悲しみの終わらない世界に
とうとう大きな木は
一本となりました。
ここをねぐらにしている鳥たちが
おりました。
月の明るい晩になると
3羽4羽
5羽6羽と
帰ってくるのでした。
空に続く点線のような長い列は
いつまでも途切れずに
空の裏側までとどいているのでした。
色を失くした葉陰には
葉をめくってみますと
1枚に1羽というように
そっと小さな体が
うずくまっているのでした。
時々、ホーっとひと声鳴いては
目を光らせて眠るのです。
月夜の晩は、夜じゅう
ホーっという声音が
かわりばんこにひびきあい
点滅する赤い光が
残された大きな1本の木に
ひかりつづけているのです。
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とうとう大きな木は
一本となりました。
ここをねぐらにしている鳥たちが
おりました。
月の明るい晩になると
3羽4羽
5羽6羽と
帰ってくるのでした。
空に続く点線のような長い列は
いつまでも途切れずに
空の裏側までとどいているのでした。
色を失くした葉陰には
葉をめくってみますと
1枚に1羽というように
そっと小さな体が
うずくまっているのでした。
時々、ホーっとひと声鳴いては
目を光らせて眠るのです。
月夜の晩は、夜じゅう
ホーっという声音が
かわりばんこにひびきあい
点滅する赤い光が
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言葉が現実を掴むことが
できなくなったら
立ち止まれ
言葉が
未来を志向できなくなったら
立ち止まらせなさい
力強く沈黙せよと
言葉たちは 戸口にせめぎあい
出口を封鎖する
暗闇のなかで
秘密の言葉が生まれ
ひかりだそうとするとき
口元から
言葉は 深く深く
包み込まれ
心の奥底に
降りていく
眠りについてのち
いつかいつか
過去という
長い裾を持つ衣装を
持ち出して
言葉は 扉をあけて
出かけていくだろう
閉ざされていた
何千という日の朝陽が
なだれ込んできて
語られるだろう
今日なのか 明日なのか
未来永劫の何処かで
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できなくなったら
立ち止まれ
言葉が
未来を志向できなくなったら
立ち止まらせなさい
力強く沈黙せよと
言葉たちは 戸口にせめぎあい
出口を封鎖する
暗闇のなかで
秘密の言葉が生まれ
ひかりだそうとするとき
口元から
言葉は 深く深く
包み込まれ
心の奥底に
降りていく
眠りについてのち
いつかいつか
過去という
長い裾を持つ衣装を
持ち出して
言葉は 扉をあけて
出かけていくだろう
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先日山梨県立博物館にて、
「円空・木喰展」を観た。
250体余の仏像が展示されていた。
円空仏と木喰仏。
何度も見てはもう一度、
会場を3巡してしまった。
ずっとそこにいたかった。
なぜここまで仏を彫るのか、
という問いが、胸奥に迫ってきた。
円空は、生涯に12万体の神仏を彫ると
いう誓願を立て、そのうちの5400体が
確認されているという。
また木喰は、61才から像を彫り始め、
80才で1000体、90才で2000体の造像を
誓願され、720体が現存しているという。
円空も木喰も、廻国しながら
像を彫り続けた。
昔も今も、生きるとは厳しい。
二人が歩かれた日々も、当然、
決して楽な道ではなかっただろう。
なのになぜ、これほどまでに
笑みを湛えた仏の像を彫り続けたのだろう。
"木端仏"といわれる仏像…。
捨て去られそうな小さな木片にまで、
柔和な仏を見いだし彫り続ける心は
どこから来るのか。
円空仏の優しい微笑み。木喰仏の慈しみに
惹かれ続ける。
貧困や、争いや絶望や…
生きなければならないどんな境遇にあっても、
人間には笑顔を作る力が秘められている、
と教えられているようだ。
いのちのなかには、こんなにも柔らかな
美しい心地よい形が宿されていると。
繰返し、思い出させてもらい。
生き抜くために。
微笑みの先に、また続けられる一歩がある。
笑顔は絶望のなかの光である、と思った。
笑顔は移る。笑顔を追う心の形は学ばれる。
微笑みの像を彫り続けた円空と木喰。
仏のお顔に宿る微笑みこそ、
衆生を救うものであると信じていたのだろう。
二人の作仏聖の心の形、祈りの形に
思わず涙が出てきてしまった。
人の心の形というのは凄いものである、
と思ったのだった。
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「円空・木喰展」を観た。
250体余の仏像が展示されていた。
円空仏と木喰仏。
何度も見てはもう一度、
会場を3巡してしまった。
ずっとそこにいたかった。
なぜここまで仏を彫るのか、
という問いが、胸奥に迫ってきた。
円空は、生涯に12万体の神仏を彫ると
いう誓願を立て、そのうちの5400体が
確認されているという。
また木喰は、61才から像を彫り始め、
80才で1000体、90才で2000体の造像を
誓願され、720体が現存しているという。
円空も木喰も、廻国しながら
像を彫り続けた。
昔も今も、生きるとは厳しい。
二人が歩かれた日々も、当然、
決して楽な道ではなかっただろう。
なのになぜ、これほどまでに
笑みを湛えた仏の像を彫り続けたのだろう。
"木端仏"といわれる仏像…。
捨て去られそうな小さな木片にまで、
柔和な仏を見いだし彫り続ける心は
どこから来るのか。
円空仏の優しい微笑み。木喰仏の慈しみに
惹かれ続ける。
貧困や、争いや絶望や…
生きなければならないどんな境遇にあっても、
人間には笑顔を作る力が秘められている、
と教えられているようだ。
いのちのなかには、こんなにも柔らかな
美しい心地よい形が宿されていると。
繰返し、思い出させてもらい。
生き抜くために。
微笑みの先に、また続けられる一歩がある。
笑顔は絶望のなかの光である、と思った。
笑顔は移る。笑顔を追う心の形は学ばれる。
微笑みの像を彫り続けた円空と木喰。
仏のお顔に宿る微笑みこそ、
衆生を救うものであると信じていたのだろう。
二人の作仏聖の心の形、祈りの形に
思わず涙が出てきてしまった。
人の心の形というのは凄いものである、
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ひかりのみえなくなって
しまう世界がきたら
わたしたちは
立っていることも
できないのだろうか
生まれでた日が
すでに闇のなかで
あったとしても
産声をあげないわけには
いかなかっただろう
月のない晩に
風にゆれうごく
木々の葉擦れの
音だけをたよりに
けものたちのあとを
ついていった
ひかりの世界からの
追手を逃れるように
わたしたちは
ついていった
恐れるものは
闇のなかに溶けだす
海のような空のような
形を形成しない暗闇のなかへ
道はつながり
雨がふりだす
消え入りそうな境界に
自分の肩を
浮かび上がらせてくれる雨
救いの仏は
ひかりのただ中に
現れるものではないと
急激に信じられるようになり
闇を凝視する
闇をもっと知るために
目をさらにかたくつぶり
闇を見つづける
希望とか不安とか
絶望とか夢とかが入り混じり
ほどけて溶け合い
1つだけの感情を抽出することが
不可能になる場所へ
辿り着き
終わるかと思えば終わりはしない
無声の音のみが
たしかに深く
たゆたっていて
もとよりわたしたちは
外からきたもの
内からきたもの
橋のむこうからやってきて
今は見えない世界を
本当は よく知っていて
少しのあいだ
ひかりの世界を歩いたものだから
忘れかけてしまっているだけ
ふたたび
暗闇に包まれればいい
輝きをはらむ始まりの場所
そこにいつだって戻ればいい
母のお腹に戻り
宇宙の暗がりに
戻り
手をのばす
のばしていく
誰かの手に触れる時も
あるだろう
深閑とした暗がりのなか
闇のなかに生きつづけるもの
につながり
次の時間をひらくための
通り道となって
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しまう世界がきたら
わたしたちは
立っていることも
できないのだろうか
生まれでた日が
すでに闇のなかで
あったとしても
産声をあげないわけには
いかなかっただろう
月のない晩に
風にゆれうごく
木々の葉擦れの
音だけをたよりに
けものたちのあとを
ついていった
ひかりの世界からの
追手を逃れるように
わたしたちは
ついていった
恐れるものは
闇のなかに溶けだす
海のような空のような
形を形成しない暗闇のなかへ
道はつながり
雨がふりだす
消え入りそうな境界に
自分の肩を
浮かび上がらせてくれる雨
救いの仏は
ひかりのただ中に
現れるものではないと
急激に信じられるようになり
闇を凝視する
闇をもっと知るために
目をさらにかたくつぶり
闇を見つづける
希望とか不安とか
絶望とか夢とかが入り混じり
ほどけて溶け合い
1つだけの感情を抽出することが
不可能になる場所へ
辿り着き
終わるかと思えば終わりはしない
無声の音のみが
たしかに深く
たゆたっていて
もとよりわたしたちは
外からきたもの
内からきたもの
橋のむこうからやってきて
今は見えない世界を
本当は よく知っていて
少しのあいだ
ひかりの世界を歩いたものだから
忘れかけてしまっているだけ
ふたたび
暗闇に包まれればいい
輝きをはらむ始まりの場所
そこにいつだって戻ればいい
母のお腹に戻り
宇宙の暗がりに
戻り
手をのばす
のばしていく
誰かの手に触れる時も
あるだろう
深閑とした暗がりのなか
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…夜のうちに歩きだす。
未来は何も見えないけれど、
朝は いつもまもなくやってきて。
心臓が止まったらストップしなさい、
というルールをたよりに
歩いていくんだ…。
明日という方角へ。
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朝は いつもまもなくやってきて。
心臓が止まったらストップしなさい、
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歩いていくんだ…。
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雲よ
きみは何を
連れ去りにきたのか
地表の影をさらう風
となって
きみに
とっておきの帽子を
あげよう
だから せめて
私たちの時間を
残していって
くれないか
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きみは何を
連れ去りにきたのか
地表の影をさらう風
となって
きみに
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きっと
夕涼みをするために
ここへきたのだった
夢を置き忘れてきたという
人の横にすわり
夢の話をはじめたかった
キリンも夢を見るって
知ってる?
蛇も さっきまで
夢を見ていたんだよ
そろそろと
陽が沈んでいくのは
皆が夢のつづきを
見るためさ
そして
陽が昇るころには
私もあなたも
夢を食べかけて
歩きはじめてる
1日の終わりに
夕涼みをするために
ここにきたのだった
昨日のつづきを話したくて
今日のつづきを聞きたくて
また明日
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夕涼みをするために
ここへきたのだった
夢を置き忘れてきたという
人の横にすわり
夢の話をはじめたかった
キリンも夢を見るって
知ってる?
蛇も さっきまで
夢を見ていたんだよ
そろそろと
陽が沈んでいくのは
皆が夢のつづきを
見るためさ
そして
陽が昇るころには
私もあなたも
夢を食べかけて
歩きはじめてる
1日の終わりに
夕涼みをするために
ここにきたのだった
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空の虹はね
雨が降らないと
現れないもの
晴れ間ばかりでは
見ることはできない
だから
拭うことのできない
涙を知って
そして
微笑むことのできた
人の心には
大きな虹の橋が
かかっている
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雨が降らないと
現れないもの
晴れ間ばかりでは
見ることはできない
だから
拭うことのできない
涙を知って
そして
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人の心には
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人の世の淋しさを、
もののあわれにかえるなり…。
人は皆、届くか届かぬかわからない、
遠いものを想うものだなと思う。
人は、この世に生まれるときに、
離れてきたもの、失われたものが
あるのだなと思う。
どこかに置いてきたはずだから、
その記憶は微かに残っていて、
だから、遥かなものに、
届かぬ幻影に思いを馳せるのかなと。
人の世は淋しい。
生きることは淋しい。
誰もその人に代わって生きることは
できないのだけど。
…星の下に立ち、そんな一人二人が、
一緒に生きているのだとわかり、
ささやかな話などできることが、
なぐさめになるのかもしれないね。
文学や芸術に焦がれる理由も
そこにあるのかな…。
そして音楽はストレートだね。
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もののあわれにかえるなり…。
人は皆、届くか届かぬかわからない、
遠いものを想うものだなと思う。
人は、この世に生まれるときに、
離れてきたもの、失われたものが
あるのだなと思う。
どこかに置いてきたはずだから、
その記憶は微かに残っていて、
だから、遥かなものに、
届かぬ幻影に思いを馳せるのかなと。
人の世は淋しい。
生きることは淋しい。
誰もその人に代わって生きることは
できないのだけど。
…星の下に立ち、そんな一人二人が、
一緒に生きているのだとわかり、
ささやかな話などできることが、
なぐさめになるのかもしれないね。
文学や芸術に焦がれる理由も
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時間について考える…。
時の流れというものは、
川の流れのようでもあるが、
だが、水とは違う。
高いところから
低いところへ流れる一回性の
ものではないし、一方向でもない。
時は心の中にも流れるものである。
時は記憶であり、
時はすべてを未来へ向かわせる。
逆流もする、
日常の法則を飛び越えることもできる。
時は何度でも訪れる。
希望を紡いでいく流れ。
時は、いのちの夢に向かいながら、
心に注がれていく光。時は光。
どんな傷口にも届き、
そこから僅かな希望の種が
深く深く根をおろしていくのを見守る。
時は光…。時間に抱かれているという
ことは、光に包まれているということ。
時は光の住みかである…。
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時の流れというものは、
川の流れのようでもあるが、
だが、水とは違う。
高いところから
低いところへ流れる一回性の
ものではないし、一方向でもない。
時は心の中にも流れるものである。
時は記憶であり、
時はすべてを未来へ向かわせる。
逆流もする、
日常の法則を飛び越えることもできる。
時は何度でも訪れる。
希望を紡いでいく流れ。
時は、いのちの夢に向かいながら、
心に注がれていく光。時は光。
どんな傷口にも届き、
そこから僅かな希望の種が
深く深く根をおろしていくのを見守る。
時は光…。時間に抱かれているという
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先生は言った。
…友達って、何だと思う?
…僕は、いつも味方でいると
いうことだと思う。
自分の考えを持ちながら。
…そうか、…と思った。
どんな時も友達でいる。
味方でいる…
そんなありがたさを
忘れない。
だから。
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…友達って、何だと思う?
…僕は、いつも味方でいると
いうことだと思う。
自分の考えを持ちながら。
…そうか、…と思った。
どんな時も友達でいる。
味方でいる…
そんなありがたさを
忘れない。
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