詩の現場

小林万利子/Arim 「詩のブログ」 詩をいつも目の前に
小林万利子/Arimの詩とエッセイと音楽Arim songs

ピレッサイの泉 5

2015-01-15 | 連詩
この街の旧い聖典に
ピレッサイの泉とは
深い悲しみの底から
浮かびあがってくる水玉、
という意味があると
伝えられている

深い悲しみの底は
海にあるのかもしれない
砂漠にあるのかもしれない
山奥にあるのかもしれない
空のむこうがわにあるのかもしれない

深い悲しみとは、何ですか
私が尋ねようとすると
鋭い矢に 一瞬に
射ぬかれたように
熱くて 胸が焼け焦げるような
深い 深い悲しみが
こみあげてきた

いつのまにか
フクロウが 何羽も
すぐ近くの木の茂みに止まり
こちらを のぞきこんでいる
そして 誰がしゃべりだしているのか
細い声が 聞こえてくる

生きとし生けるものの持つ悲しみ
この深い悲しみは
決して手離してはいけない、と
言われているもの

だから
深い悲しみの半分を
落としてしまった人たちが
大勢 途方にくれて
この街に この男の家に
やってくるのだ…

2度めの太陽が昇るまでに
男は 泉に浮かびあがる水滴を
フクロウたちと一緒に
集めなければならない
涙袋を 空にして
目を閉じることも
できなくなっている人たちに
返しにいかなければならない

どうして ここにいるのですか
フクロウが 男と私の間に
つぎつぎに舞い降りてきて
羽音が 私の声を
泉の上に こだまさせていく

それは 長い長い年月を
経てみないとわからない、
おまえが 何故ここに来たのかも
長い時間をかけてみないと
わかりはしない、
夢から醒めることもあれば
醒めない夢もある

話をしている わずかの時間に
長い時間だったのか
短い時間だったのか
太陽が2つ廻っているのだから
本当には わからないのだが
ピレッサイの泉は
浮かびあがる水玉で
覆いつくされ
水滴のひとつひとつが
月を飲みこみ
ひかりだしていた



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ピレッサイの泉 4

2015-01-11 | 連詩
ピレッサイの空には
2つの太陽がめぐる
1度めの太陽が
地球の裏側に移動し
この街のちょうど真下にくる時
ピレッサイの泉に
小さなガラス玉のような
水滴が 浮かびあがってくる

男は 泉の真中まで歩いていき
一輪 花を手折るように
浮かんできた水滴を 摘みとり
不透明な袋に入れる
すると また1つ
泉のはしの方で
浮かびあがり

つぎつぎと
水滴を摘みとっていく音が
音符がならんでいくように
あたりに ひびきだす

音色に 惹きこまれていると
男は急に 横に立っていて
一粒の水滴を
私の手のひらにのせた

宙天に昇ってきた下弦の月灯りに
照らしてみると
水滴のなかには 緑色のかけらが
核をつくり
美しい球体に 輝いている

男は 私の心に
謎のように話しかけてくる

欠けていくものを
知っているかな
失っていくものを
知っているかな
傷つくものを
知っているかな

月のかけら
誰かの指輪
猫の瞳
放たれた言葉の半分
世界の淵から
こぼれ落ちていく かげろたちが
この水玉に
生まれ変わり

大きな音を立てて
壊れたものでなければ
ここには 生まれてこれない
と言い そして



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ピレッサイの泉 3

2015-01-07 | 連詩
…この太陽が沈みかけたら
行かなければならない…

ピレッサイの泉の男は
私に近づき
そう告げると 歩きだした
私が来ることを
知っていたというのだろうか
「どこへ」
暮れかけた空の一隅から
鳥たちが けたたましく騒ぎたて
質問の声をかき消していく

男の後を 追っていくだけだ
暗やみを歩くのは慣れているが
街はずれにさしかかると
何一つ 灯りは見えなくなり
樹々や土の匂いを嗅ぎながら
星の足下を探っていく

森の一番奥のどこかにあるという
泉 ピレッサイの泉に
向かっているにちがいない

闇に隠れていた男の姿が
ぬかるみに足をとられそうな場所
まで来ると
急に ほの暗い光を浴びて
丸い影を うつしだした

フクロウ…
夢の中の覚醒のように
そう気づいたとたん
男は しゃべりだした



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ピレッサイの泉 2

2015-01-03 | 連詩
ピレッサイの泉の街には
太陽が1日に2度めぐると
いわれていた
私には ふつうの1日のように
思えたが
住人は 当たり前のように
太陽の数を 数えていた

駅に 朝がなかなかやってこない理由は
皆 2度目の太陽を待っていたからだ
そのうち
街の隅々から人々が うごめきだし
雑踏の音が ふくらみ
今日が はじまっていく

ピレッサイの泉の男は
まもなく 通りかかるだろう
今日こそ
この男に ついていってみる

いつか
夢にでてきた メンフクロウは
ギリシャ彫刻のような顔立ちの男を
私の脳裏に刻みつけていった
そうだ あれが
ピレッサイの泉の男にちがいなく



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ピレッサイの泉 1

2015-01-02 | 連詩
ピレッサイの泉という街に住む一人の男
名前は誰も知らない
だからピレッサイの泉の男としか
呼ばれたことがない

ピレッサイの泉は
ピンク色の大理石の産地
家も路も 街中が石造り
だが 男の家はレンガと木でできていて
樹齢400年ほどの樹々のはざまで
森の時間を 刻んでいる

男には 家族がいない
とはいえ この家からはいつも
誰かが出てくる

暗いうちに 大きな鍋をかかえ
戸口を出ていく老女
つづいて 長い髪の向こうに
憂い顔を見せる美しい女
深紅のルージュの香りが
辺りを染めあげ
朝焼けの始まりのように
森がざわめいていく

そして また一人
削りあげたばかりの木箱を持ち
裸足で飛び出していく
大きなメガネをかけた背の高い男たち

ピレッサイの泉の街の朝
駅の時計台は
男の家から誰も出てこなくなるまで
新しい時を告げない
昨日も 今日も

この街に来て一ヶ月ほど経つが
ピレッサイの泉の男の
戸口から出て来る同居人に
私はまだ 同じ人物を見つけたことがない




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ダレンを探して 6

2013-10-17 | 連詩
風が吹く 
風が ダレンを連れてくる

袋に 詰め切れないほど
ダレンは 光る石を集めていた
白い袋が 部屋の天井に届くほど
積み重なりだしたが
まだ 足りないらしい
私も 手伝う
ダレンの記憶が 私たちの世界を
形造る、
静電気のように 
ダレンが そっと教えてくれた

帰り急ぐ人達の列が 
いっこうに途切れない夕刻だった
明日の朝 ダレンが水晶球へ戻っていく道を 
ふさいでしまおう とでもいうように
押しよせるはずの夕闇すら まだやってこない
黒く覆いかぶさろうとする雲の網目をほどいて
青空はひろがっていくばかり

だが 水晶球の時間は近づいている
ダレンを迎えに 
水晶球の時間が 流れ出しているのにちがいない

風が運ぶ
風がダレンを 連れて帰る
風はいっこうに 止まない


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ダレンを探して 5

2013-10-16 | 連詩
ダレンに会いたい

小さな手提げかごを買うために
四辻の 雑貨屋に立ちよる

ダレンが話していた言葉の断片を 
1つ1つ 
拾い集めていけば
きっと すぐに会えるはずだ

うさぎ
萎びたごぼうから咲く花
黒猫のひげ2本
おしろい花の蜜5dl
男のしわがれた咳
赤ん坊の泣き声

静寂に溶け込む寝息
昼間の白い ひとかけの月
まぢかを走り来る雷鳴
風に乱舞する 枯れゆく前の葉
夜を浮かび上がらせる稲光
降りはじめの 1粒の雨音
湿り気のある地面に 蝶が集まり



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ダレンを探して 4

2013-10-15 | 連詩
今 水晶球に住むダレンは
ここに 来ている
私の家に 時々帰りながら
空が 白々と明けていく前に
雑踏の中に消えていく
床には 意味のわからない
記号めいたものを書き記したメモが
いつものように 落ちている

今日は だけど
妙な胸騒ぎがして 後を追う
どこへともなく走り出す
まるで誰かに道案内をされているように

ダレンの後ろ姿を見つける
大きな交差点を渡るサラリーマンの背中ごしに
通学途中の小学生の輪の中に

待って どこに行くというのだろう
駅で電車を待つ高校生の脇を抜け
見失ったと思うと
突然人ごみから現れ通りすぎる



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ダレンを探して 3

2013-10-12 | 連詩
宇宙のかけら‥
そんな言葉が ひろがりだす

人の心の奥には
星と同じ 光る石が埋め込まれているんだ
ダレンが 私のそばに近寄ってきて
最初におしえてくれた

次の言葉も その次の言葉も聞きたくて
私はダレンの腕をとり 家に帰った



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ダレンを探して 2

2013-10-10 | 連詩
昔 聞いた話
その人は 水晶球に住むダレンだと
私は 確信している

いつも 誰かが探している
水晶球に住むダレン

台風がすぎ あまりに美しすぎた夕焼けが
空に映しだされた日
細い急坂をのぼりながら 家に帰った
すると 
太陽が 西から昇りだし
昼間の明るさを取り戻した空に
星々は 光りだした

誰かの ささやきがきこえた
いや 大勢の人が戸外で歓声をあげていた
全天の星が 今にも降りだしてきそうな
空の にぎやかさだった
5つ6つの星は 知らない人のふところに
しまわれた


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ダレンを探して 1

2013-10-09 | 連詩
2週間ほど前から
私は ダレンと過ごしていた
まだ 夜が明けないうちに
ダレンは起きだす
パンが焼ける匂い
マシーンから香り立つエスプレッソ
ダレンに朝を知らせる 約束の儀式

キッチンでくだものを刻むあいだに
ダレンは 食事をすませる
ブラインドのむこう
かがやきが 闇の中でうごめきだし
地上の端がほの白くなるころには
ダレンは もう部屋にはいない



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雨もり修理人 3

2013-05-07 | 連詩
あれから 数カ月
時々小雨が降りしきるが クレームの電話はこない
それどころか あの住宅街のほとんどの家を
修理することになった
いつも 同じような電話がかかってきて

メーカーの手抜き工事の住宅街 といってしまえば
それまでだが 数十件が皆 雨もりのする家なのだ
不思議なことには ひどい修理技術にもかかわらず
何一つクレームがこない
お客さんは増えていく
終日 電話の音が聞こえない庭に出て 
空を見上げることが多くなった

どうやら 雨もりではなく 光もれのする家がある
といううわさが流れているらしい
夜になると 月や星明かりが 何千と家の中に
入り込んでくるんだとか



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雨もり修理人 2

2013-05-06 | 連詩
ここのところ 雨は降らない
2日3日すると また電話がかかってくる
「天井から雨もりがするのよ、 直してほしい」 と
一方的に住所を告げて 相手は電話を切ってしまう
どうやら先日の家の隣人からのようだ
どんな評判が立ったというのだろう
相変わらず 便利屋の電話番号はかからない

今度こそ断わろうと 依頼主の家を訪ねてみると
車で出かけてしまうところ
「良かった。直しておいてね」とお金を渡される
言い訳をしたいのに あっという間に
時間は閉じられていく

居間の鍵が開いている
雨もりの場所は4か所
道具など持ち合わせていない
事情を話そうと 先日の隣の家に行ってみると
今日も外出中らしい
あの2階の部屋の鍵だけが 開いている
覗いてみると 大工道具がそっくり置いてある

自分に呆れながらも どうしようもないので
道具を借りて 隣の家へ戻る
同じ方法で 雨もりをふさぐ
またしても打ちそこなった釘穴が数十か所
もう限界だと思い 道具を返して帰ることにした



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雨もり修理人 1

2013-05-05 | 連詩
電話がかかってきた
天井から雨もりがするので直してほしい と

便利屋と私の家は 電話番号が一番違い
便利屋に電話をすると
「現在、この電話は、使われておりません」

依頼主は 住所を早口で言い終わると
電話を切ってしまうものだから
しかたがない 行ってみることにした

さっそく家についてみると
「じゃあ、お願いね」と お金を置いて
急いで行ってしまう とにかく忙しい人のようだ

通された2階の部屋だけが 鍵が開いている
天井を見上げると なるほど確認できる隙間が3か所
依頼主が自分で直そうとした跡がある
金づちや釘が 足元に散乱している
大工仕事などしたことがないが 
まあ とにかくやってみようか

小さな木片を目隠しに 打ちつけてみる
1回目失敗 2回目失敗
釘は 釘穴をつけたところには
もう一度 打つわけにはいかない
ようやく何回目かに 木片を打ちつけることができた
奇跡のように 3か所の修理が済んだ

その代わりに 打ちそこなった小さな釘跡が 
数十か所できてしまったが
しかたなく 誰もいない家から黙って帰ることにした



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