[8月3日13:30.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区 自治医科大学附属さいたま医療センター]
タクシーが病院の正面エントランスに到着する。
稲生勇太が料金を支払っている間、助手席の後ろに座っていたマリアが先に降りた。
マリア:「くっ……!」
クーラーの効いたタクシーから降りた瞬間、35度超えの酷暑がマリアを襲った。
マリア:「ロンドンより暑い……!よく日本人は平気だな……」
いや、毎年全国で熱中症死者を2ケタ以上出している時点で、日本人も全然グロッキーなのだが。
マリア:「アホか。このクソ暑いのにスーツ姿で……!」
しかしそのスーツ姿の男性が、何故かタクシーから降りて来た勇太の所へ駆け寄った。
年齢は30歳前後である。
男:「稲生専務の御子息ですか?」
勇太:「え?あ、はい。そうですけど?」
男:「私、専務の秘書の友部と申します!」
勇太:「父さんの……」
マリア:「秘書?」
友部:「専務の奥様から御子息がこちらに向かっておられると伺い、お迎えに上がりました」
勇太:「あ、ありがとうございます。それで、父は?」
友部:「こちらです!」
宗一郎の秘書を名乗る友部という男に、勇太達は付いて行った。
警備本部で面会の受付を行う。
友部:「専務は社長とゴルフに行かれる途中、胸の苦しみを訴えられまして……」
病棟へ向かうエレベーターの中で、友部が状況を説明した。
友部:「急ぎ救急車の手配と、近隣からAEDをお借りして救命活動は行いました」
勇太:「ありがとうございます」
友部:「専務の判断力には他の役員や社長にも一目置かれてまして、これからという時に……」
勇太:(多分その『判断力』、イリーナ先生の占いだな……)
エレベーターを降りると、ナースセンターの前に母親の佳子がいた。
佳子:「勇太!本当に来たのね」
勇太:「文字通り、飛んで来たよ。それで、父さんは?」
佳子:「ICU(集中治療室)から出て病室に移ったところよ」
勇太:「ということは生きてるんだね」
佳子:「そういうことよ。まさか、狭心症で倒れるなんてねぇ……」
勇太:「狭心症なの!?」
友部:「私も驚きました。専務はこれまでのところ、不整脈の症状すら無かったんです。健康診断でも出ることはありませんでした」
佳子:「そろそろ人間ドッグに入ったらって言ってたんだけど、仕事が忙しいって断っていたのよね。でも、これで人間ドッグに入れられるわ」
狭心症が悪化すると心筋梗塞になるので、油断してはならない病気だ。
勇太:「父さんとは話せる?」
佳子:「何とかね。でも、手術しなくちゃいけないみたいだから、数日は入院することになりそうよ」
友部:「専務には1日でも早く復帰して頂きたいものです」
佳子:「土日は会社が休みだから、時機的には幸いだったわね」
[同日15:11.天候:晴 自治医大医療センターバス停→国際興業バス大11系統車内]
宗一郎と話ができた勇太だったが、当の本人も狭心症の症状には驚いていた。
今まで健康診断でも不整脈すら出たことが無かった上、それまで心臓に違和感を感じたことも無かったからだ。
〔「お待たせ致しました。大宮駅東口行き、まもなく発車致します」〕
勇太とマリアは正面入口のロータリーにあるバス停から、大宮駅に向かうバスに乗り込んだ。
このタイミングなら、終点で家の近くまで行く別のバスに乗り換えができる。
佳子は宗一郎の入院の手続きを、友部は関係各所への現況報告に忙殺された為、何もすることがない2人は先に帰ることにしたもよう。
〔ドアが閉まります。ご注意ください〕
平日なら外来診療を終えた患者達で満席になるところ、それも休みな土曜日の今日は空いていた。
バスはタクシーの横を通り、出口から出た。
〔♪♪♪♪。次は自治医大医療センター入口、自治医大医療センター入口でございます〕
マリア:「勇太、ちょっと聞いてくれる?」
勇太:「何でしょう?」
2人は1番後ろの席に座っている。
勇太がクーラーの吹き出し口の位置を調整した後、マリアが話し掛けた。
マリア:「勇太のダディのことなんだけどね、私の見立てでは“魔の者”の揺さぶりかもしれない」
勇太:「ええっ!?」
マリア:「だってダディ本人も心臓は悪くなかったのに、いきなりあれでしょ?今度は勇太を狙って来たのかも……」
勇太:「でも、僕は平気ですよ?」
マリア:「今はね。だけど、いずれ狙われる。“魔の者”はね、いきなり本人を狙うんじゃなく、まずその家族や友人・知人を狙うのが常套手段なの」
勇太:「でも、マリアさんの時は……」
マリア:「私はもうイギリスでは死んだことになっているから、家族とも縁が切れているし。だから最初、師匠が狙われたでしょ?」
勇太:「あっ……!」
イリーナの乗った飛行機を墜落させたりと、その手段は選ばなかった。
勇太:「じゃ、じゃあ父さんは……?」
マリア:「分からない。確かに狭心症も、悪化したら心筋梗塞になって死ぬ病気ではある。でも今は病院に入院しているし、これから手術もするという。そこまでやって死ぬとは思えないんだ。もしもそうなら、師匠も表立って動くはず。何しろ師匠にとっては大事な人材を提供してくれたわけだし、今では占いと引き換えに多額の報酬を払ってくれているパトロンだ。みすみす“魔の者”に殺させるとは思えないね」
勇太:「裏で動いてくれているということですか?」
マリア:「多分。この場に師匠がいない時点で、そうなんだろうなぁって思う」
勇太:「そ、そうですか」
マリア:「書置きに、何があっても落ち着いて対応しろって書いてあったしね」
勇太:「それもそうですね」
[同日15:23.天候:晴 同区 JR大宮駅東口]
〔♪♪♪♪。終点、大宮駅東口。終点、大宮駅東口でございます。お忘れ物の無いよう、ご注意願います。ご乗車ありがとうございました〕
バスが旧中山道との交差点を通過する。
そして、大宮高島屋の前のバス降車場で停車した。
勇太:「そういえば、ここで昔、母さんの乗ったバスが事故に遭ったことがありました」
マリア:「ああ、そんなこともあったな」
勇太:「両親の怨嫉で、御本尊様の返納と離檀届を書かせた罰ですね」
マリア:「……私からは何とも言えない」
ワンステップバスの前扉が開いた。
その構造上、漏れなく折り戸である。
勇太はもちろん、今ではマリアもSuicaを持っている。
クーラーの効いたバスを降りると、一気に熱気が2人を襲った。
マリア:「この暑さ、何とかならないか?」
勇太:「何ともなりませんねぇ。あとは別のバスに乗り換えるだけですので、頑張りましょう」
マリア:「屋敷に帰って、プールにでも入りたいよ」
勇太:「いいですねぇ」
他の魔女も入りに来るほどだ。
もちろん、男子禁制。
一緒に入ろうとした勇太が、他の魔女に縛り上げられて男子更衣室に放り込まれてしまった。
勇太:「乗り換えのバスはロータリーから出ます」
マリア:「分かった」
週末で多くの市民が行き交う中、2人は駅前のロータリーに向かった。
タクシーが病院の正面エントランスに到着する。
稲生勇太が料金を支払っている間、助手席の後ろに座っていたマリアが先に降りた。
マリア:「くっ……!」
クーラーの効いたタクシーから降りた瞬間、35度超えの酷暑がマリアを襲った。
マリア:「ロンドンより暑い……!よく日本人は平気だな……」
いや、毎年全国で熱中症死者を2ケタ以上出している時点で、日本人も全然グロッキーなのだが。
マリア:「アホか。このクソ暑いのにスーツ姿で……!」
しかしそのスーツ姿の男性が、何故かタクシーから降りて来た勇太の所へ駆け寄った。
年齢は30歳前後である。
男:「稲生専務の御子息ですか?」
勇太:「え?あ、はい。そうですけど?」
男:「私、専務の秘書の友部と申します!」
勇太:「父さんの……」
マリア:「秘書?」
友部:「専務の奥様から御子息がこちらに向かっておられると伺い、お迎えに上がりました」
勇太:「あ、ありがとうございます。それで、父は?」
友部:「こちらです!」
宗一郎の秘書を名乗る友部という男に、勇太達は付いて行った。
警備本部で面会の受付を行う。
友部:「専務は社長とゴルフに行かれる途中、胸の苦しみを訴えられまして……」
病棟へ向かうエレベーターの中で、友部が状況を説明した。
友部:「急ぎ救急車の手配と、近隣からAEDをお借りして救命活動は行いました」
勇太:「ありがとうございます」
友部:「専務の判断力には他の役員や社長にも一目置かれてまして、これからという時に……」
勇太:(多分その『判断力』、イリーナ先生の占いだな……)
エレベーターを降りると、ナースセンターの前に母親の佳子がいた。
佳子:「勇太!本当に来たのね」
勇太:「文字通り、飛んで来たよ。それで、父さんは?」
佳子:「ICU(集中治療室)から出て病室に移ったところよ」
勇太:「ということは生きてるんだね」
佳子:「そういうことよ。まさか、狭心症で倒れるなんてねぇ……」
勇太:「狭心症なの!?」
友部:「私も驚きました。専務はこれまでのところ、不整脈の症状すら無かったんです。健康診断でも出ることはありませんでした」
佳子:「そろそろ人間ドッグに入ったらって言ってたんだけど、仕事が忙しいって断っていたのよね。でも、これで人間ドッグに入れられるわ」
狭心症が悪化すると心筋梗塞になるので、油断してはならない病気だ。
勇太:「父さんとは話せる?」
佳子:「何とかね。でも、手術しなくちゃいけないみたいだから、数日は入院することになりそうよ」
友部:「専務には1日でも早く復帰して頂きたいものです」
佳子:「土日は会社が休みだから、時機的には幸いだったわね」
[同日15:11.天候:晴 自治医大医療センターバス停→国際興業バス大11系統車内]
宗一郎と話ができた勇太だったが、当の本人も狭心症の症状には驚いていた。
今まで健康診断でも不整脈すら出たことが無かった上、それまで心臓に違和感を感じたことも無かったからだ。
〔「お待たせ致しました。大宮駅東口行き、まもなく発車致します」〕
勇太とマリアは正面入口のロータリーにあるバス停から、大宮駅に向かうバスに乗り込んだ。
このタイミングなら、終点で家の近くまで行く別のバスに乗り換えができる。
佳子は宗一郎の入院の手続きを、友部は関係各所への現況報告に忙殺された為、何もすることがない2人は先に帰ることにしたもよう。
〔ドアが閉まります。ご注意ください〕
平日なら外来診療を終えた患者達で満席になるところ、それも休みな土曜日の今日は空いていた。
バスはタクシーの横を通り、出口から出た。
〔♪♪♪♪。次は自治医大医療センター入口、自治医大医療センター入口でございます〕
マリア:「勇太、ちょっと聞いてくれる?」
勇太:「何でしょう?」
2人は1番後ろの席に座っている。
勇太がクーラーの吹き出し口の位置を調整した後、マリアが話し掛けた。
マリア:「勇太のダディのことなんだけどね、私の見立てでは“魔の者”の揺さぶりかもしれない」
勇太:「ええっ!?」
マリア:「だってダディ本人も心臓は悪くなかったのに、いきなりあれでしょ?今度は勇太を狙って来たのかも……」
勇太:「でも、僕は平気ですよ?」
マリア:「今はね。だけど、いずれ狙われる。“魔の者”はね、いきなり本人を狙うんじゃなく、まずその家族や友人・知人を狙うのが常套手段なの」
勇太:「でも、マリアさんの時は……」
マリア:「私はもうイギリスでは死んだことになっているから、家族とも縁が切れているし。だから最初、師匠が狙われたでしょ?」
勇太:「あっ……!」
イリーナの乗った飛行機を墜落させたりと、その手段は選ばなかった。
勇太:「じゃ、じゃあ父さんは……?」
マリア:「分からない。確かに狭心症も、悪化したら心筋梗塞になって死ぬ病気ではある。でも今は病院に入院しているし、これから手術もするという。そこまでやって死ぬとは思えないんだ。もしもそうなら、師匠も表立って動くはず。何しろ師匠にとっては大事な人材を提供してくれたわけだし、今では占いと引き換えに多額の報酬を払ってくれているパトロンだ。みすみす“魔の者”に殺させるとは思えないね」
勇太:「裏で動いてくれているということですか?」
マリア:「多分。この場に師匠がいない時点で、そうなんだろうなぁって思う」
勇太:「そ、そうですか」
マリア:「書置きに、何があっても落ち着いて対応しろって書いてあったしね」
勇太:「それもそうですね」
[同日15:23.天候:晴 同区 JR大宮駅東口]
〔♪♪♪♪。終点、大宮駅東口。終点、大宮駅東口でございます。お忘れ物の無いよう、ご注意願います。ご乗車ありがとうございました〕
バスが旧中山道との交差点を通過する。
そして、大宮高島屋の前のバス降車場で停車した。
勇太:「そういえば、ここで昔、母さんの乗ったバスが事故に遭ったことがありました」
マリア:「ああ、そんなこともあったな」
勇太:「両親の怨嫉で、御本尊様の返納と離檀届を書かせた罰ですね」
マリア:「……私からは何とも言えない」
ワンステップバスの前扉が開いた。
その構造上、漏れなく折り戸である。
勇太はもちろん、今ではマリアもSuicaを持っている。
クーラーの効いたバスを降りると、一気に熱気が2人を襲った。
マリア:「この暑さ、何とかならないか?」
勇太:「何ともなりませんねぇ。あとは別のバスに乗り換えるだけですので、頑張りましょう」
マリア:「屋敷に帰って、プールにでも入りたいよ」
勇太:「いいですねぇ」
他の魔女も入りに来るほどだ。
もちろん、男子禁制。
一緒に入ろうとした勇太が、他の魔女に縛り上げられて男子更衣室に放り込まれてしまった。
勇太:「乗り換えのバスはロータリーから出ます」
マリア:「分かった」
週末で多くの市民が行き交う中、2人は駅前のロータリーに向かった。