その日の授業(じゅぎょう)も終わり、月島(つきしま)しずくはひとり職員室(しょくいんしつ)の前にいた。しずくは憂鬱(ゆううつ)な顔をしてため息(いき)をつく。何で私だけ呼(よ)び出しなの? 私、何かした?
しずくは職員室の扉(とびら)を開けた。いつもなら、まだ先生がいるはずなのに誰(だれ)もいない。しずくは小さな声で、「失礼(しつれい)します」と言って中へ入った。柊(ひいらぎ)先生の席(せき)まで行ってみるが、先生はいるはずもなく…。しずくはひとり呟(つぶや)いた。
「何でよ。来いって言ったのに、何でいないの? もう、どうしたら…」
その時だ。背後(はいご)に、何か冷(つめ)たい気配(けはい)を感じた。しずくはとっさに振(ふ)り返った。一瞬(いっしゅん)にしてしずくの顔から血(ち)の気(け)が引いて、彼女はその場にへたり込んでしまった。しずくの後ろに立っていたのは、あの時の暴漢(ぼうかん)の男。警察(けいさつ)に逮捕(たいほ)されたはずのあの男だ。
男は不気味(ぶきみ)な笑(え)みを浮(う)かべて、じりじりとしずくの方へ近づいて来る。しずくは襲(おそ)われた時の記憶(きおく)が蘇(よみがえ)って身体(からだ)が震(ふる)えた。助(たす)けを呼ぼうとしても、息(いき)がつまって声が出ない。男は倒(たお)れているしずくの上に覆(おお)い被(かぶ)さるようにして顔を近づけ、ナイフを彼女の目の前にちらつかせた。しずくは抵抗(ていこう)することもできず、思わず目をつむる。
「何をしてるの? 早く入りなさい」
柊先生の声が後ろから聞こえた。しずくが目を開けると、彼女は職員室の入口(いりぐち)の前に立っていた。えっ、何で? しずくが呆然(ぼうぜん)としていると、後ろから先生に背中(せなか)を押(お)された。
「そんなとこに立っていたら邪魔(じゃま)になるでしょ。そんなことも分からないの」
<つぶやき>怖(こわ)い思いをすると、その時の感覚(かんかく)が急にわき上がってくることがあるのかも。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。