風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

ジャック・マーの引退

2019-09-26 22:32:53 | 時事放談
 今月初めに、中国アリババ集団の創業者・馬雲(ジャック・マー)氏が引退した。予告されていたこととは言え、55歳とまだ若い。もともと杭州で英語教師だったこともあり、今後は教育慈善活動に活躍の場を求めるという。功なり名を遂げて悠々自適の引退だと見る人は、まさかいないだろう。そんな彼の引退スピーチがなかなか興味深かったようで、日経ビジネス・オンライン記事から引用する。

(引用)
 マー氏は引退に際し、アリババの社員たちに対して、ビジョンと社会に対する責任感を持ち続け、社会に貢献する企業であり続けるよう語りかけた。そのスピーチは高い志と説得力に満ちた内容だった。
だが、1カ所だけ引っかかりを覚える部分があった。「今日、私たち中国人は非常に自信を持っているが、自分たちの自己認識と、私たちに対する世界の認識は大きく異なっている。世界は中国を恐れている。技術を恐れている。強い会社を恐れている」という一節だ。その後には「技術が善意から出発することを望む」と続く。
(引用おわり)

 その後、福島香織さんによると、テンセント(騰訊)創始者の馬化騰氏やレノボ(聯想集団)創始者の柳伝志氏が、馬雲氏の後を追うように次々とビジネスの現場を去ることが明らかになったという。
 そして今朝の日経には、「中国、民営企業に政府人材」というタイトルの記事が出た。浙江省杭州市政府は、アリババ集団や、人口知能を使った監視カメラ・メーカーの杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)や、自動車大手の浙江吉利控股集団などに、課長級を中心に100人を派遣することとし、河南省など他の地方政府でも同様の動きが始まったという。派遣される幹部は経営に携わるのではなく、その企業の政府窓口の責任者に就くという。新しいサービスを展開する際に必要な地方政府の許認可や補助金を素早く取得できるようにし、また資金調達や用地・人材の確保で地方政府の支援を受け入れ易くするなどの役割を果たすという。
 津上俊哉さんに言わせれば、停滞しつつある中国経済を浮上させるためには、資金調達のほか何かと政府の支援を独占して来た国営企業を中心とする重厚長大型のオールド・エコノミーではなく、GDPの6割を占めるに至った民営企業を中心とするネット関連のニュー・エコノミーを育てなければならないのに、共産党政府は逆のことばかりしている、ということだった。そういう意味では、正しい方向に踏み出したかに見える。
 フィナンシャル・タイムズは、アリババ傘下の芝麻信用と騰訊征信は、かつて共産党政府に顧客ローンのデータを提供することを拒否したことがあり、今回の馬雲氏や馬化騰氏の引退と関係があるのではないかと見る。共産党政府はかねて人民元の海外流出を警戒しており、個人としても海外投資に積極的だった馬雲氏に対する圧力があったとする見方もある。再び福島香織さんによれば、チャイナ・ウォッチャーの間では、中国共産党政権がいよいよ民営企業の改造に着手したとの見方が出ているらしい。これら民営企業は社会インフラを提供するものとして、もはや無視できない存在であり、共産党政府は体の良い私有財産の接収を通して、市場をコントロールせんとするものであろう。
 昨年10月、ペンス副大統領は、ハドソン研究所での有名な演説で、まるでルターが「95か条の論題」でカトリックを告発したように、あるいはアメリカ独立宣言でイギリス国王の悪行三昧をあれこれ追及したように、事例を事細かに挙げては「中国の特色ある社会主義(あるいは国家資本主義)」を糾弾した(のはプロテスタントの習性であろうか 笑)。馬雲氏の引退スピーチは、こうした米中ハイテク摩擦に伴うアメリカでの風当りの強さを捉えたものだろう。今回の中国の一連の動きは決して偶然ではないし、反中に舵を切ったアメリカに反発するかのように見えるが、恐らくそうではなく、直接には国内経済の引き締めと建て直しを図る善意のものと思われる。しかし結果として見れば、やはり米中摩擦の火に油を注ぐことになる。中国経済そのものの行方や米中関係の今後はとても見通せない。
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