田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も15年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

脳卒中の治療最前線について聴く

2022-06-25 11:26:12 | 講演・講義・フォーラム等

 脳卒中を発症したら “時間” が勝負!「“おかしいな?” と思ったら迷わず救急車を!」と講師は強調された。気鋭の脳神経外科の先生から脳卒中の治療最前線の話を聴いた。

 6月22日(水)午後、北海道生涯学習協会主催の「ほっかいどう学」かでる講座の第3回講座が開講されたので参加した。

 講座は柏葉脳神経外科病院の高度脳血管病センター長の中山若樹氏「脳卒中の治療最前線~明るい明日へつながる” 医療~」と題して講演された。

   

   ※ 講演をされる中山若樹医師です。

 私の場合、病気の話をうかがうと、自分が今にもその病気に罹ってしまうのではないか?という不安に駆られてしまう。癌の話を伺った時など、しばらくは心配で寝つきが良くなかったことを憶えている。今回もお話を伺ったことでなんとなく不安が増したように思われるのだが…。

 さて、話はごく初歩的なことから始まった。拙ブログをお読みくださっている諸兄はご存じの話とは思うが、私の復習のために記しておくと、「脳卒中」の「卒」は “急激” を、「中」は “あたる” を表す言葉だという。そして「脳卒中」という病気は大きく「脳梗塞」「脳内出血」「くも膜下出血」の三つの病気を指す言葉だと説明された。

 そこから先の各病気が脳内においてどのような状況となるか、またその異常をどのように治療するか、など専門的と思われることについてはあまり関心が持てなかった。ただ医学の進歩は目覚ましく、次々の新しい治療法が生まれているとのことで頼もしく思われた。

 脳の病気というと「脳ドック」のことが話題となるが、中山氏は「脳ドック」が脳卒中の予防に有効か?と問われれば万全とは言えないと話された。「脳ドック」が特に有効なのは脳内の動脈瘤を発見・除去するには「有効な手立てだ」と話された。

   

   ※ 脳の断面写真を提示されて説明されたが、それを拝聴する受講者たちです。

 私にとっての関心事は、脳卒中の予防方法についてだった。残念ながら資料を全くいただけなかったのでスライドに写されたものをカメラで撮り、それを文書化したものを提示することにする。

《脳卒中予防十ヵ条》

 ① 手始めに高血圧から直しましょう。

 ② 糖尿病は放っておいたら悔い残る。

 ③ 不整脈見つかり次第すぐ受診。

 ④ 予防にはタバコを止める意思を持て。

 ⑤ アルコール控え目は薬 過ぎれば毒。

 ⑥ 高すぎるコレステロールも見逃すな。

 ⑦ お食事の塩分・脂肪控えめに。

 ⑧ 体力に合った運動続けよう。

 ⑨ 万病の引き金になる太りすぎ。

 ⑩ 脳卒中 起きたらすぐに病院へ。

これは分かりやすい!そして実行もしやすい!そして⑩の「脳卒中 起きたらすぐに病院へ」を常に意識していたい。あとは脳外科医が勧める「脳卒中予防十ヵ条」を遵守しながら生活したい。それでも不幸にして脳卒中に見舞われたとしたなら、そのときは「私に与えられた定め」とでも受け止めるしかないのだろう。


北海道・北東北の縄文遺跡群巡り〈4〉 キウス周堤墓群(千歳市)

2022-06-24 15:44:36 | 北海道・北東北縄文遺跡群関連

 大小さまざまな周堤墓が連続する様は壮観だった。また、この遺跡では市民ボランティアの方々が遺跡案内をされており、個人で伺っても対応してくれる仕組みとなっているところが素晴らしかった。

 6月21日(火)念願だった千歳市の「キウス周堤墓群」に足を運んだ。

 この日私は直接「キウス周堤墓群」には向かわず、まずは「千歳市埋蔵文化財センター」に立ち寄ってから向かうことにした。埋蔵文化財センターは千歳市の田園風景が広がる長都地区にあった。そこはいかにも廃校校舎を再利用したという趣きの建物だったが、調べてみると「旧長都小中学校」の校舎を改造したものだと判明した。

   

   ※ いかにも学校々舎の玄関といった趣の「千歳市埋蔵文化財センター」の入口です。

   

   ※ センターのエントランスには世界遺産登録の喜びにあふれるデコレーションがされていました。

 千歳市には「キウス周堤墓群」だけでなく、「美々貝塚」をはじめ実に多くの遺跡が点在していることを知ることができた。それらの遺跡では、国指定の重要文化財がいくつも発掘されていることも知ることができた。

   

    ※ 千歳市の「ママチ遺跡」から発掘された約2,300年前、縄文時代晩期の土面だそうです。

   

            ※ こちらも千歳市の「美々4遺跡」から発掘された動物型土製品で、カメにも、水鳥にも、ムササビ、

アザラシにも見える不思議な姿をしています。(そう解説してありました)

 文化財センターで「キウス周堤墓群」への行き方を確認して向かった。「キウス周堤墓群」は文化財センターから7km先にあった。

   

   ※ 「キウス周堤墓群」の駐車場と、市民ボランティアの方が詰めている詰所です。

   

   ※ 詰所の横には周堤墓をイメージするデコレーションが施されていました。

 「キウス周堤墓群」の駐車場の先には案内ボランティアの方々が待機する詰所があり、そこで手続きをすると直ぐに対応してくれた。周堤墓とは、大きな円形の中に遺体を埋葬する集団墓地のことで、縄文時代末期に盛んに造られたということで、「キウス周堤墓群」だけではなく、千歳市周辺では多くの周堤墓が発見されているそうだが、「キウス周堤墓群」は特に大規模のために国指定の遺跡に指定されたという。その「キウス周堤墓群」は現在まで大小9基の周堤墓が発掘・保存されているそうだ。

 周堤墓は「〇号周堤墓」と名称が付けられているが、これは発見された順に番号が付されているとのことだった。

   

   ※ 「キウス周堤墓群」の入口で説明してくださった市民ボランティアの方です。

 私は市民ボランティアによって早速周堤墓に案内された。周堤墓のあるところは、縄文時代と変わらぬ鬱蒼とした大木が生い茂る森林である。私はまずキウス周堤墓の中でも最大級の規模を誇る「2号周堤墓」に案内された。周堤墓がどれくらいの大きさだったかというと円形の周堤の外径が73mほどという大規模なものである。さらに「2号周堤墓」は周りから約2mの高さまで土を盛り上げており、内部を3mほど掘り下げているため、周堤墓の内部からは約5mもの高さの壁となっているとのことだった。(残念ながら周堤墓の内部へ入っての観覧は許されていない)

   

   ※ 2号周堤墓の外側の淵の盛り上がりです。(前方)

   

   ※ 2号周堤墓の内部を撮ったトコろです。右奥のところが コンクリートで遮られているのが確認できます。

 残念に思ったことがあった。それは市民ボランティアの方が「周堤墓をよ~く見てください。何か変わったことに気付きませんか?」と問われた。よく見ると、円形の一部が欠けているように見えた。その旨を答えると、「そうなんです。周堤墓の一部が道路にかかっているんです」と言われた。説明によると、周堤墓の存在がまだ特定されていなかった明治23(1890)年に周堤墓を横切るように道路(現国道337号線)が造成されたそうだ。この道路によって「2号周堤墓」と「4号周堤墓」は分断され、「5号周堤墓」、「12号周堤墓」は道路の向かい側に位置することになってしまった。いま考えるといかにも惜しいと思われるが、研究が進んでいなかった明治年代に道路が造成されたということだから致し方ないことと諦めるしかないということだろう。(う~ん。それにしても惜しい!) 

      

   ※ 「キウス周堤墓群」の全体図です。2号と4号が道路によって寸断されています。

   

   ※ 道路側から撮った2号周堤墓です。

   

   ※ こちらは4号周堤墓だと思うのですが…。わずかに道路が写っています。

 私は続いて「3号周堤墓」、「1号周堤墓」と案内された。「1号周堤墓」では現在、さらに周堤墓内で発掘作業が行われていて、青いビニールシートが目立った。「1号周堤墓」には簡単な展望台が設けられていた。しかし展望台というにはいささか貧弱なたった2段しかない台だった。国指定遺跡だから本格的なものの造成は制約されるのだろうが、周堤墓内には入れないのだから、せめたもう少し高い階段を用意していただいて周堤墓全体を俯瞰できるような措置を高じてはもらえないものだろうか?と思ったのだが…。

   

   ※ 1号周堤墓の外側の盛り上がりです。

   

   ※ 1号周堤墓の内部を遠望しました。青いビニールシートが見えますが、現在発掘作業中ということでした。

 市民ボランティアの方から興味深いお話を伺った。実はこの「キウス周堤墓群」があるところは元々私有地だったそうだ。その私有地が貴重な遺跡らしいと知った持ち主は、耕作を止め周辺の雑草除去に努めたそうだ。そうした陰の努力が現在の「キウス周堤墓群」を形成しているとも語ってくれた。

 前回、「入江・高砂貝塚」、「北黄金貝塚」を訪れた時に、学芸員の方の説明がいかに貴重だったかについて触れた。その際は団体で訪れたために学芸員の方も対応してくれたが、今回のように個人で訪れた場合は、普通はただぼーっと見学するだけで得るものも少ない。ところが「キウス周堤墓群」では個人で訪れてもボランティアの方が案内してくれるという有難い体制を取ってくれている。こうした千歳市の取り組みに感謝したい思いである。例えボランティアを活用するとはいっても財政的の問題もあろうかと思われるが、他の遺跡などでもぜひこうした取り組みを検討していただきたいと思うのだが…。


北区歴史と文化の八十八選巡り №9

2022-06-23 12:33:26 | 札幌市・北区歴史と文化の八十八選巡り

※ 蔵出し第2弾である。この「北区歴史と文化の八十八選巡り」も6月6日に終えていたものである。なかなかレポする機会がなかったが無理して今日のレポとして押しこんだ。

  北区歴史と文化の八十八選巡りはこれまで1度に4ヵ所ずつレポしてきたが、 今回は史跡などが新琴似神社境内一か所に集中的に保存されていることもあり9つの史跡等を一挙レポすることとした。

〈●〉新琴似神社

   

   

 新琴似神社自体は八十八選に選定されているところではない。しかし、9つの史跡が一か所に設置されていることから、その場所等について簡単にレポしたい。

 神社の場所はJR新琴似駅、北区体育館の直ぐ近くに樽川通に面して立地している。比較的麻生の繁華街から近いところにある。

   

 比較的広い境内の一隅が神社の駐車場となっているが、その周囲に「新琴似屯田兵中隊本部」の復元建造物を中心として各石碑等が点在している。

33〉屯田兵もやい井戸跡

   

 新琴似神社境内に保存されている史跡の中で唯一その跡地の特定に苦労したのが「屯田兵もやい井戸跡」である。境内のあちこちを捜し歩いたが、それらしき跡が分からなかった。諦めかけた時に、新琴似屯田兵中隊本部の建物の前に来た時、そこに「屯田兵もやい井戸跡」の説明板が立てられていた。ということは中隊本部の近くにそれがあったことを示しているものと考えた。形跡はまったくなかった。説明板によると屯田兵屋の4戸に一つの共同井戸ということだから、跡地そのものではないのかもしれないが、一応その地を井戸跡とすることにしたい。その説明板には次のように書かれていた。

 明治20年(1887年)新琴似に九州出身を中心とする屯田兵146戸が入植。その生活を支えた井戸は4戸の共同使用で、風呂が併設されていた。「もやい」とは「共同」の意味。この井戸は水源までモウソウ竹を打ち込んだもので、水が30センチほど自噴していた。竹の長さは約30メートル、継ぎ目にはコンブが巻かれていたと言われている。

〔住 所〕 北区新琴似8条3丁目 新琴似神社境内

〔訪問日〕 6月6日 

34〉東繁造君学勲碑(ひがししげぞうくんがくくんひ)

   

 この石碑以降は、いずれも新琴似神社境内を取り囲むように建立されていたので、説明板の文章だけを紹介することにする。

 東繁造は大正9年(1925年)●●当時の東大教授三田定則の門下生として血液の鑑別方法を研究。それまで鑑別しにくかった人と家畜類の血液を早く確実に見分ける科学的鑑別法に成功。この方法は、恩師と自分の名をとって「三田・東法」と名づけた。この碑は、氏の功績を称えるため、昭和35年(1960年)に当時の東大名誉教授古畑種基らによって建立された。 

〔住 所〕 北区新琴似8条3丁目 新琴似神社境内

〔訪問日〕 6月6日

35〉新琴似兵村記念碑

   

 新琴似地区は、明治20年(1887年)、屯田兵の入植によって開かれた地で、開村50年を記念して昭和11年(1936年)に建立された。既に開村5年を記念して建立された「新琴似開村記念碑」が神社の東側にあったが、永年風雪にさらされて、文字の解読も困難になったところから、新たにこの碑を建立したものである。
 札幌軟石の外棚を巡らしコンクリートの基礎、この上に幅3.5メートル、高さ5メートル、厚さ30センチメートルの板石を建てている。裏磁には、入植屯田兵220名の氏名が刻印されている。 

〔住 所〕 北区新琴似8条3丁目 新琴似神社境内

〔訪問日〕  6月6日

〈36〉新琴似の馬魂碑  

    

 この馬魂碑は、大正8年(1919年)に光明寺境内(新琴似7条1丁目)建立されたが、昭和50年(1975年)に新琴似神社境内に移された。開拓時代、その家の手足となって働いた農耕馬を供養するためのもの、当時の主な農家は、自分の愛馬を弔うため、それぞれ自分の農地の片隅などに建てたりしていたが、これを総括し「馬頭観世音」として奉遷したものである。

〔住 所〕 北区新琴似8条3丁目 新琴似神社境内

〔訪問日〕 6月6日

37〉吹田晋平歌碑 

   

 吹田晋平歌碑(本名 菅 進)は、明治35年(1902年)8月19日に新琴似に生まれ
永年にわたり歌人として、さらには政治家として地域の発展に貢献した。55年間にわたり歌人として数々の秀作を発表する一方、札幌市議会議員を通算6期24年勤め、市政の発展と地域の振興に尽力した。この碑は、氏の功績に報いるため有志により昭和47年(1972)に建立された。

〔住 所〕 北区新琴似8条3丁目 新琴似神社境内

〔訪問日〕 6月6日

38〉新琴似「百年碑」

   

 明治20年(1887年)の屯田兵入植に始まる新琴似地区は、当時、あまりにも厳しい自然環境に耐えきれず、離農する人たちが後を絶たなかったと言われている。●●ま●●の地に望みをかけて踏み止った少数の屯田兵と、新天地を求めて新たに渡ってきた一般の入植者の不屈の精神によって、昼なお暗きうっそうたる原始林が切り開かれ、良好な農耕地から住宅地へとめざましい発展を遂げた。この記念碑は、開基百年を記念して昭和61年(1988年)に建立された。

「百年碑」には添え書きがあり、「この地に育つ 若人よ 今日を創りし 先人の 自耕自拓の 精神を 継いで努力の 人となれ」と刻まれていた。

〔住 所〕 北区新琴似7条3丁目 新琴似神社境内

〔訪問日〕 6月6日

39〉新琴似屯田兵中隊本部

   

 この建物は、明治20年九州各地の士族146戸の入植(翌21年に74戸を補充)により発足した新琴似兵村(屯田兵第1大隊第3中隊)の本部として、明治19年に建てられました。 明治36年の屯田兵役解除後、新琴似兵村会の共有財産として引き継がれ、明治44年の兵村解散後は、新琴似屯田親交組合、新琴似兵村部落会、新琴似自治会、新琴似町内会、琴似産業組合、新琴似中学校仮教室、札幌市新琴似出張所等に使用されるなど、時代の変遷を経て昭和40年11月、札幌市に寄付されました。その後、昭和43年度から昭和46年度にかけて、創建当初に復元するための改修工事が行われ、昭和49年4月20日には歴史的価値が高く建築構造の上からも貴重な建造物として、札幌市有形文化財に指定されました。
 建物の構造は木造、小屋裏部屋付き平屋建て、全体の形は素朴でおおらかさがあり、玄関出入口、窓回り等の細部、小屋組などに当時流行した洋風木造建築の特徴を良く残しています。現在札幌市では、新琴似屯田兵中隊本部保存会の協力を得て建物を保存管理しています。(札幌市有形文化財) 

 訪れた日は月曜日だった。建物の開館日が火・木・土の週3日のため入館は叶わなかった。しかし、私は以前に入館した経験があった。内部は中隊長室、下士官集会室、軍医室、事務室などからなっており、現在はそこが屯田兵に関する資料が展示されている。私は「思っていたほど大きな建物ではないなぁ」というのが正直な感想だった。                                 

〔住 所〕 北区新琴似7条3丁目 新琴似神社境内 

〔訪問日〕  6月6日 

〈40〉新琴似「拓魂」碑  

   

 新琴似開基百年を記念して、開拓を支えてきた先日と、共にあった農業組織の歴代の会長を顕彰するもので、昭和61年(1986年)に建立された。

 日高産の赤石で、正面に「拓魂」の2文字と碑文、表面には歴代の組合長の名前が刻まれている。 

〔住 所〕 北区新琴似7条3丁目 新琴似神社境内 

〔訪問日〕 6月6日

41〉新琴似「開村記念碑」

            
 新琴似地区は、明治20年(1887年)、屯田兵の入植によって開かれた地で、開村5年を記念して建立された。しかし、この開村記念碑が永年風雪にさらされ、文字の解読も困難になったことから、先人の開拓の功を後世に伝えるために、神社の西側に「新琴似兵村記念碑」として昭和11年(1936年)に再建されている。

 ※ 現地で撮った写真を整理したところ、この「開村記念碑」の写真を撮ることを失念していたようだ。よってこの写真だけウェブ上から拝借してしまうことになった。

〔住 所〕 北区新琴似8条3丁目 新琴似神社境内

〔訪問日〕 6月6日 


フォルクローレ ライブを楽しむ

2022-06-22 10:57:52 | ステージ & エンターテイメント

 何故か私はフォルクローレの音色に魅かれるところがある。あの哀愁を帯びた音色がインディオたちの厳しい生活を思い出させるのだ。その音色に浸りたくて、ライブハウスに足を運んだ…。

        

 過日(5月10日)、札幌在住のフォルクローレ奏者岡田浩安さんのコンサートを聴いたときに、岡田さんがライブハウスに出演することを知った。そのライブで19日(日)夜、岡田さんが出演すると知って、中央区の北4条西28丁目にあるLive & Dining JAMUSICAに駆け付けた。

   

   ※ 店の入口には今夜のライブゲスト名が表示されていました。

   

   ※ ライブ開始前のステージです。

 ところが私のことである、ライブの内容をよく承知していなかった。というのもライブ名はArbol y Viento  with 岡田浩安」となっていた。つまりライブの主役は岡田さんではなく、Arbol y Vient(アルボリビエント)という関西を中心に活動している二人組のライブに岡田さんが賛助出演するという形だったのだ。Arbol y Vientは確かに勝野勉がケーナやサンポーニャを奏で、正木良久がギターを奏でるフォルクローレのデュオである。そこに岡田さんはケーナ、サンポーニャはもちろんのこと、ギターやチャランゴで加勢したライブだった。

   

   ※ 演奏する三人の奏者たちです。左から岡田、勝野、正木の各氏です。

 例によって、私は演奏された曲名をメモしたのだが、はっきりと聞き取れなかったところもあり、かなり妖しいのでArbol y Vientのファンからお叱りを受けるかもしれないが、私の記憶にとどめる為にも曲名を記すことにする。

〈1〉ハカデノマウス

〈2〉五月の風

〈3〉天色の紫陽花

〈4〉カーニバル

〈5〉ダニーボーイ

〈6〉雲列車

 (休 憩)

〈7〉ウェラティ

〈8〉ブルーウインドウ

〈9〉小さなオルゴール

〈10〉足跡

〈11〉北の大地

〈12〉トウモロコシリーグ

《アンコール》

〈13〉コンドルは飛んでいく

   

   ※ Arbol y Vientのリーダー格で、ケーナを演奏する勝野勉さんです。

 曲名を眺めてみて、あるいはフォルクローレファンの方であればお気づきになるかもしれないが、そのほとんどはArbol y Vientのオリジナルだった。そのためだろうか?確かにケーナやサンポーニャで演奏はしているものの、音のテイストが私が知っているフォルクローレからはやや離れた音だったように思えてならなかった。事実、彼らArbol y Vientはフォルクローレだけに止まらず、アイリッシュやジャズのハーモニーも取り入れながら曲づくりをしていると公言していた。アンコールに演奏したフォルクローレの名曲「コンドルは飛んでいく」もオリジナルではなく、彼ら風にアレンジされたものであった。その点では、私が期待したフォルクローレを楽しむという点においてやや期待外れの感は否めなかったが、それでも随所にフォルクローレのテイストが感じられ、それなりに楽しむことができたライブだった。

   

   ※ Arbol y Vientのギタリスト正木良日久さんです。

 私にはフォルクローレそのものをもっと楽しみたいという思いがある。岡田さんの場合は(私はまだ彼のライブを2度ほどしか経験していないが)、フォルクローレのもつテイストを大切にしようとする姿勢がうかがえるし、フォルクローレそのものの音を楽しむことができると思っている。幸い岡田さんは札幌を中心に活躍されている方である。今後も岡田さんの演奏を楽しむ機会がきっと何度もあると思われる。岡田浩安さんのフォルクローレを今後も楽しみたい。

   

   ※ サンポーニャを演奏する賛助出演した岡田浩安さんです。


札幌市のパークゴルフ場めぐり〈40〉丘珠空港緑地

2022-06-21 16:43:16 | 札幌市のパークゴルフ場巡り

 ※ 早くに体験しながら、なかなか レポできずにいた「パークゴルフ場めぐり」である。長く蔵の奥深くにしまっておいたが、いわば蔵出し的に本日のレポにすることにした。

 久々に非常に気持ちの良いコースでのプレイとなった。コースは非常に整備されていて、多くの市民がプレイを楽しんでいた。私もこのコースでは18ホールをプレイして楽しんだ。

   

   ※ 「本日は営業中」という表示からして、パークゴルファーを歓迎しているようです。駐車場。

   

   ※ 管理棟というか、クラブハウス的な建物です。

   

   ※ 管理棟の前にはコ―ス全体のレイアウト図が表示されていました。

 丘珠空港緑地コースは、道路一つを隔てて丘珠空港に接している丘珠空港緑地内に設けられているコースだった。札幌市の「パークゴルフ場マップ」を見るかぎり、特別なパークゴルフ場ではないのだが、ここのコースには特別感があった。クラブハウスのような建物内には料金を徴収するスタッフが常駐し、建物内には菓子やパンなどの軽食も用意されていた。コースとしては18ホールだから特別大きなパークゴルフ場でもない。しかし、コースの整備状況は市内のパークゴルフ場としては一級品だった。

   

   ※ 「青空コ―ス」の一番ティーです。フェアウェイが整備されている様子がお分かりかと思います。

   

   ※ グリーン周りもこの日回った他のコースとは段違いでした。

   

   ※ 「青空コース」は周りを木々に囲まれていて、癒されるコースでした。

 フェアウェイはきちんと芝が刈られていて、ホール周りはさらに短く刈りこまれた芝によってホールを安心して狙うことができた。また、ロケーションとしても〔青空コース〕は適度に林間コースとなっており、一方〔翼コース〕は視界が広がる広々としたコースと、変化をつけているのも好ましく映った。

   

   ※ 一方「翼コ―ス」は写真のように全体が芝生に覆われ、広々とした印象を与えてくれました。

   

   ※ 写真のように全体が見通せるコースレイアウトでした。(翼コース)   

 私の「札幌市のパークゴルフ場めぐり」もようやく40台に乗った。残り25コースである。この後どのようなコースとの出会いがあるのだろうか?楽しみである。                                                                                                                          

 《コース概要等》

〔住      所〕東区丘珠町230番地ほか

〔コース概要〕・18ホール、パー66 総延長約 925m

〔休      日〕火曜日

〔利用時間〕 8:00~17:00 〔駐車場〕有(65台)

〔プレイ料金〕一般300円、小中学生150円、65歳以上210円(その他の料金設定あり)

〔ティーの用意〕有

〔問い合わせ〕丘珠空港緑地管理事務所 ☎781-3051

〔訪問日&私の成績〕22/06/01   青空コース 29/33  翼コ―ス 30/33 


平岡公園春の湿生植物観察ツァー

2022-06-20 14:46:40 | 環境 & 自然 & 観察会

 当たり前と言ってしまえば当たり前の話だが…。前田森林公園や野幌森林公園とは植生がまったく違っていた。私にとっては見るもの、聞くもの全てが新鮮だった。右から聞いて左から忘れていく湿生植物の数々だったが、それでも楽しい観察ツァーだった。

 昨日19日午前、平岡公園管理事務所が主催する「矢部先生と歩くひらおか公園春の湿地観察ツァー」に参加した。物好きにどこにでも出没する私である。

 矢部先生とは、元札幌市立大学の教授で現在は同大学の専門研究員をされている方で、湿地植物の分布特性の解明や湿地の復元・再生の研究をされている湿地のスペシャリストであると紹介があった。

   

   ※ 平岡公園の湿地について説明をする講師の矢部和夫氏です。

 観察会の参加者はここでも女性が中心だったが24~5名の参加者があった。

 平岡公園の湿地は大きく上流湿地と人口湿地の二つに分かれている。平岡公園の敷地の大部分は、以前は水田地帯だったという。その跡地に人工湿地と人工池を造成して今の形にしたそうだが、上流湿地の方は地下水が染み出すところがあり、元々湿潤な環境が保たれていたため、湿地再生は比較的容易だったようだ。一方、人工湿地の方は近くを流れる三里川から水を引いて人工湿地、人工池を造成して、今の姿にしたという。(現在22年目を迎えている)

 私たちはまず上流湿地に導かれ、そこで生育する植物の数々を紹介された。矢部氏からは実に多くの湿生植物を名称を教えていただき、その特性についても説明された。私は懸命にメモを取り、写真に収めることに集中した。しかし、矢部氏の説明を全て記録し、記憶に残すことは不可能だった。また、たくさん撮った写真と植物の名称を一致させる作業も困難を極めた。そこで私なりに自信を持てたものだけ、私自身の記録とするために羅列することにしたい。

   

   ※ まず「上流湿地」に導かれました。

《上流湿地の部》

◇カサスゲ ~葉の部分が昔は傘の原料になったそうだ。   

   

◇ドクゼリ ~文字どおり毒になるセリである。

   

   

◇セリ ~こちらは無毒で食用に適している。

   

◇キショウブ ~外来種

   

   

◇エゾノリュウキンカ ~別名「ヤチブキ」とも呼ばれ食用に適している。私は春に黄色の花を咲かせるところは何度も見たが、このように成長した後に見るのは初めてだった。

   

   

   ※ 通称ヤチブキと称するくらいですから、葉がフキの葉に似てますね。

◇ニホンカワトンボ ~目立たなかったが、トリミングしてみた。あっ!これはもちろん植物ではありませんよ。

      

◇チシマアザミ ~アザミ種の花に特徴がある。

        

◇ミズバショウ ~春に咲く白く仏炎苞に包まれた花(ガク)は可愛いが、今ではこのような巨大な葉になっていました。

   

◇オニシモツケ

   

   

◇サワマタギ ~これは希少種だそうです。

   

   

◇ザゼンソウ ~ザゼンソウもこの時期に見るのは始めたった。ザゼンソウもミズバショウ同様仏炎苞が無くなってしまうと別の植物に見えてくる。

   

◇コウテイテンナンショウ ~別名を「マムシグサ」というが、茎のところがマムシ模様になってい る。

   

◇コンフリ   

   

◇オオアワダチソウ ~外来種だそうだ。

   

◇ハクウンボク(花)

   

   

◇三里川 ~平岡公園の傍を流れる小川です。この川から人口湿地を造成するための水を流入しているそうです。これももちろん植物ではありません!!

   

◇三里川からの水の取り入れ口です。

   

《人工湿地の部》

◇ヘビイチゴ(花・実) ~恐ろしい名前ですが、実は可愛いですね。

   

   

◇ゼンテイカ ~通称:エゾカンゾウとも呼ばれ、湿原などに多く棲息するお馴染みの花です。

   

◇カキツバタ ~今やレッドリストに登録されているそうだ。

   

   

※ ここで雨脚が強くなり、大型の東屋に雨宿りをした。

   

◇ムジナシゲ ~いかにも湿原ぽい光景を表現する植物である。

   

◇ヒツジグサ

   

   

◇イヌイ(花) ~極小の花であるが、よく見るととても鮮やかな花だった。

   

   

◇タイツリスゲ ~別名「ゴウソ」とも言うそうだ。

   

   ※ 実がまるで鯛を釣っているように見えるところから名付けられたそうです。

   

◇ヤチヤナギ ~葉をもんで匂いを嗅ぐとアロマ系の匂いがした。

   

   

 以上、実に多くの湿生植物を教わったが、あるいは私が聞き違えた名前もあったかもしれないことをお断りしておきます。そして、実は掲載した以外にも紹介いただいた植物はたくさんあった。また兄弟種とか、亜種との見分け方についても説明があったが、私が理解できるレベルではなかったので、そのことについてレポすることはしていない。  

 ともかく多くの湿生植物を紹介いただいたが、私が今後個人的に平岡公園に赴いても、教えられた植物の名称をどれだけ言い当てられるかは自信がない。いつかこの種の観察会に参加する心得について触れたことがあるが、何度も何度も同じような紹介をいただく中で徐々に自分のものとしてゆければよいのではないか、と思っている。この日の参加者の中にも同様なことを話されている方がいた。ただし、自分のものとするまでの時間がどれだけ私に残っているのかが問題ではあるが…。


ベテランの味 読売サロンコンサート in 札幌

2022-06-19 15:21:40 | ステージ & エンターテイメント

 読売日本交響楽団のOBの方々の深みのある音が会場の「ちえりあホール」内に響き渡った。私にとっては馴染みのある曲の演奏も多く、その意味でも楽しめたコンサートだった。

    

 昨日(6月18日)午後、札幌市生涯学習センターの「ちえりあホール」において読売日本交響楽団エルダーメンバーによるアンサンブル演奏会「読売サロンコンサート in 札幌」があり、知人のS氏が入場券を手配してくれたことで鑑賞することができた。エルダーとは、年長、年上、先輩というような意味で、MC役の方の説明では読響のOBの方で編成されたグループとのことだった。

 メンバーは弦楽四重奏の4人に、トランペット奏者が加わった5人のグループに、ゲスト的にソプラノ歌手の北野里沙さんが加わった編成だった。

    

 その北野里沙さんのことだが、ステージに現れた時、その美貌に思わず目を奪われてしまった。彼女の登場でステージ上の雰囲気が一変してしまったほどに感じられた。それもそのはず、MCの方の紹介で彼女は今年のミスジャパングランプリの東京大会で最高賞を獲得されたという折り紙付きの美女だったのだ。私は別にルッキズムイストではないが、ステージ映えすることは彼女にとっては大きな武器に違いないと思われた。彼女の名誉のために付け加えると、北野里沙さんの歌唱力も中央で十分に通用する力量を備えていたことを付記しておきたい。

          

 プログラムは次のとおりだった。

 ◇モーツァルト/アイネ・クライネ・ナハトムジークより第一楽章 〈弦楽四重奏〉

 ◇J.S.バッハ/主よ、人の望みの喜びよ 〈弦楽四重奏+トランペット〉

 ◇サンサーンス/白鳥 〈チェロ独奏〉

 ◇作曲者不詳/アメージング・グレース 〈ソプラノ独唱+弦楽四重奏〉

 ◇ヴェルディ/乾杯の歌 〈ソプラノ独唱+弦楽四重奏+トランペット〉

 ◇マスカーニ/歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲 〈 同 上 〉

 ◇メンケン/ホール・ニュー・ワールド 〈トランペット+弦楽四重奏〉

 ◇ハーライン/星に願いを 〈弦楽四重奏+トランペット〉

 ◇モンティ/チャルダッシュ 〈第一ヴァイオリン+第二ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ〉

 ◇J.シュトラウスⅡ/美しき青きドナウ 〈弦楽四重奏〉

《アンコール曲》

 ◇葉加瀬太郎/情熱大陸 〈弦楽四重奏〉

 ◇さだまさし/北の国から 〈ソプラノ独唱+弦楽四重奏+トランペット〉

 ◇J.シュトラウスⅠ/ラデツキー行進曲 〈弦楽四重奏〉

というラインナップは、比較的クラシック初心者を意識した構成だったのかもしれない。奏者たちはおそらく読響の中ではレジェンドと呼ばれている人たちだと思われる。そうした方々の紡ぎ出す音はどこか余裕を感じさせ、音に深みを感じさせてくれる演奏だった。ただそのことが逆に、繊細さに欠けるところも時にはあったかな?と思われる部分も感じられた。そんなことを感じることができたなんて、私も少しはクラシックの音を聴くことができるようになったのかな?と思ったところだった。

 そんな細かなことは別にして、アンコールも含めて全13曲を心から楽しめた「読売サロンコンサート in 札幌」だった。

 最後にステージに登場したレジェンドの皆さんを紹介しておくことにする。

 ◇トランペット 田島 勤

   

 ◇ヴァイオリン 福田 高明

   

 ◇ヴァイオリン 望月 寿正

   

 ◇ヴィオラ   清水 潤一

   

 ◇チェロ    浅川 岳史

   

※ 掲載した写真は最初のステージの写真を除いては全てウェブ上から拝借しました。

                                          


我が国の財政は大丈夫だって!?

2022-06-18 15:58:25 | 講演・講義・フォーラム等

 講師は言う。国の借金は1,000兆円というけれど、それはまやかしであると…。国には671兆円の資産があり、差額は568兆円となり、その額は国としては問題のないレベルであるという。はてさて?もう少し詳しく話を聞いてはみたが…。

 昨日(6月17日)午後、西区民センターで開催された「札幌市高齢者市民講座」が開催され受講した。それは講座題が「わが国の財政の現状は」と知って、経済音痴を自認する私だが多少は国の財政のことも聞いてもいいかな?と思いから受講を決めた。

   

 講師は二木康博さんという方だったが、二木さんがどのような経歴をお持ちの方かは分からなかったが、お話しぶりからは公認会計士の方かな?と思いながらお話を聞いた。   

 二木氏は昨年の文藝春秋誌の11月号で財務省の事務次官だった矢野康治氏が「このままでは国家財政は破綻する」と題する論文を投稿した内容を批判した。二木氏は財務省のエリート官僚には「会計」に対する基本的認識が欠如していると強調した。二木氏は同大の法学部や経済学部では会計(学)をレベルが低い学問と軽視する傾向があるという。そのことを氏は公認会計士の合格数で東大は第5位でしかないと数字を明示して指摘した。つまり二木氏が言いたかったこと、財務省のほとんどの幹部は東大の法学部や経済学部卒であるが、彼らは「資産」と「負債」のバランスを見て判断するという会計の本質を理解していない、と言いたかったのではないかと私は受け取った。

 話はここから国の「資産」と「負債」のバランスを見る「貸借対照表」や「損益計算書」の細かな数字が羅列する表を参照しながらの説明に移っていった。さらには国と日本銀行の関りなどについても言及された。しかし、経済音痴の私にはこのあたりからはほとんど頭に入ってこなかった。

 購読している文藝春秋誌の11月号に前述の矢野氏の論文を読んだ時には暗澹とした気持ちになった。それほど経済を知らない者にとってはショッキングな内容だったが、その後の反響は必ずしもはかばかしくなかったように感じていた。それは矢野氏の見方・考え方が二木氏の言うように「資産」と「負債」のバランスを見た判断ではない、とする見方が一方ではあったからのようだ。

 経済音痴の私にはどちらがより正しいのか判断はつきかねるが、少なくとも矢野氏が指摘した「今の日本の(財政)の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。」という表現は、タイタニック号がやがて氷山と衝突し沈没してしまうことから、我が国もやがて経済が破綻することを暗示する表現と受け止めた。しかし、その後の反響は必ずしも矢野氏が期待していたような動きにはなっていない。ということは二木氏が指摘するような考え方が相当数国内に存在することを暗示しているように受け止められる。

 全くの素人判断ではあるが、ひとまず矢野氏が言うほど日本が危機的状況にはなさそうだと二木氏のお話を伺いながら思っていた。

 なお、二木氏は二本の年金制度についても広範に流布されている「年金破綻論」も誤解であり、年金制度が破綻することはない!と断言され、年金生活者の一人としてひとまず安心した私だった…。

 本日の原稿を投稿してからしばらく経って見返したところ、単純な計算の間違いに気が付いた。冒頭のリード文で、国には資産として671億円があるという。すると借金と言われている1,000兆円から資産額を差し引くと329億円となるはずなのだが、講義の中での説明では講師は確かに差額は568兆円と話され、その資料もいただいた。今も資料を見返してみたが間違いはない。講師の方がその事情をお話されていたのに、私が聞き逃したのかもしれない。というほど、このレポートはあやふやなものであることをお断りしておきます。                           


外来植物除去のボランティアに参加してみました

2022-06-17 13:48:45 | ボランティア

 「イワミツバ」と「ミツバ」の違いが難しいなぁ、と思いながら周りのベテランに尋ねてその根の除去に取り組んだ。う~ん、なんと地味な作業なのだろう。腰の痛みに耐えながら懸命に除去作業に取り組んだ…。

   

   ※ 参加者は皆このようなプレートを胸から下げて活動しました。

 今日はボランティアフライデーの感があった。朝5時30分からは1時間半ほど、私が代表を務める「近美を愛するブリリアの会」の第6回目の活動で近代美術館前の路上の清掃活動に取り組んだ。

 そして9時30分からは「北海道自然保護協会」が主催する「外来植物除去」活動に参加した。各種団体の観察会に参加するだけでなく、一度ボランティア活動にも参加してみたいと考えていたのだが、近くの円山公園で行うと知って参加してみることにした。

 事前に参加申込をしたところ特に用意するものはなく、作業用軍手だけ持参するようにとのことで、自転車で集合場所の「円山パークセンター」に向かった。

   

   ※ 開会式の様子です。(円山パークセンター前)

 参加者は20数名いたが、初参加の方は私を含めて5名だった。その5名にはスタッフから除去する植物は「イワミツバ」であることを伝えられ、他の植物(特に似通っているモツバ、ウマノミツバ、ツタウルシ)との違いを説明する写真添付の文書を受け取った。

        

       ※ スタッフから渡された見分け方のポイントが架かれた文書

 そして除去する場所は円山公園内ではなく、円山動物園の西側に広がる通称「ユースの森」で行うということだった。「ユースの森」まで徒歩で向かい、早速除去作業が始まった。いきなり森に入ったが、どれがイワミツバなのかまったく見分けがつかない。ベテランの方が「これです」と言われたものを根から掘り起こして全てを除去し、根から土を振り落としてビニール袋に集める、といった作業を繰り返した。そのうちに徐々に「これかな?」という思いが芽生えてきて、半信半疑ながらもそれからは自分の判断で除去作業に取り組んだ。中腰での作業のために腰に負担がかかり、けっこう辛い作業となった。私と同じように自信なさげの方もいて、そうした方と相談しながら作業を続けた。

   

   ※ スタッフの方が「これです」と渡されたイワミツバの実物です。

   

   ※ 白い小さな花を付けたイヘミツバです。これだと見分けやすいのですが…。

 ところで「イワミツバ」のことだが、調べてみるとユーラシア原産で、戦前は食用として栽培されたものが野生化したそうだが、大変に繁殖力が強く、他の植物を駆逐してしまうために、除去する必要が生まれた植物のようである。

   

   ※ 参加者はこのようにしゃがんで黙々と除去作業に取り組みました。

 途中で雨がパラついたこともあり、1時間強の作業時間で打ち上げることにした。最後に除去して集めたイワミツバを測ったところ全部で17.5kgだったとスタッフから報告があった。除去したイワミツバは焼却処分されるとのことだった。

   

   ※ 閉会式です。左前方に集めたイワミツバがビニール袋に詰め込まれて集まりました。

 初めてこの種の活動に参加してみて、今日のところでは継続して参加したいという気持ちは湧いてこない。ただ、一度の参加だけで判断するのは適切とは思えない。最低でも3度くらい参加したうえで判断したいな、と思っている。                     


楽しめた北海道神宮フォークうたごえまつり

2022-06-16 10:02:13 | ステージ & エンターテイメント

 泉谷しげるの「春夏秋冬」、かぐや姫の「あの人の手紙」、吉田拓郎の「イメージの詩」等々…。懐かしい歌がアマチュアミュージシャンによって次々とステージ上(土俵上)で披露された。歌の巧拙はもちろんあったが、私にとっては懐かしさに浸ったひと時だった。

   

 昨夕(6月15日)は、北海道神宮祭の中日だった。北海道神宮祭では、神宮の土俵上をステージとして例年「フォークうたごえまつり」が開催されている。神宮祭とフォークソングがどのように繋がりがあるのかは不明だが、なにせ今回は2年間の休みを挟んで第18回目の開催ということだから、それなりに歴史も重ねたイベントなのだ。

   

   ※ ご覧のように土俵上にステージが特設されました。

 私はフォークソングと聞いて思わず駆け付けたが、神宮境内の人混みの凄さには驚いた。午後6時半すぎだったが、若者を中心に驚くほどの人出で、夜店の前では人の行列が動かないほどの混みようだった。その人混みをなんとかかい潜って会場の土俵傍に辿り着くと、そこには中年というよりは老境に達したような方々ばかりが陣取っていた。

 やがて開会時間の午後7時、コミュニティFM放送「三角山放送」のパーソナリティーの方の司会で「フォークうたごえまつり」は始まった。

 聴衆が老境に差し掛かった人達ならば、ステージ(土俵)に上がる方たちも同じような年代の方が多く登場した。歌い手の名前はおいておくとして、披露された曲目は次のとおりである。( )内は元歌の歌手名です。

◇春夏秋冬(泉谷しげる)

    

   ※ トップバッターは通勤帰りといった雰囲気で「春夏秋冬」を伸びやかな歌声で披露してくれました。

◇風を集めて(ハッピーエンド)

◇乾杯(長渕剛)

◇あの人の手紙(かぐや姫)

◇路地裏の少年(浜田省吾)

◇少年時代(井上陽水)

   

  ※ この日唯一の二人組です。写真では見えませんが、女性はカリンバというアフリカの民族楽器を披露しました。

◇花はどこへ行った(ピート・シガ―)

◇イメージの詩(吉田拓郎)

   

   ※ 吉田拓郎風の雰囲気を醸し出しながらの演奏です。

◇幸せになろうよ(長物剛)

◇世界に一つだけの花(SMAP) 

 いや~、私たち世代にとっては全てが懐かしい歌ばかりです。それぞれが自前のギターを引っ提げて、若い時に戻って熱唱する姿が眩しかった。全部で10組の方が出演したが、男女のディオ、女性の一人を除いて、残り8人は男性の弾き語りだった。その全てが50代以降、中には自ら66歳と公表される方もいた。歌唱力の方は正直言ってそれなりにという感じだったが、その中で「春夏秋冬」を歌った方は本家の泉谷しげるとは全く違ったティーストで伸びやかにバラード風に歌い上げた50代男性の方が印象に残った。また、長渕剛の「幸せになろうよ」を歌った60代の方の高音の素晴らしさを聴かせてくれる歌唱だった。

 そして最後はこの「フォークうたごえまつり」の第1回からメインゲストを務めているという五十嵐浩晃さんのミニライブが行われた。この催しを始めた時、彼は45歳だったそうだが、今や彼も65歳だそうだ。しかし、さすがにプロである。持ち味の高音の素晴らしさは健在だった。彼はオリジナルを3曲、カバー曲を2曲披露した。その5曲は、

   

① 愛は風まかせ

② 街は恋人

③ ディープパープル(と聞こえたのだが、聞き間違いのようだ)

④ 夢で逢えたら(大瀧詠一)

ペガサスの朝

   

 北海道神宮の夜店の喧騒を背景に、アマチュアミュージシャンのフォークソングを、そして五十嵐浩晃さんのミニライブを楽しんだ。そして自分はやっぱりフォーク世代ド真ん中だったんだなぁ、と妙な感慨に浸った札幌まつりの夜だった…。

   

   ※ 聴衆はこんな感じて150~60人いたのではないでしょうか?