田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も12年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

精神科医・香山リカさんが語る「心の健康」

2017-02-28 18:46:11 | 講演・講義・フォーラム等
 香山さんは語る。「たとえ身体に病を生じても、心は健康でありたい」と…。さらに彼女は言う。「他と比較するな。過去の自分と比較するな。今の自分を肯定せよ」と…。ポジティブシンキングで生きることの大切さを彼女は何度も何度も説いた。

               

 少し以前のことになってしまうが、2月19日(日)午前、札幌医師会が主催する「札幌医師会医学会 特別講演会」が札幌医師会館であり、講師として立教大学現代心理学部映像身体学科教授の香山リカ先生が招かれ、「『本当の健康』とは何かを考える」と題して講演された。この講演が一般市民にも開放されたので、受講することにした。

 香山氏はTVなどのマスコミにも数多く登場し、精神分野のみならず、評論家として広く論評活動を行っていることで知られている。その言論において政治的にリベラルな発言も多いことからウェブ上では彼女の言動を巡って姦しい論議もあるようである。

                    

 私は講演会を受講するとき、講師の発言が政治的に右であろうが、左であろうが、そのことにこだわりは持っていない。むしろ両者の言い分を聞くことによって、はじめて自分なりの判断材料が得られると思っているからだ。
 ただし、今回の講演会で香山氏がそうした発言をするとは思えなかったし、事実そうした類の発言は皆無であった。

 香山氏は最初に自らの来し方について語った。彼女は北海道生まれで北海道育ち、ただし高校・大学(東京医科大卒)は東京であるが、医師としての最初の赴任地は故郷の市立小樽第二病院だそうだ。
 その当時のエピソードとして、彼女が専門とした「精神科」は世間的にはネガティブな印象を持たれていたそうだ。しかし、時代の進展により複雑化した社会の中において、心を病む人が増えるに従い、精神科医の存在意義が高まってきたという実感を持ったそうだ。

 また、彼女は精神科医として当初「心の病を治してあげましょう」というような気持で診療にあたっていたが、そのことは医師としての“おごり”があったと反省したという。
 彼女が診療にあたるうちに、「誰にでも心の健康が宿っている」ということに気付いたというのだ。心の病を抱えている人は、雑念などに阻害されて病を得ているのだと…。だからその人の本来の良さを引き出すために、閉じ込められているフタを取り外すのが精神科医の務めだと気付いたというのだ。

               

 だから、彼女の話は終始聞いている人たちを元気づける話に満ちていた。
 曰く「たとえ寝たきりでも、他人を健康(元気)にできる」(乳がんに侵されている小林麻央さんの例を出して)、「体の健康が損なわれていても、心が健康であれば“健康”と言って良いのでは」、「おかれた状況でいかにベストを尽くすことができるかが肝心なこと」等々…。さすがに数多く講演をこなし、マスコミで脚光を浴びている人である。ノー原稿で、さまざまな事例を取り上げながら立て板に水という感じで、私たちに語りかけた。

 最後に、都会人は「歳を取ることが“悪”だ」というような考えがあるが、それはストレスを溜めることになる。
 「今の自分を肯定することが大切だ」、「他と比較するな」、「自分の過去とも比較するな」などなど、ともかくポジティブシンキングで生きることが「心の健康」に繋がることを強調されて講演を閉じた。

 今回の講演を拝聴し、これから加齢によって体のいろんなところに不具合が生じてくることが予想されるが、そうした事態に遭遇したときに、香山氏のお話を思い出し、自らを鼓舞したいと思うが、果たして?
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レバンガ北海道 見事に二連勝!

2017-02-27 18:57:30 | スポーツ & スポーツ観戦
 ニュースとしては、戦いから一日置いてしまったために価値はぐーっと落ちてしまったが、昨日Bリーグを初めて観戦した。プロバスケットボールがBリーグとして改編されてから苦戦が続くレバンガ北海道が二連勝を飾るところを見届けることができた。

               
               ※ レバンガの選手が放ったショットのリバウンドに備える背番号13のバチンスキー選手です。
 
 札幌には幸いにことに、野球、サッカー、バスケ、フットサルと四つのプロチームのホームタウンである。スポーツ好きにとってはとっても恵まれた環境である。
 私もスポーツ好きを自認する一人であるが、全てのプロチームの試合を観戦することはできない。
 私の中では、野球とサッカーの試合を年間数試合観戦するのがせいぜいというのが現実である。
 したがって、プロバスケもレバンガの前身である「レラカムイ北海道」時代に数試合観戦したのみであった。

               
               ※ 会場のコート横に立てられたレバンガ選手たちの等身大以上(?)のポスターです。

               
               ※ 会場のエントランスではさまざまな店やその他宣伝のブースが所狭しと並んでいました。

 今回、私が所属する互助会組織の創立50周年記念事業の一環として招待券が二枚入手することができ、父親似で(?)スポーツ好きの息子を誘い観戦することにした。この日は市内の小学生が無料招待された試合だったこともあり、孫娘も一緒に観戦した。指定席は「ゴールドシート」というコートから比較的近い良い席だった。
 昨日26日(日)、レバンガにとっては今季第41戦、ここまで13勝27敗と苦戦が続いているが、この日は前日勝利した横浜ビー・コルセアーズとの対戦だった。

               
               ※ 試合開始前、試合のインターバルでは絶えず専属のダンスチームが賑やかにチームを鼓舞します。
               

 派手の演出の中、始まった試合は、第1クォーターにいきなりレバンガが素晴らしいスタートを切った。3点シュートがポンポンと決まったのだ。何本決まったから記録していないがおそらく5本は決まったのではないか。結果、第1クォーターは 23 対 10 と13ポイントもリードする展開となった。

               
               ※ 激しい攻防の一瞬をとらえるのは素人には至難の業です。

 ところが第2クォーターに入って失速する。相手にスチールされる場面が目立ち、炊いて外国人選手の力技に次々とゴールを割られた。このクォーターは 19 対 23 と追い上げられ、合計では 42 対 33と9点差でハーフタイムに入った。追い上げられる試合展開でなんだか嫌な流れだった。

               
               ※ 背番号8田嶋選手のフリースローの様子です。

 心配された第3クォーター、レバンガの選手たちは持ち直してくれた。相手ミスに助けられた面もあるが、このクォーターを 20 対 14 で乗り切ったのが大きかった。

               
               ※ バチンスキーと並ぶ長身(211cm)ミラー選手がディフェンスで健闘しています。

 最終第4クォーターには、レバンガの外国人選手が存在感を見せ、このクォーターを 23 対 17 と主導権を渡さず、最後は安心して試合終了を迎えることができた、完勝ともいえる試合内容だった。合計点数は レバンガ北海道 85 対 64横浜ビー・コルセアーズ という結果で、前日に続いての勝利で、見事二連勝を決めた!

               
               ※ この日の殊勲選手、野口選手の放った3点シュートです。おそらく成功した時のものです。

 個人的に注目した選手は、まず一番にはレジェンド折茂武彦選手だ。46歳にしていまだ現役、この試合でも十分にチームの主力となっているところが凄い!この日も3点シュートも含め9得点とチームに貢献していた。

                    
                    ※ 若干年齢も感じさせる折茂選手の表情ですが、動きはまだまだ若い!

 続いて、私の目には西川貴之選手のシャープな動きが目に止まった。西川選手は196 cmの長身ながら動きがシャープである。西川選手は2回の3点シュートを含め、この日12得点した。北海道出身(東海大四高校)というからなおさらに応援したい。

               
               ※ 甘いマスクの西川選手をしっかりとらえた一枚がありませんでした。

 そして新加入のジョーダン・パチンスキー選手だ。彼の特長は何といっても218 cmの長身である。190 cmの折茂選手が子どもに見えるくらいの長身は魅力だ。まだ、チームに十分にはフィットしていないと言われながらも、この日13得点している。今後に期待したい。

                    
                    ※ いかにも長身のパチンスキー選手です。
               
 バスケは選手の動きが激しく、得点も絶えず入るため、試合が良く動き、観ていて楽しいゲームである。財政基盤が大変だという報道もあるが、ぜひ北海道に根付き、強豪チームに育ってほしいものである。

               
               ※ 試合終了直後のレバンガの選手たちです。

               
               ※ 勝利の報告をするレバンガ選手たちは残念ながら反対側のサイドを向いていました。     
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肺炎予防のためのリハビリ

2017-02-26 19:33:53 | 講演・講義・フォーラム等
 “肺炎”というと喫煙習慣の害を思い浮かべる。もちろん喫煙は肺炎の主要因であるが、今回の講座では体力を維持することによって肺炎の罹患率を低下させることについて学んだ。 

                  

 医療法人渓仁会「札幌西円山病院」が毎月一度開催している「地域で暮らす高齢者のための医療公開講座」が2月18日(土)午後、かでる2・7で開催され、参加した。
 今月のテーマは「肺炎予防のためのリハビリテーション~呼吸機能の検査~」というものだった。

 肺炎がいかに高齢者に関係する病気かというテータをまず示された。
 それによると、肺炎で死亡する人の92%は65歳以上の高齢者であるということ。その高齢者の肺炎のうち実に80%が誤嚥性肺炎が占めているという事実を突きつけられた。

 高齢者の普段の生活においては、食事時の誤嚥、夜間睡眠中の唾液誤嚥があるという。実は健常高齢者においても咽頭侵入(唾液誤嚥)が83%、誤嚥が28%認められるそうだ。しかし、それでも肺炎になっていないという。そのわけは…。
 例え唾液誤嚥や食物誤嚥があったとしても、それらを咳という形で追い出す力=喀出力が勝っていれば肺炎を防ぐことができるということなのだ。
 加齢とともに体力が低下し、喀出力にも低下がみられるため勢いよく咳ができないことによって肺炎を引き起こすということなのだ。

 勢いよく咳がでるように保つため、つまり喀出力を維持するためには、体力を保つ運動(リハビリ)が必要だと強調された。そしてその運動方法について実習を交えながら学んだ。
さらには、ワクチンなどによって抵抗力を上げることも必要とされた。

 一方、COPDという肺疾患についても説明が及んだ。COPDとは「慢性閉塞性肺疾患」のことだ。この病気は明らかに有害粒子(たばこ)の吸入が原因とされる病気だということだ。運動した時に息切れがするような場合はCOPDかもしれないと疑い、医療機関の診察を受けることが大切と強調された。

 最後に“肺炎”の予防のためには、①規則正しい生活を送る。②運動は無理のない範囲で行う。③ワクチンなどで抵抗力をつけることも必要。④禁煙。の4点に気をつけることということだった。肺炎に限らず、私たち高齢者が健康寿命を延ばすために必要な事柄だと理解した講座だった。
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冬季アジア大会 バイアスロン

2017-02-25 18:45:49 | スポーツ & スポーツ観戦
 馴染みの薄いバイアスロン競技だが、ライブで観戦してみるとなかなか興味深い競技だった。一昨日、予定していながら観戦できずに悔しさが残ったので、本日の予定をキャンセルし、リベンジ観戦に臨んだ。 

               
               ※ 日本Aチームの第四走者の枋木(こぼのき)選手の立射の様子です。

 この機会(アジア大会)を逃したら、バイアスロン競技などなかなか観戦する機会はないのではと思われ、本日の予定をキャンセルして大会会場である「西岡バイアスロン競技場」に向かった。
 地下鉄真駒内駅からバスに揺られて15分。会場は人里離れた西岡公園のさらに奥地にあった。

               
               ※ 観客は写真のトンネルを通って観客席に、トンネルの上は選手が走るコースです。

 私と同じように、珍しい競技なので一度見てみよう、と思う人が少なからずいるようだ。バスは超満員、会場の観客席もかなりの人で埋まっていた。(といっても2~300人程度か?)

               
               ※ 観客席に詰めかけた観戦客の様子です。

 バイアスロンとは、クロスカントリーとライフル射撃を組み合わせた競技である。つまりクロスカントリースキーの速さと、射撃の正確性を競う競技である。
 種目はいろいろあるようだが、本日はミックスリレー(男女混合リレー)が行われた。
 大会プログラムによると、ミックスリレーは男子2名、女子2名でチームを構成し、男子は7.5キロ、女子は6キロ走る中で、伏射と立射を2回行いながらリレーで繋ぐ競技である。(2回の射撃を行うために女子は一周2キロを、男子は一周2.5キロのコースを周回する)

               
               ※ スタート地点を写した会場全体図です。写真に写る人たちはスタート前の選手たちです。

               
               ※ こちらは射撃場です。整然と射場が並んでいました。

                
               ※ 試合開始前の的の様子です。的に当たると、的は白く覆われます。              

 午前10時、出場11チームの第一走者(女子)が一斉にスタートを切った。

               
               ※ スタートの合図はピストルなどではなく、審判(?)の旗が合図のようです。

               
               ※ 背中に銃を背負った選手が一斉に野山の向かって駆け出します。

 競技場周辺の山野を一周して射撃場に還ってきたときには、この競技の強豪国のカザフスタンのAチームが他をぐーっと引き離して射撃に入った。日本のAチームの第一走者も健闘し2位をキープし、続いてカザフスタンB、中国Aが続いた。第一走者のときはこの順は変わらなかった。
 ところが第二走者に代わって日本は他から追い上げられ、カザフスタンB、中国Aに追い抜かれて4位に後退した。
 カザフスタンA・Bは他を寄せ付けない圧倒的な速さで最後まで突っ走りワンツーフィニッシュを果たした。中国と日本との差もかなりあったのだが、ここで日本の第三走者で日本のエースの立崎選手が抜群の射撃で中国選手を捉えたのだ。この時は会場が大いに沸いた。実は、立崎選手は前日の男子12.5キロで好調の射撃によって強豪のカザフスタン勢を抑えて見事金メダルを獲得していたのだ。
 立崎選手が奪ったリードを、続く枋木(こぼのき)選手がしっかり繋ぎ、日本は銅メダルを獲得し、主催国としての面目を保つ結果となった。

               
               ※ 日本チームの三位入賞は作戦がズバリ的中したようで、喜びも大きかったようです。

               
               ※ 三位入賞の殊勲者・立崎選手は右から2番目の選手です。
               
 バイアスロン競技の場合、観客は選手が走る場面はほとんど目にすることができない。自然に射撃の様子を凝視することになる。
 観客席は射撃をするところからやや離れているが、それでも的に当たったかどうかは観ていて分かる。日本選手が的に当てるたびに歓声が起こった。
 射撃は競技によってレギュレーションはマチマチのようだが、リレーの場合はライフルに5発の弾が込められていて、それで5つの的を狙う。しかし、予備に3発の弾が与えられている。つまり8発中5発が命中すればペナルティはない。8発撃って的が残った時は1発につき一周150メートルのコースをペナルティとして余分に走らなければならないという規定になっていた。

               
               ※ 前半は写真のように何人もの選手が同時に射撃をする場面もありました。

 後で知ったことだが、伏射と立射では的の大きさが違うらしい。立射はやはり不安定になるので伏射より的が大きいということだ。
 とはいっても距離50メートル先の的(伏射では直径45ミリ、立射では115ミリ)に当てるのだから大変である。しかも雪の野山を駆けまわった後に狙うのだから息も上がっている中での射撃は相当に難しいと思われるが、さすが鍛えられた選手たちである。上位にくるチームの選手がペナルティを喫することはほとんどなかったようだ。

               
               ※ 立射の様子です。

               
               ※ こちらは伏射です。伏射は被写体として難しくこの一枚だけだと思います。

 今日(2月25日)は、太陽も顔を出し、気温も低くなく、観戦日和だった。選手の射撃が的に当たった、当たらないと一喜一憂しながら観戦するのはなかなか楽しい経験だった。

               
               ※ リレーの場面です。リレーは選手の手と手のタッチを審判が確認します。

 会場の傍では模擬銃(電子銃?)による体験射撃会も行われていて、私も体験させてもらった。距離も短く、銃を安定させての体験だったが、私は5発中4発命中することができた。素質ある? そんなことないかぁ…。

               
               ※ 射撃の体験会の様子です。私も貴重な体験をさせてもらいました。

 来年の百昌冬季オリンピックのTV中継ではバイアスロンを観ようかなぁ?
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“今でしょ!”の林修氏が語る「おもてなし」

2017-02-24 19:20:23 | 講演・講義・フォーラム等
 林氏は言う。「人をもてなすことが自己満足であってはダメ」だと…。相手が何を求めているのか、相手の反応を見ながら饗すべきだと強調された。

            
            ※ 講演会の写真撮影はNGである。そこで林氏の写真をウェブ上から拝借した。
 
 「いつやるか?今でしょ!」ですっかり著名人となった東進予備校の講師・林修先生が札幌市主催の「おもてなし講座」の講師として来道し、2月16日(木)夜、札幌市民ホールで講演したのを受講する機会を得た。

 そもそも札幌市が主宰する「おもてなし講座」というものの趣旨が今ひとつ分かっていなかったのだが、林修氏という著名人の話が聴けるならと思い受講を希望したところ聴講券が舞い込んだというまったくミーハーな受講動機なのだ。主催者の話によると、1,200名の定員に対して4,600名の応募があったとか…。会場の札幌市民ホールは満席状態だった。

 林氏は登場すると直ぐに、知人から「お前は仕事を選ばない奴だ」と揶揄された、という自虐ネタで会場を和ませた。
 そして氏は、「自分はもてなしをされることがイヤなタイプである」と公言した。だから、よく他人からもてなされたとき、その方は満足そうだが、林氏自身はちっとも嬉しくない体験を何度もしているという。つまり、「おもてなし」は自己満足ではダメで、相手の気持ちを想い量ってほしいという。

 そして、このあたりから林氏の専門である国語の話になってくる。「もてなす」とは“饗”という字を用いることがある(饗応)、が、「饗とは、郷土の食べものをご馳走する」という意味が込められているという。
 そのためには、地元を良く知ることによって、地元のことについての蓄えをたくさん持つべきだと説いた。

 そして林氏は、中野好夫著の「悪人礼賛」を紹介した。林氏が私淑している評論家らしい。その「悪人礼賛」で中野氏は次のように述べている。

 ぼくの最も嫌いなものは、善意と純情である。
 考えてみると、およそ世の中に、善意の善人ほど始末に困るものはないのである。ぼく自身の記憶からいっても、ぼくは善意、純情の善人から、思わぬ迷惑をかけられた苦い経験は数限りなくあるが、聡明な悪人から苦杯を嘗めさせられた覚えは、かえってほとんどないからである。(中略)
 それにひきかえ、善意、純情の犯す悪ほど困ったものはない。第一に退屈である。さらに最もいけないのは、彼らはただその動機が善意であるというだけの理由で、一切の責任は解除されているとでも考えているらしい。
 

 いやいや単純に善意で純情な持ち主である(と信じている)私などは尻尾を巻いて逃げ去るしかない。
 しかし、ここまでひねくれる必要もないように思われる。(と言ったら中野氏や林氏に軽蔑されそうだが)
 林氏は最後に「より深く地元を知ることによって、より深いおもてなしができる」と説いた。そうした蓄えをたくさん持ったうえで「相手をよく見て、理解して、おもてなしをするのが良い」と結んだ。

 会場では何故か来場者に対して、コーヒーなどの飲み物が振舞われ、さらには茶菓子さえも用意されていた。
 最初の疑問であったその趣旨だが、冬季アジア大会の開会を前にして、市民に外国人選手や観客に対する「おもてなし」を意識してほしい、という趣旨だったのでは、と理解したのだが…。

               

               
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地域生涯学習活動実践交流セミナー

2017-02-23 21:20:54 | 講演・講義・フォーラム等
 少々長くて硬いネーミングのセミナーであるが、昔取った杵柄ということもあり、道民カレッジ受講者も参加対象に加えていただいたことで参加してみようと考えた。現在、社会教育関係者が抱えている課題について少しは理解できたように思えたセミナーだった。 

               

※ ちょっとしたアクシデントがあり、予定していた冬季アジア大会のバイアスロン競技の観戦がかなわなくなった。残念!ということで別な話題を…。 

 2月16~17日の両日、かでる2・7において、表記セミナーが開催された。参加対象はあくまで社会教育行政の関係者たちだったのだが、私たち道民カレッジ受講者に対しても門戸が開かれたセミナーだったので参加してみようと思った。というのも、私は現職時代にわずか6年間ではあるが、社会教育行政を経験させてもらったという過去があり、懐かしさも手伝って参加を決めた。

 セミナーのテーマは「人口減少問題に対応した社会教育行政の在り方~行政間連携と地域住民との協働に向けた方策について~」というものだった。
 日程はかなり細かく分かれていた。一日目が講義、報告、事例研究、分科会。二日目が分科会、全体会、シンポジウム(対談、特別講演)となっていた。

 日程の全てをレポすることはとてもできない。そこで私から見て特に印象的だったことに絞ってレポしてみたい。

               
               ※ NPO法人グランドワーク西神楽理事の谷川良一氏の事例報告の様子です。

 一つは、事例研究ということで発表された「NPO法人グランドワーク西神楽」の発表である。このNPO法人の取り組みは行政に頼らず、住民自らが積極的に地域づくりを実践している事例である。
 西神楽は旭川市の一地域であるが、そもそもは阪神大震災の際に被災児童を企業・行政とパートナーシップを結んで受け入れたことかに始まったという。(東日本大震災のときもさらに多くの被災児童を受け入れている)
 そのことを機に、地域のパークゴルフ場を自分たちで造成し、管理し、自己資金を作ることができたそうだ。それからは、地域に起こる様々な課題に対して自分たちで解決するという姿勢で活動しているという。
 その活動ぶりを如実に物語るのが7つの専門委員会の存在である。その専門委員会とは、◇地域の環境と景観を考える専門委員会、◇農業と未来を考える専門委員会、◇地域の歴史と遺産を考える専門委員会、◇子供たちの健全な育成を考える専門委員会、◇NPOの事業を考える専門委員会、◇西神楽さと川パークゴルフ滋養運営管理委員会、◇地域の高齢者福祉を考える専門委員会、とある。
 これらの専門委員会の中には事業を起こして、地域にさまざまなサービスを提供しているという。そしてそこには高齢者たちの雇用も生み出している。
 平成26年度でNPO法人では年間1億円を売り上げ、40名を雇用しているそうだ。
こうして、行政に頼らず、時には行政を巻き込み、地域づくりを行っているという素晴らしい実践に触れることができた。
 一度、西神楽地区を訪れてみたいと思った。

 次に印象的だったのは、「人口減少問題に対応した社会教育行政の在り方」と題した、対談と特別講演だった。
 対談は、地域の社会教育に対して全国的な視野からアドバイスする「人と組織と地球のための国際研究所」の川北秀人氏と、財政破綻によって人口減少が顕著な夕張市の社会教育主事の木村愛氏の二人が対談した。
 主として川北氏が木村氏に質問する形で対談は進められた。
 その中で木村氏が語ったことが印象的だった。「確かに破綻によって、金も場所も失い、多くの人も去ったが、残った人たちが一緒に起ち上がってくれた。見方を変えれば、破綻によって本当の社会教育が実践できているとも思う」と語ったが、その言葉は、ある意味これからの地域の社会教育行政の在るべき姿を語っているようにも思えた。

               
               ※ 私が参加した分科会「開講15周年を迎えた今後の道民カレッジを考える」という分科会の様子です。
                
 その他にも多々参考になることがあったが、すべてをレポすることはできない。
 「人口減少問題」は、特に北海道の地方においてはその傾向がすでに顕著に表れていて、待ったなしの問題だともいえる。
 それは社会教育行政のみならず、地方の行政にとっては喫緊の課題でもある。
 私が社会教育行政に携わっていたころは、地域住民の学習意欲の喚起を命題とはしていたが、まだどこかに悠長さが漂い、真剣さが足りなかったようにも思われる。しかし、今は地域住民が、自らの地域課題に対して真剣に学び、解決していくことが望まれている。 
 そうした状況にあって、社会教育関係者はいかに「住民の学びを喚起し、地域の課題解決に結び付けてゆくか」、そのコーディネイト力が問われているということなのだと私は理解したのだが…。
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冬季アジア大会 ショートトラック

2017-02-22 18:59:30 | スポーツ & スポーツ観戦
 冬季アジア大会のショートトラックの最終日を観戦した。残念ながら日本勢は振るわず韓国勢の圧勝だった。初めてライブで観戦したショートトラックだったが、ライブならではの発見がいくつもあった見応えのある初観戦だった。 

          

 レポしたい事柄がいくつもあるのだが、スポーツの観戦結果は新鮮なほど価値があると思われるので、順番を替えて本日の模様をレポートすることにした。

 もともと冬季アジア大会にはそれほど関心はなかった。というのも、札幌ではこれまでワールドクラスの大会を何度も観戦してきたので、レベルがかなり下がると思われるアジアの冬季スポーツ大会には興味が持てなかったというのが正直な気持ちだった。(ショートトラックはアジア勢が世界のトップクラスかな?)
 それでも大会が始まると報道も俄かに増えてきて、多少は関心を持ち始めていた。
 そうした中、スケジュール的に今日22日と明日23日が空いていることに気付いた。それならば、せっかく札幌で開催されているのだから、一つや二つ見てみようと思い立ったのだ。
 そうして選んだ競技が「ショートトラック」と「バイアスロン」だった。
 その理由は、これまで観戦経験のない競技であり、今後もそれほど観戦する機会がないのでは、と思われたからだ。

          
          ※ 選手たちはコーナーぎりぎりを手を付きながら回っていきます。選手の脇の下にコーナーブロックが見えます。

 ということで、本日(22日)午後から真駒内屋内競技場で行われたショートトラックの第三日目(最終日)を観戦した。
 この日の種目は、男女1000mの予選、決勝と、女子リレー3000m、男子リレー5000mの決勝の4種目だった。
 結果を先に言うと、金メダルは、1000mは男女ともに韓国、女子リレーも韓国、男子リレーだけが中国が制するという結果になった。男子リレーにしても最後まで中国とのつばぜり合いだった。
 日本勢はというと、女子1000mで銅メダル、男子リレーで銅メダルという結果だった。
 韓国の際立つ強さは、例えば男子1000mで1~3位まで独占するという強さだった。

         
         ※ 会場内には選手たちの体の体を冷やさないためにトレーニングバイクもありました。
         
 さて、ライブならではの発見であるが、先ずは、
①入場時のチェック体制の厳しさである。飛行機の搭乗と同様のチェック体制が取られていた。屋内で行われる国際大会ということでの厳戒態勢だったのだろうと思われた。

          
          ※ 真駒内屋内競技場前のセキュリティチェックのテントです。

          
          ※ セキュリティーチェックの様子です。

 ②は底冷えする寒さである。以前アイスホッケーの観戦で懲りていたので、スノーシュートレッキングのときより上下ともに一枚多く着込んで行ったのだが、それでも観戦中はずっと寒さを感じていた。

          
          ※ 私と同じような観戦動機の方が多かったのでしょうか?予想以上に観客が入っていました。
          
 ③は競技に関わってであるが、ショートトラックは一周111.12mのコースで競われるのだが、1レース毎にコーナーのブロックが移動されることを知った。つまり氷がスケートによって削られるコーナーを1レース毎に移動していることを知った。さらには、新たにブロックが設置されると、選手が滑ると思われるコースにバケツ(これが面白いが)で水を撒いていたのは何故なのだろうか?

          
          ※ 1レースが終わるたびに、写真のようにブロックを移動してコーナーの位置を変えていました。

          
          ※ コーナーブロックの設置が終わると、写真のようにバケツに入った水を撒いていました。

          
          ※ 種目と種目のインターバルにはご覧のような製氷機が活躍していました。

 ④は些末なことではあるが、予選から準決勝までは出走選手の紹介はしてもヘルメットをかぶったままなのに対して、決勝戦だけは出走選手はヘルメットを脱いで紹介に応えるという規定(?)もあるようだ。

          
          ※ 国際大会らしくさまざまな国の応援団が。写真は健闘したベトナム選手に大声援を送る人たちです。

          
          ※ こちらはタイからの応援の方のようです。横の人はカザフスタン人です。

 初観戦しての感想であるが「意外に面白い!」というのが率直な感想である。その理由は単純に目の前で競争が展開されるからである。スビートスケートと違い、タイムではなくあくまで順位が大切というところが見ていても面白い。日本選手が上位争いをするシーンでは思わず力が入った。

          


 男子1000mの準決勝でショートトラックならではの闘いを見た。レース後半、韓国の選手が1位、中国選手が2位、韓国選手3位という順でクライマックスを迎えていた。1位を走る韓国選手は2位の中国選手が前に出るのを抑えている間に3位だった韓国選手が二人を抜いて1位でゴールに入った。続いて2位には、それまで1位だった韓国選手が入り、韓国のワンツーフィニッシュとなって、1・2位ともに決勝進出となった。韓国のチームワークの勝利である。

          
          ※ 日本のホープと目された吉永一貴選手です。残念ながら準決勝で敗退しました。

          
          ※ 各国選手のユニフォームは、国旗をモチーフにしたもの多かったようです。右は日本選手、左は中国選手です。

 リレーは見慣れない者が見ると、よく分からないほど雑然とした感じの中で行われる。何せ出場4チーム、16選手が絶えずリンクを回りながら選手交代をするのである。それはもう目まぐるしいばかりである。よく衝突などの事故が起こらないもの、と素人は思ってしまうのだが、男女ともにそうしたこともなく順当に競技を終えた。

 今後、ショートトラックの競技を生観戦する機会などないかもしれないが、テレビ観戦する場合でも今までとは少し違った思いで観戦できるかもしれない。

          
          ※ リレーのスタート直後の様子です。

          
          ※ リレーで選手が交代するところです。バトンなどはありません。

 さあ、明日はバイアスロンである。今度は屋外での観戦だ。寒さ対策を考えねば…。
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冬の石狩川河岸を遡る 22 後編

2017-02-21 20:15:03 | スノーシュートレッキング
観魚橋 ⇒ 旭橋   トレッキング実施日 ‘17/2/15

 旭川サイクリングロードの快適なスノーシュートレッキングで楽勝と思われたのだが、そうは問屋が卸してはくれなかった。この日の後半は難行苦行の半日だった。雪は重くなり、その上スノーシューの裏に張り付く雪に私の体力は急速に奪われていった。 

               
               ※ 河川工事の現場から「近文大橋」を写す。

 サイクリングロードがぷっつりと途切れてしまった後、私は河川工事の邪魔をしないように、工事現場からできるだけ離れてトレッキングを続けた。
 すると、河川工事について説明された表示が目に入った。そこには「水門工事を行っています」と書かれ、さらにはその工事が石狩川の支流の「ウッベツ川」の工事であることが判明した。
 とすると、石狩川はその向こうになり、私は河岸から離されたことになる。
 進むコースを石狩川の堤防と思われる方へ進路を変えた。

               
               ※ 工事現場の近くにはこのような表示がされていました。

 しばらく行くと、歩くスキーを付けた一人の人に出会った。彼は私とは反対に市街地の方から歩いてきたようだった。そして、サイクリングコースに入るポイントを探していたので、私が通ってきた道を行くと良いことをアドバイスした。
 一方、私は彼が付けたスキーのシュプールを辿って旭川の市街地を目ざした。

               
               ※ 市街地からやってきた歩くスキーの人のシュプールを辿って市街地を目ざしました。

 この辺りからは、今もって分からないのだが、シュプールの跡を辿っていくと、石狩川との間に大きな壁のようなものが現れた。その壁は高さ15~20mくらいあると思われ、とても上って越えられそうな壁ではなかった。
 石狩川が見えず、近寄れず悶々としながらも前進を続けた。悪いことに雪温が上がっていたこともあってか、この辺りから雪が重く感ずるようになっていた。GPSで確認すると、この日の大きな目的であった美瑛川・忠別川と石狩川との合流点が過ぎてしまっているようだった。
 しかし、壁上には上れない。しかたなくその壁の下を上流を目ざして前進していると、突然壁が終わりになった。
 私の素人考えでは、合流点のところは大雨など増水した際に、堤防の決壊を避けるために一時防水堤として造成された壁なのではないかと想像した。

 ※ これまでもそうだったが、苦しくなり余裕がなくなると、写真の数が極端に少なくなる。この日も苦労した大きな壁の写真が一枚も撮れなかったことに気付いた。べたつく雪との必死の闘いが続いていたのだ。

 その時点で美瑛川・忠別川と石狩川の合流点ははるかに過ぎていた。しかし、私にとってはこの日の大きな目的の一つだったので、壁の終点から壁に上って合流点を目ざして逆進することにした。壁の上はさらに雪温が上がっていたのだろうか?スノーシューの裏に雪が付き始めた。こうなると、スノーシューは極端に重くなり、前進するスピードはガクンと落ちる。

 壁の上を20分くらい逆進しただろうか?ようやく目的の合流点に達することができた。
この時13時。振り返ると11時20分に通過してきたはずの「近文大橋」がそれほど離れたところでないところに見えていた…。この間でいかに苦戦したかを表していた。

               
               ※ 忠別川と石狩川の合流点です。上側が忠別川、下側が石狩川です。
                しかし、正確には合流点の前にできた中州の先の部分のようです。

               

 ところで、旭川は「川の街」ともに言われるが、市内に石狩川、忠別川、美瑛川の3本の大きな川が流れている。それらは、まず忠別川と美瑛川が合流している。その合流した川が今度は石狩川と合流して1本の川となって下流に流れている。
 この忠別川と美瑛川が合流し、石狩川に合流するまでのわずかに1km程度の短い区間の名称はどうなっているのかマップでは分からなかった。そこでこの点についても北海道開発局に尋ねたところ、このわずかな区間は「忠別川に属する」との回答だった。
 したがって、石狩川と合流しているのは忠別川ということになる。

 合流点をカメラに収め、私は最後の目的地「旭橋」を目ざした。相変わらずスノーシューの裏に付く雪には悩まされた。
 そんな中、まず現れたのがJRの鉄橋である。JRの鉄橋を超えると、もう旭川市街の中心地に入ってきた様相だった。河岸が整備されているような感じだったからだ。

               
               ※ 石狩川に架かるJRの鉄橋です。

 続いて、13時35分に「旭西橋」、14時05分には「新橋」と通過していった。この辺りになると、クロカンスキーの練習をする人がいるらしい。シュプールの跡が見えて雪が固まっていて、スノーシューに雪が付かなくなった。ホッ。

               
               ※ 市街地が近づくにつれ、河原はこのように整備されてきました。

               
               ※ 「旭西橋」です。

               
               ※ こちらは「新橋」です。

 遠くに特徴のあるアーチ形の「旭橋」が見えてきた。湿雪と付き雪で体力を消耗していた私だったが、14時25分、ようやく「旭橋」の袂に着き、長い長い旅路を終えた。

               
               ※「新橋」を超えると直ぐに、このように「旭橋」が見えてきます。

               
               ※ 「旭橋」の優美(?)な全景です。

               
               ※ お約束のわが愛機と「旭橋」です。

               
               ※ 「旭橋」は車道と歩道が、ごらんのような鉄骨で区切られていました。鉄骨の右側が歩道です。

 時計を見るとバス時間が迫っていた。感慨に浸る間もなく、15時旭川バスターミナル発の都市間バスに間に合わせるために、私は旭川の市中をスノーシューを抱えたへんてこな格好でターミナルに急いだのだった。
 息をぜいぜい言わせながら、私は車中の人となった…。

     
     ※ スタート地点付近に赤い〇が二つ書かれていますが、「観魚橋」バス停は右側のしるしです。

 ※ この日の総歩数 26,580歩  距離換算 19.88Km

 ※ 少し時間をおいて、この「冬の石狩川河岸を遡る」シリーズ22日間を振り返ってみたいと思います。
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冬の石狩川河岸を遡る 22 前編

2017-02-20 17:02:12 | スノーシュートレッキング
観魚橋 ⇒ 旭橋   トレッキング実施日 ‘17/2/15

 この日(2月15日)はスタートして間もなく、対岸の右岸にわたり快適な旭川サイクリングロードの雪上トレッキングとなった。スノーシューは適度に沈むものの快調にトレッキングを続けた。このまま楽勝かと思ったのだが…。 

 2月14日(水)、ホテルの朝食は7時から、バスは7時30分発。私はそそくさと朝食を摂り、朝一番のバスに飛び乗り、昨日のゴール地点の「観魚橋」バス停に向かった。

               
               ※ 「観魚橋」バス停にザックを引っかけて、トレッキングの準備をしました。
 
 バスの車内には朝陽が射し、天気は問題なさそうだった。
 8時少し前、「観魚橋」バス停に降り立ち、トレッキングの準備を整え、8時05分この日の行動を開始した。

               
               ※ この日初めて目にする石狩川です。

 歩くのは、昨日同様に石狩川沿いに造成された国道12号線と並行してさらに河岸を走る旧国道である。
 ライブレポでも記したが、前日同様この日もシカの群れに何度も歓迎(?)された。
 旧国道上には、シカたちが何度も何度も行き来するために立派な(?)獣道ができていた。

               
               ※ まるで人が何度でも歩いた跡のようにくっきりとできたシカたちの足跡です。

               
               ※ シカたちは基本的に巣を持たないはず、木の枝の下に固まって夜を過ごした跡ではないかと思われます。

 スタートして間もなく「観魚橋」という表示が目に入った。
 実は、バス停名の「観魚橋」というのが橋の名前だろう、と思ってはいたのだがマップ上に表記がないため、その存在に半信半疑だったのだが、橋の名を見て胸のつかえがとれた思いだった。

               
               ※ 「観魚橋」という表示を見て、胸のつかえがとれた思いでした。

 やがて遠くに「伊納大橋」が見えてくると、それまであった旧国道が途切れ、私は現在使われている国道に導かれた。ほんの短い区間ではあったが、国道の歩道を通って「伊納大橋」を渡り、右岸に移動した。

               
               ※ 行動開始後30分後くらいに、遠くに「伊納大橋」が目に入ってきました。

               
               ※ 左側は石狩川が迫り、右側に走る国道12号線に押し上げられました。

 何度も記したが、私はこの「冬の石狩川河岸を遡る」プロジェクトは特別の事情がないかぎり右岸を歩いてきた。今回も事前に旭川市に問い合わせて「伊納大橋」以降は大丈夫とのお墨付きを得て、右岸に移ることにしたのだ。

               
               ※ 「伊納大橋」の橋の上から見た石狩川です。まだまだ川幅が十分に広かったです。

               
               ※ 渡り終えた右岸から見た「伊納大橋」です。

 右岸は、これも何度も触れたがJR旧函館線跡を利用した「旭川サイクリングロード」が走っていた。私はその存在を知ったとき、石狩川沿いを走るこのサイクリングロードをトレッキングしたいと思っていた。
 サイクリングロードは期待どおり平坦でとても歩きやすかった。前日とは違い、石狩川を右手に見ながらのトレッキングとなった。

               
               ※ 旭川サイクリングロードは写真のとおり平坦で歩きやすいコースが広がっていました。

 旭川が近づいたからだろうか?対岸には河岸に住宅が目立つようになってきた。対して私が歩く右岸には住宅などの建物は全くと言ってよいほど目に入らなかった。

               
               ※ 旭川が近づき、対岸には民家が並び始めました。

 「伊納大橋」から右岸に移って、快適なトレッキングを続けるここ約1時間、この日石狩川に架かる二つ目の橋「江神橋」に到達した。
 サイクリングロードは堤防の外側に造られていて、石狩川が目に入らなくなったので堤防を上り、堤防上を往くことになった。
 しかしまた、いつの間にかサイクリングロードと合流してトレッキングは続いた。
 かなり旭川市街に近付いた証拠だろう。私の前に散策したスノーシューの跡も見えるようになって来た。

               
               ※ 石狩川が大きく湾曲している部分でしたが、遠くに「江神橋」が見えます。

               
               ※ 「江神橋」の袂のサイクリングロードはJR函館線と並行して橋の下をくぐっていました。

               
               ※ サイクリングロードを離れ、堤防に出て「江神橋」をパチリと。

               
               ※ 旭川の市街が近づき、他の人が歩いたスノーシューの跡が見えました。左端はシカの足跡かな?

 そして「江神橋」から1時間くらい経ったとき、サイクリングロードに通行止めの柵と標識が取り付けられていた。どうやら、台風などで崖が崩壊したためにサイクリストが入り込まないように措置されたもののようだった。

               
               ※ 旭川サイクリングロードは現在使用が禁止されている(夏期間)ことがこの表示で再確認できました。
 
 通行止めの標識が少し行くと、ライブレポでもレポートしたが、川中に大きな岩があり、アイヌの伝説では星が落ちてできた岩という言い伝えで「ノチュ(星)」と呼ばれていたそうだ。

               
               ※ 川の中にこのような大きな岩があると目立ちますね。

それから間もなく、この日三つ目の橋「近文大橋」に到達した。

               
               ※ かなり交通量が多い「近文大橋」です。

 「近文大橋」を過ぎたとき、石狩川の川中では大型機械が何台も動いてなにやら工事が行われていた。(後から知ることになるのだが、この河川工事は石狩川と並行するように流れている支流のウッペツ川の水門建設工事ということだった)
 そして「サイクリングロードは河川工事のために、この先で中断します」という表示が出ていた。そしてその先、サイクリングロードはぷっつりと途切れていた。

               
               ※ 石狩川の川中(と思ったのですが)では大型機械が投入され、大規模な河川工事が行われていました。

 この時11時20分、私はここで一息入れ、この日の後半に臨んだのだが、ここまで順調だっただけに、ここから先に大きな試練が待ち受けているとは露ほども思っていなかったのだが、現実は厳しかった…。(続きは後編にて)
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映画 188 白痴

2017-02-19 22:58:07 | 映画鑑賞・感想

 ご存じロシアの文豪ドフトエスキーの小説「白痴」を、日本映画の名匠・黒澤明が昭和26年に映画化したものである。原作の舞台ロシアを、札幌に置き換えて制作されたものだが、上流階級(と思われる)の愛憎劇に関心はなく、どこか白けながら見た映画だった。 

                  

※ トレッキング噺ばかり続いては食傷されるのではと思い、トレッキングに出かける前に参加した映画会についてレポートすることにした。

 2月13日(月)午後、「めだかの学校」の「映画の中の北海道」が開かれ、今月は昭和26年に制作された「白痴」が取り上げられた。
 「白痴」は、黒澤監督がメガホンを取り、原節子、久我美子という当時の美人女優が共演していることからも、その筋については多くの人がしるところと思われるので、詳しくは触れないことにする。

               
               ※ 原節子と白痴役の森雅之の二人です。

 要は、原節子、久我美子という境遇は違うが周りからも美しいとみられ、他の男性からも言い寄られるような二人の女性が、森雅之演ずる癲癇性痴呆で自ら“白痴”だと称する男の純粋で無垢な男に惹かれていく様を描いた映画である。

               
               ※ 久我美子と森雅之の二人です。

 どうも私は“芸術“とやらを理解し、楽しむ能力(感性?)に著しく欠ける男のようである。川瀬直美監督とか、北野武監督とかが外国映画祭において受賞したという作品を見てもその良さを感得できないのだ。
 そうした芸術性豊かな作品を数多く産み出してきたのが黒澤明監督であるが、私はまた彼の良さも今一つ感得することができないのだ。
 それはこの映画においても例外ではなかった。
 私は166分の映画を観続けながら、どうしてもその中に入っていけない自分を感じていた。

 それは何故なのだろう?と考えてみた。私が映画に求めることは、まず分かりやすさである。人間関係とか、ストーリーの設定とか、…。
 そして今一つの求めるのはエンターテイメント性である。
 芸術作品と称される映画には、この二つが欠けている場合が多いのではないだろうか。
 こうした類の映画においては、人間関係などを分かりやすく描くことなどに時間をかけていられないということか。あるいはその辺りは観る方が咀嚼せよ、ということか?
 また、多くの一般大衆が面白がる内容など、芸術を志向する場合には無駄なことだということか?

                  
                  ※ 私の文章では触れていないが若き日の三船敏郎も重要な役で出演しています。

 そういえばこの「白痴」は、当初4時間25分の長編であったものが、親会社の松竹の意向で2時間46分に短縮されて公開されたという。そのあたりも私には分かりにくい原因となった一つなのかもしれない…。

 ただ、札幌人としてこの映画を観れば、昭和20年代の札幌の街(冬の街)が活写されていて、それはそれで興味深いものだった。

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