田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も12年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

札幌路地裏ウォーク

2006-08-30 19:14:16 | 札幌(圏)探訪
 本日付(8月30日)北海道新聞に興味深い記事が載っていました。
 JTBと札幌市が協力して、市電の一日乗車券と沿線散策マップをセットにした「さっぽろウォーキングパス」なるものを500円で試験販売するというものです。

 雑学「札幌学」を構想している私には朗報です。
 記事によると、散策マップはJTBスタッフが実際に現地を探索し、20~30分で散策できる8コースを掲載したとのことです。周辺の飲食店、雑貨店などおよそ60店を写真やイラストで紹介しているということで、どちらかといえば観光客向けということのようです。
 しかし、札幌新参者となる私にとっては恰好の入門編として活用できそうです。提示されたモデルコースをベースにして、自分なりに応用編としていろいろと新たなコースを見出すということも考えられそうです。

 ただ懸念されることは、9月から三ヶ月に限っての試験販売だということです。ぜひ好成績を残して、恒常的な商品となることを願っています。
 
 
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それから10年・・・

2006-08-28 17:43:19 | その他
 前回の投稿で私は50歳を迎えた日に書いた「半世紀を生きる」という文章を紹介しました。
 それから10年、社会は、自分自身は、どのように変わったのでしょうか。

 私自身はこの10年間で勤務地が4回変わり、職業的な地位も変わって、職務に対する責任だけはずいぶん増したように思いますが、年齢的に10歳の年齢が加わったことによって、体力的な面のみならず、脳力的(入力ミスではありません)にも衰えを自覚しなければならないことが多くなってきました。

 さて社会の方はどうでしょう。
 ひと言で言うと、「『半世紀を生きる』で記した社会の変動がそのまま続いている」と言えるのではないかと私は思っています。技術革新はますます進み、それと軌を一つにするように社会的な矛盾もますます露呈されてきているように思われます。

 その社会的な矛盾とは、これも私が「半世紀を生きる」で記した漠然とした不安が、いよいよその輪郭を現し始めたといえるのではないかと思っています。
 環境問題、核の問題、年金問題etc…、これらの問題は今や識者が語る未来の問題ではなく、私たち一般大衆が目の前の不安として意識しなければならない問題となってきています。

 私たちはこれまで追求してきた「豊かさや便利さの追求」をひとまずストップし、いやもうあきらめて、多少貧しくてもいい、多少不便でもいい、と方向転換すべきなのではないかと思います。
 そして私たちの不安要素の除去のため、社会全体が立ち向かうべきではないのか、というのが60歳を向かえた田舎おじさんの考えなのだが…。
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記念日

2006-08-24 22:04:05 | その他
 本日私はとうとう60歳の誕生日を迎えました。

 妻が私の好物を並べてくれ、二人でささやかに、ささやかに60歳を祝い(?)ました。

 60歳を迎えたといっても、特別の感慨を抱かないのは年齢による衰えと共に、感情曲線まで衰えてしまったせいなのでしょうか。

 ここで思い出したことがありました。それは、私が50歳を迎えた時に書いた文章です。その文章を引っ張り出してみようと思いました。

 その文章の見出しは「半世紀を生きる」と題して書いたものです。以下転記します。


 最近、さまざまな分野の論文を目にする時、「変貌する日本…」とか「激動する現代…」などという枕詞が使われています。確か本校の研究主題の設定理由の中でも似たような言葉が使われていたはずです。
 ところで、若い先生方はこの言葉をどれくらい実感として感じているでしょうか。
 別に世代間論争をしようとしているわけではありませんが、若い先生方が生まれ育った頃には、既に日本社会は激しく変貌を続け、相当豊かになっていましたから、きっとその感じ方にはかなりの開きがあるような気がするのです。
 私が生まれ育った昭和20年代の日本、それは今から見ると何もなかったと言えるような状況でした。その頃の貧しい社会は、時代の進展も今から見るとゆっくりしたものでした。
 一般の家庭には、テレビも冷蔵庫も、もちろん車もない時代でした。道路のほとんどは未舗装のガタガタ道でした。
 それが今では当時を思い起こすことも困難なくらいの変わりようです。まさに激変というに相応しいほどの変わりようです。
 人々のライフスタイルは一変し、私たちは今の日本の豊かさを何の疑いもなく享受しています。
 敗戦国という重荷を背負った貧しい国が、この50年間で世界でも最も豊かな国の一つに駆け上がったのですから、世界でも最も変化の激しかった国と言えるのだと思います。
 さて、こうして変わり続けてきた社会が、今まで以上の速度で変貌を続けるというのです。
 先日、NHKTVで「電子立国」というシリーズ物が放送されていました。そこでは、過去の技術を振り返りつつ、今後の進展の予測がされていました。それは今からは想像できないような社会の到来を予測していました。
 50年間、激変の中に翻弄(?)されてきた私などは、正直「もういいんじゃない」という思いがあります。しかし、時代や社会はそれを許してくれそうにありません。
 ますます、時代を見る目が求められ、その中で主体的に生きていくことが求められるということなのでしよう。
 私たち庶民は何の疑いもなく現在の豊かさを享受していると書きました。もちろん私もその中の一人です。50年間生きてきた私には、この豊かさと繁栄がいつまで続くのかという不安とおののきがあります。
 8月24日、私はある種の感慨と見えない不安を感じながら50歳の誕生日を迎えました。


 前記したようにこの文章は私の50歳の誕生日に記述したものです。
 次回、それから10年を経た思いを語ってみたいと思います。
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どなたか教えてください!

2006-08-22 17:49:20 | その他
 どなたか教えてください。

 アナログおじさんは、こうしてブログに投稿することが精一杯で、ブログに関する諸々のことがさっぱり分かりません。

 ブログを始めておよそ三ヶ月、最近はおかげさまで「閲覧数」が100を超える日も出てきました。

 その「閲覧数」のことですが、ここに表れる数字は単純に私のブログを開いてくれた方(読んでくれた方)の数と理解してよろしいのでしょうか?

 そのことともう一つ、「アクセスIP数」とは何のことなのでしょうか?

 「閲覧数」と「アクセスIP数」には関係があるのでしょうか?

 初歩的なことと思いますが、ぜひ教えてください。

 コメント欄にて待っています。
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ビッグシンガーの条件 松山千春考 Ⅴ

2006-08-21 18:13:30 | ステージ & エンターテイメント
 カテゴリーにそぐわない内容も書き綴ってきた「松山千春考」ですが、これにて最終稿としたいと思います。

 松山千春、小田和正、井上陽水、さだまさし、南こうせつ・・・、私たちが若い頃に活躍していたシンガーの中で今なお第一線で活躍している人たちです。
 歌の傾向も、活躍の舞台もそれぞれですが、私はこの方々には共通していることがあるように思っています。
 それは「高音域の美しさと巧みな表現力」という共通項をもっているように思うのです。

 「高音域の美しさ」についてですが、一般の私たちが彼らの曲を原曲どおりコピーして歌おうとしても、高音域はかなりつらいものがあります、栄枯盛衰の激しい音楽界で生き残るには、一般人にはなかなかマネのできない高音域を美しく表現できる力、というのが一つの条件のように思います。

 「巧みな表現力」についてです。楽曲そのものは、洪水のごとく創られていると思います。玉石混交の中にあって、たとえ優れた曲であっても歌い手の表現力が稚拙であっては支持されません。(珍しさが効を奏したとしても表現力の稚拙な場合は、俗に言う一発屋で終わってしまう人がなんと多いことか…)
 ビッグシンガーと称される彼らは自ら創作した曲を巧みに表現する力に優れているといえるのではないでしょうか。

 さて、そんな彼らも年齢を重ねると共に、高音域を維持するのが大変になってきているようです。そのことが最も顕著なのがさだまさしさんのようです。
 今回のコンサートにおいて、松山千春さんは相当がんばり、彼のもつ高音域ギリギリのところまで張り上げていたように私には映りました。
 いつまであの高音域を維持できるのでしょうか?
 北海道人の一人として、彼ができるかぎり息長く活躍されることを願ってやみません。
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野外コンサートの魅力 松山千春考 Ⅳ

2006-08-19 16:55:19 | ステージ & エンターテイメント
 漆黒の闇の中で色とりどりの光線に彩られて浮かび上がるステージ。
 夜のとばりに包まれ、心地良い風と音を感じながらのステージ。

 今回の松山千春デビュー30周年コンサートツァー2006ファイナルは、午後5時30分スタートでした。なぜ夕刻スタートなのかと思いましたが、参加してみて「なるほど」と納得しました。
 8月中旬の午後5時30分というと、ちょうど夕陽が傾きかける時刻です。
 彼方に夕陽を見ながらコンサートはスタートしました。
 『君のために作った歌』で始まったコンサートは、その後も彼の生ギター一本による歌が三曲ほど続きました。(もちろん彼の語りも挟みながら)徐々に、徐々に辺りは暗さを増してゆき、気づいた頃には真っ暗になっていたというにくい演出でした。
 暗くなってからは、光の出番です。曲のイメージに合わせて、さまざまな色の光線を駆使します。時にはイメージフィルムも挿入しながら…。

 私たちの席からステージまでは7~80mあったでしょうか。ステージの松山千春さんは豆粒くらいの大きさにしか見えません。私はオペラグラスも用意したのですが、その必要はほとんどなく、ステージ奥に大写しされたプロジェクター画面を見ながら歌を聴き、表情を追いかけていました。
 なんだかせっかく生のコンサートに行きながら、間接体験をしているようにも思いましたが、あのように大きな野外会場ではいたしかたないことかもしれません。
 それより多くの観衆(聴衆)と共に、歌い手との一体感を感ずるのが野外コンサートの魅力なのだと思いました。
 私が感心したことは、あれだけ広い野外の会場であったにもかかわらず、音響が非常にしっかりしていたということです。私たちの測り知ることのできない素晴らしい技術が駆使されているのだろう、と思いました。

 野外コンサートというと私の本命は「吉田拓郎&かぐや姫 2006 つま恋」でした。チケット入手に何度か挑戦しましたが、残念ながらあきらめました。情報ではNHKのBS1で中継されるとのこと。今回の体験を重ね合わせながら、テレビの前で楽しもうと思います。
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12,000人余と共に 松山千春考 Ⅲ

2006-08-18 17:15:00 | ステージ & エンターテイメント
 野球場やサッカー場と違い、観衆(聴衆)だけで埋め尽くされる空間とはどのようなものだろうか。そこに我が身を置いてみたい、ということも今回のコンサート参加の動機の一つでした。

 札幌から出るツァーバスを利用したのですが、開演の一時間前くらいに会場に到着しました。すると、入場を待つ観衆の列が4列くらいの縦隊で延々と1キロメートル以上にわたって連なっているのです。それを見たバスの乗客から悲鳴が上がったほどでした。
 列の最後尾に並びましたが、「いったい入場までどれくらいかかるのだろうか」と炎天下で心配したのですが、意外にスムーズに20分程度で入場できました。
 会場内はすでに人、人、人、…の状態でした。指定されたブロックもすでに後方しか席が空いてなく、ブロック内の最後尾に陣取りました。その後も続々と人は詰めかけ、開演時には満杯の状況でした。

 さて、私は今回の観衆(聴衆)を注意深く観察しました。
 そうすると、特徴的なこととして私たちと同世代の方がとても目立ったように思いました。
 会場に向かうバスの中もおおよそ半数以上は私と同世代ではなかったかと思います。それは会場においても同じような傾向でした。
 このことは最近マスコミが指摘していることを裏付けているように思われます。
 つまり、団塊の世代と言われる世代が、仕事においても生活においても一段落したことによって、ある種の余裕が生まれ、「生活を楽しもう」「豊かに過ごそう」とする思いを抱いた人たちが松山千春コンサートに集まった人々の中に相当数いたのではと推測されるのです。

 熟年世代(?)に達した多くの観衆(聴衆)は、特に松山千春の初期のヒット曲に酔いながら己の青春時代を回顧していたに違いありません。
 そして彼ら(私も含めて)は、コンサートにおいても、入退場においてもマナー(秩序)を守り、混乱もなく素晴らしい時間を共有したのでした。(私もおおいに満足しました)
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冴えわたるトーク、しかし… 松山千春考 Ⅱ

2006-08-16 17:08:06 | ステージ & エンターテイメント
 松山千春さんが支持される第一の理由は「圧倒的な歌唱力」であると前回書きました。
 それとともに、彼の魅力を支えるもう一つの側面が「冴えわたるトーク」です。
 けっしてきれいな言葉とはいえない北海道弁を丸出しにして、観衆(聴衆)を「お前ら」と呼びながら、彼の世界に引きずり込む話術は相当のものです。
 今回のコンサートでも、彼のトークは冴えわたり、独特の千春節で笑いを誘い、素晴らしい歌声と共に、楽しさも演出してくれました。
 彼の魅力の一つは、北海道弁で語る高慢と受け取られる語り口と、透明感のある素晴らしい歌声の間にあるあまりにも大きな落差が逆に魅力になっているのではないか、と田舎おじさんは思うのです。

 ところで、そのトークにについて一つだけ苦言を呈しておきたいと思います。
 それは彼が政治問題や社会問題について言及するときです。彼はことのほか、こうした問題に言及することを好むようです。STVラジオを聴いているとよく分かります。
 今回もその例に漏れず、最近の事象を取り上げて語っていました。問題は彼の価値観のようなものをなんだか押し付けられているように私には感じられる点です。私たちは彼の価値観を拝聴するためにコンサートに行ったわけではないのです。
 おじさんにはそれくらい批評できる力はありますが、若い人たちの中には「ああ、そういうことなのか」などと彼の言っていることを素直に納得してしまうとしたら、これは単なるコンサートではなくなってしまうと思うのです。

 松山千春さんには、純粋に彼が創造した音楽を広めるアーチストであってほしいと思っています。
 松山さんのファンは、けっしてオピニオンリーダーやコメンテーターとしての松山さんを望んではいないと思います。
(と言っても松山千春は、松山千春であり続けるんだろうなぁ…)
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圧倒的な歌唱力 松山千春考 Ⅰ

2006-08-14 21:50:05 | ステージ & エンターテイメント
 「30年間歌い続けさせてくれてありがとう!」
という言葉と共に、生ギター一本で『君のために作った歌』を歌い始めた。
 それまでざわついていた1万2千人余の観衆(聴衆)は、一瞬のうちに彼の歌声に惹きこまれていった。

 8月13日(日)いわみざわ公園野外音楽堂キタオンで開催された「松山千春デビュー30周年コンサート・ツアー2006」に妻と共に参加してきました。
 私にとって彼のコンサートに参加するのは初めてのことでした。今回、なぜ参加しようと思ったかというと、三つくらい理由があります。

 一つには、ホールコンサートと野外コンサートの違いを体験してみたかったこと。
 二つ目は、多くの観衆(聴衆)が集まるコンサートに自分の身を置いてみたかったこと。
 そして最も大きな理由である三つ目は、松山千春という歌い手がなぜ30年間も一流のシンガーとして多くの人たちから支持され続けてきたのか、その理由を知りたかったこと。

 などの理由からでした。
 そこで今日の投稿では、最も大きな理由であった三番目のことについて記すことにします。
 彼が30年間も一流の歌い手であり続けたのは、紛れもなく「圧倒的な歌唱力」であったことを改めて思い知らされたコンサートでした。50才とはとても思えない豊かな声量、透き通るような高音の響き、説得力のある歌い方…、それは1万2千人余の観衆(聴衆)の心を鷲掴みにするに十分なものでした。
 当たり前と言ってしまえば当たり前かも知れません。一人6,800円ものチケット(これは芝生席の料金、前方の椅子席はもっと高額でしよう)を購入して全道各地(全国各地?)から馳せ参じているわけですから、彼が発する歌声を聴き逃すまいと誰もが固唾を呑みながら聴き入ったということなのでしよう。
 しかし、それにしても1万2千人余の人が一人の歌声に聞き入るという図は、松山千春という歌い手の力そのものだと感じました。

 松山千春考を何回かに分けて記してみたいと思います。 
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私の札幌学

2006-08-11 16:44:20 | 札幌学 & ほっかいどう学
 札幌に行く度に目にする光景があります。
 それは、小学生のグループが手に手にスタンプブックのようなものを持ち、弁当の入ったザックや水筒を背負いながら、札幌の公共施設などを巡っている光景です。
 きっと札幌市の教育委員会などが企画したものではと推測するのですが、小学生の様子を観察していると、嬉々として公共施設などを巡っています。楽しみながら自分の住んでいる街や施設のことを理解することができる素晴らしい企画だと思って見ています。
 
 私が考えている「札幌学」なるものも、イメージとしては小学生のそれに近いものを考えています。「学」などと気張ってみましたが、私ができることといったら所詮その程度のことです。
 つまり、私の興味関心の赴くまま、札幌に存在するさまざまな施設や建造物などを訪ね、私の視点からレポートし、それをHP上で公開することができれば、少しは物好きな人たちのお役に立つことができるかな?という程度のものなのです。
 はたしてそんな思いを実現することができるのでしょうか?

 さて、私は13日に岩見沢のキタオンで行われる松山千春さんの野外コンサートを妻と二人で楽しむため、明日から出かけます。
 このブログも3~4日休みます。
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