詩の現場

小林万利子/Arim 「詩のブログ」 詩をいつも目の前に
小林万利子/Arimの詩とエッセイと音楽Arim songs

鳥の言語

2012-03-28 | フリー Poem
鳥は 私たちのことばを
話さないからといって
想像力を持たないなんて
誰が いえるだろう

朝のとびらの前にたち
誰よりも さきに
今日へ 飛びたつ

見えない風を まとい
風のくちばしとなり 飛翔する

古代鳥の記憶を
刻印された羽には
何世紀分もの 想像の力を
ためている

幾重にも 重ねられた羽毛の奇跡
密集した誓い

地上に残る 私たちを
飛翔させるために
いのちの夢を紡ぎ
無数の時間を
空に 織り上げていく




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たとえ話に花が咲いて

2012-03-22 | 子供のこと、子供のことば
まだ、小学校低学年の子供だと、
私の思うように、
一緒に、想像力の羽を拡げながら、
ことばのイメージ遊びや、
ことばの音遊びができる。

「ゾウがさぁ」
「歩いていたらさぁ」
などと、急に、はじめると、
子供の目が輝いてくる。
続きの話を、何パターンも作っていける。

子供にとっては、突拍子もないような
語りかけに感じているだろうけれど、
人との暮らしの中で、運搬や、
農耕の仕事をするゾウが、
日常的に歩いている国もあるんだよ、という
イメージも、そのうち、
子供に想像させたいなぁという思いがよぎる。

それはともかくとして、
ことばは、音と意味の両方から、
次のことばを呼び、新たな展開をしていく
おもしろさがある。

又、小さい子供とは、たとえ話にも花が咲く。

思ったようにいかないことに、ぶつかっている時、
「お母さんはさぁ、ピカピカの階段をえらんだよ」
「本当に、ピッカピッカのキラッキラッの階段だよ」
「大好きな階段だから、のぼっていくんだ」
と、言ってみる。

怒って聞いている時もあるけれど、
子供の心には、どんなイメージが拡がったのだろう。

まもなく、学年が進んで、
ついに、もっと現実的な話が増えるんだろうと
思うけれど、いつでも、やわらかい空気を孕んだ
風の通う思考の通路への抜け道を、
空けておきたいと思う。



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ことばのアミ

2012-03-19 | 子供のこと、子供のことば
前回の記事「一段」(子供のこと、子供のことば)の
後日談ですが、
次女が、新しいことばを使い始めました。

「ねぇねぇ、今日ねぇ‥」
いつものように、学校から帰ってきて、
私の顔をみるなり、一日のできごとを
矢継ぎ早に、話し始める。

「すごいよ。Aちゃんと、SくんとKちゃんとねぇ、
すごい、ご縁があるよ。
又、同じ班になったんだよ。4回目だよ」

「ご縁て‥」私は心の中で絶句する。
そういえば、この間、「一期一会」の質問に答えて、
ご縁ということばを使ったんだっけ。

使い方は合っている。
子供は自分なりの解釈で、友達と一緒の班になる偶然を、
ご縁という、ことばのアミですくい取ったのだ。

また、もうひとつ。
おしゃべりな次女は、私に何でも話したくて仕方がない。
だが、彼女に捕まると、仕事が進まなくなってしまって、
時と場合によっては、実に困る。

そういう私の気持ちを察知してか、私に逃げられないよう
に、最近は、倒置法で、話しかけてくる。

「ねぇねぇ、すごいよ」
「ねぇねぇ、ひどいよ」
思わず、「何が?」と聞いてしまう。

直感で、いろいろなことば遣いを引き出してくるが、
ことばを使うことが、次女は本当に楽しそうだ。



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一段

2012-03-14 | 子供のこと、子供のことば
「一期一会ってなに?」
お風呂に入りながら、突然次女が
きいてくる。
いつもびっくりするけれど、
平静を装いながら、
「どこで、きいたの?」ときくと、
『南極物語』の本にでてきたという。

少しホッとしながら、
何て、子供に言えばいいのかなぁと
思い巡らす。

「人が何かに出会うというのはね、
とっても不思議なことでね、
ご縁があって、出会うんだけれど、
その時の出会いって、一生に一度なんだって」

「だから、一回一回の出会いの時を、
最初で最後だと思って、大切にしないと
いけないんだ。
そういう気持ちを持つこと、わかるかな?」

小2には、むずかしいなぁと思いながら、
言ってみると、
「ふーん」ときいている。

小2相手とは思えない、私の
解説をききながら、
次女が、大きくなっていく中で、
私とのことばのやりとりを
心のどこかに、残し、
それが、成長過程のはしごの一段に、
時に、なってくれればいいなと思い、
話してみる。




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光の方向

2012-03-11 | フリー Poem
何万年も 何億光年も
前の光さえも
光は 前へ前へ
進んできた

光は 決して
後戻りはしない

人も 決して
後戻りはできない

光は 前へ進む道を
照らしつづける

自然から溢れ出る
私たちのいのち

光は すべての形に
流れ込み

輝きは つらなり
やわらかな音色は
なりやむことはない 





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桃の木

2012-03-05 | 詩を歩く
私の住んでいる町は桃の里だ。
今頃の桃の木の色は、冬枯れの様子とは
少し、違って見える。

どの木の芽も、まだ固く閉じられているが、
一足先に、桃畑の木々からは、
花の色の気配が感じられる。

桃畑の一帯が、ほのピンク色の雰囲気を、
漂わせているのは、気のせいではないと思う。

染織作家志村ふくみさんの名著『一色一生』の
一節を思い出す。

「桜が花を咲かすために、樹全体に宿している
命の色をとらなければならない」

桜の色を取り出すためには、桜の花弁ではなく、
まだ花の咲かない3月の冬の桜の木を、
切らなければならない、という。
木々の幹、枝には、もう準備まぢかの桜の色が
充満しているのだという。

「すべてのみえるものは、みえないものにさわって
いる‥‥」詩人ノヴァーリスのことばを引用して、
植物の背後の色の世界に触れている。

自然界から望みの色を生み出すためには、
一生をかけても悔いはない、と言い、
「恵みの色」を、植物の命そのものの色と捕らえ、
祈るように取り出し、見える世界へ織りあげていく、
染織家としての厳粛な覚悟が、綴られている。
詩的示唆に富む、感動的な著書だ。

今、目前に見えなくても、実在しているという、
命あるものの尊い不思議さ。

花咲く季節の手前で立ち止まり、
まもなく、踊り出ようとする桃畑の花の色を
感じるこの時期。
見えないものと、見えるもの、
無限界との境界線を垣間見るような時間は、
幽玄で美しい。



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一日

2012-03-03 | フリー Poem
うつむいていても
涙を落とさないように
ずっと 空を仰いでいても

新しい次の日が くるのなら
あなたと 一緒に 
笑うことができるだろう

今日という一日を
誰かの歌を
しずかに 聞きながら

世界は 何色でできているか
考えながら 再び
歩いていく

全速力で 私を追い抜いて
走り去っていく人たちの後を
私も 走っていく

誰かと並んだり
別々の方向に向かったり
ゆるやかな 地球の回転を
足裏に 感じながら



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