goo blog サービス終了のお知らせ 

徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:今野敏著、『道標 東京湾臨海署安積班』(ハルキ文庫)

2022年05月15日 | 書評ー小説:作者カ行

『道標 東京湾臨海署安積班』は短編集です。
『道標』というタイトルが暗示するように、安積剛志の初任科時代(「初任教養」)から地域課(「捕り物」)などを経て刑事となり(「熾火」)、さらに出世して係長に就任し、彼を中心とした結束の固い安積班ができるまでの経過(「視野」、「消失」、「みぎわ」、「不屈」、「係長代理」、「家族」)や石倉進鑑識係長が安積の依頼を最優先で受けるようになったきっかけ(『最優先』)などが語られています。

「不屈」、「係長代理」、「家族」の3編では安積班の最新メンバーである水野真帆が登場しており、時系列はほぼ本編と同じです。

『東京ベイエリア分署』『神南署』『東京湾臨海署』の三期に亘って、三十年以上書き継がれてきた著者のライフワークなだけあって、登場人物も多く、以前に安積とであった人たちが立場を変えて再登場することも多々あるので、よほど熱心なファンでないと「この人は誰だっけ?」となることが避けられません。
でも、覚えている脇役キャラの登場するスピンオフを読むと、「ああ、だからああなのか」と納得できたりして少し嬉しくなりますね。

このシリーズは主人公の安積剛志の人柄やチームメンバーたちの個性ばかりでなく、それ以外の脇役も実に魅力的または少なくとも生き生きと描かれているところが魅力的です。



安積班シリーズ
 

隠蔽捜査シリーズ


警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ


ST 警視庁科学特捜班シリーズ


「同期」シリーズ
横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ


鬼龍光一シリーズ

奏者水滸伝

書評:今野敏著、『潮流 東京湾臨海署安積班』(ハルキ文庫)

2022年05月14日 | 書評ー小説:作者カ行

買ったまま放置して1年ほど経ってしまいましたが、積読本の山も小さくなってきましたので、手を付けることにしました。
東京湾臨海署安積班シリーズは『東京ベイエリア分署』『神南署』『東京湾臨海署』の三期に亘って、三十年以上書き継がれてきた著者のライフワークだというロングランですが、主要キャラはほぼ同じでもマンネリ化しない作品群です。

東京湾臨海署の強行犯係の安積剛志係長を中心にした物語ではあるものの、警察組織内の実に多くの人間がそれぞれの仕事をこなしながら協力したり対立したりして織りなす複雑な人間関係と、様々な事件を解決していくスーパーヒーロー不在のリアリティーが魅力です。

さて、この『潮流』は安積班全員が比較的平和に署に詰めて書類処理などをしていたある日に急病人が3人立て続けに救急車で病院に搬送されたことから始まります。彼らにつながりはなく、共通点も見つからないのですが、間もなく3人とも亡くなったので安積係長が気にし始め、須田の奇妙な知識にヒントを得て、死因が毒殺であることを突き止めます。テロを疑っていると、犯人らしい人物から東京湾臨海署宛てにメールが届き、さらに殺人を続けることを匂わせます。
捜査本部は作られず、管理官と警視庁捜査一課から因縁の相手が臨海署に乗り込んできて捜査が秘密裏に始まりますが、マスコミがリークしたため、安積が情報がどこから漏れたのか調べる羽目になります。
さらに、臨海署だけにメールが来たため、過去に臨海署が関わった事件との関係があるかもしれないと過去の事件をを調べることになり、四年半前に起きた宮間事件が浮上してきます。既に有罪が確定して結審しているものの、被告の宮間は一貫して無実を訴えており、「きれいに終わった」と感じられない引っ掛かりがあり、そのような曖昧な「勘」で雲をつかむような捜査を続けます。
筋が見えてくるまでに大分時間がかかり、方針の違う捜査一課の佐治と対立を深めます。
…という感じに地味に展開していくので、事件の真相に迫る推理過程よりも人間ドラマの方が比重が高いという印象です。

『潮流』は、一度流れができてしまうと間違っていてもみんな押し流されてしまうことがあるけれども、その流れはあるきっかけからいい方に変わることもある、という現象を象徴するタイトルです。
どんな流れなのかは読んでからのお楽しみです。


安積班シリーズ
 

隠蔽捜査シリーズ


警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ


ST 警視庁科学特捜班シリーズ


「同期」シリーズ
横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ


鬼龍光一シリーズ

奏者水滸伝

書評:今野敏著、『変幻』(講談社文庫)

2022年04月06日 | 書評ー小説:作者カ行

『変幻』は、『同期』シリーズ3部作の完結編です。
警視庁捜査一課刑事の宇田川が語り手ですが、初任科研修で仲が良かった同期の蘇我は表面上公安を懲戒免職となって隠密行動を取っており、さらにもう一人の同期・大石陽子は特殊班に属しており、この巻で「しばらく出向で会えなくなる」と言って同僚数人集めて夕食を一緒に食べた後、音信不通になります。
そこで殺人事件が起こり、宇田川ら捜査一課が関わることになりますが、死体を運ぶのに使われた車の持ち主を探す過程で、容疑者が関係するヤクザのフロント企業が大石陽子の潜入捜査先である可能性が浮上。
さらに、蘇我が大石陽子の救出に協力してくれるよう宇田川に頼んできます。

潜入捜査が本来非合法であるため、公に救出作戦を立てられないどころか情報収集も困難を極める中、果たして大石は救出されるのか?!

このシリーズの特徴は主要人物が同じ部署ではなく、話の展開が組織横断的に展開することと、正式には警察官ではない謎の立場の人間が重要な役割を果たすことです。蘇我の立場はシリーズ最終巻でも明らかにされないままです。
その点、特定の班や係に属する人物の活躍を描く他シリーズとは一線を画していると言えます。




安積班シリーズ
 
隠蔽捜査シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

ST 警視庁科学特捜班シリーズ

「同期」シリーズ

横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ

鬼龍光一シリーズ

奏者水滸伝

書評:今野敏著、『大義 横浜みなとみらい署暴対係』(徳間書店)

2022年04月05日 | 書評ー小説:作者カ行
『大義』は横浜みなとみらい署暴対係シリーズのスピンオフ短編集で、「タマ取り」「謹慎」「やせ我慢」「内通」「大義」「表裏」「心技体」の7編が収録されています。

「タマ取り」では常磐町の神風会組長・神野義治、通称「常磐町のとっつぁん」が「本牧のタツ」という70歳前後のヤクザに命を狙われているという噂から捜査が始まります。なぜ70代のヤクザ同士で今更そんなお礼参り的なことをするのか、その背景も動機も不明なので捜査します。
オチはふっと笑える微笑ましいものです。

「謹慎」でははヤクザ3人が殴られて負傷し、身柄確保した諸橋係長と城島係長補佐がヤクザに訴えられた事件が倉持の視点で描かれます。事件解決よりも倉持の捉え方に重きが置かれています。

「やせ我慢」は横浜みなとみらい署暴対係の一番の若手・日下部の視点で語られます。日下部と組んでいる横浜みなとみらい署暴対係ナンバースリーの城島が昔から暴対係の刑事らしかったわけではなく、若い頃はガタイばかりよくて気が弱かったという昔語りをします。

「内通」は倉持のパートナーであるITエキスパートの八雲の視点で覚醒剤売人の追跡を物語ります。売人を確保したら何も所持していなかったことから、横浜みなとみらい署暴対係から情報が漏れたのではないかという嫌疑がかかります。

表題作の「大義」は、シリーズ第5弾『スクエア』で神奈川県警本部長の佐藤警視が諸橋・城島を呼び出すことになる前振りエピソードです。
本部長の任を受けて笹川監察官がヤクザ同士の争いで抗争にまでエスカレートしないように取り締まる諸橋・城島に付き添います。『スクエア』で発足する諸橋・城島・笹川トリオがここですでに芽生えています。

「表裏」では暴力団関係専門のフリーライターになろうとしている増井治が常磐町の神野に取材を断られ、そこにたまたま訪ねてきた諸橋・城島コンビにつきまとい、その過程で出会った五十田組組長と意気投合し、今度は諸橋・城島のやり方に文句をつけだす、という訳の分からない行動を取ります。
ここでは「ヤクザにも人権がある」とか「ヤクザは日雇い労働者や港湾労働者を仕切ってきた」とか「ヤクザは神社等の祭りや戦後の興行などを仕切ってきた」などの歴史的社会的役割などを挙げて暴力団を肯定的に見ようとする意見にヤクザの被害を受ける一般市民たちの視点が欠如していることを鋭く指摘しています。
地域社会に根ざして住民から好かれているならともかく、人々を恐怖で支配し、搾取するのであれば害悪以外のなにものでもない。

「心技体」ではおよそ暴対らしくない外見の倉持にスポットが当てられます。見かけはひょろっとして少し童顔なので舐められやすいのですが、実は大東流合気柔術の達人なので暴対係の「秘密兵器」。
警察内部雑誌の好きな言葉企画で諸橋係長が倉持に話を振り、倉持は「心技体」と答え、それが好きになった経緯などを語ります。

どの作品もキャラクター紹介の趣があり、ファンとしては見逃せない短編集です。




安積班シリーズ
 
隠蔽捜査シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

ST 警視庁科学特捜班シリーズ

「同期」シリーズ

横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ

鬼龍光一シリーズ

奏者水滸伝

書評:今野敏著、『探花―隠蔽捜査9―』(新潮社)

2022年04月02日 | 書評ー小説:作者カ行

『スクエア』、『清明―隠蔽捜査8』に続いて、勢いで隠蔽捜査シリーズ第9弾『探花』も読んでしまいました。
それだけ今野作品は一度読み出すと止まらなくなるほどテンポの良い話運び、程よいディテールの説得力などの魅力にあふれているということですね。

今回は福岡から神奈川県警の警務部長へ異動になった同期入庁試験トップの八島という男が不穏な空気をまき散らしています。なんでも入庁試験の成績がトップだったことを殊更に誇っており、警察トップの椅子取りゲームを真剣にやっているようなタイプで、竜崎伸也の価値観とはまったく相容れない人物。
タイトルの『探花』は竜崎が入庁試験で3位だったことに由来しています。
中国の科挙の順位の名称で、1位は状元、2位は榜眼、3位は探花ということを竜崎の幼馴染で「榜眼」の同期入庁である伊丹が竜崎に教えるシーンがありますが、竜崎は自分の順位のことも科挙の順位の呼び名も初耳でした。実に彼らしい。

今回の事件は、横須賀のヴェルニー公園で死体が発見されたことで、近くでナイフを持って走っていく白人を見たという目撃証言があったため、米軍との折衝を竜崎が行い、米海軍の犯罪捜査局から特別捜査官が派遣され、竜崎の判断で捜査本部に加わることになる。横須賀署長を始めとする現場の反感は強く、捜査に支障が出るかもしれない。マスコミや住民感情などの問題が取り沙汰されます。

そして、プライベートではポーランドに留学中の息子が逮捕されたらしい映像がSNSに挙がっていたと娘から知らせを受け、外務省の知人に問い合わせることに。

警察組織内問題、捜査上の問題、プライベートの問題の3本立てなのがいつものパターンという感じですね。

隠蔽や忖度を嫌い、捜査を最優先する姿勢と「ただの官僚ではない。俺は警察官僚だ。」と誇りを持って国のため、国民のために働くという理想を本気で実践している竜崎の活躍は読んでいて胸のすく思いを味わえます。

彼のようなキャリア官僚が組織内では異端な状況はやはりちょっと嘆かわしいとは思いますが。



安積班シリーズ
 
隠蔽捜査シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

ST 警視庁科学特捜班シリーズ

「同期」シリーズ

横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ

鬼龍光一シリーズ

奏者水滸伝

書評:今野敏著、隠蔽捜査8『清明』(新潮社)

2022年04月02日 | 書評ー小説:作者カ行

昨日読んだ横浜みなとみらい署暴対係シリーズ第5弾『スクエア』 で扱われた事件の容疑者の身柄が確保されたタイミングで竜崎伸也が神奈川県警刑事部長に着任するところから隠蔽捜査シリーズ第8巻の『清明』の物語が始まります。
この小さなリンクがあるために続けて読んでみようという気になりました。
ファンにとって異なるシリーズのストーリーが交差したり、登場人物が重なったりすると、なぜか意外なところで知り合いに再会したときのようなワクワクとした嬉しい気分になれるものです。

神奈川県警の四角四面の流儀・風潮に慣れないなりに、「合理的でない」の一言でバッサリ切り捨てにしてしまうのではなく、そこそこ尊重する柔軟な態度を示す竜崎は少し丸くなったのでしょうか。

着任早々、県境で死体遺棄事件が発生し、警視庁の面々と再会するものの、どこかやりにくさを感じ、また、さらに被害者は中国人と判明して、公安と中国という巨大な壁が立ちはだかります。
一方で、妻の冴子が交通事故を起こしたという一報が入り、地元の警察OBの運営する教習所とのトラブルがあり、なかなか前途多難な様相を呈しています。

しかし、本音と建前を使い分けようとせず、本音の合理性と柔軟性を持つ竜崎節で多くの人の信頼を勝ち取り、最後にはハッピーエンドになるのがいいカタルシス効果です。

結局、人は自分を1人の人として尊重してくれ、正直に対応してくれる人を信用するものなので、何かを隠そうとしてもこじれるばかりで何もいいことはないという姿勢が清々しく、漢詩から引用したタイトルの『清明』がしんみりと心に沁みてくるような読後感を得られます。

 


安積班シリーズ
 
隠蔽捜査シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

ST 警視庁科学特捜班シリーズ

「同期」シリーズ

横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ

鬼龍光一シリーズ

奏者水滸伝

書評:今野敏著、横浜みなとみらい署暴対係シリーズ『スクエア』(徳間文庫)

2022年04月01日 | 書評ー小説:作者カ行

『逆風の街』『禁断』『臥龍』『防波堤』に続いて横浜みなとみらい署暴対係シリーズ第5弾となる『スクエア』ですが、なんと今野敏氏の著作200冊目でもあるそうです。記念すべき一冊に相応しいと言えるかどうかは分かりませんが、本シリーズの安定の面白さであることは請け合いです。

横浜みなとみらい署暴対係係長「ハマの用心棒」こと 諸橋とその補佐である城島は熱心に仕事をするあまり組織の枠組みから外れてしまうことも往々にしてあるため、警察の綱紀を正したいと自ら進んで県警本部監察官となったキャリアの笹川に目をつけられて、ことあるごとにそのやり方に対して文句を言われてきましたが、この巻ではその笹川が朝っぱらから横浜みなとみらい署にやって来て、神奈川県警本部長のお呼びだから一緒に来いと諸橋・城島を連れ出しに来ます。そんなお偉いさんの呼び出しは、普通に考えていいことであるはずがないので何か処分でも下るのかと思っていたら、新任の佐藤本部長は割とくだけた人で、自分の在任中に成果を上げたいからマルB関係では諸橋たちを頼りにしているから好きにやってくれと言う。
そして、早速横浜・山手の廃屋で起こった殺人事件で、被害者がマルBと繫がりがあるようだから捜査本部に本部長特命で入るように指示されます。
被害者は中華街で一財産を築いた中国人で、三年前から山手の自邸に籠っているという話でした。ところが、その屋敷を調べていると、さらに白骨死体が見つかり、 そちらの方が本物の資産家の中国人で、先日発見された死体はその中国人に成りすまして不動産売買の詐欺を働いていたらしいことが明らかになり。。。
という感じに事件が入り組んでおり、マル暴と不動産詐欺が絡んだ殺人事件であるため、捜査本部は捜査一課と捜査二課に暴対係を加えて捜査することになりますが、それぞれやり方が違うので衝突もあります。
また、今回は笹川監査官が諸橋・城島の補佐(監視?)としてくっついて回るので、ペアではなくトリオで結果的にいい働きをすることになります。

解説によるとこの作品は『清明 隠蔽捜査8』とリンクしているそうです。隠蔽捜査は7巻の『棲月』までしか読んでないので、これは8巻も読まねばと思った次第です。😅 


安積班シリーズ
 
隠蔽捜査シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

ST 警視庁科学特捜班シリーズ

「同期」シリーズ

横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ

鬼龍光一シリーズ

奏者水滸伝

書評:Marc-Uwe Kling, 『QualityLand 3.0 Kikis Geheimnis クォリティランド 2.0 キキの秘密』 (Ullstein)

2022年03月07日 | 書評ー小説:作者カ行

Marc-Uwe Kling の『QualityLand クォリティランド』の続編である本書『QualityLand 2.0 Kikis Geheimnis  クォリティランド2.0 キキの秘密』は、基本的には第1巻で謎めいた存在であった Kiki Unbekannt の正体に迫るSF風刺コメディです。ナンセンス・ドタバタの色合いが濃い小説ですが、ところどころに辛口の風刺パンチのきいた小説です。

メインストーリーに並行して、前回は勝手に送り付けられたピンクのイルカ型バイブレーターの返品で困っていた Peter Arbeitsloser が法改正によってようやく彼の本来の職業である機械治療師として働けるようになり、様々な機械が抱える問題に耳を傾けて治療するシーンの描写がナンセンスで爆笑ものです。
しかし、彼の平和は長く続かず、キキの命を狙う Puppenspieler(人形遣い)に診療所を破壊されたり、バイブレーター返品騒ぎで敵対していた TheShop のオーナー Henryk Ingenieur になぜか気に入られて拉致られたり、何かとトラブルに巻き込まれます。

もう一つのサイドストーリーは、大統領に就任したアンドロイド「John of Us」を爆破した Martyn Vorstand が殺人罪ではなく「器物損壊罪」に罪を軽減されて出所した後に、何をどうしてもどんどんレベルダウンしていくラインです。Martyn 自身、決して賢い振る舞いをしないのは確かなのですが、そこまで大げさに転げ落ちていくのには、何者かの悪意が働いているのではないかと勘繰りたくなるものがあります。そこで「John of Us」の意識は実はインターネットにアップロードされていて、全機械を制御していると信じる一団がいることから、Martyn も徐々に「John of Us」の復讐なのではないかと疑うようになります。

さらに第三次世界大戦が勃発し、数時間で終息するという大事件が起こり、誰もその原因が分からないという事態に「John of Us」の大統領選を取りまとめていた政治戦略コンサルタントの Aisha Ärztin が頭を悩ませるというサイドストーリーも絡んできます。明かされた原因はシャレになりません。自主学習するAI制御の防衛システムは恐るべし、という感じです。

これらのメインのストーリーラインの合間にクォリティランドの文化が手に取るように分かるような広告やSNSの類への投稿とコメントなどが挟まれていて、だいぶ話が散らかっている印象は否めませんが、それぞれにかなり笑えます。

ナンセンスでドタバタしているので万人受けするとは思えませんが、そういうノリが好きな方にはお勧めです。未邦訳ですが、1巻が邦訳済みなのでいずれ 2.0 も邦訳されるのではないでしょうか。

ドイツ語原文で読むには、少なくともB2のドイツ語力がないと厳しいかと思います。
風刺の対象やパロディの元ネタなどを知らないと理解できないシャレやジョークが多く、若者言葉やスラングも多用されているため、ドイツ語力だけではなく、ドイツ事情にも通じていないと本当のおかしみが分からないかもしれません。
でも、現代ドイツ文化を斜め後ろから知ることができるので、全てのジョークをフルに味わえなくても十分に興味深い小説だと思ます。



書評:Marc-Uwe Kling, 『QualityLand クォリティランド』 (Ullstein)

2022年02月25日 | 書評ー小説:作者カ行

Marc-Uwe Kling の『QualityLand クォリティランド』は、現在のアルゴリズムのはびこるデジタル社会を究極まで推し進めた未来社会の中で Nutzloser(役立たず)のレッテルを貼られている主人公 Peter Arbeitsloser(ペーター・ジョブレス)の幸せでない生活とそこから芽生える反発心をコミカルに描くSF風刺小説です。
しゃべる自動運転車、家のドア、家電、Ohrwurm(耳の虫・耳鳴り)と呼ばれるアシスタント、注文しなくても届く品物、世界観・考え方に合わせて提示されるニュースや広告等々。そこに描かれる近未来の世界は、まさにデジタル化の進む社会が向かっている方向です。
このようなIoTを極めた世界を描き出すことで様々な社会批判が可能だと思いますが、マルク=ウヴェ・クリングはコメディアンとしての才能を遺憾なく発揮してすべてを不条理で滑稽な「ふざける」方向に振り切り読者を笑わせます。

Peter Arbeitsloserはある日世界で一番人気のある通販会社TheShopからピンク色のイルカ型バイブレーターを受け取り、なぜそんなものが配達されたのか理由もわからず、使い道もないので返品を試みたものの、TheShop側は「システムは間違わない」という頑なな態度を貫き、一切返品を受け付けません。そこで一般人であれば諦めて商品を捨てるなり人にあげるなりして処分してしまうでしょうが、彼は諦めずに何とか返品して、TheShopのシステムの間違いを認めさせようとします。

一方でクォリティランド大統領の予想死期が迫っていたため、大統領選挙の準備が進められているのですが、候補者の一人は差別主義者のコック、対立候補は何とアンドロイド。
アンドロイドの John of Us は選挙運動でベーシックインカムの導入や富裕層に対する増税などインテリな左派政治家を彷彿とさせる政策をとうとうと説き、論理的にまともなことを言うほど世論調査での支持率が下がっていく事態に直面します。オルタナティブファクトやフェイクニュースに影響されるネット住民の行動原理そのままですね。

また、John of Us の属する政党 Fortschrittspartei(進歩党)の党員である Martyn Vorstand の私生活も描かれます。子どものために買ったなぜか4種の武術をこなせる子守ロボット、妊娠中の妻に付き添って検診に行き、生まれてくる娘の未来予想図が提示され、遺伝子操作を勧められるなど怖くて笑えないシーンもあります。

主にこの3つのラインが交互に語られ、少しずつ絡んでいき、クライマックスですべてが1つの事件に収束していくストーリー構成です。

しゃべるカンガルー(なぜか共産主義者)の登場する『Die Känguru Chroniken カンガルークロニクル』も不条理で可笑しかったですが、こちらは2000年代のドイツの情勢に詳しくないと分からない部分も多いのに対して、『QualityLand クォリティランド』の方はGAFAが支配的な社会の住人であれば理解または想像できる世界で展開されるストーリーなので日本人にもとっつきやすい内容です。

邦訳も出ていますが、B2程度のドイツ語力があれば原文も何とか読めると思います。
不条理なドタバタが一体どこへ行きつくのか気になって、どんどん読み進められるのではないでしょうか。

邦訳『クォリティランド』をAmazonで購入する


書評:今野敏著、『奏者水滸伝 全7巻合本版』(講談社)

2022年02月19日 | 書評ー小説:作者カ行

『奏者水滸伝 全7巻合本版』は『阿羅漢集結』『小さな逃亡者』『古丹、山へ行く』『白の暗殺教団』『四人、海を渡る』『追跡者の標的』『北の最終決戦』の7作品をひとまとめにした電子書籍です。さすがに一日一晩で読破することは無理ですが、4日間で読み終えました。

第1巻である『阿羅漢集結』は聖者と呼ばれた偉大なジャズマンがニューヨークで予言を残して死ぬところから始まり、「何かが動く」予感をさらに盛り上げるように木喰を名乗る謎の旅の僧侶が「羅漢」と思われるジャズ奏者を北海道・京都・沖縄で3人見つけ出して東京に集結させ、そこにふらふらと惹かれるようにもう1人東京出身の伝説化していたアルトサックス奏者が登場し、4人集結してジャズバンドを結成するところまでの物語です。

北海道の野生児ピアニスト古丹神人、沖縄の天才的武闘家にしてドラマーの比嘉隆晶、京都の茶道の時期家元にしてベーシストの遠田宗春、音大で音楽理論を教えるアルトサックス奏者・猿沢秀彦の四人はそれぞれ超人的な能力を持ち、それゆえに余人には理解されない孤独な悩みを抱えています。

だからこそ、そうした彼らの特殊能力を見抜き、あまつさえ仲間がいることを示唆する老僧の誘いに乗ったわけですね。

こうして集まったジャズマンの4人はジャズ界に一大旋風を巻き起こすわけなのですが、2巻以降は誘拐事件・殺人事件・テロなど様々な事件に巻き込まれ、そのたびにそれぞれの超能力を活かして事件解決に至ります。
事件に巻き込まれてしまうのも「羅漢」の磁場のようなもののせいらしいですが、「人にあって人にあらず、仏にあって仏にあらず。故に多く悩み、その悩む姿で人に教えをもたらす」とか「羅漢は仏法(宇宙意志のようなもの)を聞く」という禅問答のような説明以上の追及は作中ではありませんし、本人たちも別に信じているわけでもないので、神秘性やファンタジーの色は薄く、むしろ刑事を主人公にしていないだけで、かなり警察小説っぽい色合いが濃いです。
1980・90年代の作品なので時代を感じさせる部分もありますが、それはそれで味わい深いです。

なんとなく腑に落ちない点は、第1巻で4人の終結に多少なりとも一役買っていた音楽ジャーナリスト天野がその後まったく登場しないことでしょうか。7巻一気読みするとその点が奇妙に感じます。

ただ、読み始めると先が気になって止められなくなるエンタメ性の高い筆致は変わらないので、ストーリーコンセプトの細かな変更の痕跡には目をつぶれるかと思います。



にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

安積班シリーズ
 
隠蔽捜査シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

ST 警視庁科学特捜班シリーズ


横浜みなとみらい署 暴対係シリーズ

鬼龍光一シリーズ