風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

アクアスキュータム経営破綻

2012-05-06 18:30:12 | ビジネスパーソンとして
 先月17日にアクアスキュータムが経営破綻したニュースをアメリカ出張中にネットで見かけて、ちょっと衝撃を受けましたが、今朝の日経朝刊にあらためて解説記事が出ていたのを見て、その衝撃を思い出しながら書きます。
 ビジネス用のオーバー・コートと言えば、トレンチ・コートやステンカラー・コート(実は和製英語で、バルカラーまたはバルマカーン・コートが正式名称らしい)で、日本では圧倒的にバーバリーのブランドが有名です。1856年創業、第二次ボーア戦争(1899~1902)で士官用コートとしてトレンチ・コートの前身となるタイロッケン・コートが親しまれ、第一次世界大戦で英国軍の塹壕(トレンチ)戦に合わせて製造されたトレンチ・コート(今も腰回りのD字型リング(D環)は手榴弾や剣・水筒をぶら下げるものだった等、物騒な軍服の名残りを残しています)がヒットし、1919年にはジョージ5世からコート・ジャケット部門の英国王室御用達(ロイヤル・ワラント)を受けました(Wikipedia等)。アクアスキュータムも同じような発展を、実は一歩先んじて遂げて来ました。創業は5年早い1851年、ロンドン万博の時で、世界で初めて防水ウールの開発に成功し、クリミア戦争(1853~56)で将校の活躍を支えたことで知名度を上げ、第一次世界大戦では、抜群の防水性と保湿性が塹壕(トレンチ)で戦う兵士を守ったことが、現在のトレンチコートの原型となったとされています(Wikipedia等)。英国王室御用達を受けたのも、一足早い1897年、エドワード7世の治世でのことです。
 そんな相似形の両社ですが、バーバリーが二桁増収を続ける一方、アクアスキュータムが経営破綻に追い込まれた理由を、今朝の日経の解説記事は、成長市場であるアジアでの事業展開の違いに求めていました。アクアスキュータムは、1990年に日本のレナウンに買収されて、欧州で客離れを招いたのが躓きの始まりで、その後、レナウン自身も2010年には中国メーカー傘下に入るような苦境に陥ったように、2009年に全株式がイギリスのブランドライセンス会社・ブロードウィック社に売却されました。その時には、老舗ブランドが地元に戻ってきたと、イギリスのメディアからは好感されたようですが、実はその際に日本を含むアジア地域での商標権だけは香港YGMマートに売却されました。日経の解説記事は、「ブランド市場が急拡大しているアジア地域での事業を分断され、バーバリーのような成長シナリオを描くことができなかった」「アクアスキュータムの破綻は、ブランドビジネスがアジアを抜きにしては成り立たないことを物語っている」と結論しています。しかし、ネットで調べてみると、レナウンが買収した時には約190億円を支払いながら、20年後に売却した時には、アジアでの商標権20億円強、英国ブロードウィック社への全株式とアジア以外の商標権20億円弱、合計40億円と推定されており、その間の事業価値の毀損は明らかです。つまり、ここ2~3年の話ではなく、より根本的には、レナウンが、かつてダーバン・ブランドでアラン・ドロンを起用したことがありましたが、決して高級品ブランドには成りきれず、アクアスキュータムのような高級ブランド・ビジネスを上手く展開できなかったから、と言わざるを得ないのではないかと思います。
 さて、何故、かくもしつこく本件を追いかけるのかと言うと、かれこれ二十数年前に就職した当時、バーバリーのチェック柄をよく見かける中で、当時の上司が見慣れないチェック柄のコートを着ていたので、わざわざ尋ねたのが、アクアスキュータムとの初めての出会いで、その後、新婚旅行で訪れたロンドンで購入した思い入れのある一張羅のコートだったからです。その時、Gパン姿でロンドン本店に足を踏み入れることに、一瞬、ためらいがあったのを覚えていますが、時あたかも日本のバブル絶頂期であり、若い日本人観光客がロンドンのリージェント・ストリートやパリのシャンゼリゼを闊歩し、生意気にもルイ・ヴィトンやエルメスなんぞを買い漁っていた時代です。ちょっと大きいんじゃないか?と、たどたどしい英語で聞いたら、店員は慇懃に”It’s up to you.”と、答を私にあずけて来ました。それがイギリス流なのか、それともこの東洋の若造が、と内心苦々しく思っていたのかは、今となっては分かりません。
 ところがそうやって恐る恐る仕立て直してもらって購入したコートは長らく眠ったままでした。当時、既に着ていたチップ(Chipp)という今は懐かしいトラッドのブランドのコートや、二度の海外生活を挟んで、ブルックス・ブラザーズのぴらぴらのコートを着潰して、アクアスキュータムのコートに袖を通したのは、実に20年の歳月を経た昨年のことです(ついぞレナウン傘下の時代におろさなかったのは、ただの偶然です)。20年前に買ったコートなど、俄かに想像できませんが、どんなものかと思ったら、シミひとつなく、昨日買った新品と見分けがつかないほど生地は滑らかでしっかりしていますし、仕立て直してもらったはずの袖や裾はそうと気付かないほど歪みもなく、中島誠之助ふうに言うと、良い仕事をしていて、さすがです(以前、アメリカで仕立て直してもらったポロのスーツに皺が出て使い物にならなくなったのは、たまたまだと思いたい)。むしろ、第一ボタンを外しても見栄えがする約束通りのつくり(これは、モノトーンのビジネス・シーンで唯一のおしゃれとも言えるネクタイが覗くのが、なんとも粋です)や、ずしりとした重厚感が、昨今の薄っぺらでチャチなコートと一味違い(あるいは素材や織りに技術革新があったせいでしょうか)、20年前のイギリスの厳しい冬や、ひいてはイギリスの風格を感じさせます。何でもかんでもユニクロに席巻されてしまうのではなく、いつか着てみたいと思わせるような、昔ながらのホンモノのコートを愚直に作り続けるブランドがあって良いと思いますし、そういう遊びと粋を忘れない世の中であって欲しいと思います。
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