コンビニの駐車場(ちゅうしゃじょう)の隅(すみ)でおにぎりを頬張(ほおば)るお侍(さむらい)。それを不思議(ふしぎ)そうに眺(なが)めている女子高生。何とも奇妙(きみょう)な取り合わせだ。お侍の男は、おにぎりを美味(おい)しそうに食べながら、
「これはうまい。この巻(ま)かれている黒い物はなんじゃ。それに、中に何か入っておるぞ。これは、魚か? おお、いい塩加減(しおかげん)じゃ。これは、じつにうまい」
「それ、鮭(しゃけ)のおにぎりよ。おじさん、食べたことないの?」
おにぎりの取り出し方も分からなかったのだ。食べたことがあるわけがない。お侍はおにぎりを食べ終わると、物足(ものた)りなげに彼女を見つめて言った。
「すまぬが…。もう少しばかりいただけぬか? 勝手(かって)を申(もう)してすまぬ」
「えっ…。でも私、もうお金ないよ。ほら」彼女は財布(さいふ)の中を見せた。
「あ、すまなんだ。金ならわしが出そう」
お侍はそう言うと、懐(ふところ)から薄汚(うすよご)れた巾着(きんちゃく)を取り出して中へ手を突(つ)っ込んだ。そして、じゃらじゃらと何かをつかみ出すと手を広げて、「如何(いか)ほどじゃ。これで足(た)りるかの?」
彼女は目を丸(まる)くして言った。「何これ? こんなんじゃダメよ。冗談(じょうだん)はやめて」
お侍は大きなため息(いき)をつくと、「おお、そうじゃな。こんなうまい物がはした銭(がね)で買えるわけがない。わしはとんだことを…。散財(さんざい)をさせてすまぬ」
「もうやめてよ。――じゃあ、家(うち)に来る? 助けてもらったし、ご馳走(ちそう)してあげる」
<つぶやき>この男は本物(ほんもの)の侍なのか。だとすると、なんで現代に現れたのでしょうか。
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その日の授業(じゅぎょう)も終わり、月島(つきしま)しずくはひとり職員室(しょくいんしつ)の前にいた。しずくは憂鬱(ゆううつ)な顔をしてため息(いき)をつく。何で私だけ呼(よ)び出しなの? 私、何かした?
しずくは職員室の扉(とびら)を開けた。いつもなら、まだ先生がいるはずなのに誰(だれ)もいない。しずくは小さな声で、「失礼(しつれい)します」と言って中へ入った。柊(ひいらぎ)先生の席(せき)まで行ってみるが、先生はいるはずもなく…。しずくはひとり呟(つぶや)いた。
「何でよ。来いって言ったのに、何でいないの? もう、どうしたら…」
その時だ。背後(はいご)に、何か冷(つめ)たい気配(けはい)を感じた。しずくはとっさに振(ふ)り返った。一瞬(いっしゅん)にしてしずくの顔から血(ち)の気(け)が引いて、彼女はその場にへたり込んでしまった。しずくの後ろに立っていたのは、あの時の暴漢(ぼうかん)の男。警察(けいさつ)に逮捕(たいほ)されたはずのあの男だ。
男は不気味(ぶきみ)な笑(え)みを浮(う)かべて、じりじりとしずくの方へ近づいて来る。しずくは襲(おそ)われた時の記憶(きおく)が蘇(よみがえ)って身体(からだ)が震(ふる)えた。助(たす)けを呼ぼうとしても、息(いき)がつまって声が出ない。男は倒(たお)れているしずくの上に覆(おお)い被(かぶ)さるようにして顔を近づけ、ナイフを彼女の目の前にちらつかせた。しずくは抵抗(ていこう)することもできず、思わず目をつむる。
「何をしてるの? 早く入りなさい」
柊先生の声が後ろから聞こえた。しずくが目を開けると、彼女は職員室の入口(いりぐち)の前に立っていた。えっ、何で? しずくが呆然(ぼうぜん)としていると、後ろから先生に背中(せなか)を押(お)された。
「そんなとこに立っていたら邪魔(じゃま)になるでしょ。そんなことも分からないの」
<つぶやき>怖(こわ)い思いをすると、その時の感覚(かんかく)が急にわき上がってくることがあるのかも。
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男達を片(かた)づけるのにさほど時間はかからなかった。侍(さむらい)の男が強すぎたのか、それとも男達の方が口ばっかりで弱すぎたのかもしれない。男達は慌(あわ)てて車に乗り込むと、急発進(きゅうはっしん)で逃(に)げ出していった。その様子(ようす)を、侍の男は不思議(ふしぎ)そうに見つめていた。
助(たす)けられた女子高生は、恐(おそ)る恐る侍の男に近づいて…。だって侍姿(すがた)である。普通(ふつう)の人じゃないことぐらい誰(だれ)が見たって分かる。女子高生は後ろから声をかけた。
「あの…、助けていただいて、ありがとうございました」
侍の男は、彼女の声が聞こえているのかいないのか、何の反応(はんのう)もしめさない。彼女が近づこうと歩き出したとき、急に侍の男がバタリと倒(たお)れ込んだ。
これには彼女も驚(おどろ)いた。慌(あわ)てて男に駆(か)け寄ると、男の身体(からだ)を揺(ゆ)すりながら、
「大丈夫(だいじょうぶ)ですか? しっかりしてください。どこか、ケガとかしたんですか――」
彼女は突然(とつぜん)男に手をつかまれて、小さな悲鳴(ひめい)を上げた。男は彼女を見つめて、
「す、すまんが…、何か食(く)い物を持っておらんか。道に迷(まよ)ってしまってな、昨日(きのう)から何も口にしておらんのだ。お、お頼(たの)み申(もう)す」
彼女は呆気(あっけ)に取られてしまった。その時、男のお腹(なか)がグーッと鳴(な)った。彼女は、「ちょっと待ってて」と言って、コンビニへ駆け込んで行った。
<つぶやき>道に迷ったなんて、この男はどこから来たのでしょ。何でここに現れたのか。
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暗い夜道(よみち)を歩く女子高生。友達(ともだち)とおしゃべりをしていて帰りが遅(おそ)くなったのだ。彼女の家の近くは住宅(じゅうたく)もまばらで、駅前(えきまえ)を離(はな)れると人通(ひとどお)りもなくなってしまう。一軒(けん)しかないコンビニの前を通りかかったとき、数人の男達がたむろしているのが見えた。彼女は目を合わせないように足早に通り過ぎる。しかし、男達があとを追(お)いかけて来て、
「ねえ、俺(おれ)たちと遊(あそ)ばない? いいだろ、面白(おもしろ)いとこ連れてってやるよ」
彼女は見ないようにして歩(ほ)を早める。男の一人が彼女の肩(かた)をつかみ振(ふ)り向かせると、
「無視(むし)すんじゃねえよ。ちょっと金貸(か)してくれないかな。持ってるんだろ? 財布(さいふ)出しな」
彼女は叫(さけ)び声を出そうとしたが、声にならない。男はニヤリと笑(わら)うと、彼女の腕(うで)をつかんで暗がりの方へ引っ張(ぱ)って行った。彼女にはどうすることもできない。
だが、男達が行こうとした先(さき)から人影(ひとかげ)が急(きゅう)に現れた。男達はそれに気づいて足を止める。暗がりの中から声がした。「嫌(いや)がってるじゃないか。その汚(きたな)い手を離(はな)しな」
暗がりから現れたのは、時代劇(じだいげき)に出て来るような侍(さむらい)姿(すがた)の男。腰(こし)には刀(かたな)を差(さ)していた。
「何だ、おっさん。邪魔(じゃま)すんなよ。向こうへ行ってろ」
「そうしたいところだが、わしは弱(よわ)い者いじめをする奴(やつ)が嫌(きら)いでな」
侍姿の男は、杖(つえ)代わりに持っていた木の棒(ぼう)を刀のように構(かま)えた。男の一人が言った。
「面白いじゃないか。俺たちに勝(か)てると思ってるのか? このコスプレ野郎(やろう)!」
<つぶやき>突然(とつぜん)現れたお侍さん。彼女を助けることができるのか? この先の展開(てんかい)は?
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「ねえ、ほんとにこっちでいいの? 道(みち)に迷(まよ)ってるんじゃない?」
貴子(たかこ)は心配(しんぱい)になって訊(き)いてみた。先頭(せんとう)を歩いていた穂乃(ほの)が振(ふ)り返り、それに答えた。
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。森(もり)へ入って真っ直(す)ぐ行けばいいんだって。三時間ぐらいで着くみたいよ」
「三時間って、わたしたち、それ以上(いじょう)歩いてるよね。もう、疲(つか)れたわ」
一番後ろを歩いていた一恵(かずえ)が音(ね)を上げた。貴子は周(まわ)りを見回して、
「ここって道じゃないんじゃないの。ねえ、目印(めじるし)とか聞いてない? 川があるとか…」
穂乃はまた振り返って、「そういえば何か言ってたけど…、忘(わす)れちゃった」
穂乃はかなりアバウトなところがある。穂乃から秘湯(ひとう)へ行こうと誘(さそ)われたとき、ちゃんと下調(したしら)べをしておけばよかったと貴子は後悔(こうかい)した。
貴子は穂乃に言った。「ねえ、地図(ちず)を見せて。ちゃんと確(たし)かめようよ」
だが穂乃は平気(へいき)な顔で、「そんなの持ってないよ。だって荷物(にもつ)になるんだもん」
貴子は呆(あき)れて、「なに言ってるの。それ、一番大事(だいじ)なものでしょ。あなた、秘湯めぐりをなめてるでしょ。どうすんのよ。もし、遭難(そうなん)したら」
遭難という言葉を聞いて一恵が急に叫(さけ)んだ。「イヤよ! あたし、こんなとこで白骨死体(はっこつしたい)になりたくない。ねえ、もう帰ろうよ。あたし、帰りたい!」
<つぶやき>秘境(ひきょう)の温泉(おんせん)。いいよね。でも、準備(じゅんび)は怠(おこた)らないようにしないといけません。
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