癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

2日目 蕨宿〜3,浦和宿〜4,大宮宿〜5,上尾宿〜6,桶川宿〜7,鴻巣宿〈計29km〉

2016年05月25日 | 登山・旅行
 今日は、2次の蕨宿から7次の鴻巣宿まで、5つの宿場を通過した。
 ホテルの早い朝食を食べ、6:15にホテルを出る。


昨日の蕨宿本陣跡を6:35にスタート。


宿昔の面影を残すうれしくなるような古民家・鈴木薬局


北海道では見られないビワの木


蕨宿の出口にある一里塚碑。昔湿地が多かったため水難を護る弁財天も再建。
蕨宿を抜けて、中山道の県道164号線をひたすら歩く。


狛犬ならぬ狛兎の調(つき)神社。月に因んで兎像が境内のあちこちに。
この辺りから雨が降ってきて、45分間ぼど傘をさして歩いた。


浦和宿に入って行く。埼玉県庁がすぐそばにあるので、浦和駅からの通勤客が凄かった。
浦和は、今でこそ大都市だが、江戸時代後期には、旅籠15軒の小さな宿場町だった。


浦和宿の、家康から10万石を寄進された、平安時代に弘法大師によって建立されたという古刹・玉蔵院。


最近計画的に整備された、新しい都市機能を持つ地域のさいたま新都心駅。


大宮宿の氷川神社一の鳥居。もともと大宮宿は、平安時代に建立されたといわれるこの神社の門前町として栄えた。武蔵国一宮として、伝統と格式を誇っている。この参道は古い中山道だった。
この近くの、父の病を治そうと塩断ちした2人の娘の伝説がある塩地蔵も見た。


祠に祀られた東大成の庚申塚

11:10におよそ半分を歩いたので、宮原コミュニケーションセンターで、行動食中心の昼食タイム。


宮原市の加茂神社


上尾宿の中心となる氷川鍬神社。この向かいに本陣があった。


上尾宿の外れに建つ、魔除けの鍾馗様が乗る案内板

上尾宿から桶川宿までは、わずか3.7km。桶川宿は、紅花で栄えた宿場で、街道沿いには古民家がたくさん残っている。


桶川宿の店蔵と漆屋造りの矢部家。


その向かいの国登録有形文化財の小林家。


桶川宿の本陣跡


約380年の雛人形制作の歴史と伝統を誇る鴻巣宿。


老舗人形店の建物を活用した鴻巣市産業観光会館「ひなの里」。残念ながら定休日。


鴻巣宿の観光案内板。
15:30、ここを本日のゴールとして、鴻巣駅まで行き、予約していたホテルへ迎えを頼んだ。トータルで30km以上歩き、さすが疲れた。


車で15分も走った先にある温泉ホテルフレンドシップ・ハイツよしみ。
65歳以上割引があり、温泉で2食付きで6750円は本当に安い。唯一難点は、明日の朝の送りが9:30と遅いこと。
さすが、今日はまず温泉に入り、ビールを飲み、夕食を挟んでブログ更新。


十分満足な夕食。

【歩数計】50490歩、数年ぶりの?5万歩超え。
【諸経費】アイスコーヒー・パフェほか750円、缶ビール310円、ホテル代6750円。マッサーシ機能200円、合計8010円。
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1日目 日本橋〜1,板橋宿〜2,蕨宿<合計18.7km>

2016年05月24日 | 登山・旅行
 家を7時過ぎに出て、JRで五稜郭駅から函館駅へ。さらに、直通バスで空港へ。9:00発ANAのシニア空割13,590円で、羽田へ。
 羽田からモノレールで浜松町、さらに浅草線に乗り換えて、日本橋到着。

 日本橋では、会社が近いとのことで、教え子のnaoさんが迎えてくれた。


11:30、naoさんにシャッターを押してもらって、スタート記念撮影


5街道の起点や現在の国道の起点を示す日本国道路元標識


老舗らしい風格の三越デパート


会社の近くまで10分ほど一緒に歩いてくれたnaoさんと別れ、国道17号線を北上。


途中の立ち食いそば屋で、かき揚げそばの昼食。ボリュームもあり、かきあげがとくに美味かった。


江戸総鎮守として、崇教を集めた神田明神


東大の赤門は、加賀前田家上屋敷の御朱殿門


真性寺の地蔵尊、江戸六地蔵のひとつ


13:40、国道17号線を離れて、旧街道の面影を残す巣鴨地蔵通り商店街へ。
ちょうど、とげぬき地蔵尊で有名な高岩寺の大祭で大賑わい。露店と人で歩くのがたいへんだった。


とげぬき地蔵尊で有名な高岩寺


近藤勇の墓だが、土方歳三の墓と連名になっている。永倉新八が、明治になってから建立したらしい。


そのまま旧街道の道幅のままの板橋商店街へと続く。下町商店街の風情がうれしい。


14:55、1つ目の板橋宿の石碑に到着。


15:15、再び国道17号線の歩きとなる。ここまでの1時間半ほどの間が、旧街道らしくて良かった。
まもなく、中山道3番目の志村一里塚。道路の向かい側にもあり、2基一対で現存する全国的にも大変貴重で、国の史跡に指定されている。


薬師の泉庭園。徳川吉宗が賞賛した清水が湧く。昔は街道の旅人の喉を潤す貴重な清水だった。


東京都と埼玉県の県境となる荒川に架かる戸田橋


戸田の渡し場跡碑
このあと、再び国道17号と別れて、旧街道の道へ。


緑の多さにホッとする下前公園通りのケヤキ並木


17:00、2次目の蕨宿の石碑


マンホールの蓋にも中山道蕨宿


蕨宿民族資料館と右側が本陣跡。
開館は16:30までだったが、通りかかって、話し掛けてきたお爺ちゃん(こっちも爺ちゃんだが)が、「北海道から来たんだから」と、無理矢理頼んで開けさせてくれた。
中には、昔の南北10町(1090m)の宿場の模型や宿や店の様子などが復原展示されていた。出てくるのをわざわ待っていたお爺ちゃんに感謝。蕨宿のことをいろいろ教えてくれた。

ここを今日のゴールとして、中山道から外れて、ホテルまで1.3km歩く。


17.30、予約しておいた蕨駅前の蕨パレスホテルへ到着。


まずはブログをアップし、近くの餃子の王将で夕食。揚げそばと餃子と生ビール1杯。

半袖の山シャツと山ズボンで歩き通した。昼は暑くて汗をかいたが、徐々に涼しくなり、後半は汗をかくことはなかった。とくに急がずのんびり歩いた。

【歩数計】36134歩(朝、家を出てから)
※距離は、ガイドブックに掲載されている宿場から宿場までの距離のみで、それ以外の、ホテルまでの往復などは含まれていないので、実際はもっと歩いている。

【諸経費】モノレール・地下鉄670円、昼食360円、麦茶129円、コピー20円、テーピング用テープ439円、夕食1338円、ホテル代(朝食付き)7000円。合計9956円。
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中山道(その1)歩き旅へ

2016年05月23日 | 登山・旅行

 これからは、時間が今までより自由になるので、もっともっと本州の山旅と歩き旅をしてみたいと考えていた。これまでも、歩き旅は、四国遍路(37日間)、熊野古道(中辺路・小辺路)(10日間)、ぐるり富士山トレイル(6日間)を経験している。

 次に考えていたのは旧街道だった。五街道をすべて踏破した箱館歴史散歩の会主宰中尾仁彦さんによると、一番のお勧めは、五街道の中でもっとも江戸時代の面影をそのまま残す宿場町やその遺構が多い中山道のとのこと。有名な木曽路の妻籠宿や馬篭宿もこの街道にある。

 そこで、まずは、「中山道69次」の歩き旅を計画した。全長534キロで、日本橋から京都三条大橋までを山側で繋ぐ街道である。1日25km平均で歩くにしても、20日以上は必要だ。できれば、一気に歩き通したかったが、暑い夏を外して今年のスケジュールを見ると、まとまった日程が組めそうにもない。

 仕方ないので、梅雨前と秋の2回に分けて挑戦することにした。まずは、明日から6/6までの13日間、歩けるところまで歩こうと考えている。机上の計画では、武州路・上州路〜信濃路〜木曽路を歩けそうだ。秋は、残りの美濃路〜近江路となる。
 峠越えが多いので、五街道の中では最も気力・体力を必要とするらしいが、歩き応えのある魅力的な旅になりそうだ。


 中山道歩き旅の本はたくさん出ているが、山と渓谷社の『歩いて旅する中山道』を持参して歩くことにした。コース地図や細かな見どころなどが詳しく載っている。ネット上にも多くの記録が見られるので、それらを参考にしたい。


 新しくこのために買った装備は、靴とリュックに付けられるチェストバックだけだ。あとは、登山用品で十分間に合う。

 靴は、現在登山靴として使用しているサロモンの堅牢でフィット感もホールド感も最高なトレランシューズでも良かったが、もうへたってきて、ゴアテックスがダメになっている。雨の日も歩きたいので、amazonで同じような作りのサロモンの靴を探したら、半額近いウォーキングシューズが見つかった。チェストバックも、本が入る大きさのものをやはりamazonで見つけた。

 費用は、宿泊代も入れて1日1万円以内で収めたい。したがって、宿泊はできるだけ安い宿やビジネスホテルの予定だ。これまで同様に歩く距離と相談しながら、スマホで探しながら、前日か当日にでも予約を入れて歩くつもりだ。できれば、旧宿場町での泊まりにこだわりたい。

○一応の計画
5/24(火) 函館〜(飛行機)〜羽田、
【武州路・上州路】 日本橋〜1,板橋宿〜2,蕨宿            <計18.7km>
5/25(水) 蕨宿〜3,浦和宿〜4,大宮宿〜5,土屋宿〜6,桶川宿〜7,鴻巣宿 <計29.0km>
5/26(木) 鴻巣宿〜8,熊谷宿〜9,深谷宿               <計27.4km>
5/27(金) 深谷宿〜10,本庄宿〜11,新町宿〜12,倉賀野宿        <計28.4km>
5/28(土) 倉賀野宿〜13,高崎宿〜14,板鼻宿〜15,安中宿〜16,松井田宿 <計26.0km>
5/29(日) 松井田宿〜17,坂本宿〜18,軽井沢宿            <計20.0km>
【信濃路】
5/30(月) 軽井沢〜19,沓掛宿〜20,追分宿〜21,小田井宿〜22,岩村田宿〜23,塩名田宿〜24、八幡宿 <計26.4km>
5/31(火) 八幡宿〜25,望月宿〜26,芦田宿〜27,長久保宿〜28,和田宿  <計21.8km>
6/1(水) 和田宿〜29,下諏訪宿    <計21.5km>
6/2 (木) 下諏訪宿〜30,塩尻宿〜31,洗馬宿〜32,本山宿〜33,贄川宿  <計29.7km>
【木曽路】
6/3 (金) 贄川宿〜34,奈良井宿〜35,藪原宿〜36,宮ノ越宿〜37,福島宿 <計27.1km>
6/4 (土) 福島宿〜38,植松宿〜39,宮ノ越宿〜40,須原宿       <計22.0km>
6/5 (日) 須原宿〜41,野尻宿〜42,三留野宿〜43,妻籠宿       <計23.9km>
6/6 (月) 妻籠宿〜43,馬篭宿〜44,落合宿〜45,中津川宿       <計16.2km>
   中津川〜東京〜羽田(飛行機)〜函館

 毎日の記録は、その日のうちに、スマホからブログ「癌春日記」にアップできるように頑張るつもりなので、応援方々楽しんでいただきたい。
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やばかった win10への強制自動アップグレード

2016年05月23日 | PC・HP・ブログ
 ここ数ヶ月、PCを立ち上げるたびに「Windows10を入手する」みたいな画面が出て、そのたびに、うざいと思いながら消して対応していた。

 以前から、PCに詳しい方々から、「絶対Win10にしない方が良いよ。不都合なことが多すぎる」と言われていた。ましてや、自分の場合、一番大切な15年以上使ってきたHP作成ソフトが使えなくなる。今のWin7が使えるうちは、ずっと使うつもりでいた。


 ところが、5月19日に、PCを使用している最中に、トイレから戻ったら、勝手に、PCの画面が上掲のように変わっていた。何がどうなってどうなったのか・・・慌ててPCの電源を切ろうとしたが、切れない!・・・仕方ないので、電源タップからプラグを抜いて、ことなきを得た。

 いろいろ調べてみたら、5月13日頃から「Windows10を入手する」アプリの挙動が変わっていて、5月16日頃から自動アップグレードが始まるPCが多数発生しているようだ。自分のPCもこのパターンだったのか?

 いろいろ検索してみたら、このような被害が続出しているし、「Win10への強制アップグレードを防ぐ方法」みたいなサイトがたくさん出ている。なぜ、こんな強引なことをするのだろう・・・まったくわけが分からない。

 一昨日はとりあえず、下記のサイトを参考にwindows updateの設定を、「自動」から「手動」に切り替えておいた。
http://freesoft.tvbok.com/cat97/2016/to_force_windows10_2016_02.html

 昨日、弟にその話をしたら、彼の勤務先の事務所でも同じようなことがあったらしい。Win8の場合は、なんとか使えるらしいが、自分と同じWin7の場合は、ほとんど使えなくなるらしい。「損害賠償も問えるのではないか?」という話になっているとのこと。

 今日になって、また、同じことがあれば困るし、windows updateの「手動」は面倒なので、もっと良い方法がないか調べたら、下記のサイトが分かりやすかったので、それにしたがって設定してみた。
https://121ware.com/qasearch/1007/app/servlet/relatedqa?QID=017898

 このサイトににも書いてあったが、非表示にしても、再度Windows Updateのところの確認を行うと再表示されたが、その非表示の設定を何度か繰り返しているうちに表示されなくなった。そこで、windows updateの設定を、「自動」に戻したが、果たして、どうなるか・・・・?

<追記>
 MSでも、あまり反響が大きいので、5/21、アップグレードが始まった後にキャンセルできる手順をまとめた動画を公開したようです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160523-00000003-jct-sci
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1枚の写真のために函館山うろうろ

2016年05月23日 | 登山・旅行

「はこぶら」のサイトに「つつじ山要塞」とのキャプションで掲載されていた写真

 上掲の要塞とツツジの花の組み合わせが気に入って、ツツジのころになったら自分も撮って来ようと思っていた。
 明日から旅に出るので、今日のうちにと思い、車でつつじ山駐車場まで上がってつつじ山要塞へ。ところが、いくら探しても同じアングルのところはない。藪を漕いでつつじ山山頂まで行ってみたがやはりなし。もしかしたら、薬師山?と思ってそちらへも行ったが、やはりなし。
 
 あとは、千畳敷しかない。とりあえず車で下って、登山口のふれあいセンターで確認してもらおうと思ったが、管理人は外勤中。下の駐車場へ行ったら、顔見知りのグループがいたので、聞いてみた。お互いの意見は、千畳敷要塞で一致した。

 再び、車でつつじ山駐車場まで戻り、千畳敷を往復した。千畳敷要塞の中を歩いて行ったが、最初は見当たらなかった。しかし、再確認の意味で戻ったら、同じアングルの場所がようやく見つかった。見る向きが違うので、往きでは気付かなかったらしい。


 しかし、ツツジがまだ蕾だった・・・残念! 6月6日に戻って来てからでは、もう花も終わっているだろう。 


この木は毎年花を咲かせるアオダモ

 千畳敷から戻るときに、反対側から来た男性が、「アオダモの花が咲いてますよ」と話し掛け、わざわざ戻って教えてくれた。
 その方の話では、「普通アオダモは4年置きに花を咲かせるらしいが、ここのこの木は毎年花を付けるんですよ」とのこと。
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近郊観光ドライブ

2016年05月22日 | 日常生活・つぶやき

朝食バイキングに出た、今朝揚がったばかりの生きている甘えび。
イキが良く暴れて皮は剥きづらいが、こりこりしてとても美味しかった。
このほかに刺身だけでもイカ刺しなど4種類もあった。他の料理もたくさん。


 ホテルを出て、まず最初の立ち寄りは「大船遺跡」。4年前よりも整備が進んでいた。


次に、今年、道の駅もできて新しくオープンした鹿部間欠泉公園。


今年から夏季の運行営業を始めた函館七飯スノーパークのゴンドラで往復。
いつも冬しか乗っていないので、新鮮な感じだった。


ゲレンデの上の方で駒ヶ岳をバックに


次は、城岱牧場展望台へ



城岱牧場から下り、大野平野を横切り、向かい側のきじひきパノラマ展望台へ


最後は、訪問を約束していた仁山のパンの店ヒュッテの親方の所へ
幼少のころ、旧大野町(現北斗市)で隣に住んでいて、歳が同じ妹と3つ上の弟は、親方とはいつも一緒に遊んでいた。
親方は、その当時のアルバムを用意していた。
当時の我が家の兄弟の写真や一緒に遊んでいたときの写真を眺めながら、昔話に花が咲いた。


我が家の3人兄弟と親方で記念撮影。

昼食はラッキーピエロ峠下総本店の予定だったが、混んでいて、中の様子を見ただけでパス。
 その足でその隣の、弟と峠下小学生時代同級生だったOさん宅へ。50年ぶりの再会でお互いに感激していた。

 函館へ戻り、飛行機で帰る妹を空港まで送り、新幹線で帰る弟夫婦を函館駅まで送って解散。
 次に会えるのは、8月下旬の弟のところの姪っ子の結婚式の予定。


翌日の昼食の食卓に上った、七飯スノーパークの上で採ったウドの天ぷら

 毎年最低1回は、登山ついでに見つけたギョウジャニンニク、ウド、たらの芽は、必ず食べていた。しかし、今年は、山菜の時期に恵山通いばかりで、採ることができなかった。ようやく、ウドだけだが口にすることができた。これで、今年の山菜は最初で最後だろう。
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母の17回忌

2016年05月21日 | 登山・旅行

命日は6/15なのだが、さいたまの弟と大阪の妹やこちらの都合の良い日を選んだら、今日になった。

 弟夫婦は昨日のうちに函館に入っていたので、妹を空港に迎えに行った。14:00にお坊さんがやってきて、お勤めが始まった。


 それが終わり、お墓へ移動。お墓でも読経してもらって、今晩の宿となる大船温泉のホテルひろめ荘へ。

 途中、南茅部道の駅に寄り、縄文文化交流センターで、道内唯一の国宝・中空土偶ほかを観る。


 ひろめ荘に17:00に到着。2種類の温泉に入ったあとは、楽しみな夕食。
料理はちょっと豪勢に、地元南茅部で水揚げされた海の幸グレードアッププラン。


前浜で獲れた新鮮な刺身の盛り合わせ・・・10種類ほど

海のものがメインの料理だが、この後に大沼牛のステーキも出た。

豪華なデザートにも感激


「ランパス」30軒目 「らぁめん めんきち」

 妹を空港を迎えに行った帰りに、妹が「おいしい塩ラーメンが食べたい。」と言う。
 帰路沿いにある塩ラーメンの美味しい花園町の「めんきち」へ。


こちらの提供は「中華そば」
塩ラーメンとの違いは、たれも塩と醤油が混じっているし、ほかもいろいろ違うとのこと。結構美味しかった。

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法事の準備 & 30km走挑戦・撃沈

2016年05月20日 | ジョギング・ラン・ウオーキング
 明日は、母の17回忌法要なので、朝5時に、草刈り機と掃除用具一式を車に積んで、立待岬の墓地にある墓周りの草刈りと墓掃除をしてきた。
 終わって車のところまで下りてきたら、伊達市から来たという登山スタイルの女性が登って来た。立待岬経由で函館山へ登るらしい。挨拶方々少しお喋りをしているうちに、名前を訊かれたので答えたら、「いつもホームページやブログを拝見し、参考にさせてもらっています。今日も坂口さんの記録を参考に、谷地頭温泉の駐車場に車を置いて登ってきました。こんなところでお会いできるなんて…」と感激され、握手まで求められた。朝から爽やかな気分になった。


 昨日は仏間の整理をしたので、午前中に必要なものを購入し、仏壇周りを明日に備えた。母の命日は6/15なのだが弟妹の都合で、明日にした。


30km走に挑戦するも、23kmで撃沈
 函館マラソンまでひと月半となった。5/24〜6/6の間、中山道の歩き旅に出る予定なので、その前に一度30km以上を走っておきたかった。


 地図で計測したら、自宅から五稜郭駅の陸橋を渡り、函館病院のところから大野新道(国道227号)へ出て、大野十字街までの直線道路を走り、文月〜清川(道々96号)〜上磯国道(国道228号)〜港小学校のところから函館病院〜自宅で、ちょうど30kmだった。

 最初の10kmは、1時間08分30秒(平均ラップ6分48秒/km)、10〜20kmは、1時間06秒30秒(平均ラップ6分36秒)だった。道々96号線から上磯の国道228号へ出たところで、ちょうど21kmで、ハーフの距離だった。この辺りから脹脛に張りの痛みが出てきた。それでも、7分を切るペースで23kmまで走った。ところが、その辺りから、続けて走ることができないくらい脹脛が痛くなった。その後は、歩いたり走ったり、最後の4kmは完全に歩きのみとなり、20〜30kmは、1時間24分30秒(平均ラップ8分24秒)だった。

 過去の函館ハーフでも、何度か脹脛が痛くなって歩いたことがある。このときはだいたいが前半のオーバーペースが祟っている。今回も、7分/kmで走れば、もしかしたら歩かないで済んだのかもしれない。特に10〜20kmのペースが速過ぎたようだ。その時は、そのペースで30kmは行けそうな気がしたのだが…。未知の距離なのに甘く見ていたようだ。ちょっと悔しい。

 本番は、今回の教訓を生かし、30kmまでは我慢して7分イーブンで走り、それでも同じ症状が出るようなら、歩くだけの時間的余裕がないので、回収バスの世話になる覚悟が必要だ。来週から毎日25〜30kmの中山道歩き旅が続くが、それも少しはトレーニングにはなるだろう。しかし、帰って来てから30km以上走るだけの日数的な余裕はもうないだろう。


まっすぐな大野新道(国道227号線)に架かる新幹線の高架橋


旧大野の町並みも育った子どもの頃とすっかり変わっている。
ふと、子どものころに記憶がある大野十字街手前(新道沿い)の懐かしいお宅が目に付いた。当時は洒落たお宅だった。
良く遊びに行った友人の家の隣なので、どこのお宅だったかあとで聞いてみたいものだ。


すでに葉桜になっていた法亀時のシダレザクラ


沖川小学校・・・この校名にはおもしろい謂われがある。

この校名は、中野地区の「中」に、清川地区の清のさんずいを付けて「沖」とし、清川の「川」を組み合わせている。「清」のさんずいをわざわざ「中」に付けたわけは、中野より清川の方が子どもの数が多かったからだそうだ。
旧上磯町には、このような地名を組み合わせた校名がほかにもある。「浜分」という地名はないが小学校も中学校もある。これは、七重浜の「浜」と追分の「分」を組み合わせている。
また、「石別」という地名はないが、これも小学校も中学校もある。これは三ッ石の「石」と当別の「別」を組み合わせている。


この辺は、すっかり歩きモードになっていた25km付近の国道228号の産業道路交差点


 帰宅後、これまでに経験のないほどの疲労感と足のだるさだった。妻に揉んでもらって少し楽になった。 
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金山正禮「切り絵」展

2016年05月19日 | イベント鑑賞・参加

 昨日からNHKギャラリーで、金山正禮さんの『「切り絵」函館の建物・人・・・。展』が開催されているので、観に行ってきた。

 実は、現職時代お世話になった金山元教育長のお兄さんで、氏からの年賀状は、毎年このお兄さんの作品が使われている。また、自分と同じく大腸癌を患い手術したが、元気で活躍していることにも親近感を抱いていた。


 <許可をいただいて撮影〜立っている方はご本人>

 本人がいらしたので、いろいろお話を聞くことができた。62歳のときにテレビで見て、さらに、上野美術館で眼にして、興味を覚えて始めたそうだ。一番大変なのは、下絵作りとのこと。下絵の作り方も教えていただいた。それができてしまえば、あとは根気よく切り抜いて行くだけだと言う。一つの作品ができるまでに約3ヶ月ほど要するとのこと。

 最近は、眼が疲れるので、お弟子さんに教えることは引退したそうだ。現在86歳とのことだが、とてもそのようには見えないお若い方だった。共通の大腸癌の話にもお付き合いいただいた。会場に竹下景子さんからのお花もあった。


入場者に1枚ずつ配布している絵はがき


「ランパス」29軒目 「JOE&RACCOON」(ジョーアンドラクーン)


 今日は、歴史的建造物の店の雰囲気と好評のメニューから早く行きたかった大町の「「JOE&RACCOON」へ。
 店名のJOEは、新島襄に因み、RACCOONはアライグマのことで、店主が似ていることによるとのこと。
 今日の本命は、NHKギャラリー近くにあるランチバイキングの「食いどころはら田」だったが、1時間前に行ったら、10食限定ですでに締め切っていた。そこで、電話をしてこちらの店へ。利用時間は11:30からだが、着いたのは12:15頃だったので、30分ほど待たされた。ここは40食限定だそうなので、遅く行った方が待たなくて食べられそうだ。



 提供メニューは、「日替わりガレットランチ」・・・木曜日は、「ピリ辛チョリソー」。
 聞きなれないガレットとは、フランス生まれのそば粉のクレープだそうだ。
 中に、チョリソー、卵、チーズが包まれていて、サラダとコーヒー付き。
 見た目より、ボリュームがあり、非常に美味しかった。ここも、ぜひリピートしたい店だ。

 
洒落た器のコーヒー      新島襄の説明と歴史的建造物の標

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花探索in428峰(御殿山) & 古部岳林道偵察

2016年05月18日 | 登山・旅行

2片の花と2片の蕾を付けた「スミレの女王」サクラスミレ〜もう1つの蕾は右の花の陰

 私の元祖山の師匠のyamaさんを中心に、函館植物研究会会長のKuさん、山道楽さん、Kuさん、Taさんの5人で、いつも低山ハイクを楽しんでいるグループから、「昨年サクラスミレを眼にした恵山の428峰(御殿山)へ花探索に行きますがご一緒にいかがですか?」とのお誘いをいただいた。
 このグループと歩くと、いろいろな花を眼にすることができるので、二つ返事で参加した。

 自分にとっての一番の目当ては、道内ではこの辺りでしか目にできず、昨年初対面ができた「スミレの女王」と呼ばれるサクラスミレとの再会、さらには、観れるかもしれないというユウシュンランだった。案の定、昨年より時期が早かったこともあり、サクラスミレは昨年よりずっと多い株を眼にできたし、自分一人で歩いていたら見逃していたような多くの花を眼にできた。


 2番目の目的だったユウシュンラン。これまではササバギンランとごっちゃになっていた。
 良く見たら、葉も花も違っていた。 

  
ニシキゴロモ       チゴユリ  

 
フデリンドウ       ツボスミレ(ニョイスミレ)

 
ミツバツチグリ(花はキジムシロに似ているが葉が違う)     ルイヨウボタン

 
冠の付かないただのスミレ    ハクサンチドリ

 
ミミナグサ       オオヤマフスマ
※このような小さな地味な花はKuさんが一緒のときでないと、目に留まらない。


林道跡終点から428峰を目指す


花と開きかけた蕾を抱いたサクラスミレ。2片以上花を付けた株はなかなかない。 

 
葉がよく分かるサクラスミレ   花のアップ


428峰山頂で恵山を眺めながらの昼食タイム


シラネオアイの群落

 
ここには、1株に上で茎が分かれて2つの花が咲くものが非常に多かった。ここ特有の遺伝子?


下山後、ここ20日間で5回目になる恵山福祉センターの温泉でのんびりした後、彼らと別れて、古部岳(古部丸山)の林道偵察に出掛けた。

古部岳(古部丸山)林道偵察

恵山から眺める古部岳(古部丸山)

 恵山に登ると、良く目立つ山で、「あの山は何という山ですか?登山道はあるのですか?」と聞かれることが多い。
 この山は、大千軒岳、八幡岳と並び、道内で最古の一等三角点(点名・古部岳)の山である。
 登山道はないが、北側の山頂直下まで林道が延び、崩壊等がなければ、頂上まで標高差140mくらいの沢形にある登山口?まですんなり車で入れる。
 今日は、最初にここから登って以来16年ぶりに、偵察方々走ってみた。山菜時期でもあり、路面はかなり良い状態で、すんなり入ることができた。林道には相変わらず熊の糞が多かった。入口から登山口まで7.8kmだった。


今日走った林道のGPSトラックログ。2ヶ所の分岐には「古部岳→」が設置されている


林道入口。国道278の旧恵山と旧椴法華の境界だった峠を越えて1.5kmほど椴法華側へ下って左側。


登りはしなかったが、下から続く沢形に踏み跡がしっかりと続き、ピンクテープがずっと付けられていた。
16年前に笹やぶを漕いで登ったのがうそのようだ。

ちなみに、2回目は、海抜0の古部漁港から相泊川を遡行して、最後は藪こぎで登っている。
3回目は、冬に今日の林道の最終人家からスキーで林道を歩き、東尾根をカンジキで登っている。
でも、一番楽なのは、夏の今日の林道利用のコースである。
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