『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
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[映画『テラビシアにかける橋』を観た]

2008-01-27 01:59:24 | 物語の感想
▼さて、午前中にも来たMOVIX昭島に、この日、再び、参上!^^

『テラビシアにかける橋』は、ファンタジー映画と思いきや、家族ドラマであり、学園ドラマであり、少年の成長ドラマであった。

それは悪い意味ではない。

非常に良作であった。

主人公は、裕福でない大家族の中で、誰もが少年時に抱くような不満を抱えている少年ジェス。

上下の姉妹はうっとうしく、父親は、自分にだけ厳しくあたる。

学校でも、クラスのいじめっ子にからかわれる毎日。

ジェスは、やや周囲に心を閉ざして生きている。

そんなときに、クラスに一人の少女レスリーが転校してくる。

レスリーは、元気いっぱいの少女だが、今風に言えば「不思議ちゃん」で、空想癖がある。

例えるなら、『ハリー・ポッター』のルーナである^^

通学バスの降車が同じ縁もあり、二人は徐々に親しくなっていく。

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この少女が美しい。

私は、そもそも「ときめき短髪元気美少女、負けず嫌いの少年系」を好みとしている。

だから、テイタム・オニールが演じていた『がんばれ! ベアーズ』のアマンダなんて、いまだに理想だし、デビュー当時の広末涼子なんて、天使にしか見えない^^;

レスリー役のアンナソフィア・ロブ・・・、目玉がグリグリに大きいし、非常に表情が豊かである。

これが、成長していくに従い、体が大きくなり、顔の中での目の大きさのパーセンテージが低くなり、大きな瞳の魅力は減少していくのだろう。

少女の今が、最高なのである。

何よりも、胸がほとんどないのが、くわーっ、可愛いんだよ~^^;

いじめっ子の上級生の女が落ち込んでいるときに、ジェスに「慰めてやれよ」と言われ、「困っちゃうけれどやるべきだな」と決めるに至る表情の移り変わりなどとても生き生きしている。

また、ファッションセンスも、スポーティーでありながら装飾過多で、いい。

私は、一緒に観ていた娘っ子に、「レスリー…、この子、綺麗過ぎる^^」と観ながら言っていた。

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「能動的な不思議ちゃん」のレスリーは、ジェスと森を散策し、そこにある木々やスクラップカー、小動物たちに、架空の魔法王国テラビシアの痕跡を見出していく。

ジェスも、そのレスリーの夢に共感を感じていくのだった。

学校でも、レスリーは特異な生活をする。

分け隔てなくみんなに接するが、自由教科では多くの才能の片鱗を見せる。

だが、クラスの中心であるわけでもなく、そのリーダーシップも、あくまでも限界がある。

意地悪上級生が、トイレの使用に1ドルを要求しているのに怒り、下級生のちびっ子と「おしっこに自由を!」とシュプレヒコールで行進して行くのだが、そのまま戻ってきたりする^^;

でも、その時の「抗議する役を演じる」てな表情が実に可愛いんだよね。

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そんなレスリーだが、死んでしまう。

そして、ジェスに対して厳しかった周囲が、悲しみの内にあるジェスを守ろうとするのだ。

特に、厳しかった父親の、苛酷な問題に直面してしまったジェスへの優しさに、ジェスは、自分の疎外感が過ちだったと気づくのだった。

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・・・世の中には、数多くの理不尽さが渦巻いている。

でも、それを克服できるのは、夢を持つことであり、行動することであることを、この作品は教えてくれている。

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昼に観た『母べえ』も、主人公の大事な人を物語の半ばで失っていた。

そして、周囲の人の愛で、悲しみを力に変えていく。

『母べえ』の場合は、それが「反戦」テーマにすり替えられてしまっていたが、『テラビシアにかける橋』では、その困難を、生きている者が現実として受け止めて、それを克服、自分の「人生の糧」と変えていく希望が真っ直ぐに描かれている。

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みんな、目を閉じれば、いつでもレスリーの挑戦的な微笑を心に甦らせることができる。

そして、私は、次なる美少女ライラ(『ライラの冒険』3月公開)に想いを馳せるのだった。

                           (2008/01/27)
コメント (2)
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