報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“私立探偵 愛原学” 「斉藤家を探索。そして……」

2023-12-25 20:35:04 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[2月8日11時20分 天候:晴 埼玉県さいたま市中央区上落合某所・斉藤家]

 私達は薄暗い斉藤家を探索した。
 雨戸も閉め切っている為、家の中は真昼間だというのに、とても暗い。
 すぐに新庄さんが、玄関にあるブレーカーを入れてくれた。
 それで、廊下の照明が点灯する。
 新庄さんがメイドを連れて、時折掃除に来るらしいが、それでも家の中は空気が淀んでいるように見えた。

 愛原「このエレベーターだな」

 私の記憶は確かだったようで、迷わずにエレベーターの前まで行くことができた。
 しかし、エレベーターの電源は落とされている。
 すぐに鍵を取り出して、ボタンの横の鍵穴に差してみた。
 すると、ちゃんと鍵は入ったし、回すとエレベーターの電源が入った。

 愛原「よし。恐らくこの鍵で大丈夫だ。一応念の為、エレベーターにも乗ってみよう。新庄さん、いいですか?」
 新庄「どうぞ」

 エレベーターは3人乗りという、ベタなホームエレベーターの法則通りだった。
 大体のホームエレベーターの定員は、2人か3人である。
 事務所兼住居のうちの建物のエレベーターは4名定員だが、ホームエレベーターの規格ではなく、一般的なエレベーターの規格で、最も小さいサイズである。
 地下室に行くのにも鍵が必要で、私は同じ鍵を使用して、地下階にも行ける設定にしてみた。
 それで実際に地下室に行ってみたり、最上階の4階に行ってみたりした。

 愛原「うん。どうやら、この鍵で間違い無さそうだ」
 高橋「それじゃ、あの民宿のエレベーターも……」
 愛原「これと同じメーカーであるのなら、この鍵で操作できるはずだ」
 高橋「おおっ!」

 私達は再び1階に戻ると、ドアが閉まったのを確認し、外側からまた鍵で電源を落とした。

 新庄「どうでしたか?」
 愛原「この鍵で間違い無いようです。ありがとうございます。この鍵、お借りします」
 新庄「御嬢様の御命令ですから、どうぞご随意に。使用が終わりましたら、御嬢様に御返却願います」
 愛原「分かりました」
 新庄「これから、どうなさいますか?」
 愛原「取りあえず、大宮駅まで乗せて頂いて宜しいですか?」
 新庄「かしこまりました」

 私達はガレージに行くと、再び新庄さんのタクシーに乗り込んだ。

 新庄「ここからですと、大宮駅は西口の方が近いですが……」
 愛原「ええ。西口でお願いします」
 新庄「かしこまりました」

 新庄さんはタクシーを出すと、一旦、家の前の市道にタクシーを止めた。

 新庄「少々お待ちください」

 新庄さんはそう言って、ガレージのシャッターを閉めた。
 そして、ガレージを閉めると、また車に戻って来た。

 新庄「お待たせしました」
 愛原「いえいえ」

 新庄さんはタクシーの料金メーターを作動させると、再び車を走らせた。

 高橋「ていうかあのシャッター、電動じゃなかったか?」
 新庄「今はブレーカーを落としてございますので、今は手動なんですよ」
 高橋「そういうことか……」
 愛原「ちょっと電話させてください」

 私は自分のスマホを取り出した。
 タクシーは狭い一方通行の道を進んでいる。
 一通である為、どうしても少し遠回りしないといけない。
 私が掛けた先は、善場主任。

 善場「はい、善場です」
 愛原「あっ、善場主任、お疲れさまです。愛原です」

 私は斉藤家での事を報告した。

 愛原「……というわけで、エレベーターの鍵は現地でも使用可能と思われます」
 善場「承知致しました。では改めて依頼させて頂きますので、まずは当事務所まで御足労願っても宜しいでしょうか?」
 愛原「分かりました。では、午後イチで伺います」

 私はそう言って電話を切った。

 愛原「昼飯食ったら、デイライトさんの所に行くぞ」
 高橋「わ、分かりました」

 それから私は、民宿さのやに電話した。

 愛原「あ、もしもし。伯母さん?学ですけど……。実は早速、約束を実行したくて……。ほら、近いうち泊まりに行くって約束。でさ、直近で部屋が空いているのっていつ?」
 伯母「週末以外は空いてるね。1部屋?2部屋?」
 愛原「週末以外か。ということは、今日なんかも空いてるの?」
 伯母「空いてるけど、今からだと食事の準備やら何やら間に合わないから、もっと後にしてくれる?」
 愛原「分かったよ。じゃあ、明日」
 伯母「明日ね。明日の1部屋なら空いてるわよ。何名様なの?」
 愛原「2人。俺と俺の助手」

 平日だとリサは学校があるし、パールは事務所で留守番しててもらう必要がある。
 なので、私と高橋の2人で十分だと思った。

 伯母「大人2名様ね。それにしても、急な話だね」
 愛原「まあ、目的は公一伯父さんなんだけどね」
 伯母「あのヤドロク、全く帰って来ないのよ。それとも、学が来るタイミングで来るのかしらね」
 愛原「それはそれで逆に楽でいいね」
 伯母「まあ、警察に追われてる身だから、わざわざ捕まりには来ないか」
 愛原「警察来るの?」
 伯母「最近、よく駐在さんが巡回連絡をこまめにしてくるようになったのよ。それだけじゃなくて、前の通りをパトカーがよく走るようになったの」

 かなり警戒されてるな……。
 こりゃ伯父さんも、のこのこ帰ってこれないか。

[同日11時50分 天候:晴 さいたま市大宮区錦町 JR大宮駅]

 タクシーは大宮駅西口のタクシー乗り場に到着した。

 新庄「はい、着きました」
 愛原「お世話さまです。また、領収証お願いします」
 新庄「かしこまりました」
 愛原「どうもお世話になりました」
 新庄「いえいえ。御嬢様がお元気で何よりです。それと……」

 新庄さんは高橋をチラッと見た。

 新庄「パールも元気でやっているようですな」
 高橋「おかげさんで」

 私は料金を払い、お釣りの数百円については……。

 愛原「家を案内してくれた御礼です。取っといてください」
 新庄「あ、こりゃどうも恐れ入ります!」
 愛原「また機会がありましたら、宜しくお願いします」
 新庄「こちらこそ、またお待ちしてございます」

 私達はタクシーを払うと、2階のコンコースに上がるエスカレーターに乗った。

 愛原「新庄さん、元気で良かったな」
 新庄「パールにも伝えておきますよ」
 愛原「そうしてやってくれ。それじゃまあ、飯食って上野東京ラインにでも乗るか」

 2階に上がると、私達は手持ちのSuicaで改札口を通過した。
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“私立探偵 愛原学” 「新庄運転手と再会」

2023-12-25 14:51:16 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[2月8日10時50分 天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区天沼町 自治医科大学付属埼玉医療センター・タクシー乗り場]

 新庄さんのタクシーを見つけたはいいものの、タッチの差で逃してしまった。
 私はダッシュで後を追った。
 もしかしたら県道の交差点で、赤信号で止まってくれるかもしれないと思ったからだ。
 しかし、タクシーは医療センターの敷地外に出ることはなかった。
 タクシー乗り場には、タクシーが1台しか付け待ちできない。
 そこでタクシーが出ない限り、後から来た空車は、タクシープールで待機しなくてはならないのだ。
 別のタクシーがまだ付け待ちをしているということもあり、新庄さんのタクシーは待機場の中に入って行った。
 そして、その先頭スペースで止まる。

 高橋「先生、大丈夫ですか!?」

 ようやくバスを降りた高橋が走ってきた。

 愛原「だ、大丈夫だ」
 高橋「たく、あのお婆ちゃん!」
 愛原「まあまあ。病院発着の路線バスあるあるだ。それより、新庄さんだ!」

 私達は再びバス停の方へと向かった。
 タクシープールの先頭部分は、ちょうどバス停の辺りにあるからだ。

 愛原「んっ!?」

 と、そこへ付け待ちしていた別のタクシーが、乗客を乗せて出発して行った。
 そして、新庄さんのタクシーが空車表示を掲げてやってきた。

 愛原「こ、これだ!」

 私達が乗客だと思っているようで、すぐにセダンタイプのタクシーのドアを開ける。

 新庄「はい、どうぞー!」
 愛原「お願いします!」

 私と高橋はリアシートに乗り込んだ。
 そして、新庄さんはドアを閉める。

 新庄「どちらまで行かれますかー?」
 愛原「さいたま市中央区上落合○丁目△-□までお願いします」

 私が斉藤家の住所を言った。

 新庄「上落合ですね。かしこまりました。えー、○丁目△-□……。!?」

 新庄さんは聞き覚えのある住所と番地を言われたので、バッとルームミラーで私達を見た。

 新庄「えっ!?えっ、えっ!?」

 そして、今度は直接後ろを振り向いて私達を見る。

 愛原「やあ、どうも、新庄さん。お久しぶりです」
 高橋「どもっス」
 新庄「ややや!これはこれは!愛原さん!どうも、しばらくでございます!」
 愛原「いや、本当に」
 新庄「どうしてここへ!?」
 愛原「それは追々話しますので、まずは今の住所、つまり斉藤家まで行ってもらえますか?もちろん、料金は払います」
 新庄「か、かしこまりました!」

 新庄さんは料金メーターを作動させると、タクシーを走らせた。
 すぐにセンターの敷地外に出て、まずは県道との交差点の赤信号で止まる。

 愛原「実はお願いがありまして、家の中に入らせて欲しいんです。家の鍵を持っているのは新庄さんだと、絵恋さんから聞きましてね」
 新庄「御嬢様が……。はい、確かに私は鍵を預からせて頂いております。旦那様からは、ハウスキーパーとしての御役目も賜ってございますので」
 愛原「やっぱりですか。で、家の中を見せて頂くことは?」
 新庄「それは何故ですか?」
 愛原「家の中にエレベーターがありますでしょう?メーカーが三菱日立ホームエレベーターの」
 新庄「あ、はい。ございますが……」
 愛原「その鍵、絵恋さんが持っていたんですよ」
 新庄「お嬢様でしたか……。いえ、実はエレベーターの鍵、何本かメーカーさんから頂いてはいたんですが、どうも1本足りないような気がしていたんです。それがどうかしましたか?」
 愛原「絵恋さんは何の気無しにその鍵を持っていたようだったので、本当にエレベーターの鍵かどうか分からないそうです。ただ、エレベーターの中に落ちていたというだけで」
 新庄「こ、これは私としたことが……。もしかしたら、紛失したのは私の方だったのかもしれません。それを御嬢様がお預かりされていたということだったのですね」
 愛原「その経緯はちょっとよく分からないんですが……。ただ、本当にこの鍵でエレベーターが作動するか、それを確認したいんですよ」
 新庄「わざわざ旦那様の御宅で、ですか?」
 愛原「他に同じエレベーターを導入している所に、なかなか心当たりが無くて……」
 新庄「まあ、愛原さんの頼みですし、なるべくならお応えしたいところですが……」
 愛原「私の頼みというだけでは難しいですか?」
 新庄「申し訳ございません。愛原さんを疑っているわけではないのですが……」

 信号が青になり、車が走り出す。
 来た道を引き返すように、まずは大宮駅の方に向かって走る。
 そして、また途中の赤信号に引っ掛かった。

 愛原「それなら、これはどうです?」

 私は鞄の中から、絵恋の手紙を取り出した。
 それを新庄さんに渡す。
 これで信じてくれなかったら、あのブルマを出すしかないが……。

 新庄「確かにこれは御嬢様の字です。うーむ……。分かりました。御嬢様の御命令とあらば、承りましょう」
 高橋「いいのか?証拠ならもっとあるぞ」

 と、高橋が余計なことを言う。

 新庄「結構です。逆に、今の高橋さんの言葉で確信が更に持てました。御嬢様のお手紙以外にも証拠がおありということは、けして愛原さんの仰ることが嘘ではないと……」
 愛原「もちろんです。新庄さんにウソを付く為に、わざわざ東京から来たりしませんよ」
 新庄「それもそうですね。それでは、御嬢様の御宅へ向かわせて頂きます」
 愛原「よろしくお願いします」

[同日11時10分 天候:晴 さいたま市中央区上落合某所]

 医療センターからだいたい15分ちょっとで、タクシーは閑静な住宅街へやってきた。
 マンションも建っているが、一軒家も多く建っている。
 建売住宅とかはともかく、それ以外の一軒家については庭付き・車庫付きであった。
 そして、中には豪邸とも言える大きな家も散見される。
 さいたま市の中では、高級住宅街とも言える場所であった。
 そんな豪邸の中に、斉藤家も含まれているというわけだ。
 但し、斉藤家の場合、敷地面積そのものは狭いが故に、縦に広く作らなくてはならなかった。
 地上4階建ての屋上付き、そして地下室付きであった。
 当然階段の上り下りは大変なので、ホームエレベーターが設置されている。
 高級住宅街にしては、道は1車線分だけと狭いので、タクシーが路駐できない。
 そこで新庄さんは、ガレージのシャッターを開け、その中にタクシーを入れた。

 愛原「一旦、料金払いますね」
 新庄「かしこまりました」
 愛原「領収証をお願いします」

 私はまず、ここまでの料金を支払った。
 その為、タクシーはここで『空車』表示となる。

 新庄「それでは、中をご案内させて頂きます」

 新庄さんはガレージ奥のドアを、持っていた鍵で開けた。
 私の記憶では玄関前の廊下に出るはずであり、玄関とは反対方向に歩いて行くと、突き当りにエレベーターがあるはずである。
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“私立探偵 愛原学” 「電子マネーが普及して、運賃の支払いは昔よりもスムーズになったが……」

2023-12-25 11:36:29 | 私立探偵 愛原学シリーズ
[2月8日10時25分 天候:晴 埼玉県さいたま大宮区 JR高崎線3001M列車1号車内→JR大宮駅]

 私達を乗せた特急“草津”1号は、軽やかにさいたま新都心駅を通過した。
 大宮までの停車駅は、朝夕走る快速と変わらない。

〔♪♪♪♪。「まもなく大宮、大宮です。7番線到着、お出口は右側です。大宮駅進入の際、ポイント通過の為、列車が大きく揺れる場合がございます。お立ちのお客様は、お近くの手すりにお掴まり下さい。大宮を出ますと、次は熊谷に止まります。……」〕

 かつての特急は大宮以北も、快速と停車駅はそんなに変わらなかった。
 それが今や停車駅は大幅に減らされ、新幹線並みの停車数となっている。

 愛原「よし、降りるぞ」
 高橋「はい」

 列車は大宮駅上下副線ホームの7番線に到着した。
 上り列車の待避に使われることもあるし、このように、特急列車の発着に使われることもある。
 下りの特急が、高崎線下り本線ホームの8番線を使用しないのは、普通列車の乗客と分ける為である。
 自動放送が無く、ドアチャイムも無ければ、ドア開閉の際にプシューとエアーの音が響くのは、どこか懐かしい。

〔「ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮です。7番線に到着の電車は、10時26分発、高崎線の特急“草津”1号、長野原草津口行きです。次は、熊谷に止まります」〕

 私達はここで列車を降りた。
 当たり前だが、ここでは下車客は皆無に等しく、乗車客の方が多い。

 高橋「ここから張り込みっスね?」
 愛原「いや、違うよ。新庄さんは大宮駅で客待ちをしているわけじゃない」
 高橋「え?」
 愛原「ここからその場所まで、バスで向かう」
 高橋「はあ……」

 埼玉県一のターミナル駅である大宮駅は賑わっている。
 多くの人が行き交うコンコースを進み、改札口を出て東口に向かった。
 斉藤家は大宮駅から見れば南西の方角にあり、どちらかというと、東口よりは西口の方が馴染みが深い。
 しかし、何故か新庄さんは大宮駅で客待ちではなく、もっと別の場所で客待ちをしているのだそうだ。

[同日10時36分 天候:晴 大宮駅東口バス停→国際興業バス大11系統車内]

 大宮駅の東口に移動した私達は、ロータリーの外周部にあるバス停に向かった。
 私達が来た時、まだバスは入っておらず、何人かの先客の後ろに並ぶ。
 平日の午前中ということもあり、お年寄りの利用が多いようであった。
 やってきたバスは、都営バスでもお馴染みのノンステップバス。
 但し、埼玉では後ろから乗る。
 乗り込むと、1番後ろの座席に座った。
 お年寄り達は、前の方に乗りたがるからだ。
 もっとも、運転席後ろの高い席は無理だろうが。

 高橋「先生。もしかして、新庄さんは病院のタクシー乗り場で客待ちしてるってことっスか?」
 愛原「そういうこと」

 発車時間になり、殆どの席が埋まったところで、バスはエンジンを掛けて発車した。

〔ドアが閉まります。ご注意ください〕
〔「自治医大医療センター行き、発車致します」〕

 ロータリーをゆっくりした速度で、タクシーや他のバスを交わしながら進む。

〔♪♪♪♪。毎度、国際興業バスをご利用頂きまして、ありがとうございます。このバスは、自治医大医療センター行きです。次は大宮大門町、大宮大門町でございます。……〕

 バスは県道90号線(大宮中央通り)に出た。
 あとはここから、道なりに真っ直ぐ行くだけである。
 私は窓側に座っているが、車窓を眺めていた。
 別に景色を楽しむのではなく、新庄さんのタクシーと会わないか監視する為である。
 もしも大宮駅東口のタクシー乗り場に、新庄さんと同じタクシー会社のタクシーがいたら、その車に乗って、新庄さんを呼んでもらうという手もあった。
 だが、そうは上手く行かないもので、あいにくと前の方に並んでいたのは、全く別のタクシー会社であった。
 さいたま市内では、そんなに大きなタクシー会社ではない。
 なのでその会社の車とすれ違う時は、尚更運転席を覗き込むのだった。

[同日10時45分 天候:晴 さいたま市大宮区天沼町 自治医大医療センターバス停]

〔♪♪♪♪。次は終点、自治医大医療センター、自治医大医療センターでございます。毎度、国際興業バスをご利用頂きまして、ありがとうございました〕

 バスは1つ手前のバス停を出ると、ついに県道214号線とはお別れとなる。
 医療センターの入口に向かう交差点で右折待ちをしていると、対向車線を1台のタクシーが先に左折して行った。

 愛原「!」

 そのタクシーは、新庄さんのタクシー会社と同じタクシーだった。
 やがて時差式信号の対向車線側の信号が赤になり、バスが右折する。

〔「バスが大きく揺れますので、ご注意ください」〕

 更に右折する際、センター前のロータリーが嵩上げされているということもあり、それを登る為、バスが大きく揺れる。

〔♪♪♪♪。自治医大医療センター、自治医大医療センター。終点でございます。お忘れ物の無いよう、ご注意願います。ご乗車ありがとうございました〕

 バスは多くの乗客が列を成して待っているバス停の前に停車した。
 プシューと大きなエアー音を立てて、グライドスライドドアの前扉が開く。
 私達も通路に立った。
 それからタクシー乗り場の方を見ると、そこには別のタクシーが1台客待ちをしている。
 先ほどのタクシーは、その後ろに止まって、ハザードランプを点けて止まっていた。
 リアガラス越しに見える種別表示灯は、オレンジ色のLEDで『支払』と出ている。
 どうやら、ここまで乗って来た乗客を降ろしているところのようだ。
 そして、トランクが開いて、運転席から運転手が降りて来る。
 どうやら、入院患者の荷物か何かを積んでいたようだ。
 トランクから荷物を降ろすその運転手は……。

 愛原「新庄さんだ!」

 私は列の前を見た。

 老婆「あら?おかしいわねぇ……。百円玉が無いわ~……」

 こんな時に限ってSuicaの残額が足りず、現金払いをしようとしている老婆がてこずっている。
 その間、列は止まる。
 このままでは新庄さんが走り去ってしまう。

 愛原「高橋!支払いは任せた!!」
 高橋「は、はい!」

 私は自分の分の支払いを高橋に任せた。

 運転手「じゃあ、両替してください」
 老婆「両替ね~。ハイハイ……」
 愛原「ちょちょ、ちょっと失礼!!」

 私は老婆を押しのけて、前扉からバスを飛び降りた。

 運転手「ちょ、ちょっと!」

 私はバスの運転手が止めるのも聞かず、タクシーに走り寄った。
 この時、新庄さんはトランクを閉め、運転席に乗り込んでいる。

 愛原「新庄さん!新庄さん!ちょっと待って!!」

 だがタッチの差で、新庄さんのタクシーは走り去ってしまった。

 愛原「くそっ!!」

 私は地団太踏んでしまった。
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