狸喰うモノ牛愛でるモノ

虐待放置、インチキ優先のやり方を信用出来るわけねーだろ

所謂パレスチナをどう統治するか

2017-12-26 10:17:41 | Weblog
「権力は空白を嫌う」を良く言い換える前文を追加。 「民衆が略取を愛求するが故、権力は空白を嫌う」。 一般に解釈されている意味、権力者は好き勝手に支配したがる、よりもこっち、無秩序から犯罪行為が頻発する事を嫌ってそうする、の方が本質なのだと主張する。

私は昔、エルサレムに行った事がある。 そこで考える。 私が行った処ははたしてエルサレムだったのだろうか、と。
何故そこがエルサレムだったのだと言い切れるのか。 まず飛行機で移動した。 移動先は、テルアビブ・ベングリオン空港。 ベングリオン空港がどこまでテルアビブなのかは調べていないから不明。 千葉にあるのに新東京国際空港と呼ばれるものがあったりもするこのご時世、そうではなくとも不思議ではない。 でもまあ、だいたいテルアビブなのだろう、そう期待する。
私が行った「エルサレム」は本当にエルサレムなのだろうか。 滞在時の記憶を漁るにとりあえず、時差から経度はだいたいあの辺、気温と日照時間、夏に行って、昼熱かったが日が落ちるのはそう遅くはなかった、から緯度もだいたいそのくらいのはずで、電車での移動時間、経路、湿度と寒暖の差、夜はそこそこ涼しく朝方は若干肌寒い、から海から多少離れていてやや高い場所にあった、と思われると。
当面「ユダヤ人たちがエルサレムの近くに偽エルサレムを建造した」といった話を聞かない以上、私が行ったのはエルサレムだった事を疑う理由が見当たらない。

エルサレム・アメリカ大使館問題で。 ちょっと疑問に思って検索してみた。 そしたらいきなりヒット。
トルコ大統領「東エルサレムに大使館」、
と出た。
これが何って、「西エルサレムは国際的には係争地とされていない」というのを隠しているの。 マスコミが。 意図的に。 隠した上で、「アメリカがー」って報道しているの。
何がどうなっているのかって目的は
1. アメリカの足引っ張り
2. アラブ人たちに「憎み合えー殺し合えー」

て事をやっている。 政策的にやっている。 各社のデスクだかが「こう報道しろ」って方針を決めて、それに沿う形でこうした犯罪的行為がされている。 なんでって? いやだからオイルパワー絡みの駆け引きと、労働力と、底にある宗教憎悪。

うんだから現状、アメリカ政府とトルコ政府が、まあまともな事やってるんだね。
でね。 バチカンと。 レビ人たち。 「お前らも騙す側じゃね?」とかと疑っていると。
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アウフヘーベンとヤコブの梯子

2017-12-25 14:03:39 | Weblog
悪い事をしている人が居たとする。 他者を傷つける、苦しめると。 「その人は悪い事をしている、悪い人なのだ」とする、これが第一階。

「何故その人は悪い事をするのか」を考える。 なんらかの原因、事件などがありその人はそうなったと。 結果として現状がある、その人も苦しんでいる。 「その人は可哀想な人なのだ」とする、これが第二階。

その人を苦しめるようになったのは何か。 苦しめているのは何かを考える。 すると「その人は悪い人なのだ」とする決め付けがその人の苦しみをより増している、となる。 「最初に正しいとされたものは実は悪なのだ」となる。 これが第三階。

「傷つけるのは悪だ」という主張と「悪だと決めつけ苦しめる事こそ悪だ」という主張とがある。 結局それぞれ重視するものの違いがあるだけで双方エゴなのだ、となる。 これが第四階。

「ちょっと待て、双方エゴだとしても「最初の悪事」は悪い事をする人が能動的に選んだ事でありもう片方はそれによって発生した二次的なものだ」となる。 能動性と受動性の違いに最初の判断に戻る、これが第五階。

ここで色々な事に気付く。
二階ほど上がると最初の問題が見えなくなる事、善と悪とが当初と逆であるかのように見えてくる事。 ここから、「目の前の問題は各人にとって重視されて然るべき何かなのだ」との観点が出てくる。 また、階を上がるとそのそれぞれの「目の前の問題」が解消したかのような精神状態を得る事が出来る、といった経験を得る。
ここに「問題を抱えた人たちに、階を降りて伝えよう」という行動の選択肢が出てくる。
これがヤコブの梯子の上下動。 実は降りる事も重要なのだと。 幼い、拙い、狭いモノたちと同じように振る舞う別の何か。 見ようによっては「子供のような大人」でもある。
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「原住民への贈り物」

2017-12-25 07:30:00 | Weblog
オバマ氏は民主党の政治家にしては珍しく悪い事をしなかった方なのね。 それでも「アラブの春」は止めなかったけれども。
アメリカ人は「金獲ってこい」系の価値観で民主党政治家を選ぶんだな。 企業も工作機関も心得たもので、「これがリベラルだ」と称し、現地経済と精神秩序を破壊する文化を押し付けていく。 「自分たちが正義なのだ」と。 そのための報道であり人権団体であり。
不安定さが増し「なんとなく恨まれる」ようになると今度は共和党政権を選ぶ。 彼らが後始末をする。 そうするとあちこちで一応の安定が得られるようになると。
こうして世界は一回り悪くなる。
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天使たち、なんかやってる(オイルマネー)

2017-12-23 08:06:45 | Weblog
「どうしたらアラブ人たちはテロリストから離れられるのか」を考えるに、やはり人権活動家らが癌なんだな。 金の流れを中心に書くと
1. 石油の上にアラブが居る
2. 人権活動家らがオイルマネーに群ろうとする
3. 彼らが「パレスチナの人たちはこんなに酷い目に合っているのだ」「自分たちが助けるのだ」と言う
4. 辻褄合わせと「彼らが本当にやりたい事」でテロ活動となる
5. ただ石油の上に居るだけの人たちに「自分たちが義しいのだ」というフィクションが与えられる

こうなっていると。
こんな構図を作っている連中を何故「天使たち」などと呼ぶかというと、「人間たちの本音」「人間たちがやりたい事」があってこうなっていると見ているから。
自称聖職者たちは私に怒るのかね? 好きにしろ。
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社会の中堂々、駄目な価値観坐してる

2017-12-23 07:56:25 | Weblog
「まします」(坐す、在す)がIME変換辞書になかったので登録した。 「坐」、「在」読みを「ましま」で変形動詞とかで登録すると送り仮名に対応するようになる、模様。

「ウィンドウを最大化する」がらみの不具合、まだ直ってないんだな。 それをした際のシャックリみたいな挙動と、ふとした拍子に最大化設定が戻ってしまうバグっぽい何か、十年前からあるんだが。 正直、設計者たち頭おかしいんじゃないかと思っている。 サンフランシスコで見た「偽札が出回っているからお釣りは全額出さない」設定になっている券売機に接した時に感じた、あれと同種の。

「ホスト部」だったか。 結構前にアニメ化されて流行った。 これの漫画の、学園祭準備だったかな。 の場面で。 通常日本の学園祭とかは生徒たちが自分で飾り付け等を組む。 なのだがこの漫画の学校では外部から労働者を入れていて、「人を使って何かをする訓練」としてそうなっていると説明されている。
近く見なくなった気がするが、「日本の学校では教室の掃除は生徒たちがする事となっている」といった紹介に対する海外の反応、みたいのが時々出ていた。 おそらく多数派は「その教育方法が正しい」としているようだが少なからず逆の、「生徒たちは学業に専念させられるべきだ」とする見解も目に付く。 どうやらインドに多い模様。 断言しよう、インドはゴミ常識が支配する、ゴミ社会である。 そして女たちの多くがゴミ社会の方を理想としている、これが私の「ホスト部」の見方。

インドついでにイスラム教聖職者たちを怒らせかねないような事を書こうか。 「ムハンマド氏は猫たちの世話を取り上げられて死んだ」と。
一般に、奴隷と主人との関係は「奴隷が搾取されている」とされるが、逆もある。 奴隷たちが主人に要求し主人がそれに応じた結果、気付かず搾取されるようになると。 この構図を知る人は「奴隷層は悪質だ」「鞭打って躾けろ」などと言う。 つまりムハンマド氏を疲れさせ、死に追いやったのは信徒たちであり、妻たちであると。

結局、「立派な人に奴隷を付けて、代わりに管理してもらおう」という価値観が、すべて駄目。 ここにあるのは大勢の側の無責任さでありそれが良心的な人を死に追いやる。
社会は権力、ソーシャル・スキルを用いた奪い合いの場になっていて、その大多数であるクズたちは立場の上下関係なく奪う対象を探し続け、良心的な人ほど奪われる側、食われる側となるが、奪う側、食う側は自分たちのソーシャル・スキルを称え合う。
上下関係を持たない「普通の人」が疲れない社会になればいいんだよ。 でもそれを目指している人はごくまれだ。

? 「パレスチナ統治はどうあるべきか」を書こうと思ったのだが。 まあいいや。
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嘘を好む人たちと、本音を出す人たち

2017-12-21 14:38:40 | Weblog
二種類の哲学、価値観体系みたいのがあるんだな。 社会とはwin-win関係を目指す場だ、と考えている人たちは、他人に対し正確な情報を提供しようとするようになる。 そうしないとどうしたら互いにwinとなるのか、それぞれがloseを回避出来るのかが探れなくなる。 これを避けようとするなら互いに「表す」しかない。 逆もある。 ゼロサム、マイナスサムだと思っている人は「いかにして相手のを減らすか」に腐心するようになり、また相手もそうするものだという考えで動き続ける。 「正確な情報を渡す」なんてのは以ての外だな。
このwin-win型とマイナスサム型、後者は囚人のジレンマ型とも出来るが、はどっちが正しいか、だがこれは相手によるわけだ。 極端な話win-win型の人間だけで社会を構築してしまえばwin-win関係が機能する社会となるし、後者のみだとあらゆる場面がマイナスサムとなる。
Win-win型の社会とマイナスサム、囚人型の社会。 現代社会、というか古来からの人間社会は後者の色彩がより強いわけだ。 ではどうしたらよりwin-win型の社会に近づくことが出来るのか。 社会地位の高い人、責任者らを全員win-win型にしてしまえと。
で、どうやって?て。 一般に、マイナスサム型の人間の方が、自身を飾り立てるのが上手い、というか、そっち側に居る人間の方が上手くなりやすい。 粉飾を学ぶ機会が多く、またそうする事を半ば強制されると。 強制っつっても実際にはその都度自身で選ぶんだけどな。 騙すのが上手い。 巧みに粉飾する。 じゃあどう見分けるのか。
彼らは嘲るんだよ。 正直な人間を。 「ダサい」とか「拙い」とか「みっともない」とか「イケてない」とか。 なんでそうなるのかだが、おそらく強者とないし多数で結託してマイナスを押し付ける相手を探すというのを常日頃行っているからなのだろうと。
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Windowsの大幅更新があったっぽい

2017-12-21 14:21:27 | Weblog
アップデートに一時間だかかかるような。
何が変わったのか、だが、どうやら起動時に表示される壁紙が増えた模様。 あとタスクバーに「people」とかいうのが追加されている。
こんなゴミのために時間をとったのか?
何故怒らせる?

「パソコンのセキュリティーがー」みたいな話があると。 脅威度を減らす簡単・単純な解決方法ってのはあるんだな。 一般のコンピュータ、90%とか99%とかが該当するかな?から遠隔操作機能と自動更新機能をオミットしてしまえばいい。 また情報が外部流出する件も、「送信可能ボックス」みたいなのを作ってそこからの送信以外は不可、そこへの投入も手動操作のみ、としてしまえば、「その端末を操作する誰か」がやらない限りは流出しなくなる。
なんでそうなっていないのかだが。 そりゃアメリカ人が総じて汚いからだろう。
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「白雪姫の物語は強姦を助長している」とかなんとか

2017-12-20 09:26:30 | Weblog
モンゴルの方で動きがあったらしい、なんでも白鵬氏の父親が白鵬氏に駄目出しをしたとか。 「全部お前が悪いんじゃないか」と。 然るべき筋にて駄目な人間が「駄目だ」と言われた。 これにて一件落着、とする事は可能。 モンゴルの方は。 相撲協会? 処理対象だね。
何故相撲協会は、あと民主党時代に「応援団」などと称していた扇動勢と同一に見える何か、はこの件でリンチの庇いだて、事実の隠蔽に奔走したのか。 賭博問題なのだろうそれを匂わす指摘をどっかで読んだ。 で、考える。 モデル構築。
ヤクザ(マフィア)とカタギ、ヤクザ者と対比する際の一般人の呼び方だな。 この接点。 例えばこんな感じと。
ヤクザ側の客引きが、相撲好きで、頭が緩く、地位が有ったり資産持ちだったり有名人だったりするカタギに、相撲通を装って近づくと。 「最近○○関は不調だそうで、今日は負けそうですよ」と。 ここで○○関があっさり負ける、といった事が続くとそのカタギの人はヤクザの側の人間を信用してしまうわけだ。 これを成立させるためには○○関はその日必ず、負けなければならないと。
ああ、なるほど。 「情報通を装って起業家などに近づきたい人」に機会を斡旋していたんだな、相撲協会は。

欧米キリスト教圏とイスラム教圏とで「奴隷化可能な人間」という、限られたパイを奪い合っているという。 千年前からこの構図。 だからお互い関わらないようにするなら住み分け可能なはずなのね。  中国の場合は国土。 伝統文化的な純・侵略癖。 彼らが常に「日本の侵略」と言い続けるのも自己投影。
問題の質を見誤っている。

「海外の反応」系のネタで多くの中国人が、日本の小中学校の校長が生徒たちと同じ飯を食べているのを「優れている」と称賛していた。 なんでも中国では権限、高い地位を与えられると差をつける、違いを露わにしようとするのが当然らしい。 昔の日本人は中国人たちにまともな家とまっとうな責任者を与えようとしたんだけどね。

「女は捨ててきた」なる話を目にした。 なんでも祖母とテレビを、だったかな?視ていて「夫の趣味のものを捨てる妻」みたいな話が出てきてそれに「なんでこの人は人のものを捨てようとするのかな」と言ったと。 すると祖母が「女は捨てる生き方をしてきたからね」と。 男で処女を捨て、結婚で名字を捨て、子供が出来て女を捨てと。
これものによって違うと思う。 まず出産育児だが、これ「忙しくなった」と「体形が崩れた」の複合だな。 前者は周囲に義務を求める立場だったのが一気に逆の、急に求められる義務が激増するという状況と。 後者は事故や病気などで起こるような事を、古い時代ならば、社会から強制されると。 これについては「捨てさせられた」という面が強いんじゃないかなと思える。
名字。 強制性については時代がかかっているが、本質的には所属の変更だわな。 「バッファローズのイチロー」氏が「ヤンキースのイチロー」氏になる。 ヤンキースになったらもうバッファローズとは名乗れない、これが所属の変更。 これ旧時代でも男にもあったのね。 男の中では少数派ではあったが、極端なレアケースというわけでもなかった。
処女。 これ元々セックスの価値を吊り上げるためのデコレーションだろ。 「初めての将棋」や「初めてのゴルフ」には大した価値はない、それと同様に「初めてのセックス」にも価値はないとする社会も可能、そうしなかった、社会がそうなっていないのは女の側の戦略。 これが同列に語られている段階で「あれ?コイツなんかおかしいな」とするわけで。
ついでに、趣味。 元々のネタが夫のコレクションを勝手に捨てる話なんでこれも。 「男は子供のころから一生同じような漫画やゲームを喜び続けるが女は趣味を乗り換えていく」みたいな男女ネタがあるが、捨てる理由がないんだよ。 「違った自分を演出しよう」なんていう邪心が無い限りは。
結局「勝手に人のものを捨てる女」ってのは経緯はあったかも知らんが、なんだかんだで「嫌がらせに生きる事を自分で選んだ人間」でしかない。

小学校低学年の児童がなんでも後ろからバットで指導員を殴った、との事件が話題になってて、その反応が目に付いたと。 詳細は不明だが状況から発達障害だろうとの推測が立ち、事件化した事につき児童の立場云々で指導員を責めるような態度をとった学校関係者だかに不信感を募らせる人多しと。
で、反応だが
・バットで人を殴る事は論外
・人を怪我させたのならば事件化は当然
・発達障害者を辺にかばうのではなくはっきり駄目だとする方が正しい
・発達障害者は普通学校ではなく専門の学校で教育する方が良い
・この学校関係者らは児童をスポイルしている
・報道が事実関係の隠蔽や情報操作の方向に流れているのではないか

といったものがあり、これらはまあ妥当だと思う。 ただし、これらとは別に、人格障害者らによる発達障害者叩きなんじゃないかと思えるようなレスも目に付いた。 所謂「嫌カス」ってヤツだな。 迷惑喫煙、煽り運転、リンチ問題、弁護士による示談強要被害者泣き寝入り問題、プロパガンダ追及等々、社会がより「公正さ」を意識する方に変わってきている。 これまで主流として振る舞ってきた嫌カスたちにしてみれば「不当に迫害されるようになった」とでもしたものなのだろう。 フラストレーションを溜めている。 彼らのそれは弱者に向けられるようになっているんだろうな。 彼らの凶行や各所で起こるだろう扇動も心配だが、正直危惧しているのが「戻っちゃうんじゃないか」って事。 「偉くなったのだから今度は自分たちが後進に嫌がらせをする番だ」という社会の方に親しみがあるんだろ?

さて表題の。
なんでも司法関係者が「白雪姫の王子がした事は準強姦に該当する」とのツイートがあったとかで話題になった。 これに対して「死姦じゃね?」といったツッコミがあったりと。 これはいい。 ってゆーかまたIMEが単語統制してんのな、屍姦が変換に出てこない。 WindowsもIMEも不満だらけだ消えろと願う。
話を戻そう。 「準強姦だ」「死姦だ」といった話が出る。 これでいい。 こうした話が出来ない社会というのは統制された社会であり、誰かの気分だけの、直接の害のないものが規制される社会を目指す気にはならない。 目指している人はクズだと思っている。 よって、こうした話が出てくる事は良い。
ただしだ。 周辺には別の問題があったりもする。
・児童文学による因習継承
・児童文学の取り扱い及び改変問題

こんな感じの。 因習の継承や犯罪文化推奨の対応として一般に
1. 発行禁止化
3. レーティング
3. 内容改変
4. 放置
5. 指導

などの方法が採られると。 犯罪文化の放置は正直、まともな人間のする事じゃあないと思っている、一般的であり常識的であったりもするが。 内容改変にも反対。 私ならどうするか。 いっそ小学校の、国語の教科書にでも載せてしまえと思う。 そしてそこで、「こうした行為は現代社会では犯罪です」「昔の人はルーズだったんだね」とでも教えればいい。 こうすれば物語はそのままで逆に犯罪文化の抑制に役立つ。

今の社会は「犯罪行為による実害を抑止する」のと「子供などの他者を自分の言いなりにするのが気分がいい、出来ないと気分悪い」とったものがごっちゃになってるんだね。 後者の方が強い。 「わざとごっちゃにしてるんじゃないの?」と思わなくもなく。 「犯罪被害も気分の問題じゃね?」と思う人も居るのかな? そーゆー社会でいいって言うんなら放置するよ。
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赤猿たちに学ぶ「トリガーハッピー哲学」

2017-12-19 10:59:00 | Weblog
「トリガーハッピー哲学とは何なのか」の説明(と言っても、こうだ、と書ける程に理解してはいないのだが)をすっ飛ばして、どうするかを考える。
モデルその1 「神様のいない日曜日」第一巻の終わりの方。
モデルその2 「お茶をにごす」の命令されたチンピラたち。

説明しよう、「神様のいない日曜日」とはゾンビもののライトノベルである。 ある日突然人が死んだ後もそのまま生き続けているかのように活動を続けられるようになった、奇跡ありありの世界で、一巻終盤に出てくるのが人狩り集団。 こいつ等が面白半分に仲間の頭を吹っ飛ばすような連中で、銃撃戦の後埋葬されました、って話。
「お茶をにごす」はチンピラの話。 確か、人んちの壁に落書きしてたチンピラ二匹がものすごーく怖いチンピラ、主人公なんだけれども、に脅される。 「善人のフリをしろ」「いつまで」「一生だ」みたいな。
でこの、元チンピラたちが後で、「イイ事すると人に喜ばれるのが嬉しい」みたいな事を言っていたりするんだけれども、なんだかんだで別のチンピラグループに追われる羽目になると。 そこでガチ聖人に匿われて助けられるんだが元チンピラたち「自分たちはクズで巻き込むから近づかない方がいいんだ」みたいに言うと。

なんでこんな事書いてるかだが、三行で説明する。
・トリガーハッピーな生き方は昔からあった
・天使ガブリエルがキリスト教とイスラム教を造った
・今、眼前に、文明の衝突

こんな感じ。 今一つピンとこないのがアイツ無くしたくてやっているのか残したくてやっているのかなんだな。 多分どっちでもないんだろうけれども。 予想だと「なんか楽しい」と「なんか嫌」があって、「こうだ!」って感じで動いてる。

でだ。 「文明の衝突」が起こったとしようその結果をどう量るか。 「いや量れないだろう」と言われる方多数と思う、だが過去のそれの結果は今ある。 日本の例だと、成田闘争や沖縄反米運動。 彼らの本音は「押し付けられた平和よりも好き勝手にやる闘争の自由を寄越せ」なのね。 彼らが本音を隠すのも、隠さないと甘い汁が吸えない下手すりゃ総スカンだからってだけで。

WoTの現状。 「赤猿」と呼ばれる人たちが大勢いる。 WoTとは戦車で闘うゲームで15人対15人にランダムに振られたチームで試合をすると。 プレイヤーを勝手に分類する。
・ビギナー
・エンジョイ勢
・チーム勢
・スコア勢

ビギナーは始めたばかりの人。 エンジョイ勢は「このゲームはラジコンみたいに戦車を乗り回して砲をパンパン打つゲームで、チーム戦の形式はおまけ」くらいに思っている人たち。 チーム勢は「振られたチームで協力して勝利を目指す(ないし敗北を回避する)ゲーム」と思っている人たち。 スコア勢は「これは自分が敵を撃ってその数字を競うゲームで、結果的に勝ったり負けたりするんだ」くらいに思っている人たちと。 
「赤猿」ってーのはこのゲームの、ゲーム内のプレイヤーの一部に対する日本語での蔑称で、XVMっていう機能でスコアが低い人たちが赤く表示される事から来た単語と。 使われ方には幅があって、自分より下手な人全般をそういう人も居れば、下手糞の内好んで迷惑行為を繰り返すプレイヤーだけをそう呼ぶ人も居ると。
このゲームでプレイヤーの意見が分かれがちなのが以下の三点と見る。
1. cap勝ち
2. draw(引き分け)
3. 自走砲



また邪魔が入った。 「何故そうする」と怒ると「ンドゥール」と出た。
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イスラエルとパレスチナ

2017-12-14 12:39:48 | Weblog
先日、アブが迷い込んできた。 一応、箱に止まらせて外に出した。 「そういやお前らもいたな」って、天使云々の話。 そいつらは好きなんだけどね。

好きなヤツらと嫌いなヤツらとを分けて、後者を勝手に破滅するに任せる。 そういうもんでもない。 そんなこんなで筆をとる、というかキーボードを叩くと。
金銭、貨幣経済とは身勝手に欲で動き好き好きにルールを切り替えていく人間たちを、社会契約関係に搦めとるためのものであり、罪人たち、キリスト教徒はこれを「悪魔の仕業」と言う。 この罪人たちに対する作用点がユダヤ人社会であり、彼らが西洋を誘導してきた。 彼らを以て西洋社会は誘導されてきた。
現状このユダヤ人社会はニューヨークとイスラエルとに分かれている。 欧州から離れたんだな。 そんなこんなで私はニューヨークを「悪魔たちの中心」とし、時々「実は裏事情がごにょごにょ」などと書いたりもすると。 こんかいのネタはニューヨークではなくイスラエルの方。

所謂パレスチナ問題の起点はイスラエル建国だ、とするのが一般だが私はこれを、アラブ大反乱に置くべきだ、としていると。 色々と情報を集めてみた結果、何年か前に気付いたんだな。 常識として「アラブ人はイスラエル建国以前はユダヤ人を迫害していない」となっているが、実は1936年に組織的迫害を始めていて、イスラエル建国への流れはそれへの反撃となっていると。 結果、リベラルと称する連中が叫んでいる「イスラエルの保守派が諸悪の根源だ」というものは間違っており実際には彼ら保守派の主張は正しく、嘘なのは所謂パレスチナ側の主張。

一方で、イスラエルの側がやってこなかった事もある。 アラブ人たち、所謂パレスチナ人たちの家を建てる事である。 イスラエル人たちは「彼らが協力するならば我々もそうしよう」などと言うが、「協力しなくてもやれ」というのが一つの筋。 例えばだ。 もし四半世紀前に「非協力的な人たちにも住居その他もろもろを手配する」といった政策を執っていたらどうなっていたか。 今の彼らの20代の大半、30代の過半数は、安定した社会で育った人間になっていた。 現状そうなっていない。 だから問題なんだろう?
まあ理想論だ。 「それをやるには金も人手も無い」と言われるかもしれない。 やったらやったでテロ死者が出るだろうしな。 じゃあ「金が工面出来たらやるのか?」と問われたらどうするね。 工面できそうなところはありそうだが。
結局「テロ社会続けるの?」って話であり、「お前ら何なの?」って話であり。
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