疑似家族計画。これは政府が新しく打ち出した政策で、いよいよ今月から施行されることになった。この計画は、一人暮らしの老人や、親のいない子供たちに家族を作ろうという目的で始まった。それと、結婚適齢期なのに、いまだに独身という男女にも適用された。国が結婚相手を選び出し、少しでも少子化を解消させようという狙いもあったのだ。
この計画が発表されたとき、反対を唱える人たちもいた。だが、その声もいつしか消えてしまった。国民全体が、この計画に期待とあこがれを持つようになったのだ。
のぞみは母親を去年亡くしたばかりで、今は一人で暮らしていた。
大学から帰った彼女は、郵便受けの中に赤い封筒が入っているのを見つけた。差出人を見ると、<疑似家族計画推進委員会>となっていた。封筒を開けてみると、赤い紙の命令書が入っていた。彼女はそこに指定されている場所へ行き、まったく知らない人たちと暮らすことになるのだ。持っていけるものは、トランクひとつと決められていた。もしこの命令に従わないときは、罰せられることになってしまう。
のぞみは不安な気持ちで、真新しい家の呼び鈴を鳴らした。中から出てきたのは中年の夫婦。もちろん、この二人も推進委員会が選び出し、夫婦になることを決められたのだ。
「やあ、いらっしゃい」満面の笑顔で男が言った。「あっ、違うな。お帰りなさいだ」
「あなた、しっかりしてよ。お帰り、のぞみ」女はそう言うと、のぞみを抱きしめた。
「あの、これからよろしくお願いします」のぞみは少しホッとした。そんな変な人たちじゃないみたいだ。これなら、仲良くやっていけるかもしれない。
夕食の後、男はお茶をすすりながら、おもむろに言った。
「のぞみは、マニュアルは読んだかい?」
「マニュアル?」のぞみはしばらく考えて、「ああ、あの分厚い…」
「あら、いやだ」女はあきれた顔で、「だめじゃないの。ちゃんと読まないと」
「ごめんなさい。つい、面倒になっちゃって」
「いいかい」男はさとすように、「これから、私たちは仲良く暮らさなきゃいけない。そして、ポイントをどんどん貯めていく。そうすると、もっと大きな家に引っ越せたり、海外旅行にだって格安で行けるようになるんだ。だから私たちは、これから一致団結して…」
「あなた、そんなに頑張らなくても大丈夫よ。私たちは仲良くやっていけるわよ」
「もちろん、父さんだって。でも、もし意見の食い違いとか、もめ事があると…」
「そうね…」女は声を落として、「私、ちょっと小耳にはさんだんだけど、問題を起こした家族は、更生施設に送られるんですって」
「更生施設?」のぞみは不安になって訊いてみた。「それって、どういう…」
「これは、噂なんだけど」女は二人の耳元にささやいた。「そこへ送られたら最後、二度と出てこられないんですって」
その時、呼び鈴が突然鳴り響いた。三人は顔を見合わせた。玄関の扉を開けてみると、髪を赤く染めた男の子が、ふて腐れた感じで立っていた。彼は三人をにらみつけて、
「なに見てんだよ。息子が帰って来たんだろ。なんか言うことあんだろッ!」
<つぶやき>夫婦も最初は他人です。時間をかけて、少しずつ絆を深めていきましょう。
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