こんにちは。岩手県大槌町に災害派遣中の西田です。
7月28日から10月31日までの約3カ月間、大槌町教育委員会事務局の職員として、被災した学校施設に代わる仮設校舎の建設業務などを担当しています。今日は大槌町の状況について、皆さんにお知らせしたいと思います。
<大槌町の状況>
大槌町は岩手県の沿岸南部に位置しており、3月11日の東日本大震災で被災した市町村の一つです。東西に広い町で町域は約200平方キロメートルと、箕面市の約4倍で、震災前の人口はおよそ15,000人でした。今回の震災でお亡くなりになられたかたや、行方不明のかたの人数は、人口のほぼ1割にも及びます。心からお悔やみ申し上げますと共に、一日も早い復旧・復興をお祈り申し上げます。
さて、大槌町の中心市街地は海岸線沿いに集中しており、高さ6メートルほどの防波堤に守られていましたが、これを超える津波により、ほぼ全てを流失しました。
箕面市に置き換えて考えると、止々呂美や粟生、如意谷、新稲などの高台の住宅地を除き、全て流失したようなイメージです。
赴任直後に大槌の景色を目の当たりにした時は、津波の威力の凄まじさに、只々愕然とするのみでした。
(事前に被災地の写真や動画をできるだけ多く見て、状況を理解していたつもりでしたが… )
(高台から見下ろした大槌町の市街地、右手奥が大槌湾)
震災から半年が過ぎ、震災直後に大量にあったと思われる瓦礫は片付けられ、港付近に集積されていますが、この瓦礫の山が減る気配は一向にありません。
仮設役場のある町の中心部では、被災した建物の解体が少しずつ進んでいくなか、仮設建物で営業するコンビニエンスストアやガソリンスタンドなどが少しずつ増えてきました。仮設住宅の建設は完了しており、避難所はお盆前に全て閉鎖されましたので、これから生活水準が徐々に上がっていく段階にあると思います。
毎朝通勤の度に、本当に何も無くなってしまった市街地を見ると、「今日も精一杯頑張ろう!」と身の引き締まる思いがすると同時に、復興に向けてまだまだ多くの支援が必要であると感じます。
(仮設役場前から見た大槌町の市街地)
<大槌町の学校>
大槌町には、町立の小学校が5校、中学校が2校ありますが、津波の被害により、このうち小学校4校、中学校1校が使用できなくなりました。震災後は、高台にある小学校の体育館や、同じく高台にある県立高校の空き教室などを利用して授業を行っています。
しかし、これらの学校も運動場には仮設住宅が建ち並び、定員を遙かに超える児童・生徒が通学しているため、子どもたちにとっては満足な環境で学ぶことができないのが現状です。
暗い話題ばかり続きますが、明るい話題もあります。
このような学習環境を改善するため、6月末から、被災した計5校の仮設校舎を大槌町内の運動公園において建設を進めており、9月15日に無事完成を迎え、開校式が行われました!
(開校式の様子、明るい話題に多くの報道関係のかたが取材に来られました。)
私は7月末からの派遣ですので、高槻市から派遣されていた前任の職員から引き継ぎを受けて建設業務を担当してきました。今後は引越しなどの開校準備を進め、9月20日に小学校を、9月22日に中学校を順次開校する予定です。子どもたちが元気に登校してくる姿を見るのがとても楽しみです!
ところで、少し脱線しますが、昨年度は箕面市の教育委員会事務局に配属されており、平成23年4月に開校した彩都の丘学園の建設や、市立小・中学校、幼稚園の耐震工事や大規模改修工事などを担当していました。
学校施設の整備に際して、私が常に目標としていることは
第一に、「子どもたちにとって安全・安心な学校であること」
第二に、「機能的で、経済的な施設であること」
第三に、「誰からも愛される特色のあるデザインであること」
当然と言えば当然のことばかりですが、箕面市での経験を生かし大槌町に完成した仮設校舎でも、これらの目標に向けて全力を尽くしました。
(完成した仮設校舎)
(完成間近の教室)
<赴任から1カ月半を振り返ると>
「被災地で復興支援をする!」という気持ちだけが先走って赴任しましたが、ほんの少しでも復興への力となれたこと。また、本当に貴重な経験をすることができ、ホッと一安心しています。…が、まだまだ派遣期間の半分を折り返したところです。
ちょうど、箕面市でも静岡県富士宮市と「災害時における相互応援に関する協定」を締結したこともあり、災害対策の重要性について日々、身をもって再認識させられています。これから復興への長い道のりを進まれる大槌町の皆さんのためにも、また、今回、被災地に送り出して頂いた箕面の皆さんのためにも、残りの派遣期間も精いっぱい努力するとともに、箕面市へ帰任後もこの経験を生かしていかなければならないと強く感じています。