平家物語・義経伝説の史跡を巡る
清盛や義経、義仲が歩いた道を辿っています
 



 
私学共済事業団の旅館「白河院」の前に「此付近白河院址」の石碑がたっています。
昔、現在の岡崎法勝寺一帯には藤原家代々の別荘があったところで、
白河院とよばれていました。平安時代後半、退位を目前にひかえた白河天皇に
摂関家の藤原師実(もろざね)が「白河院」を献上し、承保二年(1075)
天皇はこの地に壮大な寺院、法勝寺を建立しすぐに院政を行いました。



白河院並びに法勝寺跡(現地駒札)

法勝寺は東は岡崎道より300m東、西は岡崎道、南は現在の動物園の南、
北は冷泉通より50m南に囲まれた広大な寺域を有し、
境内には、金堂・講堂・阿弥陀堂などの諸堂が建ち並んでいました。
中でも八角九重塔は壮大な高塔であったといわれています。

院政期(11~12C)の京都には、鴨川東岸の白河の地(現在の岡崎一帯)に
多くの寺院や院の御所・御堂などが相次いで建立され、
皇族や貴族が別荘を営み、「勝」の字のつく寺が
白河上皇、鳥羽上皇の時代に相次いで造営されました。
法勝寺は尊勝寺、最勝寺、円勝寺、成勝寺(じょうしょうじ)、延勝寺とともに
六勝寺と総称された寺です。
東から白河天皇御願の法勝寺、岡崎グラウンド西側付近から
京都会館にかけて鳥羽天皇御願の最勝寺、
京都会館から琵琶湖疏水を中心とした堀河天皇御願の尊勝寺、
美術館から府立図書館附近が待賢門院発願の円勝寺、
みやこメッセ付近に崇徳天皇御願の成勝寺、
その西方の琵琶湖疏水を越えた辺に近衛天皇御願の延勝寺がありました。


法勝寺伽藍模型

法勝寺を象徴するのは高さ八十一メートル余の八角九重の塔です。

八角九重の塔というのも大変珍しいものですが、その高さに人々は驚き
この塔を建てた白河上皇の偉大な力を再認識しました。
(東寺の塔の高さ五十五メートル)

現在、動物園の中には「法勝寺の塔跡」の碑があり、
あたりは静かな佇まいの家並みが多いところです。
動物園内の法勝寺八角九重塔の碑の写真などを載せています。
御面倒おかけしますが、下のサイトをご覧下さい。

六勝寺と白河殿1(六勝寺の小道・法勝寺跡・円勝寺跡)  

白河院跡にたつ旅館の庭園は、京都市指定名勝の白河院庭園です。
係りの方にお願いして拝見させていただきました。

東山を借景とし、琵琶湖疏水を引き入れた池泉回遊式の本格的な山水庭園で、
作庭は七代目小川治兵衛です。










『参考資料』
井上満朗「平安京の風景」文英堂 林屋辰三郎「中世の開幕」講談社現代新書
「京都市の地名」平凡社 井上満朗「平安京再現」河出書房新書


 

 

 

 

 



 

 

 

 

 
 

 

 
 


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