田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

第11回 かでる de かなでるFoster Concert

2023-02-28 19:10:19 | ステージ & エンターテイメント

 毎回触れているが、Fosterには「育てる」という意味がある。第11回目の今回は、陸上自衛隊第11音楽隊が恵庭南高校吹奏楽部と千歳北陽高校吹奏楽局の生徒たちを育てるために一肌脱いだ(ちょっと古臭い言い回しですなぁ)コンサートだった。

        

 連日の音楽三昧である。2月26日(日)午後、道民活動センター(かでる2・7)のかでるホールにおいて第11回のかでるde かなでるFoster Concert」が開催され参加した。

 このFoster Concertは前述のとおり、中学、高校年代の吹奏楽を志す生徒たちに、プロの立場から音楽的なアドバイスを行い、生徒たちのレベルを上げようと開催されている コンサートである。今回は部員数の少ない恵庭南高校吹奏楽部千歳北陽高校吹奏楽局の二つの高校が合同で指導を受けたようだ。お話によると陸上自衛隊第11音楽隊の方々が両校を訪れて指導し、その成果の発表の場が2月26日のコンサートだったのだ。

 コンサートは、恵庭南高校と千歳高校の合同演奏、陸上自衛隊第11音楽隊の順に演奏し、最後に三者の合同演奏が行われた。演奏された曲目は下のプログラムのとおりである。

        

 恵庭南高校と千歳北陽高校の合同演奏は少ない人数をやりくりして、まとまった演奏を披露してくれた。演奏後の話によると普段は両校の交流はないということだから、短い期間にもかかわらず良くまとまった演奏ができたものと感心させられた。

 そして指導役を担った陸上自衛隊第11音楽隊の演奏である。演奏した4曲はいずれも各年度の吹奏楽コンクールの課題曲だという。1956年の「行進曲『大空』」、1992年の「吹奏楽のための『クロス・バイ・マーチ』」、2004年の「エアーズ」、そして2023年(今年)の「行進曲『煌めきの朝』」の4曲である。私の注目は先日の陸上自衛隊北部方面音楽隊も演奏した牧野圭吾君が作曲した「行進曲『煌めきの朝』」である。

  

  ※ プログラムに掲載されていた第11音楽隊のキタラでのコンサートの様子のようです。

 両陸上自衛隊音楽隊の位置付けは北部方面音楽隊の方が上位に位置付けられていると聞いている。しかし、両者ともに音楽活動をメインとする音楽隊である。それほど力量に差はないはず、と思い耳を傾けた。すると私の耳には明らかにその差を感ずるほど違って聴こえてきたのだ。「そんなはずはない!別に何かあるのではないか?」と考えた。するとそれは会場の差ではないかと思えてきた。札幌コンサートホールKitaraとかでるホールでは明らかにその造りが違う。かでるホールのステージは天井も低く、周りを囲む壁が反響版となり客席に音が跳ね返ってくる構造に思えた。対するKitaraは音が天井高くまで届くような造りになっていることが関係しているのではないかと…。そのことが大きく影響したのだろう「煌めきの朝」が最初に聞いたときとはやや違って聴こえてきたのが少しばかり残念だった。

 最後は三者合同での多人数による迫力ある演奏を楽しむことができた。ソロパートを任された高校生たちが臆することなく堂々と演奏している姿はきっと第11音楽隊の指導の賜物なのだろうと思えた。三者の今後の活躍を願っている。


今度は音のシャワーを浴び続けた一日でした

2023-02-27 16:21:01 | ステージ & エンターテイメント

 2月25日(土)午後、前日の映画観賞に続いて今度は二つのコンサートに立て続けに参加した。クラシックとジャズとジャンルは違えども、音のシャワーを浴び続けた一日は幸せな一日だった…。

        

 最初のコンサートは「北原芸能倶楽部」という団体が主催し、12時からザ・ルーテルホールを会場に「律綴(おとつづり)第4回研究発表会」に参加した。主催者が“芸能倶楽部” などと名乗っているので、いわゆる芸能プロダクションのようなところなのか?と一瞬思ったが、倶楽部のHPに掲載されている趣旨によると「演奏家(クラシック系)に出来る限り演奏する機会を創出する事を原点に、音楽活動をより多くの方に知って頂けるように広報し、音楽の楽しさを広げる事を目的に立ち上げました」とあった。

 12時にスタートした発表会は休憩を挟みながら15時まで3時間を要して9組の若手音楽家がピアノ、チューバ、ヴァイオリン、クラリネット、トランペットあるいは声学など多彩な内容の音楽を発表した。

 発表された一つひとつの曲の紹介は省略するが、この種のコンサートとしては珍しく演奏家が演奏前に曲についての解説や曲に対する思いを発表してから演奏に入る形式をとったのは珍しい試みに思えた。

 演奏された方々はいずれも音楽を専門的に学ばれた方々ばかりであるから、演奏の水準は高く、聴き応えのある演奏会だった。ただ、私のレベルでも少々気になった点があった。それはチューバやヴァイオリン、クラリネットなどの独奏の場合、ピアノが伴奏として付くのだが、その両者のバランスがどうなのだろうか?という点があった。この場合のピアノはあくまでも独奏楽器の演奏をひき立てる役割ではないかと思うのだが、中にピアノの音量が勝っていたようなケースもあったように思われたのだが…。

        

 続いて1時間のインターバルを挟んで16時より、札幌ライラックライオンズクラブと札幌市芸術文化財団が主催するMUSIC LAMP Vol.12札幌コンサートホールKitaraで開催され参加した。

  こちらは入場料を札幌盲導犬協会に寄付することを目的としたコンサートで、コンサート名を“LAMP” としているのも、“心に灯を!” という意味を込めたネーミングだということだ。出演した団体は、◇中の島小学校ジャズバンド BECON ◇福住北野合同バンド ◇札幌ジュニアジャズスクール with インプロバースン ◇SIT Band-札幌国際情報高校吹奏学部の4団体の競演だった。

 私が一推しの「中の島小学校ジャズバンド BECON」は期待どおりの見事な演奏だった。同バンドの演奏はこれまで2度聴いていたが、小学校レベルの演奏としては管楽器の演奏技術はもちろんのこと、ジャズティストも十分に心得た演奏だった。

 SIT 札幌国際情報高校の吹奏楽部のダンプレ(ダンス & プレイ)は、もはや名人芸の域と言ってよい。91名の大バンドが繰り広げるダンプレに会場は圧倒されっ放しだった。何より演奏している吹奏楽部員の心からダンプレを楽しんでいる姿が、聴いている者、見ている者まで幸せにしてくれるパワーを持っているのが素晴らしい!

 その他の二つのバンドもそれぞれが持ち味を出した演奏を披露してくれた。

 「インプロバースン」というのは、札幌ジュニアジャズスクールと交流を重ねているノルウェーの少女クァルテットである。2曲演奏してくれたが、幼顔ながらムーディなジャズを奏でるところが印象的だった。

 こうして音のシャワーを浴び続けること6時間!体のどこかに疲れは感じるものの、満たされた気持ちで家路についた私だった……。 


短編映画を観続けた一日でした

2023-02-26 16:45:32 | 映画観賞・感想

 一昨日の2月24日は、朝10時から午後4時までずーっと暗い中で大きな画面を眺め続けた一日だった。短編映画の上映会だったが、実に13本もの作品を一挙に観るという初めての体験だった。

         

 2月24日(金)、(公財)「映像文化製作者連盟」というところが主催する「映文連アワード2022 受賞作品上映会 in 札幌」というイベントが札幌市生涯学習センターのちえりあホールで開催され、全日程に参加し短編映画を観続けた一日だった。(途中、昼食のために40分の休みがあったが…)

 この「映文連アワード」とは、どのようなイベントかと調べてみると、「プロフェッショナルが選ぶ、プロフェッショナルの仕事にふさわしい作品を積極的に発掘・顕彰することによって、短編映像業界の活性化を図る」ことだという。そのアワードにおいて入賞作品を一挙公開するのが今回の上映会だった。その映画名と上映時間を羅列してみると…、

◆「伝統に生きる~あらかわの工芸技術~ 塗師 角 光男」(29分38秒)

◆「野村万作から 萬斎、裕基へ」(42分00秒)

◆「ガラッパどんと暮らす村」(16分53秒)

◆「伝わる文字は、手でしか書けない」(4分53秒)

◆「心の一人旅」(2分30秒)

◆「生きたかった、だから闘った。~白血病で早世した山口雄也さんのメッセージ」(10分43秒)

   

   ※ 白血病で早世した山口雄也さんの在りし日です。

◆「そのドア、自動で開きますか? マジョリティの立場から人権を考える」(40分00秒)

◆「カニマニ氏、語る」(15分32秒)

◆「標津遺跡群 根室海峡のアイヌ文化の成り立ちを追う」(31分00秒)

◆「文化遺産を守り継ぐ 重要文化財旧函館区公会堂 保存修理工事」(54分00秒)

   

   ※ 復活なった旧函館区公会堂です。

◆「変わるまち、変われるまち、石巻。Feat.ジュン」(9分42秒)

   

    ※ 「変わるまち、変われるまち、石巻。Feat.ジュン」の一場面です。

◆「Hair album」(2分53秒)

◆「わが家にソ連人がやってきた」(28分55秒)

以上が上映された13作品である。一読してみて、どのような傾向の上映会だったのか判断できないのではないだろうか?ドキュメントあり、アニメあり、企業PRあり、と私自身も迷うところがあった。そこで「映文連アワード」の開催要項を見てみると、応募部門が①コーポレート・コミュニケーション部門、②ソーシャル・コミュニケーション部門、③パーソナル・コミュニケーション部門、の三部門に分かれて募集されていたことが分かった。いわば映像に関わる個人、団体、企業など全てから作品を募集していたことが分かった。

 その中でグランプリを獲得したのは製作が(株)ロボット、クライアントが石巻市の「変わるまち、変われるまち、石巻。Feat.ジュン」が獲得した。作品は漫画家:石森章太郎さんの原画によるアニメーションで、主人公のジュンを通して東日本大震災で被災した石巻市の復活を願い、それが実現していく様を描いた作品だった。クライアントが石巻市ということは、市民に、あるいは市外の多くの人に石巻市の復興をアピールする意味合いがあるものと思われた。

 とても印象深い作品だったが、私的にはやはり映像作品というとドキュメンタリー的な作品に魅かれるところがある。そうした意味で私的に良かったと思えた作品は、「生きたかった、だから闘った。~白血病で早世した山口雄也さんのメッセージ」、「そのドア、自動で開きますか? マジョリティの立場から人権を考える」、「文化遺産を守り継ぐ 重要文化財旧函館区公会堂 保存修理工事」などの作品が深く印象に残った作品だった。

 それにしても長い、長~い、一日だった…。


御朱印収集巡り №7 多賀神社(山鼻神社)

2023-02-25 21:16:00 | 神社参拝・御朱印収集関連

 札幌護国神社の境内末社として同じ境内に建つのが多賀神社である。そしてかつて山鼻地区にあった山鼻神社を合祀しているのが多賀神社である。二つの神社の御朱印を札幌護国神社の社務所で一緒にいただいた。

  

  ※ 札幌護国神社の末社である二つの神社の御朱印は書置きでした。

 多賀神社は札幌護国神社の社務所の隣に寄り添うように建っていた。本殿は小ぶりであるが、恋愛成就や縁結びにご利益があるということで若い女性から人気のある神社だそうだ。

   

   ※ 札幌護国神社の境内に多賀神社の鳥居が建っていました。

   

   ※ 「縁結び」のご利益があることをアピールしているようです。

 多賀神社の始まりは、札幌護国神社が戦後になり国からの援助が途絶えたことで、御英霊をお護りするために昭和24年9月、多賀大社の御祭神を札幌護国神社の多賀殿の大神として祀ったのがこの神社の始まりだそうである。

   

   ※ 多賀神社本殿の正面です。

   

 多賀神社に赴いたときに本殿前の扉が閉まっていた。「あれっ?」と思ったのだが、扉に近づいてみると、「扉を開けてお参りください」との表示があった。その扉を開けると他の神社と同様にお賽銭箱が置かれ、ふつうにお参りすることができた。

   

   ※ 本殿に近づくと、ご覧のように扉が閉まっていました。

   

   ※ しかし、扉を開けるとご覧のように賽銭箱が置かれ普通の拝殿となっていました。

 肝心の御朱印であるが、札幌護国神社のものは直筆でいただくことができたが、多賀神社と山鼻神社のものは残念ながら書置きのものだった。

 その後に、札幌護国神社の境内で顕彰碑などの石碑が置かれている一角のなかの最奥部にある「山鼻神社碑」を参ってから札幌靖国神社を後にした。 

   

   ※ 札幌靖国神社境内の最奥部に建てられていた「山鼻神社碑」です。

【多賀神社 情報】

◇旧社格:なし(近代社格制度廃止後に創建された)

◇所属:北海道神社庁

◇住所 札幌市中央区南15条西5丁目1-3

◇御朱印:あり(書置き 初穂料500円 山鼻神社のものも同じ)

◇参拝可能時間:概ね9:00~17:00(扉に鍵がかけられるため)

◇社務所受付時間: 9:00~16:00

◇例祭日:8月8日

◇駐車場:あり

◇アクセス:地下鉄南北線「幌平橋駅」1番・2番出口から徒歩約3分(約200m)

◇創建: 1949年(昭和24年)

     1971年(昭和46年)山鼻神社の御祭神を多賀殿(多賀神社)に合祀された。

◇代表的ご利益:〇縁結び・恋愛成就 〇夫婦円満・家内安全 〇安産祈願・子授かり・子宝 〇合格祈願・学業成就 〇旅行・交通安全 〇延命長寿

◇御朱印記帳日 2月21日

 


北部方面音楽隊の演奏はやっぱり素晴らしい!

2023-02-24 18:38:33 | ステージ & エンターテイメント

 さすがに鍛え抜かれた音楽エリートの集まりである。道内の吹奏楽界において最高峰を往く北部方面音楽隊の音は、一つ一つの音が正確に、そして繊細に私たち聴衆に届けられた。

          

 昨日(2月23日)午後、札幌コンサートホールKitaraにおいて「陸上自衛隊北部方面音楽隊」の第89回定期演奏会が開催され、鑑賞を申し込んだところ運良く入場券を入手することができて楽しむことができた。

 コロナ禍が収まりつつあり、こうした類の集まりも満員の聴衆を入れることが多くなってきているようだが、今回は座席を一人おきにするなど対策を講じながらの演奏会だった。

 演奏会は48名の選び抜かれた精鋭たちによって演奏された。その演奏曲目は下のプログラムのとおりの7曲だった。この他にアンコールとしてエンリオ・モリコーネの「ニューシネマ・パラダイス」で賑々しくステージを締めた。

          

 その中で私が注目したのは、最初に演奏された「行進曲『煌めきの朝』」である。司会の方が「この曲の作曲者:牧野圭吾さんは札幌の高校生です」と紹介があり、しかも「この曲が2023年度の全日本吹奏楽コンクールの課題曲に選ばれた曲です」とアナウンスされたのを聞き俄然注目した。そして演奏された曲が演奏の技術とも相まって素晴らしかった!私は演奏中にもかかわらず、感動を忘れまいと「静と動のバランスが抜群!」と走り書きをしたほどだった。行進曲の力強さと爽やかさが見事にマッチした曲であり、演奏だった。

 帰宅した私は早速、牧野圭吾さんのことをネットで調べた。牧野さんは札幌月寒高校の3年生だそうだ。中学時代は吹奏楽部で活躍したが、高校では吹奏楽部には入らずに独学で作曲や指揮法を学んできたという。そして将来はクラシック界の指揮者か作曲家を目指したいという。素晴らしい才能が札幌にいることを誇らしく思った。

 前述したように全ての演奏が素晴らしかったのだが、その中から私が特に「良かった!」と思ったのは、「行進曲『煌めきの朝』」と共に、三曲目の「陽はまた昇る」と六曲目の「エルザの大聖堂への行列」だった。ところが私が好んだ三曲は期せずして、プログラムの曲目解説に掲載されていない曲ばかりだった。このことが何を意味するか…。

 北部音楽隊にとって私が好んだ三曲というのは、いわゆる “軽い曲” だったということではないか、と私は考えた。対して、曲目解説に取り上げられた曲は北部音楽隊にとっては 今回の定期演奏会に向けて意欲的に取り上げた曲ということなのではないか?司会の方が 二曲目の「吹奏楽のための『深層の祭』」のときなど「不協和音が中に混入されていたりして作曲者である三善晃のいわば実験的曲である」旨の紹介をされていた。その他の曲でも、明らかに難しいと思えるようなフレーズが散見される曲が多かった。私が好んだ曲は、いずれもが耳に心地良く、音楽隊もどこか余裕をもって演奏していたように聴こえた。

   

 まあ、このあたりが私の音楽レベルということなのだが、今回の北部音楽隊の演奏について総論を述べるとすれば、何度か触れているように非常に水準の高い吹奏楽の演奏を聴かせていただいたという思いである。人気も高い音楽隊なので毎回聴くことは困難かもしれないが(事実、1月にあった室内楽演奏会は外れてしまった)機会あるごとにこれからも積極的に応募し、楽しませていただきたいと思っている。


最近の葬儀事情とお墓の話

2023-02-23 18:58:22 | 講演・講義・フォーラム等

 葬儀とか、お墓の話とか、縁起でもないことを言うなかれ!とお叱りを受けるかもしれない。しかし、私たち世代になるとかなり身近な話になってくる。最近の葬儀やお墓の状況について専門家からお話を伺った。

   

 昨日(2月22日)午前、定期的に受講している札幌市社会福祉協議会が開講している「わたしの生き方セミナー」の2月講座を受講した。今回の講座は(株)あいプランのシニアマネージャーを務める大塚周雄氏から「最新の葬儀事情とお墓の話」と題するお話を伺った。

 最近気になっていることがある。北海道だけの現象なのか、TVコマーシャルにおいて家族葬とか一日葬などを勧めるコマーシャルがとても多いような気がしている。大塚氏のお話でも道内(札幌)においては小規模葬儀がブームのようになっているという。小規模葬とは、家族葬をはじめ、一日葬直葬、あるいは随時焼香など簡略化された葬儀を指す。大塚氏は「かねてから顕在化していた葬儀の簡略化に新型コロナ感染症が “大義名分” を与えたと指摘した。全国的にはまだ一般葬が50%近くを占めているというが、道内においては一般葬の比率は相当に低下しているようだ

 さて、身近な人がもし亡くなった(死亡する場合の80%以上は病院で亡くなるという)とすると葬儀の準備が必要だが、葬儀に至るまでの留意点について大塚氏のアドバイスがあった。先ずは死亡するとその後の病院での診療は全てが自由診療だという。死後処置などは保険対象外だという。さらに病院で死亡後は直ちに退院を要請されるそうだ。また、診断書は何通も必要となるのでコピーを取っておくことが大切だとも話された。つまり、もし身近な人が死亡したらと考え、予め心構えを持っておくことが必要だという。特に葬儀社の選定なども念頭に置いておくことが必要だと強調された。

 葬儀にかかる費用については、規模や形態によって左右されるが、①葬儀一式、②実費(飲食、会葬御礼品、会場費、霊柩車等の移動費、その他)、③お布施、などか                     必要となってくる。また、葬儀では僧侶の謝礼等に現金が必要となるが概ね50万円以上は用意しておく必要があると話された。

        

        ※ 講義をする(株)あいプランの大塚周雄氏です。

 続いてお墓のことに話が移った。お墓のことに関して最近増加傾向にあるのは 改葬と墓じまい” だという。改葬とは、墓地・納骨堂等に埋蔵・収蔵されている遺骨を別の場所に移すことである。都会に住む子孫がなかなか帰省できず十分に供養できないケースが増えていることが背景にあるが、改葬する場合は法律に従った手続きをする必要があるという。またそれに伴ってもし改宗が必要な場合は菩提寺の理解が必要となり、慎重にコトを進めることが大切であるとも強調された。

 また最近はお墓を持たない選択も増えてきたという。つまり「海洋散骨」、「自然葬」、「樹木葬」、「合祀」、「手元供養」などを選択する人も増えてきているとのことだった。

 こうしたお話を伺い、葬儀あるいはお墓などのあり方についてずいぶんと多様化が進んでいることを今回学ぶことができた。

 「さて、自分は?」という問いが私の場合もけっして遠い話ではなくなってきた。今回お話を伺ったことを契機に少し真剣に考えてみたいと思っている。           


御朱印収集巡り №6 札幌護国神社

2023-02-22 16:02:33 | 神社参拝・御朱印収集関連

 札幌市の中心部、中島公園に隣接した広い境内に静謐に佇む神社である。札幌護国神社は、その名が示すとおり一般の神社とはその目的が違い、国家のために殉職した人の英霊を祀るために創建された神社である。

        

 2月21日(火)、連日降り続いた雪が止み、久しぶりに青空が見えたことから外へ出てみたい欲求に駆られ、私が現在取り組んでいるテーマの一つ「御朱印収集巡り」に出かけることにした。

 収集巡りのはじめは中央区の神社をまずは集中的に巡ろうと考え、中島公園に隣接している「札幌靖国神社」を訪れることにした。訪れるにあたって、これまでの体験から神社に「直筆で御朱印を記入していただけるか?」問い合わせたところ「午後から外出の予定のため午前中に来ていただけないか」と回答があったので、その教示に従った。

   

   ※ 神社境内の入口には神社名を記した大きな石柱が建てられていました。

   

  ※ 境内に沿って流れる小川(鴨々川)に架かった橋を渡ると鳥居が立ち、本殿に導かれます。

   

   ※ 鴨々川の流れが境内に入る際に効果を発揮しているように思われました。               

 札幌靖国神社の始まりは1879(明治12)年に北区に屯田兵招魂碑が建てられたのが始まれとされている。(その際の名称は「札幌招魂社」)その後、1911(明治44)年に中島公園に移り、1933(昭和8)年に現在地に社殿が建てられたそうだ。名称の方は、中島公園に移った後には「札幌招魂社」となり、現在地に移ってからは「札幌靖国神社」と称すようになり、現在に至っているようだ。

   

   ※ 古風然とした神門です。

   

   ※ 狛犬も堂々とした佇まいで出迎えてくれました。

 境内には境内社として「多賀神社」、さらには多賀神社に合祀された「山鼻神社」がある。(そのあたりの経緯については次回紹介します)

 札幌靖国神社はリード文でも触れたように、札幌市内にある神社としては広い境内を有する神社で、都心近くにありながら境内は静かな雰囲気に包まれている。神門から本殿までもかなり距離を取っており、堂々とした佇まいである。他の神社と一つ違っていたところは拝殿のところにお賽銭箱が見当たらなかったことだ。これなどは他の神社とは性格を異にする故なのだろうか?

   

   ※ 札幌靖国神社の本殿(拝殿)です。

 社務所は本殿の脇に、これも由緒ある佇まいで建っていたが、そこで女性の神官(?)の方から直筆で御朱印に記帳していただいた。

    

   ※ 神門に入る前、本殿の脇に建っていた社務所です。

【札幌護国神社 情報】

◇旧社格:護国神社

◇所属:北海道神社庁

◇住所 札幌市中央区南15条西5丁目1-1

◇御朱印:あり(直筆 初穂料500円)

◇参拝可能時間:6:00~16:00

◇社務所受付時間: 9:00~16:00

◇例祭日:7月6日

◇駐車場:あり

◇アクセス:地下鉄南北線「幌平橋駅」1番・2番出口から徒歩約3分(約200m)

◇創建: 1879年(明治12年)

◇代表的ご利益:護国神社のため一般的なご利益というものはない。護国神社は元々国家のために殉職した人の英霊を祀るため神社だからそうです。

◇御朱印記帳日 2月21日


北海道出身の芸人大集合!NHK公開録音

2023-02-21 14:36:32 | ステージ & エンターテイメント

 お笑いコンビの「タカアンドトシ」と「錦鯉」が、そしてピン芸人の「とにかく明るい安村」と「Yes!アキト」、全てが北海道出身のお笑い芸人がNHK札幌放送局のスタジオに大集合し、大いに笑いを振り撒いたステージを楽しませてもらった。

  

 2月19日(日)午後、NHK札幌放送局でラジオ番組の「タカアンドトシのお時間いただきます」(私はこの番組の存在を知らなかった)の公開録音が行われた。観覧を希望したところ幸いにも当選したので公開録音に参加することができた。

     

     ※ ご存じの「タカアンドトシ」です。

 私は年代的に言ってもお笑い芸人の芸を熱心に見聞きするということはないのだが、それでも今回の出演者たちの名は「Yes!アキト」という芸人以外はその名を知っていた。「Yea!アキト」とは札幌出身の32歳のピン芸人であるが、2022年のR-1グランプリでは決勝に残ったことで注目されている一人だということだ。

 公開録音は番組名のとおりタカアンドトシとNHK森花子アナの進行で進められた。各人が登場の際にはそれぞれ得意ギャグを披露しながら登場したが、特に「とにかく明るい安村」(旭川市出身)は裸芸が売りだが、今回もパンツ一枚で登場し「安心してください。はいてますよ」の決め台詞で登場し、会場を沸かせた。

            

    ※ 「とにかく明るい安村」は冬の札幌で写真のような姿で登場しました。

 公開録音の方は、会場参加者から予め「北海道の良いところと思われること」についてアンケート調査をし、それをネタにしながら出演者が思い思いのことを話していく形で進められた。私もそのアンケートに応じたのだが、「北海道の良いところ」というと、多くの方が「自然が豊か」とか、「食べ物が美味しい」といった回答が多いと思い、ひとひねりしてみようと考えて、私は「道産子は優しく、人に親切なところが素晴らしい!」と答えた。

 すると予想どおり、「食べ物が美味しい」といった回答を取り上げ、回答者のところマイクが回ってきてさらに詳しく聞かれて、その回答をもとに4組の芸人たちが北海道の食べ物の美味しさについて、思い思いに笑いのふくんだ話をあれこれと披露した。そうしたやりとりの最後に、なんと! 私の回答が読み上げられたのだ。おーっと、これはマイクの前に立たされるのか?と身構えたが、幸い私の回答は追加質問の必要なしと判断されたようで、マイクが来ずに内心ホッとした私だった。

     

     ※ M-1グランプリ以降大ブレイクした「錦鯉」です。

 登場した方々の話は特にテーマがあるわけでもないため、散漫に映るきらいがあり、記憶に残るものは少なかった。その中で「とにかく明るい安村」が幼い経験で、空から降ってくる雪をずーっと上方を向いて眺めていたら、自分が空を飛んでいるような錯覚を覚えたことがあるという話は、雪国育ちに私には「あるある」的な話に思えた。

 そんな他愛ない話が続いたが、文字どおり「お時間をいただかれちゃった」的な率直な感想だったが、最後にそれぞれが持ちネタを披露してくれたことで満足できた。特にタカアンドトシの息のあったスピード感あふれる漫才は実力十分といった感じだった。

      

      ※ 私はまったく知らなかった「Yes!アキト」です。

 なお、今回札幌では私が参加した午後の部と、その前に午前の部の録音も行われたそうで、ラジオ第一放送で2回に分けて放送されるそうである。放送日は3月1日(水)と3月8日(水)夜8時05分~8時55分だそうである。たまぁ~にはラジオでも聴いてみようかな?

※ 芸人たちの顔写真は全てウェブ上から拝借しました。


富良野塾OBユニット演劇公演「エレベーターガール」

2023-02-20 14:13:07 | ステージ & エンターテイメント

 富良野塾OBユニットの4年ぶりの新作だという。さすがに鍛え抜かれたプロの演技に惹き込まれた。しかし、脚本が思わぬ展開を見せ始めたあたりから、旧弊にどっぷりと浸かっているお爺にはついていくのが大変な舞台でもあった…。

         

 2月18日(土)午後、かでるホールにおいて富良野塾OBユニットによる演劇「エレベーターガール ~ご希望の階には止まれません~」の公演があり、前回の4年前に札幌公演があった2019年1月の公演に続いて観賞することにした。

 富良野塾OBユニットとは、脚本家として著名な倉本聰氏が主宰する「富良野塾」を卒塾した有志と彼らに賛同する一部有志でもって構成し、富良野市を中心に活動しているグループである。

 今回の舞台「エレベーターガール」のストーリーは、40歳になろうしているバツイチの佐藤和代(栗栖綾濃)は、大宮に完成した高さ60階にもなる「大宮スカイタワー」のエレベーターガールとして勤務している。単調な仕事の中、和代は早くいい人を見つけて再婚したいと思いつつも、そうした機会に恵まれぬ日々を過ごしていた。そんなある日、勤務中に和代の乗ったエレベーターが急停止してしまい、和代の意識は遠のいてしまう。

   

 ここから舞台は急展開してゆく。なんと和代の高校生時代にタイムスリップしてしまう のだ。ところが和代の若い頃の恋愛遍歴はけっして甘酸っぱいものではなく、むしろ悲惨な出会いの連続だった…。あたりから私はどうもついていけなくなった。あれやこれやと様々なエピソードが飛び出すのだが…。

 「エレベーターガール」の原作は福島カツシゲさんというコメディアンということで、それらエピソードのあちこちに笑いを散りばめ、観客を笑いに誘ってはくれたのだが、私は今一つストーリーについていけなかったのが残念だった。

 脚本を書いた太田竜介さんは吐露する。「福島さんの原作を富良野塾OBユニットの舞台として脚色するのに苦労した」と…。

 結局、このストーリーの主題は、退屈なエレベーターガールとしての日々、そして過去の和代もけっして楽しく輝いていた青春ではなかったけれど(それがサブテーマの「ご希望の階には止まれません」が意味するところか?)、前向きに生きていくことでこれから未来に良いことがあると思って生きていくこと肝心ではないか、という人生応援歌とも取れる内容だったと私は理解した。

   

 ※ 演劇「谷は眠っていた」の時、倉本聰が問いかけた有名な詩を私は今も大切にしています。

 4年前にも触れたが、私は倉本聰の脚本による「谷は眠っていた」というあまりにも利便化しすぎたことで現代が失ったものに警鐘を鳴らした舞台に非常に感動した体験があった。そして今回の富良野塾OBユニットの舞台にも、どこかでそれに類することを期待していた私がいた。しかし、それは叶わなかった。というより、それを望む方に無理があったのかもしれない。ただ、倉本氏があれから時代を経た今においてもその警鐘を鳴らし続けていることをOBの方々もどこかで意識され、そのことを継承していってほしいとも思いたい。何時の日かの富良野塾OBユニットの舞台でそのことが実現することを期待したいのだが…。


北海道の洋風建築のルーツを探る

2023-02-19 18:19:47 | 講演・講義・フォーラム等

 赤れんが庁舎、札幌時計台、豊平館、等々…、開拓使が遺した歴史的建造物は、本州の歴史的建造物とは明らかにその構造、デザインなどに違いがある。それはまた一般住宅にも影響を与えたという。そうした北海道の建造物のルーツを探るお話を聞いた。

        

 2月17日(金)夜、豊平館において「豊平館講座」が開講され参加した。この日の講座 は「開拓使による洋風建築技術の受容と発展」と題して北海道博物館研究職員の鈴木明世氏が務めた。

        

 北海道(札幌)の開拓は、開拓使が中心となって進められたが、その内実はアメリカをはじめとしたお雇い外国人の手によって進められたことは誰もが知る事実である。

 開拓使は北海道開拓のために様々な施設をつくる必要性があったが、そこで活躍したのがお雇い外国人だった。それまで本州以南で建てられてきた日本建築は、夏を涼しく過ごすための通気の良さを重視したものだったが、積雪寒冷地の北海道には適さず、当然のようにお雇い外国人の故国・アメリカから取り入れた技術で新しい建築を開発する必要性があったのである。

 アメリカから取り入れた洋風建築の特徴とは…。①下見板張りの外壁、②ガラスの上げ下げ窓、③棟や破風などにおける装飾、④ペンキ塗り、⑤二重張りにした床、⑥ストーブの導入、などであった。

 これらの特徴は、前記した赤れんが庁舎、札幌時計台、豊平館、など道内の多くの歴史的建造物に見られる。また、開拓使時代の建物の大きな特徴の一つとして「バルーン・フレーム構造」の建築様式が導入されたことが挙げられる。「バルーン・フレーム構造」とは、アメリカ西部開拓が生んだ独自の構造形式で、熟練度の低い者でも組み立てが可能だったことから急速に普及した。それはまた無柱の大空間を作ることができることから札幌農学校演舞場(時計台)や北大第二農場の家畜房や穀物庫に見ることができる。

          

 こうして洋風建築がまずは公共的な建造物として広く採用されていったが、やがてそれはお雇い外国人の住宅、そして民間の一般住宅の様式としても広まっていったという。ところが一般住宅においては日本の伝統的住まいに対するこだわりもあったそうだ。そこで生まれたのが、洋風と和風がミックスしたような住宅の登場だった。

 鈴木氏はそれらを三つのタイプに分類され「北海道開拓の村」で見ることができるという。その三つのタイプとは、①「和洋並列」型(旧福士家住宅)、②「和洋併存」型(旧松橋家住宅)、③「和洋融合」型(旧有島家住宅)の三つのタイプである。

           

           

           

 最後に鈴木氏は、北海道の洋風建築がアメリカから導入されたということは、そのアメリカそのものが他からの影響を受けていたことに言及された。鈴木氏によると洋風建築の源流は、遠くギリシア、ローマ時代に遡るという。幅の狭い窓、レンガ造りや石造、組積造建築、等々…。そう言いながら、豊平館のバルコニーの柱の装飾とギリシア神殿の柱頭の飾りの相似性、あるいはローマのパンテオン、パリのルーブル博物館などの映像を映しながら、北海道の歴史的建造物との相似性について述べられた。

       

   

 本州各地の歴史的建造物とは一線を画す北海道の歴史的建造物がアメリカ、ひいては古代ギリシア、ローマ時代まで遡り影響を受けていたとは興味深い事実である。それが一般住宅にも影響を及ぼしていたとは…。知的好奇心をくすぐられた講座だった。