田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も12年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

野外講座の開講準備中!

2018-04-13 17:00:43 | 札幌学 & ほっかいどう学
 「めだかの学校」の野外講座「さっぽろの古(いにしえ)を訪ねて」の開講を4月27日(金)に控えて、講座を企画・運営をする私たちプロジェクト〇(ゼロ)の面々は、その準備に奔走中である。 

             
             ※ ファイルノートの表紙に貼り付けた講座名とめだかの学校のシンボルマークのキャラクターです。

 私が所属するシニアの学習グループ「めだかの学校」が今年度上半期に野外講座「さっぽろの古を訪ねて」を実施することについては、以前の拙ブログでその内容を紹介した。(こちらを参照を ⇒)

 その開講がいよいよ4月27日に迫ってきた。
 4月1日より募集を開始した受講者もこの度定員の30名に達したと事務局より連絡が入り、企画についての関心が高いことを嬉しくも感じた。
 私たち企画・運営を担当するプロジェクト〇(私を含めて3名)は、受講者に対してできるだけの準備をして、受講者が受講後に充足感を持ってもらいたいと話し合っている。

             
             ※ ファイルノートの全体像です。100均仕様のため安っぽい感じは免れない。

 その一つが、ファイルノートの作成である。
 私たちは、今回の実施する6回の野外講座をそれぞれ2回ずつ、責任をもってナビゲートすることにしている。その際に、ナビゲーター役は現地に関しての資料を準備することにしている。その資料や、見学先でいただく資料などを記録としてファイリングするためのノートを準備しようというのだ。
 100均ショップでファイルノートを買い求め、そのノートの背後に講座名を記し、表紙には「めだかの学校」のシンボルマークを貼り付け、中表紙を6枚作成するなど、けっこうな時間を要した。

                  
                  ※ ファイルノートの1頁には、講座の全体概要を入れました。

 私は、第1回の「札幌の成り立ちを概観しよう!」と第5回の「岩村通俊が造ったススキノ・鴨々川を訪ねよう!」の担当である。
 現在はその第1回目の講座のための準備も並行して進めている。
 第1回は、「北海道博物館」と「北海道開拓の村」を訪れ、担当者から直接お話を聞くことがメインである。
 そのため私が作成したのは、「北海道博物館」と「北海道開拓の村」について、その概要を説明する文書作成した。また、6回の講座に出てくる関係者に焦点を当てた年表を作成した。
 この後、第1回目ということから、講座全体のガイダンスも行わねばならず、そのアナウンス文書も作成して万全を期したいと思っている。

                  
                  ※ 中表紙の一枚です。第4回目の講座のものです。

 さらには、本日受講者に宛てて、集合場所である「北海道博物館」までの交通案内や事前にお知らせしなければならない事項の連絡文書を発送した。

 講座開設、特に野外での講座は室内でのものとは違い、何かと準備が大変であるが、これもまた受講者に喜んでもらえる(かな?)と思えば、苦労のしがいがあるというものである。
 こうした講座の企画・運営する側としては、できるかぎりの準備をし、運営においてはホスピタリティを十分に発揮し、受講者に満足してもらいたいと考えている。
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講座の開設準備に奔走中!

2018-03-22 17:17:05 | 札幌学 & ほっかいどう学
 ここの数日、私が所属する「めだかの学校」が4月から開設する「野外講座」の開設準備のために奔走中である。昨日はあちらへ、今日はこちらへと飛び回っている。大忙しの毎日だが少しも苦とは思っていない。楽しいとさえ思える忙しさである。 

             
             ※ 薄野遊郭があったとされる南4~5条、西3~4丁目は、現在ススキノでも最も賑やかなところである。

 私が所属するシニアの学習グループ「めだかの学校」が外部の方々にも参加を呼び掛けて行う「野外講座 ~さっぽろの古を訪ねて~」の開設が近づいている。(第1回目の講座は4月27日の予定である)
 野外講座の具体的な内容については、拙ブログの2月6日付の投稿を見ていただきたい。

 野外講座を担当するのは、私を含めて3名のプロジェクトチームである。
 その3名で、過日3月16日(金)に一日かけて6回講座で訪れる現地を事前踏査で回ってきた。時間の関係で全てを回ることはできなかったが、施設のスタッフと打ち合わせをしたり、現地を確認したりすることによって、講座のイメージを具体化することができた。

 3月19日(月)には道民カレッジ事務局にお邪魔して、6回の講座の中で案内者やアドバイザーが固まっていない分野について、その道に詳しい方を紹介していただいた。

                  
                  ※ 豊川稲荷神社境内に立つ「薄野娼妓並水子哀悼碑」です。

 3月20日(火)には札幌市生涯学習センター(ちえりあ)に出向いて、関連図書(特に札幌市が発行する「さっぽろ文庫」)を借りてきて、関連個所を読み込むことを行っている。

 3月21日(水)には、別件で円山公園を訪れた際に、円山公園パークセンターを訪れ、私たちの中で最も懸案となっている初代開拓判官:島義武が札幌の街づくりを構想したといわれる「コタンベツの丘」を特定する材料がないかどうかを尋ねた。
 特定するアドバイスはいただけなかったが、コミック本の「島義勇伝」を紹介された。コミック本とはいっても各界の権威が監修の任にあたっているので、史実に忠実と思われる。その中に、非常に興味ある場面があったので、帰りにそのコミック本を買い求めた。
 関連図書の記述、コミック本の内容から、どうやら「コタンベツの丘」は特定できそうな感触を抱いている。

             
             ※ 今回の講座と直接的な関りは薄いが、第一ホテル前に立つ「会津藩白虎隊士飯沼貞吉ゆかりの地碑」です。

 3月22日(木)、本日は私が直接担当することになっているすすきの地区を巡り、「薄野遊郭跡」、豊川稲荷神社札幌別院内にある「薄野娼妓並水子哀悼碑」、神社に寄進した遊郭時代の妓楼の古い石垣などを確認した。
 その後、札幌市の河川事業課に赴いて「創成川・鴨々川 川めぐりマップ」を受講者分30部をいただいてきた。

 といった具合に、この数日は「野外講座」の開設準備に奔走している私であるが、この準備が私にとってはとても心楽しい時間なのだ。
 それは自分が奔走することで自分自身の知識が増えるとともに、講座の内容がより濃く、確かなものとなり、受講者に喜んでもらえるだろうという期待があるからだ。
 まだまだ準備は十分とは言えない。講座開設の直前まで準備に忙殺されそうである。
 「今になってまだ準備が十分ではないのか」と関係者からはお叱りを受けそうだが、最善を尽くし、受講者に喜んでもらいたいという思いが私を突き動かす。
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さっぽろの古(いにしえ)を訪ねて

2018-02-06 16:06:10 | 札幌学 & ほっかいどう学
 大友亀太郎、島義勇、エドウィンダン、岩村通俊、ウィリアム・スミス・クラーク、…、いずれも札幌の街が形成される黎明期に重要な役割を果たした人物たちである。これらの人々の業績の跡を辿ろうと、この度ある学習計画を作成した。 

 私が所属する「めだかの学校」では、来年度の学習計画の作成作業を昨年末から年始めにかけて行っていた。その作成作業がこのほど一段落し、来年度の学習内容がほぼ決定された。
 その中で、私は来年度前期に実施する「野外講座」を作成する作業グループ(3名)に属した。グループでは数回の会合を重ねながら作成作業を進め、その都度全体の運営委員会に諮るということを数回行い、このほど成案を見ることになった。

 その内容は、札幌開府前後に重要な役割を果たした人物を時系列的に追いかけ、その史跡や関連施設を訪れるというものである。そこで全体テーマを「さっぽろの古(いにしえ)を訪ねて」とした。

 具体的な内容は次のとおりである。
◇第1回 4月27日(金)13時~16時 
  「札幌の成り立ちを概観しよう!」
       北海道博物館、北海道開拓の村を訪れ、関係スタッフのお話を伺い全6回の学習内容を概観する。

◇第2回 5月29日(火)13時30分~15時30分 
  「大友亀太郎のふるさとを訪ねよう!」
       江戸末期、現在の元町地区の農地開拓に活躍し、大友掘を造ったことでも知られる大友亀太郎の札幌における本拠地であった「札幌村郷土記念館」などを訪ねる。

               

◇第3回 6月25日(月)13時30分~15時30分
  「大友堀の現在(いま)を訪ねよう!(創成川を往く)」
       札幌の街づくりの基点となった大友堀(創成川)を訪れるとともに、関連史跡を辿る。さらに札幌市庁舎内の開拓使初代判官の島義勇像を見る。

◇第4回 7月23日(月)13時30分~15時30分
 「北海道開拓の父 島義勇を訪ねよう!」
       島義勇が札幌の街づくりを構想したといわれる「コタンベツの丘」を訪れるとともに、神宮内、円山公園内に立つ島義勇像、紀功碑、岩村通俊像などを確認し、業績を偲ぶ。

               

◇第5回 8月27日(月)13時30分~15時30分 
  「岩村通俊が造ったススキノ・鴨々川を訪ねよう!」
       島義勇を継いで本格的に街づくりに着手した岩村通俊の業績の一つ、街の区画を京都に倣い条・丁目を用いた街、歓楽街ススキノを訪れるとともに、ススキノを流れる鴨々川周辺を散策する。

◇第6回 9月24日(月)13時30分~15時30分
  「北海道畜産の父 エドウィンダン記念館を訪ねよう!」
       北海道に米国式の畜産技術を普及させたエドウィンダンが当時事務所として使用していた記念館を訪れるとともに、エドウィンダン像、記念公園を訪れ業績を偲ぶ。

                    

 全体の計画を概観するとけっこう良い計画となったのではと我々のグループでは自賛している。実は、素案の段階で北海道博物館の学芸員の方にも相談させていただきお墨付きをいただいていた。
 ここまで学習計画を作成するには、けっこうな時間と労力を要したが、その作業はけっこう楽しい作業だった。それはやはり自分たちが立てた計画が道民カレッジで学ぼうとする方たちのお役に立てるのでは、という思いがあるからだった。
 この後、3人ですべての訪問地を事前視察して(3月に予定している)、実際の学習を実施する際の問題点などを洗い出し、万全を期すことにしている。

 具体的な参加者の募集はまだまだ先のことではあるが、どれくらいの人が興味を示してくれるか、私たち自身が興味津々である。
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道民カレッジ 奨励賞

2017-07-17 20:49:51 | 札幌学 & ほっかいどう学
 “塵も積もれば山となる”のことわざを実感している。「道民カレッジ」の講座を受講し続けて9年。このほどその取得単位が1,000単位を突破した。けっこうな日数を要したが、「よくやったなぁ…」というのが偽らざる実感である。 

               
               ※ 送付されてきた「奨励賞」です。私の名前は知れているようにも思われますが、一応隠させてもらいました。

 先日、宅急便で小包が届いた。開けてみると、道民カレッジ事務局から額入り(といってもプラスチック製だが)の賞状が我が家に届いのだ。
 賞状は「奨励賞」で、その賞状には「道民カレッジにおいて総取得単位数が1,000単位に達しました…」と書かれてあった。

 1,000単位を取得したということは、単純に道民カレッジ関係の講座を1,000時間受講したということである。
 1,000時間受講するということは、私の場合、だいたい開講時間の30分前には会場に到着するようにしているし、会場との往復時間を考慮すると、受講のために2,000時間以上、いやもっと多くの時間を費やしたことになる。
 「よくやったもの」と自分でも感心する。その受講態度は学生時代より真面目じゃなかったろうか?

               
               
※ これまでに溜まった道民カレッジ手帳です。学士、修士、博士など称号を得るたびに手帳が変わりました。
                白が入学登録をした当初のもの、ピンクが学士、水色が博士用の手帳です。

 記録を見ると、初めて単位を取得したのは、平成21年4月28日「緑豊かな街 札幌」となっている。これは札幌市民カレッジの講座である。札幌市民カレッジを受講して、この講座が道民カレッジと連携していることを知り、道民カレッジの入学手続きを取ったことが始まりだった、と思い出している。
 以来、道民カレッジが開講する「ほっかいどう学 かでる講座」、札幌市内の大学の公開講座、石狩市民カレッジ、めだかの学校講座、等々…。都合がつくかぎり札幌市内のあちこちで開講される道民カレッジ連携講座を受講してきた。
 中には函館の森誘クラブというグループが主催する登山会に参したこともあった。

 けっして単位取得のために奔走していたわけではないが、ここ数年はかなり意識的に受講するように心掛けたこともあり、1,000単位に到達したということなのだろう。
 この間、私が最も心掛けたことは講座を単に聞きっ放しで終わらないようにしようということだった。講座で得たことを少しでも自分ものにするために、そして自らの感想を記すために、私は受講した講座のほとんどを拙ブログでレポートすることを自分に課した。
 今、そのことをとても誇りに思っている。

               
               ※ カレッジ手帳のある頁に押印された単位取得を示すスタンプです。

 「で、何か得るものがあったの?」と問われるのが最もつらい。私の中に明確に「これっ!」といったものは何も残っていないからだ。 私の中で意識できるのは「まあ、多少は雑学的な知識は増えたかな?」といった程度である。
 しかし、考えようによっては「それで十分!」とも思っている。
 今さら何かの資格取得を目ざすわけでなし、誰かの前で話すのでもなし、ただただ自分に頭の体操を促し、ボケ防止の一助になっていると思えば、それでいいのではないか。

 これからも自らの興味関心の赴くまま、さまざまな講座に参加し、いろいろな方のお話を伺いたいと思っている。
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めだかの学校流 百人一首

2017-02-03 18:30:13 | 札幌学 & ほっかいどう学
 座位でのカルタ取りは高齢者には辛い。そこで考えられたのが立位でのカルタ(百人一首)だった。久しぶりの読み手、久しぶりの取り手、子どものころに夢中になった百人一首に興じ、懐かしさに浸った一日だった。 

 1月30日(月)午後、「めだかの学校」にとって年に一度の百人一首「下の句」カルタ会が行われた。
 「めだかの学校」が百人一首を年間事業に取り入れ始めて5年目だそうだが、私が参加した3年前からは立位式のカルタ(百人一首)会になっていた。

 立位式とは、長机を4脚合わせて、その上を梱包用のシートで覆って百人一首の札を並べる方式を取ることによって、取り手は立ったままゲームを楽しめる、という方法である。
 もう一つ「めだかの学校」独特の方式は、4人1チーム方式を取っていることだ。一般的に北海道の「下の句」カルタは3人1チームなのだが、それを4人で1チームを構成することにしている。これは百人一首にあまり親しみのない人に対して参加しやすい方式として取り入れられたようだ。

               
               ※ 「めだかの学校流」の会場制作法である。まず長机4脚をガムテープで固定する。

               
               ※ その上を荷造りの梱包用シートで覆い、最後に黒テープで枠を作る。

 今回の参加者は28名だったが、1チーム4名なので、4チームを作ることができた。試合としては、チーム分けのための予備戦、そして1回戦、さらに決勝戦、3・4位決定戦を同時に行うことで計3回の戦いが行われた。

 競技が始まる前に一つのエピソードが紹介された。
 参加者の中に毛筆を趣味とされている方がいて、自らの手によって百枚の取り札を書き上げて完成したという「板カルタ」が披露された。それは既成の「板カルタ」と見紛うばかりの完成度の高いものだった。(板カルタも「下の句」カルタの特徴である)

                     
                     ※ お名前は失念したが、自らの筆で百人一首を書き上げたご婦人です。

               
               ※ その方の書いた百人一首です。本物と何ら遜色がありません。
 
 さて、競技の方である。
 私は1回戦の読み手、3・4位決定戦の際の取り手として参加した。
 面白いことがあった。私と共に読み手を務めた方は道南出身の方である。対して私は道北出身である。二人の読み方のイントネーションが明らかに違うのだ。
 これは下の句カルタが会津藩によって始まったと言われていることから、明治期になって道南の瀬棚郡に会津藩が移住したことにより北海道内伝わったと思われる。
 その道南から、徐々に道北に伝わるまでに読み方のイントネーションにも変化が生じたのではないかと思われる。

               
               ※ 試合開始前、それぞれが木札を並べ終えたところです。
 
               
               ※ いよいよ試合開始です。読み手が詠う下の句の文句を集中して耳を傾けています。
               
 取り手の方として参加させていただいた方は、うん十年ぶりに札を取る勘は、鈍りに鈍っており、まったく思うようには取れなかった。
 しかし、読み手が読み上げるごとに神経を研ぎ澄ます行為を100回(百人一首だから)繰り返す行為は、とてつもない集中力を要する。私は1度参加しただけでクタクタに疲れていた。
 この「めだかの学校流 百人一首」が道民カレッジ連携講座の「健康・スポーツコース」の単位が与えられる所以である。
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大通公園の野外彫刻を見る!観る!視る!

2016-09-27 22:10:39 | 札幌学 & ほっかいどう学
 あれっ?どこかで見たようなタイトル名では? それはそれとして私が初めて企画・立案した野外講座である。普段何気なく見ている大通公園に設置されている野外彫刻を、詳しい方にガイドしていただいて、より深く野外彫刻を知り、親しもうと企画した講座だったが、はたしてねらいは達成されたのか? 

               
               ※ ガイドの説明を聞きながら大通公園を巡る参加者たちです。

 9月26日(月)午後、「めだかの学校」の野外教室が実施された。
実施にあたって企画・立案を担当せよ、と代表から指示されて、私としては初めて「めだかの学校」の企画・立案を担当することになった。
 野外彫刻のガイドをお願いしたのは「札幌資料館ボランティア」の方々で、3名の方が協力してくれることになった。
 そして私は行事名を「大通公園の野外彫刻に親しもう!」と名付けて参加者を募るリーフレットを作成した。
 リーフレットには、次のような案内文を付けて募集した。

               
               ※ 公園内にある作品の一つ、峯孝作「牧童」です。

 秋も深まった一日、大通公園に遊びませんか?
 公園内にはたくさんの彫刻作品があることは知られていますが、みなさんはそれらについてどれくらいの知識をお持ちですか?
 大通公園には数え方にもよりますが20数体の野外彫刻作品が建っていると聞いています。
 彫刻作品に詳しい方のお話を聞きながら、大通公園を散歩しませんか?
 

 募集の結果、参加を希望する方43名が集まった。

               
               ※ こちらは坂胆道作の「石川啄木像」です。

 さて、当日だが企画・立案者としては大きな失敗と評価しなければならないことがあった。それは、当日の大通公園は「オータムフェスタ」の開催中だったことだ。多くの観光客が行き交い、出店した店の人たちが呼び込みをする中での見学会は落ち着いた雰囲気でのものとは到底なりえなかった。
 ただ、担当として苦しいのは、「めだかの学校」の年間計画の中で日程が固定化されていて、私自身がどうこうできる問題ではなかったのだが…。次年度以降への反省点である。

               
               ※ 大通6丁目広場に建つ峯孝作「奉仕の道」です。周りの花壇の花がきれいでした。

 それでも、そうした観光客には目もくれず、参加者の方々はガイドの説明に耳を傾けてくれていたようだった。
 秋の気候としては、少し暑いくらいの気温だったが、途中落伍者もなく見学を終えることができたことは何よりだった。

 私自身は、一受講者としてガイドの説明に耳を傾けたのだが、過去に同種の見学会に参加していたこともあり、やや説明が易しすぎたかな?という感想であるが、参加者のみなさんおおむね満足されていたように私からは見えた。

               
               ※ 大通公園の花壇の一つにビールの原料のホップがたわわに実っていました。

 初めての企画・立案、そして運営を担当だったが、参加者が満足していたように見えたものの、反省すべき点も多く、今後に生かしていかねばならないと思った。
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「めだかの学校」式小倉百人一首の会

2016-01-29 11:34:10 | 札幌学 & ほっかいどう学
 恋しかるべき~、夜半(よわ)の月かな~♪、私はおよそ半世紀ぶりに声を上げたのだった。「めだかの学校」では恒例の小倉百人一首の会が行われ、私はほんと~に久しぶりに読み手を務めてみたのだった。 

 本来なら、昨日の「冬の石狩川河岸を遡る」№9のレポートをすべきなのだが、本日は午後から深夜まででかける用件があり、石狩川レポは後日に回すことにした。
 そこで先日(1月25日)に参加した「めだかの学校」の百人一首の会についてレポすることにした。

          

 小倉百人一首を実施する際、「めだかの学校」式と称しているのは、百人一首を行う場を昨年から取札をテーブル上に並べて取る方法に変更したことによる。
 従来は畳の部屋で行っていたのだが、シニア年代には正座が厳しいために、立位のまま競技できるテーブル上で取る方法にルールを改めたことによるのだ。
 しかし、この方式もなかなか運動量を必要とする。昨年、私は取り手として参加したのだが、札を読みあげるごとに中腰となって緊張することを繰り返すために、2回の対戦で相当に疲労したことを記憶している。

          

 今回の参加者は24~5名であった。
 私は今回、正式の読み手の方から、読み手補助の依頼を受け、読み手として参加した。
 百位人一首の読み手など、小学生時代に友人宅を巡りながら百人一首に盛んに興じて以来のことである。

          
          ※ 正式な読み手の方は豆絞りを頭に巻き、気合が入っていた。

 私は二回戦を担当した。小学生時代を思い出しながら、取り手に迷惑を掛けぬようにと必死になって読み上げた。冷や汗をかきながらもなんとか読み終えることができた。
 正式な読み手の方は道南出身の方のようである。私は道東出身。二人の間には読み方に若干の違いが出ていた。おそらく、百人一首が道南から、徐々に道東方面へ伝わるうちにその調子にも微妙な変化ができた証のように思われ、面白い現象だなぁ、と思ったものである。

 テーブル上での百人一首というのは、なかなかのアイデアだと私は思う。
 参加者からも好評だった。それでも予選を入れて都合3回の対戦をこなした参加者はけっこうな疲労を感じていたようだが、皆さん心地よい疲労感をお土産に帰途に就いたようだった。 
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山の水族館は何故奇跡を起こしたか?

2015-03-20 21:04:37 | 札幌学 & ほっかいどう学
 恩根湯温泉・山の水族館の改築(改修)に関わった水族館プロデューサーの中村元氏は言う。施設を作るときにまず注力するのは「パブリシティー」だという。いくら良いものを作っても人々に注目されなければ値はないのだと…。

          
          ※ 講演をする中村元氏です。

 3月13日(金)夜、札幌市生涯学習センター(ちえりあ)において「ちえりあ講演会」が開催され参加した。
 講演会は「北の大地の水族館に奇跡が起きる ~集客倍増の仕掛けと新しいまちづくり~」
というテーマのもと、水族館の改築に際し地元で関わった北見市役所の若杉鉄夫氏が「地域活性化をもたらした北の大地の水族館の再生」と題して前座を務めた。
 続いて、水族館プロデューサーである中村元氏が「弱点で進化を起こす、売れるモノづくり」と題して講演した。

          
          ※ 講演をする古くからの知人である若杉鉄夫氏です。

 若杉氏は市役所職員ではあるが、社会教育畑を歩んできた人だけに、地域住民の方の考えに耳を傾け、その願いを少しでも実現しようと役所と中村氏との間に立って、いろいろと苦労されたようだ。しかし、話としては役所内部での苦労話であり、聞いている私にはあまり興味のある話でしなかった。

          

 興味を抱いたのは中村氏の話である。
 冒頭中村氏は、「私が一番大切にしているのはパブリシティーである」と断言した。
 パブリシティーとは、簡潔に言うとPR活動であるが、中村氏が言うそれは、マスメディアにいかに取り上げてもらえるか、ということに心血を注ぐというのである。つまり、費用をかけずにメディアに取り上げてもらうことによって、莫大な宣伝効果を上げるということのようだ。
 そのため中村氏は、滝を下から見上げるような水槽(滝つぼ水槽)、自然の川が冬期間凍るような形の水槽を造り氷の下で暮らす魚を見せる工夫をしたり(四季の水槽)、イトウがニジマスを食するところを見せるショーを開発したり(いただきますライブ)と、話題性のある水族館づくりに努めることによって、全国媒体のマスコミに取り上げてもらうことに成功したという。

 中村氏が恩根湯の山の水族館のプロデュースを受託したとき、山の水族館は弱点だらけだったという。曰く、人がいない。ど田舎である。鮭類の魚しかいない。金がない。寒い。等々…。
 そこで中村氏が構想した戦略は、「弱点で進化を起こす。売れるモノづくり」だったという。
 その結果、リニューアル前は年間入場者数が2万3千人程度だったものが、改築後は一年間に30万人の入場者で溢れ返る水族館に変身したという。

 中村氏は最後に言った。
 弱点は克服できない。
 弱点を利用する。弱点を乗り越える。そして、弱点を生かす発想が大切だ。
 進化とは、ダメだから進化するのだ。

 弱点を武器にし、弱点で進化する、という発想が大切ではないか、と…。

          

 自宅から遠い札幌市生涯学習センターであった講演だったのだが、講師の一人若杉氏とは若い頃に仕事上のお付き合いがあったこともあり、久しぶりの再会に胸躍らせ駆け付けたのだった。およそ20年ぶりの再会だったが、故郷で活躍している若杉氏ははつらつとして若々しく見えた。



《ウォーキング覚書》 

 前回の覚書からまた5日間を過ぎてしまったが、今日3/13から3/17までの5日間の分を記録しておくことにする。

 ◇3/13 11,774歩 ◇3/14 10,270歩 ◇3/15 10,310歩 ◇3/16 11,309歩 ◇3/17 11,684歩 

 ◇5日間合計 55,347歩  ◇3/13~3/17間の一日平均 11,069歩

 この5日間は一万歩のノルマをどうやら達成した5日間だった。特に、14日、15日などはギリギリで達成しているが、これは私が常設コースと設定した〔都心コース〕、〔競馬場コース〕を歩き、不足分を歩数計を見ながら回り道をするという苦肉の策で達成したものである。13日は拙宅から宮の沢の札幌市生涯学習センターまで歩いたのだが、思っていたより歩数はなく約9,000歩ほどだったのは意外だった。
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未来自治体全国大会2015 北海道地域予選

2015-03-16 21:39:41 | 札幌学 & ほっかいどう学
 意外に思われる向きがあるかもしれないが、“まちづくり”というのは、私の中では興味あるテーマの一つである。そのことに関わるようなイベントが開催されたので参加してみた。 

 3月7日(土)午後、北海学園大学において、タイトル名のようなイベントが開催された。
 主催はNPO法人ドットジェイピー(.JP japan produce)北海道支部という団体だった。
 大会の開催趣旨には次のようなことが記されていた。
「時代を担う若者を対象とした自治体の政策デザインコンテストです。知事・市長の立場で、開催自治体の30年後のビジョンを掲げ、それを実現するための10年後の政策・予算案をプレゼンテーションしていただきます。参加者は、自治体職員からアドバイスをいただいたり、自らフィールドワークを実施したりしながら、チームで議論を深めて優勝を目ざします。『若者らしい創造的かつ、現実性を備えた夢』をコンテスト形式で競い合う提案型プログラムです。(後略)」

          

 北海道地域予選に参加したチームは、5チームだった(全て大学生のチーム)。対象とした自治体(開催自治体)は北海道や都市ではなく、東神楽町・下川町・弟子屈町・蘭越町・鶴居村(発表順)といった町村を対象とした発表(提案)だった。

 私が5つのチームの発表を聴いての感想は「ちょっと期待外れかな」というのが率直な感想だった。どのチームの発表を聴いていても、そこに若者らしい“夢”が感じられなかったからだ。
 曰く、道の駅の中に娯楽施設や室内運動施設を併設するとか、人口減対策のために滞在型観光に力点を置くだとか、若者夫婦の定住のために自家用車を進呈するだとか…。
 大会趣旨が「現実性を備えた夢を」と要求はしているが、それにしてもあまりにも小さな夢ではないか?私に言わせれば「現実の候補者の方がもっと夢を語っているぞ!」と突っ込みたくなるような発表に思えた。

 唯一、実現のための壁は厚いと思われるが、鶴居村を対象とした発表で、丹頂鶴のための自然環境を保全することを目的とする入村税を観光客から一人1,000円徴収して財源に充てる、とした発表がちょっと目を惹く程度だった。

          

 大会全体を通じて感じたことだが、どうも若者らしい熱気のようなものが伝わってこなかったことだ。大会は出場チーム同士で、発表に対しての質疑応答があるのだが、その様子を見ていても他の発表に対する関心がそれほど高いとは思えなかった。また、運営も大学生が担っていたのだが、不慣れとはいえ、その人たちからも熱気を感ずることができなかった。
 私には、なんだか誰かにやらされているのだろうか、と感じさせるようなやりとりに終始していたように映った。

 というように、私の感想は散々であるが、若者たちが曲がりなりにも自治体が抱える課題を自らの課題として捉え、その課題解決策を主体的に考えたことは素直に評価したいと思う。
 彼らの中から、将来議員や首長などを目ざす人がいるとしたら、今回の経験も貴重な経験だったに違いない。
 今回は、私の中で学生に対する期待が少し大き過ぎたのかもしれないが、真摯に考えた経験が将来に必ず生きてくるはずだ。
 “頑張れ!若者!”
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今、留萌のマチが熱いようだ!

2015-03-09 21:57:47 | 札幌学 & ほっかいどう学
 今、留萌のマチが熱く燃えているようだ!その核となっているのが「エフエムもえる」の存在だという。「エフエムもえる」を運営する佐藤氏からお話を伺った。 

          
          ※ 「エフエムもえる」が入るJR留萌駅の駅舎です。
          

 2月25日(水)午後、かでる2・7において「学習成果実践講座 in 札幌」という講座があり、参加した。
 そもそも「学習成果」とは何の学習成果なのかも良く分からないまま参加した私であるが、その趣旨について特に説明はなかった。私が思うには、主催の北海道生涯学習協会が進める“まちづくり”についての学習会がこれまで行われていて、その学習会に参加した方たちが、その成果を発表する会と理解した。

 講座は、基調講演と二つの実践報告からなっていた。
 その基調講演が、株式会社「エフエムもえる」の代表取締役社長である佐藤太紀氏の「マチの聴こえる回覧板 エフエムもえる」と題する講演だった。

          
          ※ 講演をした佐藤太紀氏の本業は留萌市で建設会社を経営する若社長だそうです。

 エフエムもえるの最大の特徴は、「エフエムもえるメンバーズクラブ」の存在だという。
メンバーの数は今や900人を数えるということだが、このクラブが番組の運営を支えているという。つまり、会社の経営は株式会社が責任を持ち、番組の運営はメンバーズクラブが担うという両輪により成り立っている点に特徴があるという。

 人口23,000人余りの留萌市において、「エフエムもえる」に関わる人が900人もいるということは、いかに留萌市民にエフエムもえるが浸透しているかの一つの証しであろう。
 さらに、ゴールデンタイムの「エフエムもえるの」の聴取率が実に12パーセントだという。テレビが当たり前の今どきの時代にラジオでこれだけの数字が取れるのは驚きである。
 そこには数々の「エフエムもえる」独特の創意工夫が散りばめられていたが、それに触れると膨大になるのでここでは割愛する。

 ただ、「エフエムもえる」が「マチの聴こえる回覧板」をめざし、まちのみんなが参加するコミュニティFMから、市民の「共通言語」を生み出し、コミュニティを再生しようとしたコンセプトにその成功の秘訣があったように私には思えた。

 「エフエムもえる」の番組表を見てみると、通常朝の7時30分から22時まで、びっしりと番組が埋まっている。その中で、地域情報や天気・道路情報以外は全て「エフエムもえるメンバーズクラブ」の会員が番組を作り、自ら出演しているという。そこが驚異的な聴取率を獲得し、マチの多くの人たちに受け入れられている要因があるようだ。

 佐藤氏たちは、単なるFM放送を提供するだけではなく、FM放送を媒体として、地域情報の受発信メディアをめざし紙媒体の情報誌の発行やガイドブックの作成、あるいは留萌管内全体のまちづくりに積極的に関わったり、地域主体の商品開発までも視野に入れたりしながら、留萌管内全体の“まちおこし”を念頭に置いているようである。
 今、留萌のマチが熱いようだ!!
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