ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

仙台市青葉区八幡にある大崎八幡宮の境内では、カエデの木などが見事に紅葉しています

2019年11月28日 | 旅行
 仙台市青葉区八幡にある大崎八幡宮の境内は、見事に紅葉したカエデの木などが鑑賞できます。

 大崎八幡宮(おおさきはちまんぐう)は国宝に指定された社殿を持つ神社です。

 戦国時代から仙台藩の総鎮守として伊達政宗をはじめとする歴代藩主から庇護されてきた神社です。

 本殿や拝殿の前に建つ長床の入り口です。



 入り口から見事なスギ並木の参道を進んで来て、10数段の階段を上ると、長床の前に出ます。



 この長床の奧に本殿や拝殿などが鎮座しています。

 実際には、関ヶ原の戦い前後から、仙台藩主の伊達政宗の寄進によって本殿や拝殿などが建てられました。本殿や拝殿などの建屋は安土桃山様式の絢爛豪華なものです。屋根は柿葺(こけらぶき)です、







 本殿や拝殿などの安土桃山様式の建屋は平成時代に大修復が施され、絢爛豪華さがよみがえっています。

 この大崎八幡宮の絢爛豪華な安土桃山様式を参考に、徳川幕府は栃木県日光市郊外に東照宮を造営した際に、安土桃山様式を用いたと伝えられています。

 本殿や拝殿などを囲む境内の参道では、カエデなどの木々がよく紅葉しています。





 周囲のうっそうとしたスギの巨木の中で、カエデの木がよく色づいています。



 本殿と長床辺りには、ニワトリが数羽、います。







 このニワトリは、神話時代に天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に御隠れになられて世の中が真っ暗闇となった時に、人々は困り果て夜明けを告げる「長鳴き鳥」(にわとり)の鳴き声を聞かせたという謂われから放たれているそうです。

 大崎八幡宮のルーツは、征夷大将軍の坂上田村麻呂が宇佐神宮を鎮守府胆沢城(現在の岩手県奥州市水沢)に勧請し、鎮守府八幡宮と称したことが始まりだそうです。

 その後、室町時代に奥州管領だった大崎氏が自領内の現在、宮城県遠田郡田尻町に移し、さらに伊達政宗が仙台市の現在の地に移したという経緯があります。