田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も12年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

北海道を歩こう! 無念のリタイア

2019-05-26 20:03:52 | フットパスウォーク

 溜まりバネなどどこにも残っていなかった…。老いて伸び切った筋肉に真夏を思わせる強い太陽の光が容赦なく襲い掛かった…。徐々に、徐々に、頑張ろうとする気持ちが萎えていった…。スタートして10キロ、私は早くもリタイアを決断したのだった…。 

 本日、真駒内⇒支笏湖間33キロを歩き通す「北海道を歩こう!」(札幌スポーツ財団主催)が行われた。私は過去何度(確か3度)か出場していたが、今回は体力の衰えと、準備不足から不安を感じながらの出場となった。

 天気は朝からドピーカン。気温の上昇が心配された。

 朝8時15分、33キロの部1,001人、10キロの部509人がスタートした。

          

          ※ スタートして間もなく、真駒内川沿いを往く参加者です。

 過去3度の出場も特別準備はせずに出場していたのだが、体を休めていたことによる“溜まりバネ”を活かし、後はひたすら耐えることで、これまでは支笏湖までなんとか辿り着いていた。ところが今回はスタート直後から体が重い。溜まりバネなどどこにもない感じだった。日陰の多い真駒内地区を抜け、日当たりのよい石山通りに入ったころには体中が汗にまみれていた。スタートから4キロの表示を見たとき、もうはや「どこかで休もうか?」と考えていた。真夏を思わせる太陽の光は容赦なく老いた体を痛めつけた。

 長~く一列になった参加者が歩道を往くのだが、次々と後列に置いて行かれるようになった。

 8キロの表示を見たときは、コースは山中に入り、傾斜がついてきたころだった。悲しいかな、私はそのときすでに限界を感じていた。頑張ろうとする気持ちが湧いてこないのだ。暑さが私の気持ちを萎えさせていた。そして私はこのとき「10キロ参加者と同じ地点でリタイアしよう」と決断した。

 決断するまでの間、私はデジャブ(既視感)を感じていた。それは3年前にSea to Summitと称して富士市の海岸から4日間かけて富士山に挑戦した1日目の時だった。当日(8月21日)富士市の気温は30度を超える夏日だった。重いザックを背負いダラダラと続く坂道に私は完全にグロッキーとなり、脱水症状寸前の状態で宿舎に辿り着いた苦い思い出が蘇った。「あの苦しさは味わいたくない」と思った時、リタイアすることに躊躇はなかった。

 考えてみると、私はこれまで猛暑の中で体をいじめたという体験をほとんどしていないことに気づいた。冬なら相当の寒さの中でもスポーツをした体験は豊富なのだが…。

          

          ※ スタートから8キロ地点近く、コースは徐々に傾斜していきます。

 リタイアを決断した8キロ地点から10キロ地点までの2キロはきつかった。それまでにもう2度も休憩をとっていたので、それ以上休むわけにもいかなかった。自らを励まし、なんとかスタートから2時間20分後10キロの部のゴールに辿り着いた。

 事務局にリタイアを告げると、帰りのバスを案内してくれた。

 情けない途中リタイアとなった今年の「北海道を歩こう!」だが、このまま引き下がれない。今年は準備不足だったが、入念に準備をしてリベンジしたいと思う。

 

 ※ 今日は「真駒内支笏湖トレック ライブレポ」を発信予定だったのだが、なぜか発信することができなかった。

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石狩川河岸遡行トレッキング 5

2018-10-13 16:09:39 | フットパスウォーク

月形町 ⇒ 奈井江町  トレッキング期日 ‘18/10/9

 前日に続いて二日続けてのトレッキングは久しぶりである。朝ホテルの窓から外を見ると雨がそぼ降っていた。「参ったなぁ…」と思っていたが、ほどなく上がって予定どおりスタートした。前日の疲れは残ったままだったが…。

 

 朝、ホテルで朝食を摂っていたらスタートが遅くなるので、前日コンビニで仕入れた菓子パンをお腹に押し込み、6時30分にホテルを出、およそ30分かけて昨日のゴール地点の「月形大橋」の袂に立った。石狩川はそぼ降る雨の影響もあってだろうか?油をたらしたような滑らかな水面を見せていた。

           

          ※ 朝の石狩川はべた凪状態で、滑らかな水面を見せていました。

 石狩川の堤防は完全にローカル色いっぱいの雑草が生えて、車の跡だけが土が見えているという田舎道路の様相を呈していた。

 トレッキングを始めて直ぐに雨が落ちてきた。慌ててザックをカバーで覆い、傘を取り出して進んだ。幸い長い雨とはならずに済んだのは幸いだった。

           

          ※ スタート直後の堤防の様子です。前方がかすんで今にも雨が降りそうな様子でしたが、この後雨が降ってきました。

 月形大橋から少し行ったところに、ハクチョウやマガンがシベリアから南の地へ渡る際の中継地として有名な「宮島沼」がある。その宮島沼から稲刈りが終わった田んぼにたくさんのマガンたちが飛来して落穂を啄んでいた。

 ずいぶん昔の話になるが、2011年の10月に私も宮島沼のマガンの「ねぐら入り」「ねぐら発ち」月形温泉ホテルに宿泊しながら観察に来たことがあるが、そのことを思い出していた。

 今年は10月10日で45,000羽のマガンが飛来しているという。

          

          ※ たくさんのマガンが落穂を啄んでいました。

          

           ※ 上の写真とは違ったところですが、マガンが飛び立つところを写すことができました。

 落穂を啄むマガンたちの姿を後にし、堤防と並走していた道路と別れると、堤防は石狩川に注ぐ美唄川の堤防へと変わっていく。できれば美唄川のような支流が石狩川と合流するところを見たいのだが、そうしたところは川べりの灌木に遮られて一度も見ることができないのが残念である。

 やがて美唄川に架かる「元村橋」を渡った。この時点で10時45分、スタート(ホテルを出てから)から4時間が経過していた。ここで小休止を取ることにした。

           

          ※ 「元村橋」ですが、この橋の袂の写真に見えるコンクリートブロックの上で小休止しました。

          

          ※ 美唄川の流れです。見たところは細いですが、実際の川幅は灌木に隠れていて良くは分かりません。

 元村橋を渡ってから、一時一般道路を歩き、今度は美唄川の支流にあたる酸化美唄川に架かる「弘法橋」を渡った。この橋を渡ると再び石狩川の堤防に出られるのだ。

          

          ※ 産化美唄川に架かる「弘法橋」です。

石狩川の堤防に向かうとき、またまた石狩川の直線化工事で取り残された(?)「伊藤沼」があった。この沼はこれまで初めて沼の直ぐ近くまで寄って写真を撮ることができた。

           

          ※ 石狩川沿いでたくさん出会った石狩川が遺した沼の一つ「伊藤沼」です。

 伊藤沼から堤防に上がろうと右往左往しているとき、今回のトレッキングで初めて他人と会話を交わした。近くの農家の方だったが「どこまで行くの?」と聞いてきた。私は「今日は奈井江までです」と答えると、呆れたような、驚いたような顔をしていた。「物好きな者もいるなぁ」と思われたのかもしれない。           

 近くには「菱沼」という沼もあったが、こちらは写真を撮るには適した沼ではなかった。ともかく、この辺りは右岸も左岸も昔の石狩川から切り離された沼がほんとうにたくさん存在している。こうした沼が周辺の農業にどのような影響を及ぼしているのか興味深いところである。

           

          ※ 写真のような風景が延々と続いていました。

          

          ※ 堤防上にはほとんど山野草に出会わなかったのですが、この花はところどころに咲いていました。

          

          

          ※ 堤防上で不思議な標識に何度も出会いました。横木の腕の左右の長さが違ったものです。いったい何でしょうか?

 菱沼を過ぎると、黄色い真新しい橋が視界に入ってきた。平成7年に修正し、平成9年に発行された国土地理院の地形図にはその橋は載っていなかった。そのためライブレポでは橋の名を書けませんでしたが、橋の傍を通ったときに「美浦大橋」と記されていて確認することができた。美浦大橋は平成23年に完成・開通した新しい橋でした。

          

          ※ 美唄市と浦臼町を結ぶ「美浦大橋」です。

 美浦大橋を過ぎたあたりから足底筋に痛みが出てきた。ここまで歩行距離も20キロを超えていたので、樋門のところのコンクリートブロックのところで昼食ポイントとすることにした。昼食はコンビニおにぎりを頬張ったがあまり美味しくはなかった。

           

          ※ こうした水利施設の一つ「樋門」に数多く出会いました。

 30分の休憩で足を休ませたこともあって、歩くスピードは元に戻ったように思われた。堤防からの景色は相変わらず変化がない。美浦大橋の手前で堤防の管理をする車と出会ったが、その車にはその後も二度も行きかった。彼からも「物好きな者がいるなぁ」と思われたのだろうか? 

          

          ※ これだけ大きな糞を落としていったのはいったいどんな動物でしょうか?まさか山オヤジさんではないですよね?

 堤防脇に大きな白い建物があった。マップでは「下水道浄化センター」とあった。おそらく美唄市の施設と思われる。

          

          ※ 美唄市の「下水道浄化センター」です。

 そこを通り過ぎると、支流の奈井江川の堤防となった。これまで同じように奈井江川が石狩川と合流する地点を確認することができないのは残念である。

 堤防上はすっかり雑草に覆われた。しかし、その分ジャリが見えなくなり足には優しい道となった。

          

         ※ いよいよ堤防は草に覆われてしまいました。

 やがて堤防は、奈井江川の支流となる茶志内川へと別れるが、分かれてすぐに茶志内川に架かる橋を渡り、再び奈井江川の堤防に移る。

 奈井江川の対岸には「奈井江火力発電所」の赤白の高い煙突が視界に入ってきた。さらに遠くには砂川火力発電所の煙突も望める。

 二つの火力発電所が極めて近隣になぜ建設されたのだろうか?その昔盛んに産出された空知の石炭が関係あるのではと考えた。帰宅して調べてみると、砂川が1955年、奈井江が1968年に、やはり空知の石炭を燃料とすることを前提に建設されたようだ。今はほとんど石炭は産出されていないはずだから燃料は石油に依存しているのだろうか?

           

          ※ 「奈井江火力発電所」の高い煙突が奈井江川の川向うに望まれました。

 その後、奈井江川は石狩川から離れ奈井江の街に向かって延びている。奈井江川に架かる橋もない。ということで、今回はそのまま奈井江の街に向かい、奈井江駅をゴールとすることにした。

 堤防の道は奈井江の街に近づくにつれて酷くなってきた。車の通った跡もなく、まるでブッシュ地帯を往くような様相となってきた。

          

          ※ 奈井江の街に近づくにつれて、堤防上はますます酷い状態となってきました。

          

          ※ 奈井江川に架かる橋(橋の名は?)を渡って、一般道に避難しました。

 本来はギリギリまで堤防を歩く予定だったが、あまりの酷さに一般道路に避難し、奈井江駅に向かったのだった。

 

 結局、奈井江駅に着いたのは15時20分だった。この日の歩行距離は31.5キロ。

          

          ※ この日のゴールに設定した「奈井江駅」です。

 現地の状況がはっきり掴めないままのスタートだったが、なんとか予定どおり計画をこなすことができホッとしたのが本音である。

 

 ここまで、「冬の石狩川河岸遡行スノーシュートレッキング」では石狩川河口から10日かかっている。対して今回の「夏の石狩川河岸遡行トレッキング」では5日到達している。

 ちょうど2倍のスピードである。もう少し夏の場合は速くてもいいような気がするが、こんなところかもしれない。来年どちらも「大雪ダム」にゴールしたいものである。

 そうした明確な目標を持つことができるのが河岸トレッキングの魅力の一つである。

 

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石狩川河岸遡行トレッキング 4

2018-10-11 21:20:30 | フットパスウォーク

豊幌 ⇒ 月形町  トレッキング期日 ‘18/10/8

 

 約半月ぶりの石狩川河岸遡行トレッキングである。コース攻略に苦慮したが、1泊2日の日程で攻めることにした。天候とスケジュールを睨みながらようやく決定した石狩川河岸遡行の第4日目である。私は勇躍コースに挑んだのだが…。

 

 朝6時、JR札幌駅発の電車でこの日のスタート地点である「お茶の水排水機場」の近くの豊幌駅に向かった。

 6時38分、予定ピッタリに豊幌駅に着いた。さすが時間に正確なJRである。

          

          ※ いかにも可愛い佇まいの「豊幌駅」です。

 ちょっとメルヘンチックな豊幌駅舎を後に、さっそくこの日のスタート地点の「お茶の水排水機場」に向かった。

 駅から少しだけ国道を歩くのだが、そこで不思議な看板が目に入った。その看板には「江別市まで約40000Km」と大書してあった。その看板を制作・設置したのは「JA道央青年部 江別ブロック」とあった。

          

          ※ この看板に私は興味を掻き立てました

 さて、あなたは「江別市まで約40000Km」をどう読み解きますか?

 疑問に思った私は即JA道央に問い合わせた。すると意外な答えが!

 答えは本日のブログの文末で明らかにしましょう。(ちょっと遊んでみました)

 

 豊幌駅から約30分かけて、前回のゴール地点(本日のスタート地点)の「お茶の水排水機場」に着いた。この排水機場は石狩川の直線化工事によって遺された旧石狩川に繋がっている。ということは、旧石狩川の水を石狩川に排水するための装置なのではと私の推測したのだが…。

           

          ※ ちょっと傾いて写してしまった「お茶の水排水機場」の建物です。          

 その旧石狩川はちょうど馬蹄形のような形で残っているのだが、その旧石狩川と石狩川に挟まれた形で農地ができている。その農地を「巴農場」というそうだが、米作に適した農地のようでブランド米を生産しているとのことである。

           

          ※ 石狩川の直線化工事によって生まれた旧石狩川です。

          

          ※ 旧石狩川の水を利用し、肥沃な土地でブランド米を作る巴農場の稲穂の様子です。

           

           ※ 巴農場のHPから拝借した写真ですが、馬蹄形に囲まれた旧石狩川の中側が巴農場です。  

 堤防は延々とアスファルト舗装された道が続いていた。面白い現象に出合った。路上に小さなカタツムリがたくさん出ていた。前日に降った雨がまだアスファルトを濡らしていたので、それに誘われて出てきたのかもしれない。不思議に思うのは、カタツムリの姿が見えるのはアスファルト上だけなのである。バラスや土の道ではまったく見当たらないのだ。あるいはアスファルトにカタツムリが必要としている何かの成分が含まれているのだろうか?

          

          ※ 写真のように堤防上は前日の雨(この日の雨)で濡れていました。

          

          ※ そこに登場した無数のカタツムリ。何という種類でしょうか?(写真の腕が悪い!)

          

          ※ 堤防上にはこんなものも現れましたが、動かなかったところをみると絶命しているようでした。

          

          ※ こちらは珍しい種で、それほど数は見かけませんでした。 

 歩き始めて2時間くらい経った頃だったろうか?恐れていた雨が降り出した。強い雨ではなかったが、ザックにカバーをかけ、傘を差しながらのトレッキングとなった。

 景色はまったく単調である。堤防内(川側)は雑草が生い茂り、その先の川べりは灌木が繁茂していて石狩川の流れはまったく望めない。堤防の外は稲を刈り終わったところと、刈り取り前の田んぼが延々と続いている。

 

 スタートして3時間後、石狩川に注ぐ幾春別川に架かる橋に到達した。幾春別川は小さな流れである。冬期間だったらあるいは川が凍っていて渡ることができるかもしれない。しかし、夏はそうはいかない。一つ一つ石狩川に流れ込む川を橋が架かっているところまで迂回しなければならないところが夏の大変さである。

                        

          ※ 幾春別の流れはご覧のとおり細い流れです。冬なら凍って渡れるかも?

 幾春別川に架かる橋を渡り終えると、さらにまた橋があった。この橋は「大沼」というやはり石狩川が遺した沼だろうか?その沼の真ん中に橋が架かっていた。

          

          ※ この「大沼」は景観の良い沼でした。

 その橋に続いて石狩川に架かる「岩見沢大橋」が見えるが、その橋は渡らずに私は石狩川左岸の堤防へ出たと思ったのだが、そこには直ぐに旧美唄川が石狩川に注ぎこんでいたため、私は旧美唄川の堤防を歩くことになった。この辺りになると、堤防はアスファルト舗装ではなく、ただの土の道路に変わっていた。

           

          ※ 岩見沢市と新篠津村を結ぶ「岩見沢大橋」です。

 岩見沢大橋から遡ること約4キロ、旧美唄川に架かる「開基橋」に到達した。この頃になると太陽も顔を出し、良い天気になっていた。

          

          ※ この「開基橋」の袂でようやく休憩を取ることができました。

 この時、10時45分、スタートしてから18.6キロ進んでいた。ここまで休みどころがなかったのだが、橋の袂にコンクリートブロックのところがあったのでそこで休憩を取ることにした。

 

 開基橋を過ぎるとようやく石狩川の堤防に向かうことができた。堤防に向かう途中に大きな石碑が目に入った。近づくと「北村小学校跡地 記念碑」と書かれていた。

          

          ※ 石狩川にすぐ傍にあった北村小学校は何時の時代なのでしょうか?調べても分かりませんでした。

 久しぶりに石狩川の堤防に出たが、堤防はジャリが敷き詰められていて私には歩きにくい道だった。その上、足底筋に痛みが出てきて、歩幅が狭くなり、歩くスピードもがくんと落ちた。

           

          ※ バラスが敷き詰められた堤防の道路は最も歩きにくい道路でした。この頃になると空は真っ青ですね。

 堤防上は相変わらず退屈だった。そのような中、堤防の内側に牧草地のようなところが広がっていた。私から見ると堤防の内側には広大な土地が広がっている。ここを有効に利用しても良いのでは、と歩きながら思っていたのだが、やはりところによっては牧草地として利用しているようだ。

          

          ※ 堤防内に造成されていた牧草畑です。

 また、堤防の外側では水田ばかりでなく、減反政策のためだろうか、ところどころに青々とした畑(元水田?)が見えた。秋蒔き小麦が芽を出し始めたところのように見えた。

           

          ※ こちらは遠く向こうには黄金色の稲が見えますが、手前は青々とした秋蒔き小麦(?)でしょうか?

 そうしているうちに堤防の外側に大きな流れ(?)が見えた。やはり石狩川が遺したと思われる「雁里沼」である。単調な景色の中で、水を見るとやはり心が癒される。ちょうど良い休みどころもあったので、そこを昼食ポイントとした。

 足底筋の痛みを少しでも和らげるため、私は靴を脱ぎ、靴下を脱いでリラックスに努めながら妻が作ってくれたおにぎりを頬張った。

           

          ※ 石狩川の川面は見えないものの、旧石狩川の水が心を癒してくれます。

 大休憩を取り、少しは息を吹き返した私は「月形大橋」目ざして最後のトレッキングを開始した。リスタートして間もなく、石狩川を遮るように大きな施設が目に入った。「石狩川頭首工」である。マップを見ると、対岸の月形町などの田畑に潅水する施設のようである。また、手前の左岸側には「北村揚水場」という施設もあった。

          

          ※ 石狩川頭首工です。ここで水を堰き止め、対岸の月形町などの田畑を潤しているようです。

 けっこう苦戦しながらも14時30分、この日の目的地の「月形大橋」に到達した。

          

          ※ この日の目的地だった「月形大橋」です。

          

          ※ 月形大橋から眺めた石狩川の流れです。

 ここからさらに約3キロ先の「月形温泉ホテル」に宿をとった。

           

          ※ 私のお宿となった「月形温泉ホテル」てす。(翌朝撮った写真です)

 この日の全歩数 50,140歩、距離34.5Kmとスマホのデータは示した。

 

 

 ※ ところで先のクイズの答えです。(JA道央青年部の方が答えてくれました)

 「江別市まで約40000Km」という看板は、江別市と岩見沢市の境界の豊幌集落のところに立っていたのですが、その方向が江別市の方を向いているのではなく、岩見沢市の方を向いているのも気になったところでした。

 その意味するところは、江別市を出てゆくドライバーたちに対するアピールだということでした。40000Kmとは、地球一周分のおよその距離とのことで、「地球一周したらまた江別へお越しください」という若者らしい遊び心に満ちた看板だということです。

 それにしてもちょっと目を惹く看板でした。

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なぜ歩く? 石狩川河岸遡行のわけ

2018-10-10 16:41:26 | フットパスウォーク

 私の身体は今、筋肉痛で悲鳴を上げている。たかが二日間、60キロ程度のトレッキングでこの体たらくである。私の身体は運動不足の完全な老人の身体と化しているようだ。なのに、なぜ歩くのか?このことを考えてみることにした。

           

 今朝の北海道新聞の朝刊は、71歳の札幌の男性が北海道内一周3015キロを150日間で歩き通したことを伝えている。同年代の男性が素晴らしいこと成し遂げたと思う。対して私はわずか2日間のトレッキングで筋肉痛に悲鳴を上げている。

 何たる違いなんだ!と思うと同時に自分の老化を自覚しないわけにはいかない。

 それなのに…。

 

 この二日間のトレッキング中に、私の中では一つのワードが頭の中を駆け巡っていた。そのワードとは“現役感”という言葉である。

 自分の老化をどこかで自覚しながらも、「自分はまだ現役なんだ」と思いたい気持ちが私を支配しているような気がするのだ。

 現役だから自分に何かを課して、それを目標として自分をそこに追い込んでみたいという気持ちがいまだにあることを自分としてはある意味で嬉しくも思っている。

           

 そしてある種の“達成感”である。辛いと思っていた二日間のトレッキングも何日か経つと、それは甘美な思い出に変わることを私は知っている。

 根室ランチウェイ(3日間)も、熊野古道(4日間)も、富士山O to SUMMIT(3日間)も、実施しているときは辛かったが、それらも今は「自分はやり遂げることができた!」という満足感に浸っている自分がいる。

 

 「現役感」を追い求めて自分を追い込み、そこで得られる「達成感」に浸ることで、ちょっと大げさに言うと「自分は生きている!」ということを感じられるのがこうした行為なのだと自覚している。

           

 さらにこうした行為を後押ししてくれているのが“ブログの存在である。私が行っているバカバカしい行為も「どこかで、誰かが見てくれている」という思いが私を後押ししてくれていると思うと、それが大きなモチベーションとなっていることは間違いない。

           

 私は現在、「冬の石狩川河岸遡行」は上川町まで達した。目的地の大雪ダムまでは残り4日といったところか? 今回取り組んでいる「夏の石狩川河岸遡行」は昨日の奈井江町で今シーズンはひとまず終了という感じであるが、来シーズンは集中して大雪ダムまで到達できればと思っている。

 目標(あくまで自分に課した目標であるが)がそこにあれば、人間はとても意欲的になれるようである。颯爽と歩を進める姿からは縁遠い自分だが、自分なりの歩幅で、自分なりのスピードで目標を目ざしたいと思っている。

          

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石狩川河岸遡行トレック 5 ライブレポ⑥

2018-10-09 15:23:28 | フットパスウォーク
15時20分、なんとか本日の目的地の奈井江駅に到着しましました!
後半はかなり辛い行軍でした。ここまで本日の歩行距離31.5キロ、昨日よりは少なかったですね。

この後、15時59分のJRで帰宅です。
列車は岩見沢行きなので、岩見沢で乗り換えなくてはならず、札幌着の時間は見通せません。
早く帰宅して風呂に入りたい気分です。

写真は「奈井江駅」です。
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石狩川河岸遡行トレック 5 ライブレポ⑤

2018-10-09 14:07:08 | フットパスウォーク
奈井江川堤防上を歩いています。
対岸には今回の停電で話題になった奈井江火力発電所の高い煙突が望めます。

現在地点での歩行距離は26.7キロを示しています。今日も30キロ超えになりそうです。

堤防はすっかり雑草に覆われてしまいました。ジャリが足に当たらずかえって歩きやすい感じです。

写真は奈井江火力発電所の煙突です。
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石狩川河岸遡行トレック 5 ライブレポ④

2018-10-09 12:23:18 | フットパスウォーク
情けないことですが、足底筋だけでなく、大腿筋も疲労の極という感じで、歩くスピードがガクンと落ちてしまいました。
ここまでの歩行距離は20.1キロです。
そこで、昼食を兼ねて大休憩を取ることにしました。昨日のように靴を脱ぎ、靴下も脱いで足を癒しています。

そうそう先ほどの分からなかった橋の名は「美浦大橋」でした。美唄市と浦臼町を繋ぐ橋ということのようですね。そう言われると、冬のトレッキングでこの橋を通過したことを思い出しました。

13時ころまで40分の大休憩です。

写真は変化の乏しい堤防上で、ところどころに可憐に咲いていた野の花です。(名前は分かりません)

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石狩川河岸遡行トレック 5 ライブレポ③

2018-10-09 11:26:02 | フットパスウォーク
珍しく石狩川が顔を見せてくれました。その石狩川に新しい橋が架かっています。
国土地理院の地形図には橋の名が載っていません。
スマホで確認すると、茶志内と晩生内を結ぶ橋のようです。

この後、当初私は認識していなかったのですが、奈井江川の前に「茶志内川」を跨がねばならないことが分かりました。その橋までまだ4〜5キロありそうです。

足底筋がかなり痛みを感じますが、ゆっくり進みます。

写真は石狩川に架かる名前の分からない橋です。
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石狩川河岸遡行トレック 5 ライブレポ②

2018-10-09 09:43:20 | フットパスウォーク
美唄川に架かる「元村橋」に到達しました。
ここまで宿から10.5キロです。

実は美唄川が石狩川に流入する地点(美唄川の河口)からナンバー②を投稿したのですが、どこかへ飛んでしまい、改めてナンバー②を投稿します。
河口から美唄川を迂回するため、美唄川沿いを2キロ超遡らされました。

ナンバー①を投稿直後、雨に見舞われました。「まいったなあ」と思いながら☔️を差して進みました。幸い20分程度で止み、今は太陽が顔を見せています。

堤防はだんだんローカル色が濃くなってきて、雑草が堤防上を覆い始めました。

途中、白鳥やガンがロシア地方から南へ向かう中継地点として有名な「宮島沼」の近くを通った際に、稲刈りを終えた田んぼの落ち穂をついばむために多くのガンの姿がありました。
白鳥の姿をは見えませんでした。

この後、産化美唄川に架かる橋を渡って、石狩川河岸に向かいます。

写真は落ち穂をついばむガンたちです。
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石狩川河岸遡行トレック 5 ライブレポ①

2018-10-09 07:20:13 | フットパスウォーク
朝、起きて窓外を見ると、なあ〜んと雨が降っているではありませんか!「ぎぇー!予報は晴れだったのに」と一人で恨み節を言っていたところ、30分くらいして雨は上がってくれました。
まあ、アウトドアでは雨も織り込みずみ、降ったら降ったでそれに対処するしかありません。

只今、宿から3キロ歩いてスタート地点の「月形大橋」の袂に立っています。

体調は良いとも、悪いとも…。昨夜は疲れ過ぎのためか、まったく寝付かれず、寝入ったのは12時過ぎでした。睡眠時間は5時間少々。そのことがちょっと不安です。

今日は三つの支流が流入しているので、そこのところがどうなっているのかがひとつの鍵です。
三つ目の奈井江川は市街地近くまで渡る橋がなさそうなので、今日はそこを目的地と考えています。

それではスタートです。

写真は月形大橋です。
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