ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

科学技術振興機構は「河岡感染宿主応答ネットワーク」プロジェクトを推進中です

2013年08月19日 | 汗をかく実務者
 昨日(2013年8月18日編)、インフルエンザは人類にとってかなり恐い病気ですとお伝えした話の続きです。今回は“怪談話”の正体編です。

 冬などに患者数が増えるインフルエンザは不思議な病気です。日本の厚生労働省が公表しているデータによると、インフルエンザの患者になる罹患率(りかんりつ)は、約5パーセンから10パーセントです。具体的に人口に換算すると、約600万人から約1200万です。その死亡率は0.05パーセントから0.1パーセントです。罹患者数を1000万人とすると、毎年5000人から1万人が亡くなっています。

 興味深いのは、患者数では15歳以下の子供が大部分を占めているのに対して、死亡数では75歳以上のお年寄りが大部分を占めるという不思議な事実です。15歳以下の子供はインフルエンザにかかりやすいものの、数日で治るのに対して、お年寄りは一度かかると、死亡する可能性が高いという感染症です。

 インフルエンザと一言で言っても、実はいろいろなインフルエンザのタイプが含まれていることが分かって来ました。

 このインフルエンザ感染症を直すために、日本では文部科学省系の科学技術振興機構(JST)が進めるERATO(創造科学技術推進事業)プロジェクトの一つとして「河岡感染宿主応答ネットワーク」プロジェクトを2008年から2013年までの5年間にわたって進めています。このプロジェクトを率いているのは、東京大学医科学研究所の教授の河岡義裕さんです。



 河岡さんによると「インフルエンザに対する予防法のワクチンの効果には限界があり、抗ウイルス薬にはその耐性インフルエンザウイルスが出現している」と説明します。このため、インフルエンザ制圧を実現するには、「インフルエンザのタイプがいくらか異なっても治療効果がある“ユニバーサルワクチン”をきちんと開発することが不可欠」と説明します。

 ここから多少難しくなります。インフルエンザの病原体の正体は、RNA(リボ核酸)ウイルスです。RNAとは、核酸塩基が並んだものですので、自分だけでは活動できず、宿主(ウイルスが侵入した生物、例えば人間や鳥など)の遺伝子の宿主応答を巧みに利用して発病し、増えます(生物の進化の仕組みそのものに関係しています)。

 インフルエンザウイルスに“感染”した宿主の細胞の中で、宿主応答に関係するタンパク質の連鎖反応がまだあまり分かっていません。インフルエンザウイルスは、宿主の細胞の中のタンパク質のいくつかの反応を巧みに利用しないと繁殖できず、“毒”もつくれません。このため、河岡義裕さんが率いる「河岡感染宿主応答ネットワーク」プロジェクトでは、細胞内の応答解析を調べました。「ゲノミクス」「プレテオミクス」などと呼ばれる最先端のバイオテクノロジーの研究成果です。これ以上は「ゲノミクス」「プレテオミクス」研究の知識がないと表現できないので、省略します。

 「河岡感染宿主応答ネットワーク」プロジェクトは、インフルエンザ制圧を実現するための“ユニバーサルワクチン”をつくる「創薬ターゲット」を高い精度で同定しつつあり、そのために、ウイルス感染に関係する宿主タンパク質の同定を進めているそうです。この結果「インフルエンザウイルスの感染に関与する宿主たんぱく質を細胞レベルで網羅的に同定することにより、新たな宿主因子を50余り見いだした。既知の宿主因子も加えた91種の宿主因子について、耐性が起こりにくい抗ウイルス薬の標的になり得るのではと研究を進めている」とのことです。

 以下概略です。国際的にみて、インフルエンザ制圧の優れた研究成果を上げている「河岡感染宿主応答ネットワーク」プロジェクトでも、インフルエンザの感染の仕組みをある程度明らかにした段階で、「“ユニバーサルワクチン”の創薬開発までには、約15年間はかかる」と説明します。

 この結果、“パンデミック”と呼ばれる、多数の死者が出るインフルエンザが15年間は登場しないことを人類は祈るしかありません。

 以下は、蛇足です。インフルエンザのH1N1型などのタイプは、インフルエンザウイルスの表面に宿主細胞膜につくための突起(スパイクタンパク質)によって分類されています。タイプの中には、毒性の強いものがあり、脅威になります。この各種タイプが突然変異する仕組みがあることがインフルエンザウイルスの本当の怖さです。あの「高病原性鳥インフルエンザウイルス」も人間から人間に感染するものまで進化し、中国の奥地に潜んでいると考えられています。日本に潜んでいる可能性もあります。