
今年も伊藤教場の詩吟発表会があった。伊藤先生のもとで詩吟を勉強している仲間が、一年の勉強の成果を一吟にこめる。一年ぶりに顔を合わせる懐かしい顔もあった。先生の熱心な指導で、詩吟が一段と奥を深めた人もいた。詩吟の会をブログにするには、その吟声を出せばよいのだがなかなか録音やpcへの変換など、手数がかかってできそうもない。ここでは吟じられた詩文で、感慨深いものについて触れてみる。吟者はIさん。
行く我に
とどまる汝に秋二つ
とどまる汝に秋二つ
この句は、明治28年の10月に作られた。夏目漱石は子規の郷里松山で、愛媛県立尋常中学の教師に赴任していた。市内二番町の上野家の離れに下宿して、ここを愚陀仏庵と自称していた。この年の8月になって病を得ていた正岡子規が松山に来て、この愚陀仏庵に寄宿して、秋まで句会を開きながら逗留した。
吟じられた子規の句は、送別会となった句会で詠んだものである。句意はあくまでも、帰京する子規が松山にとどまって教鞭をふるう漱石への挨拶であるが、子規の身体を蝕んでいく病は、子規のもう一つの行く先をも言い含めていると思われる。華やかな送別ではなく、自らの宿命を暗示する悲しい惜別でもある。
この句に合わせて、漱石は
この夕野分に向て分かれけり 漱石
と応えた。野分には困難、不安という意味が重なっているが、その困難に立ち向かって去って行く子規の気概にも触れている。
送られて一人行くなり秋の風 子規
漱石のの送別の句に応えて、子規はこんな句も詠んだ。二人の心は俳句を通して響き合っている。