田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も12年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

ふるさと動画視聴会 帯広市・釧路町

2019-12-10 19:31:35 | 講演・講義・フォーラム等

 帯広市のおかれている特殊性のようなことに納得できた!釧路町(釧路市ではない)は釧路市のベッドタウンとして急速に発展し、以前とは様変わりしていることに驚きを感じた「ふるさと動画視聴会」だった。 

 12月9日(月)午後、シニアの生涯学習グループ「めだかの学校」の「ふるさと動画視聴会」の第3回目は帯広市と釧路町が取り上げられた。用意された動画(道立図書館所蔵のフィルム)は帯広市が1963年、釧路町が1965年制作のものだった。それに加えて担当者が現在の両市町の様子を映す動画を用意してくれ、それを会員と共に視聴した。

          

        ※ 北海道の中の十勝地方(緑色の部分)と帯広市(黄色の点)の位置を示す図です。

 1963(昭和38)年というと、我が国が高度経済成長期に差し掛かった時期であり、フィルムに写された帯広の街も活気に満ちていた様子が描かれている。農業王国十勝の中心都市として“伸びゆく帯広!”という雰囲気が画面からも伝わってきた。フィルムは無声だったが、担当者が強調していたことは「街中に人が多い」ということだった。確かに街中を行き交う人が多く、活気が感じられた。

            

            ※ 現在の帯広市中心部の様子です。

 続いて2015~2018年の現代の帯広市を映すPR動画を3本視聴した。帯広の街は近代的に整備され、十勝地方の中心都市として発展していた。しかし、人口は最盛期の最盛期を過ぎ漸減傾向に入っている。そうした中で帯広市がどこへ向かおうとしているのか、担当者は帯広市の総合戦略を提示したうえで「帯広市独自の戦略が見えない」と指摘した。確かにそこには「帯広市は~」という言葉で表現されていないところが目立った。そこで目に付くのは「十勝」あるいは「とかち」の文字である。つまり、帯広市は市独自での発展を企図するよりは、帯広市周辺に広がる町村の中心都市として共に発展していくことを志向していると担当者は読み解いた。

            

           ※ 帯広市をPRするポスターですが、帯広市のイメージとはやや違和感が…。

 確かに、私たちが日常的に聞くフレーズは「農業王国十勝」であり、「フードバレーとかち」である。さまざまな識者が将来の食糧難時代を予測し、北海道の農業の可能性を指摘する。帯広市、そして十勝は北海道の農業をけん引していく存在として今後その重要性がますます高まっていくに違いない。帯広、そして十勝の可能性を感じた時間だった。

           

           ※ 釧路地方の各市町村の位置関係を表した図です。

 道東の中心都市「釧路市」に隣接しているのが「釧路町」である。外の者にとっては紛らわしい表記である。しかし、そこには歴史的な経緯があるということだが、複雑すぎて簡単には説明できないので省略する。1965年頃の釧路町は寒村であった。フィルムではやせた土地を馬で耕す様子や、伝馬船のような小さな船で鮭を水揚げする様子が描かれており、高度経済成長期に突入していたとはいえ、道東の田舎まではその余波がまだ伝わっていなかったことが伺える。

          

          ※ 釧路市と接するセチリ太地区に出現した集合住宅と個人住宅です。

 対して現在の釧路町は様変わりした感が強かった。釧路市と接する地域は住宅街へと変わり、大型ショッピングセンターが進出していた。葦原が続いていた原野が釧路市のベッドタウンへと変貌したのである。一方で古くから街の中心であった地域(遠矢地区)の衰退は激しいそうだ。典型的なベッドタウンは街づくりが難しいようだ。釧路町も一時の人口増大期を過ぎ、人口減少期に突入したそうだ。そうした時期を迎えて難しい対応に迫られているようである。         

 街の来し方を知り、行く末を考える今回の視聴会だったが、これも視聴会の在り方の一つかもしれない。次回は私にとって関りの深い遠軽町、置戸町とのことだ。次回を期待をもって待ちたいと思う。

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アマチュアの短編映像作品上映会

2019-12-09 22:02:38 | 映画鑑賞・感想

 名付けて「エリア短編映像上映会」…、つまり札幌市内のある地域に視点をおいた短編の映像作品の数々を上映する会だった。作品の巧拙はあるものの、非常に興味深い映像を観ることができた上映会だった。

       

       ※ 「丘珠獅子舞」の映像の一場面です。

 12月8日(日)午後、地下鉄琴似駅に併設するターミナルプラザコトニ パトスにおいて、発寒歴史漫歩倶楽部が主催する「エリア短編映像上映会」が開催され参加した。

 上映会は定員が5~60名の会場がほぼ埋まるくらいの盛況で、私と年齢が近い人が多かったようだが、高校生など若い世代の参加者も目に付いた。

      

      ※ 南区のアンパン道路を造成中の写真を映し出したものです。

 上映された作品タイトルは次のとおりである。(上映時間、内容紹介も含む)

 ◇オープニング映像「発寒のストーンサークル」 〈3分〉

 ◇「丘珠獅子舞」(富山から丘珠に入植した当時の人々の望郷の念が獅子舞伝承の原点となっています) 〈10分〉

 ◇「豊平区の歴史探索」(豊平区に住み、いつ、だれが、どの様に、発展させたのか歴史の探索をはじめました) 〈11分〉

 ◇「ストリート・ストーリー」(西区発寒の道はなぜ斜めになっているか?そのなぜに高校生が迫りました。札幌西高校放送局の作品) 〈5分〉

 ◇「サケのふるさと琴似発寒川」(春に放流したサケが長い旅を終え琴似発寒川に帰ってきた) 〈7分〉

 ◇「篠路獅子舞」(開拓の苦しい生活の中で心の糧にしたいふるさと富山の獅子舞を演じることになりました) 〈11分〉

 ◇「長栄橋のキツネ」(西区発寒連合町内会「文化祭」で上映した作品。人は本当にキツネにだまされたのか?) 〈13分〉

 いずれも映像制作を趣味とする方々の作品であるが、それぞれが身近な素材に目を向けたものだった。そうした中でお気づきかと思うが、その地域の成り立ち、あるいは地域に伝わる文化に目を向けているのが特徴である。

      

      ※ 「長栄橋のキツネ」をアニメ仕立てにした作品の一場面です。

 そうした中で、高校生の「ストリート・ストーリー」は地域の成り立ちの不思議さを劇仕立てにして構成していた。また、「長栄橋のきつね」は地域に長く伝わる話をアニメ風に仕上げていた点が一風変わった印象を与えてくれた。

 こうして一つ一つの作品は短くとも、地域に視点を当てた作品を制作・公開することによって、地域の方々が自分の地域の特徴や良さに目覚め、地域に愛着を持つ人たちが増えてゆくきっかけとなるのではないか、と思われた。

 発寒歴史漫歩倶楽部のような動きが広がっていくと面白いと思わせてくれた「エリア短編映像上映会」だった。

     

     ※ 「篠路獅子舞」の一場面ですが、「丘珠獅子舞」とルーツが同じためにとても似ていました。

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アラマキトリオ in SCARTS

2019-12-08 19:30:45 | ステージ & エンターテイメント

 意外や!意外! 当初は純粋に音楽を聴きに行ったわけではなかったのだが、古舘賢治さんをはじめとするトリオの演奏レベルの高さにすっかり魅了され、サンバやジャズの音色に酔った一時間だった。

              

 12月7日(日)午後、当初は音楽を聴きに行くというよりは、新巻鮭の木箱で作った楽器で演奏するということで物珍しさも手伝ってSCARTSに出向いたのだった。「SCARTS」とは札幌文化芸術劇場の1階のイベントスペースを指す名称だが、SCARTSの意味が良く分からなかったので調べたところ「英語表記である「Sapporo Cultural Arts Community Center」をアレンジし、札幌におけるさまざまな文化芸術資産を有機的につなげ、文化芸術の振興および情報発 信の拠点となる」ことを目指して付けられた名称だそうだ。

 そのSCARTSにおいて12月2日~9日まで「ARAMAKI WORLD」なる催しが開かれていた。

 ARAMAKIとは、役目を終えた新巻鮭の木箱に惚れ込んだ宮大工(村上智彦さん)とギター職人(鹿川慎也さん)の二人のクラフトマンから生まれた新しい作品です、と謳っている。つまりプロのクラフトマンが使い終えた木箱を利用して様々な木製品に加工したり、木箱を楽器に変身させたりと、意欲的な作品づくりの取り組みをPRする場として設定されたのがARAMAKI WORLDということだ。

 私は数ある日程の中から、お二人の作品を実際に見てみたいと思い、併せてライブも楽しめる時間帯にSCARTSに足を運んだというわけである。

       

       ※ 木箱を利用して制作された神社の祠の前(後の作品)で演奏するアラマキトリオの三人です。

 SCARTSに着いたときはちょうどアラマキトリオの演奏が開始される時間だった。確かに手には新巻鮭の木箱を利用した楽器を手にしていた。私にとってはいきなり始まったかのようなアラマキトリオの演奏だったが、予想に反したトリオをレベルの高さに驚かされた。リードギター(古舘賢治 ※リードギターは木箱を利用したものではなかった)がサンバの繊細で微妙な音を見事なテクニックで披露してくれたのだ。曲名は確か「ジェット機のサンバ」と言っていた。その後に繰り出されたどの曲も素晴らしいものだった。古舘はギター演奏だけではなく、ボーカルの方でも素晴らしい喉を披露してくれた。他の二人はベースギター(朝倉尚和)とパーカッション(大山賢司)だったが、二人の使用する楽器はもちろん木箱を再利用したものだった。ベースやパーカッションの技量を推し量る力が私にはないが、おそらく二人も相当に高い技量の持ち主だろう。

            

         ※ リードギターの古舘賢治さんはギターテクだけでなくボーカルの力量も素晴らしかった。

 トリオはサンバばかりでなく、トリオの主戦場(?)であるジャズも数曲披露したくれた。傑作は木箱を利用していることから、彼らの音楽性とは対極にある演歌「兄弟船」をロック調で謳い上げたのには会場内が沸いた。

 あっという間の一時間だったが、思ってもみなかった素晴らしいライブを堪能することができた。

 なお、想像されると思うが「アラマキトリオ」というのは、ジャズバンドの組み合わせは自由自在であるから、アラマキトリオもこの日のために結成されたトリオのようである。

 ライブを終えてから、村上さんと鹿川さんの作品を見て回り、カメラに収めさせてもらった。役目を終えた木箱の再利用、新巻鮭の木箱の文字の独特の味わいを作品に落とす、という新しい視点に立つ作品作りには大いに注目したい。しかしそれを継続し、発展させるためには経済性を考慮しなければならない。その点が少々心配にも思うが、きっと彼らには成算があってのことだろうとエールを送りたい。

      

      ※ ステージの後ろに鎮座していた、宮大工のキャリアを生かして制作された小さな祠です。

      

      ※ 木箱を再利用して制作されたギターです。

      

      ※ こちらは旅行バッグ(?)

      

      ※ こちらはスケートボードですね。

      

      ※ 椅子もこうすると文字デザインが活きますね。その他にもたくさんの作品が展示されていました。

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ゴスペル in サッポロファクトリー

2019-12-07 20:37:58 | ステージ & エンターテイメント

 合唱ではない。それは群唱だ! そう、それは群舞や群読の類いの歌だ。ゴスペルは文字どおり群れて歌っているように聴いている者に迫ってくる。迫力あるゴスペルを楽しんだ。

        

 12月5日(木)夕刻、サッポロファクトリーのアトリウムにおいて「サッポロファクトリーWeekday Live」が開催されるとあって出かけてきた。サッポロファクトリーのアトリウムでは日常的にWeekday Liveを開催しているようだが、私が出かけたのは初めてである。というのも、この日のラインナップの中にゴスペルチームが参加していたからだった。

 この日のラインナップは…

 ◇17:00~  モモイヒトミ(シンガーソングライター)

 ◇18:00~  Delaina デレイナ(ジャズボーラリスト アメリカ人)

 ◇19:00~  ニューホープ札幌ゴスペルクワイア ダンスチーム

という構成だった。

 ゴスペルクワイアと聞いて、私はあるいは以前一度聴いて大感激した「kiki & ゴスペルクワイア」ことではないだろうか?と密かな期待を抱いてサッポロファクトリーに出かけたのである。

 札幌都心での用件を終えてそのままサッポロファクトリーに駆け付けたので、私はWeekday Liveを最初から聴くことになった。モモイヒトミも、Delainaも、十分に実力のあるミュージシャンだったが、私の目的ではなかったこともあってだろうか?私に対しては今ひとつ訴求力のないステージだった…。

      

      ※ シンガーソングライターのモモイヒトミさんのステージです。

      

      ※ ジャズシンガーのDelainaさんのギターによる弾き語りのステージです。

 19時まで待っていよいよ「ニューホープ札幌ゴスペルクワイア & ダンスチーム」の登場である。結局、私が期待していた「kiki & ゴスペルクワイア」とはまったく違ったゴスペルチームだったのだが…。後で知ったことだが、「ゴスペルクワイア」とは、「ゴスペルを歌うチーム」という意味で、多くのゴスペルチームが名乗っているようである。

 そのステージだが、最初はなんとダンス、それもハワイアンダンスのチームが登場したのである。ゴスペルとハワイアンにどのような繋がりがあるのか?私には今一つ分からなかった。ダンスに使用した音楽もゴスペル的な音楽とは一線を画していたように思われたのだが…。チームの事情があるのだろう。

      

 ダンスを終えていよいよゴスペルチームが登場した。ニューホープ札幌ゴスペルクワイアの面々は、成人の男女12名のチームだった。道内で私がこれまで触れたゴスペルチームは圧倒的に女性が多いチームが目立ったが、このチームは男性5名、女性7名と比較的バランスが取れたチームだった。  

      

 歌い始めると男性が比較的多いからだろうか、声量も豊かで迫力十分だった。群唱!集団でグイグイと迫ってくる唱法は、大げさに言えば“魂の叫び”にも聴こえてくる。さらに言えば、歌っている彼ら自身が歌に陶酔しているようにさえ見えてくる。そこがゴスペルの魅力である。時間の関係もあり、彼らが歌ったのはわずか3曲で物足りなくも感じたが致し方ない。

            

 ここで、恥ずかしながら最近知ったゴスペルに関する蘊蓄を一つ。ゴスペルは教会に集う信者が歌ったことが始まりであるのだが、それはプロテスタント系の教会のみのことで、カソリック系ではゴスペルはなく、聖歌隊があるのみで信者が歌うことはないそうだ。ゴスペルに魅力を感じながらも、最近までその事実を知らなかったことがちと恥ずかしい。

 17日に別のゴスペルチームのミニコンサートを聴く予定にしている。楽しみである。

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結局、新井は凄かった。

2019-12-06 15:27:17 | その他

 広島カープファンはこれを目にした時、滂沱の涙を流したことだろう。こんな粋な新聞広告を目にすることができるなんて、広島地方の人たちが羨ましい…。

  昨日(12月5日)の夕刊10頁下段に日本新聞協会の広告が掲載されていた。そこには日本新聞協会の第39回新聞広告大賞に「カープ新井選手引退記念企画『結局、新井は凄かった』に決定した」と掲載されていた。

 状況を探ると以下のようなことだそうだ。

 昨年11月15日付の中国新聞に一つの広告が掲載された。その日をもって広島カープの中心選手だった新井貴浩選手が引退する日だった。広告は2面で構成されていたそうだ。1面はこれまでの新井選手のプレーを伝えた新聞記事の切り抜きで構成されている。しかし、その新聞記事の切り抜きは「カレの軌跡」と題して、「新打線・新井ブレーキ」「流れを変えた空振り」など、新井選手がミスしたり、しくじったりした場面ばかりだった。まるで力の衰えを自覚し引退していく選手の背中に冷や水を浴びせるように…。

                 

 そしてその頁をめくると、もう一つの広告が…。カープのソウルレッドに染まった真ん中に新井選手がガッツポーズするシルエットが描かれ、その下に結局、新井は凄かった。」の文字が掲載されていた。そして右下に小さく「広告主 黒田博樹」という文字とサインが添えられている。

          

 この落差!ユーモア!そして広告主が元同僚の黒田選手ということを知り、私の涙腺は緩んでしまった。このような広告が出たということは昨年何となく私にも伝わっていたが、ここまではっきりしたものではなかった。日本新聞協会の選評には次のように書かれている。「大賞は、プロ野球の広島東洋カープや米大リーグで活躍した黒田氏が、カープ時代の同僚だった新井貴浩選手の引退に合わせて、地元紙の中国新聞に掲載した個人広告。表面に新井選手やチームの不振を取り上げた過去の新聞記事をちりばめ、裏面では「結局、新井は凄かった。」のキャッチコピーで、同選手をたたえねぎらうユーモアあふれる広告で、広島だけでなく東京でも新聞を求める人が続出し、全国的に話題となった。スポーツニュースという新聞社の資産を活用したクリエーティブや、新井選手の現役最後となった試合直後というタイムリーな出稿など、新聞広告の特性を存分に生かした点が高く評価された。」

 つまり、昨年から今年にかけてあまたある新聞広告の中から最高賞をこの広告が受賞したということなのだ。

 黒田博樹選手といえば、広島カープから大リーグに移り大リーグでも活躍して破格の契約金で活躍していたが、まだまだ大リーグで通用する力を持ちながら、契約金が1/10の以下に減額するにもかかわらず古巣広島カープに復帰し、「男気の黒田」として広島の優勝を支え、前年に引退していたが、新井選手との友情は広く知られていた。

 新井選手もまた広島カープで育ち、一時阪神タイガースに移籍したが、再び広島カープに戻っていたこともあり、二人の友情の絆は特に深まったというバックストーリーもこのエピソードに深みを与えている。新井選手にとってこれに勝る労いの言葉などないだろう。新井選手もおそらく陰では嬉し涙にくれたことだろうと思われる。

       

       ※ 左 新井貴浩選手、右 黒田博樹選手 

 あゝ、こんな粋な広告を北海道新聞でも見ることができないかなぁ…。

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サッポロファクトリーのクリスマスツリー

2019-12-05 21:10:03 | その他

 高さ15メートルの見上げるようなジャンボツリーがサッポロファクトリーのアトリウムに今年も登場した。それが正時毎に備え付けられた電球が明滅し瞬時にツリーの色が変わり、見るものを魅了した。

          

           

 今日の午後、札幌都心で会議があった。その足で、サッポロファクトリーでWeekday Liveがありゴスペルが聴けると知って出かけた。(そのレポは明日に)

 ファクトリーに着いたところ、アトリウムに見事なクリスマスツリーが出現していた。ツリーだけではなく、ツリーの周りもデコレーションされ、クリスマス一色といった感があった。

 クリスマスツリーを見て、カメラに収めていたところ午後4時になった。すると音楽が流れツリーに付けられていた電球が明滅し始め、ツリー全体の色彩が鮮やかな変化する「音楽と光のショー」が始まった。その時はカメラに収めることができなかったので、1時間待ってその様子をカメラに収めることができた。全てを収められたわけではないが、雰囲気を感ずることはできると思うのでご覧いただきたい。それでは光のショーのはじまり!はじまり!

          

          

          

          

          

          

          

             

  続いて、クリスマスツリーの周りのデコレーションをどうぞ!

     

     ※ 傾斜を利用してクリスマスの花ポインセチアが配されていました。

     

     ※ 階段にはレッドカーペットが敷かれていました!

     

     ※ 階上にはクリスマスムード満点の〇〇ロードが恋人達には喜ばれそうです。

     

     ※ 片隅にはさりげなくクリスマスプレゼント風のデコレーションが   

     

 これだけの雰囲気づくりをすると、若い人や小さな子どもがいる家庭ではボーナスなどがでると、つい財布のひもも緩んでしまうのだろうなぁ、と思いながら色鮮やかなクリスマスツリーを眺める私だった…。

 

岩見沢農業高校鉢花展示会

 サッポロファクトリーに向かう前、道庁に寄る用件があった。すると道庁の1階ロビーで岩見沢農業高校の生徒が丹精込めて育てたのであろうポインセチアやシクラメンの展示即売会を開催していた。これも一種のクリスマスのムードを醸し出すアイテムとして重宝されている鉢花だろう。数枚写真に撮らせてもらった。

          

     

     

     

     

 

本日は写真だけの投稿でした。

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ミュンヘン・クリスマス市 in Sapporo

2019-12-04 16:03:02 | イベント

 札幌ではホワイトイルミネーションと時を同じくして(11/22~12/25)「ミュンヘン・クリスマス市 in Sapporo」が開催されている。大通2丁目広場で開催されているクリスマス市を覗いてみた。

             

 「ミュンヘン!サッポロ!ミルウォーキー!」と叫ぶTVコマーシャルが懐かしい。これは確かサッポロビールのコマーシャルだったと記憶するが、この3都市がいずれも北緯45度周辺にあり有名なビール生産地として知られていたことに由来する。

 そのミュンヘン市とは緯度が同じ、有名なビール生産地という共通項だけにとどまらず、1972年の同じ年にオリンピックを開催した(ミュンヘンが夏、札幌が冬)という縁もあり、その年に姉妹都市提携を結んだことから、ミュンヘン・クリスマス市を開催するようになったものと推察される。

      

      

 蘊蓄はそれくらいにして、12月3日(火)は平日の上、雪が舞っていたこともあり、それほどお客さんは多いとは感じなかったが、それでも外国人観光客を中心にけっこうな賑わいを呈していた。資料によると、物販(グッズブース)の店が18店、飲食(フードブース)の店が15店出店しているという。クリスマスに部屋を飾るという習慣のない我が家にとっては、クリスマス市で展示されている小物にはほとんど関心が持てなかった。唯一、私の場合は開催年を記したマグカップを購入するのがクリスマス市で購入するもので、今年も購入した。

      

 飲食の方は、私自身はあまり好まないのだがクリスマス市の名物(冬のイベントの名物?)ホットワイン(500円)で喉を潤した。そして懐かしいジャーマンドック(700円)を頬張った。

      

 懐かしいジャーマンドッグと記したが、私にとっては懐かしい味である。というのも、若き日にヨーロッパを彷徨した時、食費を安く上げるために街角のキオスクでよく食べた思い出があるからだ。一口嚙んだだけで一気にあの頃の思い出が蘇ってくるほど懐かしい味だった。もちろんヨーロッパ彷徨の旅ではミュンヘンにも立ち寄った。冬ではなく、秋だったが…。

      

 

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さっぽろホワイトイルミネーション

2019-12-03 19:30:28 | イベント

 今年で39回目の開催だそうだ。ここ2~3年見ていなかったのだが、久しぶりのホワイトイルミネーションは以前と比べるとかなり洗練されてきた印象を受けた。雪が舞う中、文字どおりのホワイトイルミネーションを楽しんだ。 

 今年は久しぶりにホワイトイルミネーションをブログの話題にしようと考えていたところ、なんと函館在住のsakagさんに先を越されてしまった。それではならじと今夕(12月3日)おっとり刀で駆け付けた。ところが!帰宅して撮った写真を見てみると、これが我が目で見たイメージとあまりにも違う。撮影技術の稚拙さがもろに出た写真となってしまった。こればかりはどうしようもない。今から撮影技術が上達することなんてあり得ない。稚拙な写真を羅列することにする。

 なお、今回はそれぞれの広場のイルミネーション毎にネーミングが付されている。そのネーミングと共に、私の見た順に紹介することにする。

 ◇6丁目広場  煌めきの「フォレストサークル」

     

     

 

◇5丁目広場  微笑みの「トゥインクル・ガーデン」

      

     

 

◇4丁目広場  輝きの「ジュエリー・パレス」

     

      

 

 ◇3丁目広場  花咲く「ブルーミング・ファウンテン」

     

     

◇1丁目広場  約束の「ラブ・ツリー」

      

 なかなか凝ったネーミングがそれぞれ付けられている。(ちょっと恥ずかしい気もするけど…)以前は、スズランとか、トウキビとか具体的な絵柄のイルミネーションが目立ったが、今ではそうしたものはなく、ネーミングで見るとおりそれぞれがさまざまにイメージしながら楽しめるように変わってきたようである。

 ただ、これも以前みられた電球の明滅によって川の流れのようなイルミネーションが見られなかったのはちょっと残念な気がしたのだが、もう流行りではないということだろうか?今夕は雪も舞ってくれていい感じのホワイトイルミネーションだった。 

※ 2丁目広場で開かれていた「ミュンヘン市」は明日レポすることにして、大通会場外のイルミネーションを二つばかり紹介することにする。 

◇駅前通りイルミネーション

      

 

◇石屋製菓ビルイルミネーション

     

 

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「さっぽろの古を訪ねて」第三弾を構想する

2019-12-02 18:53:45 | その他

 「めだかの学校」の来年度野外講座を構想する時期となった。担当としては受講者から好評をいただいていることもあり、これまでのシリーズを継続して「さっぽろの古を訪ねて」の第三弾を構想したいと思っている。

           

          ※ 新琴似屯田兵中隊本部の建物

 これまで2年間、1年目(2018年)は「札幌の成り立ちから訪ねよう!」、2年目(2019年)は「お雇い外国人の事績を辿る」をテーマとして数々の史跡を訪ねてきた。そこで次は何に焦点を当てようか?ということが当面の課題となった。私たちはチームとして検討しているので様々なテーマが話題に上がったが、それぞれ決定打に欠けた。そうした中、私の中で浮上してきたのが、札幌あるいは北海道の開拓に重要な役割を果たした「屯田兵(とんでんへい)の存在である。屯田兵は、明治時代に北海道の警備と開拓にあたった兵士とその部隊である。

           

           「琴似屯田兵村兵屋跡」に復元された兵屋です。    

 明治初期はロシアの南下政策によって、北海道にロシアが進出してくるのではないか、という危機感に覆われていた時代である。その北の守りと、併せて未開の北海道の開拓を担った屯田兵の果たした役割は大きかった。幸いにしてその屯田兵の史跡が札幌あるいは郊外に数多く残っていることが分かった。そこで私は「北の守りと開拓を担った屯田兵の史跡を辿る」とテーマを設定することにした。

 目的とする史跡は次のとおりである。

【西区・琴似】「琴似屯田兵村兵屋跡」・「琴似屯田兵屋」・「屯田の森」

【北区・新琴似】「新琴似屯田兵中隊本部」・「琴似神社の開拓関連の13の碑」

【中央区・山鼻】「山鼻記念館」・「山鼻兵村開拓碑」・「山鼻屯田兵像」

【北区・屯田】「屯田郷土資料館(篠路屯田兵屋)」・「屯田開拓顕彰広場」

【江別市・野幌】「野幌屯田兵第2中隊本部」・「屯田兵象32体(天徳寺)」

 これらの史跡見学と、その事前のレクチャーの時間を設定すると6回のシリーズが出来上がると考えた。

          

          ※ 屯田兵本部の遺構としては最古のものとされる野幌屯田兵第2中隊本部です。

 なお、私の知人に「琴似屯田子孫会」の事務局長をされている方がおり、この知人に屯田兵の歴史を語っていただくことも計画に織り込みたいと考えている。

 とはいえ、これはあくまで私の構想である。近くチームによる検討の会があるので、そこでの検討材料として提出したいと思っている。果てして構想は結実するか?

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難しすぎた演劇「半神」

2019-12-01 20:05:49 | ステージ & エンターテイメント

 現代演劇の良さをおじさんが感ずることはもはや難しいことなのだろうか?それほど私には難解を極めた野田秀樹脚本の「半神」だった。打ちのめされた気分でコンカリーニョを後にした私だった…。

            

 今日(12月1日)の午後、生活支援型文化施設コンカリーニョで行われた「総合芸術ユニットえん」の公演「半神」を観劇した。

 観劇の動機は、札幌劇場祭(TGR2019)の観劇券を2枚入手することができたので、数ある公演の中から劇作家、演出家として名高い野田秀樹氏の脚本だということでチョイスしたものだった。もう一枚は過日(11月13日)レポしたミュージカル「Little Step」を観劇した。

 事前のリーフレットには「半神」の内容について「醜いが高い知能を持つ姉シュラ、美しいが頭が弱いマリア。二人は半身を共有しながら存在してきた。十歳を目前に二人の身体は衰弱し、死の危機に直面する。分離手術でどちらか片方しか生き延びさせるしかなかった。生き残ったのは、シュラか、マリアか…」とあった。この文章を読んで私はヴェトナムに生まれたベトちゃん、ドクちゃんのことを連想した。そのことから、あるいは枯葉剤など薬物や化学兵器を告発する内容なのだろうか、などと思いながらコンカリーニョに向かった。ところが案に相違して、私には難解としか思えないようなストーリー展開だった。確かに全体としては案内のようにストーリーは進行しているのだが、私からみると無意味なセリフがあまりにも多くて、それが何を意味するのかまったく理解できないのだ。それが現代演劇なのだろうか???結局70をすぎた親爺にはこの「半神」という演劇が観客に何を訴えようとしたのか分からないまま2時間が過ぎてしまった…。

 はたして脚本が野田秀樹だったから、それとも現代演劇は多かれ少なかれこんな感じなのだろうか?

 「半神」を演出し、演じた「総合芸術ユニットえん」について少し調べてみた。そこには「2015年に札幌で活動する若手役者5人で立ち上げられた団体。舞台作品をメインに年数本の公演を行っている。その他、映像作品なども制作している。団体名の『えん』は様々は意味を持つ。作品によって『えん』の意味が変わる。その根底にあるものは人との繋がりの『えん』である。」とあった。今回の出演者は20名にのぼったが、うち6名は主演の二人をはじめとして客演の方だったようだ。

 これからもできれば機会を見て演劇も楽しみたいが、私の場合は学校演劇にフォーカスして楽しもうかな?と思い始めた…。

 

 

 

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