▼さて、午前中にも来たMOVIX昭島に、この日、再び、参上!^^
『テラビシアにかける橋』は、ファンタジー映画と思いきや、家族ドラマであり、学園ドラマであり、少年の成長ドラマであった。
それは悪い意味ではない。
非常に良作であった。
主人公は、裕福でない大家族の中で、誰もが少年時に抱くような不満を抱えている少年ジェス。
上下の姉妹はうっとうしく、父親は、自分にだけ厳しくあたる。
学校でも、クラスのいじめっ子にからかわれる毎日。
ジェスは、やや周囲に心を閉ざして生きている。
そんなときに、クラスに一人の少女レスリーが転校してくる。
レスリーは、元気いっぱいの少女だが、今風に言えば「不思議ちゃん」で、空想癖がある。
例えるなら、『ハリー・ポッター』のルーナである^^
通学バスの降車が同じ縁もあり、二人は徐々に親しくなっていく。
# # # #
この少女が美しい。
私は、そもそも「ときめき短髪元気美少女、負けず嫌いの少年系」を好みとしている。
だから、テイタム・オニールが演じていた『がんばれ! ベアーズ』のアマンダなんて、いまだに理想だし、デビュー当時の広末涼子なんて、天使にしか見えない^^;
レスリー役のアンナソフィア・ロブ・・・、目玉がグリグリに大きいし、非常に表情が豊かである。
これが、成長していくに従い、体が大きくなり、顔の中での目の大きさのパーセンテージが低くなり、大きな瞳の魅力は減少していくのだろう。
少女の今が、最高なのである。
何よりも、胸がほとんどないのが、くわーっ、可愛いんだよ~^^;
いじめっ子の上級生の女が落ち込んでいるときに、ジェスに「慰めてやれよ」と言われ、「困っちゃうけれどやるべきだな」と決めるに至る表情の移り変わりなどとても生き生きしている。
また、ファッションセンスも、スポーティーでありながら装飾過多で、いい。
私は、一緒に観ていた娘っ子に、「レスリー…、この子、綺麗過ぎる^^」と観ながら言っていた。
# # # #
「能動的な不思議ちゃん」のレスリーは、ジェスと森を散策し、そこにある木々やスクラップカー、小動物たちに、架空の魔法王国テラビシアの痕跡を見出していく。
ジェスも、そのレスリーの夢に共感を感じていくのだった。
学校でも、レスリーは特異な生活をする。
分け隔てなくみんなに接するが、自由教科では多くの才能の片鱗を見せる。
だが、クラスの中心であるわけでもなく、そのリーダーシップも、あくまでも限界がある。
意地悪上級生が、トイレの使用に1ドルを要求しているのに怒り、下級生のちびっ子と「おしっこに自由を!」とシュプレヒコールで行進して行くのだが、そのまま戻ってきたりする^^;
でも、その時の「抗議する役を演じる」てな表情が実に可愛いんだよね。
# # # #
そんなレスリーだが、死んでしまう。
そして、ジェスに対して厳しかった周囲が、悲しみの内にあるジェスを守ろうとするのだ。
特に、厳しかった父親の、苛酷な問題に直面してしまったジェスへの優しさに、ジェスは、自分の疎外感が過ちだったと気づくのだった。
# # # #
・・・世の中には、数多くの理不尽さが渦巻いている。
でも、それを克服できるのは、夢を持つことであり、行動することであることを、この作品は教えてくれている。
# # # #
昼に観た『母べえ』も、主人公の大事な人を物語の半ばで失っていた。
そして、周囲の人の愛で、悲しみを力に変えていく。
『母べえ』の場合は、それが「反戦」テーマにすり替えられてしまっていたが、『テラビシアにかける橋』では、その困難を、生きている者が現実として受け止めて、それを克服、自分の「人生の糧」と変えていく希望が真っ直ぐに描かれている。
# # # #
みんな、目を閉じれば、いつでもレスリーの挑戦的な微笑を心に甦らせることができる。
そして、私は、次なる美少女ライラ(『ライラの冒険』3月公開)に想いを馳せるのだった。
(2008/01/27)
『テラビシアにかける橋』は、ファンタジー映画と思いきや、家族ドラマであり、学園ドラマであり、少年の成長ドラマであった。
それは悪い意味ではない。
非常に良作であった。
主人公は、裕福でない大家族の中で、誰もが少年時に抱くような不満を抱えている少年ジェス。
上下の姉妹はうっとうしく、父親は、自分にだけ厳しくあたる。
学校でも、クラスのいじめっ子にからかわれる毎日。
ジェスは、やや周囲に心を閉ざして生きている。
そんなときに、クラスに一人の少女レスリーが転校してくる。
レスリーは、元気いっぱいの少女だが、今風に言えば「不思議ちゃん」で、空想癖がある。
例えるなら、『ハリー・ポッター』のルーナである^^
通学バスの降車が同じ縁もあり、二人は徐々に親しくなっていく。
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この少女が美しい。
私は、そもそも「ときめき短髪元気美少女、負けず嫌いの少年系」を好みとしている。
だから、テイタム・オニールが演じていた『がんばれ! ベアーズ』のアマンダなんて、いまだに理想だし、デビュー当時の広末涼子なんて、天使にしか見えない^^;
レスリー役のアンナソフィア・ロブ・・・、目玉がグリグリに大きいし、非常に表情が豊かである。
これが、成長していくに従い、体が大きくなり、顔の中での目の大きさのパーセンテージが低くなり、大きな瞳の魅力は減少していくのだろう。
少女の今が、最高なのである。
何よりも、胸がほとんどないのが、くわーっ、可愛いんだよ~^^;
いじめっ子の上級生の女が落ち込んでいるときに、ジェスに「慰めてやれよ」と言われ、「困っちゃうけれどやるべきだな」と決めるに至る表情の移り変わりなどとても生き生きしている。
また、ファッションセンスも、スポーティーでありながら装飾過多で、いい。
私は、一緒に観ていた娘っ子に、「レスリー…、この子、綺麗過ぎる^^」と観ながら言っていた。
# # # #
「能動的な不思議ちゃん」のレスリーは、ジェスと森を散策し、そこにある木々やスクラップカー、小動物たちに、架空の魔法王国テラビシアの痕跡を見出していく。
ジェスも、そのレスリーの夢に共感を感じていくのだった。
学校でも、レスリーは特異な生活をする。
分け隔てなくみんなに接するが、自由教科では多くの才能の片鱗を見せる。
だが、クラスの中心であるわけでもなく、そのリーダーシップも、あくまでも限界がある。
意地悪上級生が、トイレの使用に1ドルを要求しているのに怒り、下級生のちびっ子と「おしっこに自由を!」とシュプレヒコールで行進して行くのだが、そのまま戻ってきたりする^^;
でも、その時の「抗議する役を演じる」てな表情が実に可愛いんだよね。
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そんなレスリーだが、死んでしまう。
そして、ジェスに対して厳しかった周囲が、悲しみの内にあるジェスを守ろうとするのだ。
特に、厳しかった父親の、苛酷な問題に直面してしまったジェスへの優しさに、ジェスは、自分の疎外感が過ちだったと気づくのだった。
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・・・世の中には、数多くの理不尽さが渦巻いている。
でも、それを克服できるのは、夢を持つことであり、行動することであることを、この作品は教えてくれている。
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昼に観た『母べえ』も、主人公の大事な人を物語の半ばで失っていた。
そして、周囲の人の愛で、悲しみを力に変えていく。
『母べえ』の場合は、それが「反戦」テーマにすり替えられてしまっていたが、『テラビシアにかける橋』では、その困難を、生きている者が現実として受け止めて、それを克服、自分の「人生の糧」と変えていく希望が真っ直ぐに描かれている。
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みんな、目を閉じれば、いつでもレスリーの挑戦的な微笑を心に甦らせることができる。
そして、私は、次なる美少女ライラ(『ライラの冒険』3月公開)に想いを馳せるのだった。
(2008/01/27)