っていたら、、、、と。

で結果は胸水貯留。穿刺が行われて彼女の呼吸状態は改善された。嬉しかった。自分の観察と診断の正確さが認められたようで。連休明けの火曜日は彼女はホスピスへ入所した。丁寧なお礼の言葉をもらった。私の訪問で不安だったガンとのその後が明確になった。暗闇に灯りがついたような気持ちだった。それに胸水をみつけ適切に治療してもらえたことを心から感謝していると。嬉しい。NPになるために新しい技術を身につけてそれを使って適切な方向へガイドできるようになって。自分の観察力や診断力にもっと自信を持っていいのだと、嬉しい日だった。

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