白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(132)小山内薫作「息子」について

2016-09-01 20:45:38 | 観劇
小山内薫「息子」について
この作品は小山内薫が大正11年「三田文学」7月号に発表した新歌舞伎の戯曲で 
初演は大正12年3月帝国劇場で金次郎を6代目尾上菊五郎 火の番を4代目尾上松緑 捕吏を13代目守田勘弥が演じた 
小山内の但し書きによるとイギリスのハロルド・チャピンという作家の作品(Augustus in Search of a Father )を幕末の江戸に書き換えた翻案劇である
(なおこの作品は日本ペンクラブ電子文藝館で読むことが出来る)
この作品も(白鷺だより(4)月夜の一文銭で詳しく書いたように)川村花菱の「上州土産百両首]も英米文学の翻案作であったのか 近代歌舞伎の発展にも奥深いものがある

我々の大先輩たちの面々が「近代演劇倶楽部」なるものを立ち上げ 
その第二弾(第一弾目は筒井庸助 演出「夕鶴」)として発表したのがこの「息子」であった
(2014年 吹田メイシアター中ホール)

あらすじ
ある雪の夜 お尋ね者の金次郎は暖を取るため江戸の入り口にある老爺がいる番小屋に立ち寄り ひとしきり火の側で語り合う その中で金次郎は実はその老爺の元を出て行った息子であることが判る 金次郎はそれと気づくが 老爺は息子の出世を信じて疑わないため 目の前にいる無頼の徒が息子だとは夢にも思わない 金次郎は最後まで名乗らず 捕吏に捕まる直前に逃げて行く その去り際に「ちゃん」とつぶやき幕となる

配役は金次郎に千楽一誠 火の番に芝本正 捕吏に下元年世 演出に田中弘史であった
皆さん大熱演で見ごたえのある舞台であった

これを見ながら「あれっ!これは」と気付いた作品があった 
それは梅沢劇団の昔からレパートリーにある「火の番小屋」という作品で火の番は年老いた老婆(もと女郎)である 
まだお母さんの竹沢龍千代さんがお元気な頃でこの老婆およしは持ち役であった 
金次郎風のお尋ね者伊三郎は座長の武生で捕吏役(十手持ち)は智也さんであった 
ラス立ちには劇団員全員が出た 
その当時の梅沢劇団は一公演に芝居が二本やっていて「前狂言」(お笑いもの)「歌のショウ」(羽二重跡を帽子で隠して)「座長口上」「後公演」(しんみり人情もの)「舞踊ショウ」「舞踊バラエティー」の六本立てであった しかも芝居・バラエティーは昼夜別狂言であった
 
新歌舞伎座に出演中の梅沢武生元座長に聞いてみると 
この芝居は先代座長梅沢清のころからやっていて 昔は父親だったらしい 
それを武生の代になって夜鷹あがりの母親に変更したらしい 
最近ドラマ「24」シリーズで有名になった役者(キーファー・サザーンランド)がテレビドラマでこの話と同じネタでやっていたらしい 
父親はもとDV男で現在は牧師 懺悔室に来た男が自らの犯罪を懺悔する中自分の息子だと知るという話らしい 
調べたら彼はイギリスの俳優だった
 
昭和57年川崎の大島劇場で渡辺美佐子が井上ひさしに言われて梅沢劇団を訪ねた時 
なりゆきで「百聞は一見にしかず」と筋と配役だけ知らされて舞台に放り出されたのがこの作品であり 
渡辺がブッツケで必死に演じたのがこの「火の番小屋」の老婆およしであった 
渡辺はこの時に座長に貰った「大入り袋」を貰ったが封を切っていない 
この後井上ひさしの名作「化粧」が誕生する

最近この「息子」が若手歌舞伎役者の間で再評価され 
歌舞伎座で染五郎主演で上演 老爺は歌六 捕吏役に信二郎にて上演(2005)
第20回歌舞伎フォーラム公演には中村又五郎演出による片岡松之助 松三郎らが出演して公演(2006年)

また2015年86歳で亡くなった加藤武がその年の1月日本橋亭で行った朗読会の演目もこの「息子」だった

そして今年(2016)10月吉祥寺シアターでマキノノゾミ演出で佐藤B作親子で上演の予定