日本ラグビーフットボール協会の副会長:清宮克幸氏は自らのラグビー人生、特に監督として3チーム(早稲田大、サントリー、ヤマハ)を指導した経験をもとに自らのマネージメントの極意を語った。その極意とは?
「野村証券札幌支店開設80周年記念特別講演会」における昨日の投稿、第一部の野村ホールディングスの池上浩一シニア・コミュニケーションズ・オフィサーが「グローバル化する世界~新たな時代にチャンスをつかむ日本、そして北海道~」に続いて行われた第二部の日本ラグビーフットボール協会清宮副会長が「清宮流マネージメントの極意「情熱、言葉の力、独自性」~人を支え、組織を動かす~」についてレポしたい。
清宮氏は冒頭で今回日本が開催されたラグビーWCの大成功について触れた。日本ラグビーフットボール協会の副会長としては当然のことだろ。ちなみに清宮氏は24試合も観戦したそうだ。さすがである。
ここで面白いエピソードがある。清宮氏は私たち聴衆に問いかけた。「これは絶対分からないと思うけど…」と前置きして、「日本でラグビーワールドカップを開催しようと最初に言った人は誰でしょうか?」と問いかけ、「もし分かる人がこの中に居たら息子の幸太郎のサイン入りの色紙をあげてもいい。(清宮氏が日本ハムの清宮幸太郎選手の父親であることは有名である)」とけしかけた。私は早大ラグビー部OBで、外交官となりイラクで非業の死を遂げた奥克彦氏であることを知っていた。清宮氏は「誰も知らないだろう」といった顔で何度も問いかけるものだから、私は思い切って手を挙げた。それに気づいた清宮氏は私の自信満々の表情を見て、「こいつは正解を知っている」と悟ったのだろうか、「まあ、いいでしょう」と話し、さっと正解を言ったのだった。「それはないでしょう!何がいいの?清宮さん!」と言いたいところである。
奥氏は早大ラグビー部で清宮氏の先輩である。奥氏はイギリスに留学していた際にラグビーに親しみラグビーの国際競技連盟(国際ラグビー評議会)の役員にも多くの知己を得たようである。そこから「日本でラグビーWCを開催しないか?」という提案を受け、奥氏と清宮氏は当時の日本ラグビーフットボール協会の森喜朗会長に進言したというのが、そもそもの始まりだと清宮氏は語った。
つづいて話は、ラグビーWC直前に話題となったテレビドラマ「ノーサイドゲーム」のことに移った。清宮氏は「あのノーサイドゲームのモデルは清宮氏が監督を務めたヤマハ発動機である」と話した。清宮氏はドラマの原作者である池井戸潤氏と食事をした際にヤマハ発動機の窮状を話したことがあったそうだ。私は残念ながらドラマ「ノーサイドゲーム」はまったく見ていない。ドラマがどのような内容で、どのように展開をしたのか知る由もない。はたして清宮氏が言った通り「ノーサイドゲーム」のモデルチームがヤマハ発動機なのか、ネットで確かめてみた。すると、視聴者たちの中には諸説があるようだが、私は清宮氏の話を信ずることにしょう。
さて、肝心のテーマについての話だが、清宮氏はラグビー監督として名将の一人として数えられる方であるが、学生ラグビーの早稲田大、実業団のサントリー、ヤマハ発動機と3チームを率いて、それぞれ日本一を獲得した経験を持っている。(早稲田大の場合は学生日本一)それぞれのチームでのエピソードを交えて、“情熱” “言葉の力” “独自性” を大切にしたチームづくり、選手育成を語った。
最後に清宮氏は協会の副会長を務めるとともにラグビープロリーグ準備委員会の会長に就任した。そのことに関し、「北海道にもプロチームを作りたい」と明言した。ぜひその実現に向けて尽力いただきたい。
今日のブログは書き終えてみて、タイトル名に対して「ちょっと羊頭狗肉かな?」との思いをぬぐえない…。