資産家(しさんか)の老人(ろうじん)が、懇意(こんい)にしている医師(いし)のところへやって来た。老人は心配事(しんぱいごと)でもあるようで、まるで病人(びょうにん)のように顔色(かおいろ)が悪(わる)かった。老人はぽつりと言った。
「最近(さいきん)、時間の進み方が早くなっているような気がするんだ。あっという間(ま)に一日が終わってしまって…。これは…、死期(しき)が近いということじゃないのかな?」
医師は呆(あき)れた顔で笑(わら)うと、「そんなことはないよ。君(きみ)の考えすぎだ。時間のたつのが早いと感じるのは、君が忙(いそが)しくしてるからさ。少しは休養(きゅうよう)をとった方がいいぞ」
「そうかなぁ? でも、朝飯(あさめし)を食べたばかりなのに、すぐに昼(ひる)になっちまうんだ。そんでもって、気づいたら晩酌(ばんしゃく)をやってる。俺(おれ)だけ、他(ほか)の人より時間が早く進んでいるんだよ」
医師はきっぱりと言った。「時間の進み方は世界共通(せかいきょうつう)。君だけ早くなることはない。心配しなくても大丈夫(だいじょうぶ)だよ。君の身体(からだ)は健康(けんこう)そのもの。私が、かかりつけ医(い)としてちゃんと診(み)てるんだから…。今日は、一人で来たのかい?」
「ああ…。でも、やっぱりおかしいよ。この間(あいだ)、娘(むすめ)が孫(まご)を連れて遊(あそ)びに来てね。もうすっかり大きくなってるんだ。前に会ったときは小さな子供(こども)だったのに…」
「子供は成長(せいちょう)が早いからねぇ。あっという間に大人(おとな)になってる。そういうもんだよ」
「そういうもんか…。みんな、そうなのかなぁ。歳(とし)をとると、みんなそんな感じに…」
「いつもの薬(くすり)を出しとくよ。忘(わす)れずに飲(の)んでくれ。またいつでも来てくれていいから――」
<つぶやき>これは何か陰謀(いんぼう)が隠(かく)されている? でも、時間ってみんな同じ長さなのかな?
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