風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

2023年回顧・野球の神様

2024-01-06 02:53:10 | 時事放談

 冴えない世相でも、日米のプロ野球界には神風が吹いているようだった(日本人にとって)。WBC優勝に始まり、メジャー本塁打王、二度目のMVP、10年総額7億ドルでドジャース移籍と、大谷翔平に明け暮れた一年に吹き続けたのは、野球の神様が吹かせた神風であろうか。

 MLB公式YouTubeチャンネルが2023年に投稿した動画の中で、断トツの再生回数を誇るのはWBC決勝の日本-米国戦だそうだ。今、見ても涙がちょちょ切れる私のような日本人が多いのだろうか(笑)。振り返ると、その日、オフィスで打合せから自席に戻って、何気なくYahooスポーツの一球速報を覗いた私は、戦慄した。ほんまに野球の神様がいると思った。9回裏2アウト、ランナーなしで、大谷とトラウトの一騎打ち。WBCで大谷の投球を受けた甲斐拓也が「独特ですし、回転もちょっと違いますしね。低いところから高いところに吹き上がって、曲がってくる。普通であれば下に落ちていくと思うんですけど、下に落ちない。吹き上がってくるっていうのが一番の特徴かなと思います」と言うスイーパーが決め球となった。思わずオフィスで静かにガッツ・ポーズ。宮崎での強化合宿中、栗山監督は「WBC決勝戦。最終回のマウンドには“ある投手”がいて、ガッツポーズしているイメージがあるんだよね」と語っていたそうだが、夢が、これ以上は考えられない状況設定のもとで現実となった。

 勝負そのもので痺れるシーンが多かったのはもとより、本番前の楽屋裏で侍ジャパンのメンバーに与えたインパクトも鮮烈だったようで、そのエピソードも印象深かった。中でも大谷翔平のフリーバッティングが話題で、推定160メートルの衝撃の飛距離に、「言葉が出ない。初めて感じたことがいろいろありました」(村上宗隆)、「噂は聞いていたんですけど目の当たりにするとビックリしましたね」(岡本和真)、「ぶったまげたっすね。一言で言ったら」「飛距離もすごいですし速度もすごかったので『ヤベー』としかみんな言っていないですよ」(万波中正)と感嘆の声を上げたのは、素人ではなく同じプロの選手たちだ。ブルペン捕手としてチームに帯同した鶴岡慎也氏が、大谷と他の選手の差を評して、「プロの1軍と2軍ほど違う」と言うよりも、「プロ野球選手と高校球児ほど違う」との表現の方が妥当だと言うほどだった。ファンサービスと言うより、日本の球界を代表するスターたちに文字通りに見せつけ、良い意味で刺激を与えたかったのだろう。日本人でもパワーをつければここまでできる、と。

 お陰で、日本プロ野球史上最年少三冠王の村上ですら、ショックから打撃不振に陥ってしまった。自分の前(3番)を打つ打者(大谷)があんな打球を飛ばし、自分の状態が上がらなくて、前の打者が申告敬遠されるような経験は衝撃だったろう。焦燥が募ったに違いない。5番に下がった準決勝メキシコ戦、1点ビハインドの9回裏に走者一・二塁の好機で打順が回って来たときには、この日3三振の村上に代えて牧原大成を代打に送る(犠牲バントで進塁させる)作戦も考えられたようだが、ぎりぎりのところで、「ムネに任せるわ」との栗山監督のメッセージを打席に向かう村上にわざわざ伝えさせ、迷いが吹っ切れた彼から劇的なセンターオーバーの逆転サヨナラ弾を引き出した。栗山監督の人心の機微を捉えた采配も見事だった。

 他方、日本プロ野球界の締め括りは、阪神-オリックスという、1964年の阪神-南海(現ソフトバンク)以来、59年ぶり2回目の「関西ダービー」となった。大学卒業まで20年間、大阪に住んでいながら巨人ファンだった私には縁が遠く、阪神が38年ぶり2回目の「あれ」を手にしても上の空。悔し紛れに、カーネルサンダースの呪いはとっくの昔(2009年3月10日に救出)に解けているのに…と毒づく始末だった(苦笑)。当日午後10時現在、道頓堀川に7人が飛び込んで、いずれもケガはなかったそうだ。めでたし、めでたし。

 悔し紛れついでに、我らが岡本和真のエピソードにも触れておきたい。WBCからの帰国直後、「行く前は僕が試合に出るもんだとは誰も思わなかったでしょうし、そういう部分で自分が最後フィールドに立てて優勝、世界一を味わえたっていうのもありがたいことですし、野球って楽しいなって」「同時にもっとすごい人たちを見たので、レベルアップしないといけないなと思ったり、自分自身がちっぽけに思えるのはいいことだと思って、もっと頑張ろうって思いました」と殊勝に語ったそうだ。村上と違って何と牧歌的な、ムーミンのような大らかさは伊達ではないだろう(笑)。大谷の移籍を知ったときには、「あんな金額、1人が稼ぐ数字じゃないでしょ。企業やん。社員が何万人かいる大企業でしょ。えぐい。ヤバい。ホンマの企業ですよ、1000億って…」「そんな人と一緒に野球やったんだなって。すごいでしょ? すごくないすか?」と岡本節をぶちかましている。やや天然気味に微妙に外してくれるところがカワイイ。

 その大谷のLAドジャースへの移籍は、ア・リーグ本塁打王と自身2度目のMVPを引っ提げていたとは言え、右肘じん帯を修復する手術を受けて治療中の身でありながら、総額7億ドル(1015億円=入団合意時の為替レート)という破格の待遇になることが驚きを以って報じられた。これに絡めて、投手ができない間も打席に立ち続けられる・・・これこそ(野球好きの彼の)二刀流たる所以だと、栗山氏は納得されたものだ。しかもその契約内容は、実に97%の6億8千万ドル(994億円=同)が後払いで、それでも来季から2033年までの10年間の年俸が2百万ドル(約2億9000万円=同)に達するのも話題になった。入団記者会見では自身が、「自分が今受け取れる金額を我慢して、ペイロール(年俸の支払い)に柔軟性を持たせられるのであれば、僕は全然後払いでいいというのが始まり」と解説している。そして、勝つことの優先順位を問われて、「野球選手としてあとどれくらいできるか、誰にもわからない。勝つことが僕にとって一番大事なこと」と答えた。この後払いが山本由伸のドジャース入りを呼び込んだと言えなくもない。来年こそ、ワールドシリーズのマウンドを期待したい。

 この年末に、こうした喧噪を総括するかのように、WBCの裏側を収めた映画「憧れを超えた侍たち 世界一への記録」がテレビ朝日系列で地上波初放送された。タイトルはもちろん、決勝の試合前に大谷が語った名言に因んでいる(下記に採録)。この映画のラストシーンとなった大谷の最後のセリフ「俺のグローブどこ?」の「俺のグローブ」がXでトレンド入りしたらしい。決勝戦の9回裏、トラウトをスイーパーで空振り三振に仕留めて世界一を決め、帽子とグラブを放り投げて感情を爆発させた、あの場面である。ファンから、「どこまでかわいいの」「思いっきり投げてましたよ」「急にかわいいキャラになるのなんなん」「この名言は来世まで伝えていきたい」など様々な反応があった中で、大谷が全国の小学校にグローブを寄贈すると発表したことから「全国の小学校に散りました」という投稿もあったそうだ。確かに、あのグローブは形を変えて、「野球しようぜ!」という大谷の思いを乗せて全国の小学生のもとに届けられたのだろう。野球の神様も満足気に微笑んで、暖かく見守っておられることだろう。

 「憧れるのをやめましょう。ファーストにゴールドシュミットがいたり、センター見たらマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたりとか、野球やっていれば誰しもが聞いたことがあるような選手がいると思うんですけど、きょう一日だけは憧れてしまったら超えられないんで、僕らはきょう超えるためにトップになるために来たので、きょう一日だけは彼らへの憧れを捨てて勝つことだけ考えていきましょう。さぁ行こう!」

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