報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「魔の者の揺さぶり?」

2019-08-03 19:19:49 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[8月3日13:30.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区 自治医科大学附属さいたま医療センター]

 タクシーが病院の正面エントランスに到着する。
 稲生勇太が料金を支払っている間、助手席の後ろに座っていたマリアが先に降りた。

 マリア:「くっ……!」

 クーラーの効いたタクシーから降りた瞬間、35度超えの酷暑がマリアを襲った。

 マリア:「ロンドンより暑い……!よく日本人は平気だな……」

 いや、毎年全国で熱中症死者を2ケタ以上出している時点で、日本人も全然グロッキーなのだが。

 マリア:「アホか。このクソ暑いのにスーツ姿で……!」

 しかしそのスーツ姿の男性が、何故かタクシーから降りて来た勇太の所へ駆け寄った。
 年齢は30歳前後である。

 男:「稲生専務の御子息ですか?」
 勇太:「え?あ、はい。そうですけど?」
 男:「私、専務の秘書の友部と申します!」
 勇太:「父さんの……」
 マリア:「秘書?」
 友部:「専務の奥様から御子息がこちらに向かっておられると伺い、お迎えに上がりました」
 勇太:「あ、ありがとうございます。それで、父は?」
 友部:「こちらです!」

 宗一郎の秘書を名乗る友部という男に、勇太達は付いて行った。
 警備本部で面会の受付を行う。

 友部:「専務は社長とゴルフに行かれる途中、胸の苦しみを訴えられまして……」

 病棟へ向かうエレベーターの中で、友部が状況を説明した。

 友部:「急ぎ救急車の手配と、近隣からAEDをお借りして救命活動は行いました」
 勇太:「ありがとうございます」
 友部:「専務の判断力には他の役員や社長にも一目置かれてまして、これからという時に……」
 勇太:(多分その『判断力』、イリーナ先生の占いだな……)

 エレベーターを降りると、ナースセンターの前に母親の佳子がいた。

 佳子:「勇太!本当に来たのね」
 勇太:「文字通り、飛んで来たよ。それで、父さんは?」
 佳子:「ICU(集中治療室)から出て病室に移ったところよ」
 勇太:「ということは生きてるんだね」
 佳子:「そういうことよ。まさか、狭心症で倒れるなんてねぇ……」
 勇太:「狭心症なの!?」
 友部:「私も驚きました。専務はこれまでのところ、不整脈の症状すら無かったんです。健康診断でも出ることはありませんでした」
 佳子:「そろそろ人間ドッグに入ったらって言ってたんだけど、仕事が忙しいって断っていたのよね。でも、これで人間ドッグに入れられるわ」

 狭心症が悪化すると心筋梗塞になるので、油断してはならない病気だ。

 勇太:「父さんとは話せる?」
 佳子:「何とかね。でも、手術しなくちゃいけないみたいだから、数日は入院することになりそうよ」
 友部:「専務には1日でも早く復帰して頂きたいものです」
 佳子:「土日は会社が休みだから、時機的には幸いだったわね」

[同日15:11.天候:晴 自治医大医療センターバス停→国際興業バス大11系統車内]

 宗一郎と話ができた勇太だったが、当の本人も狭心症の症状には驚いていた。
 今まで健康診断でも不整脈すら出たことが無かった上、それまで心臓に違和感を感じたことも無かったからだ。

〔「お待たせ致しました。大宮駅東口行き、まもなく発車致します」〕

 勇太とマリアは正面入口のロータリーにあるバス停から、大宮駅に向かうバスに乗り込んだ。
 このタイミングなら、終点で家の近くまで行く別のバスに乗り換えができる。
 佳子は宗一郎の入院の手続きを、友部は関係各所への現況報告に忙殺された為、何もすることがない2人は先に帰ることにしたもよう。

〔ドアが閉まります。ご注意ください〕

 平日なら外来診療を終えた患者達で満席になるところ、それも休みな土曜日の今日は空いていた。
 バスはタクシーの横を通り、出口から出た。

〔♪♪♪♪。次は自治医大医療センター入口、自治医大医療センター入口でございます〕

 マリア:「勇太、ちょっと聞いてくれる?」
 勇太:「何でしょう?」

 2人は1番後ろの席に座っている。
 勇太がクーラーの吹き出し口の位置を調整した後、マリアが話し掛けた。

 マリア:「勇太のダディのことなんだけどね、私の見立てでは“魔の者”の揺さぶりかもしれない」
 勇太:「ええっ!?」
 マリア:「だってダディ本人も心臓は悪くなかったのに、いきなりあれでしょ?今度は勇太を狙って来たのかも……」
 勇太:「でも、僕は平気ですよ?」
 マリア:「今はね。だけど、いずれ狙われる。“魔の者”はね、いきなり本人を狙うんじゃなく、まずその家族や友人・知人を狙うのが常套手段なの」
 勇太:「でも、マリアさんの時は……」
 マリア:「私はもうイギリスでは死んだことになっているから、家族とも縁が切れているし。だから最初、師匠が狙われたでしょ?」
 勇太:「あっ……!」

 イリーナの乗った飛行機を墜落させたりと、その手段は選ばなかった。

 勇太:「じゃ、じゃあ父さんは……?」
 マリア:「分からない。確かに狭心症も、悪化したら心筋梗塞になって死ぬ病気ではある。でも今は病院に入院しているし、これから手術もするという。そこまでやって死ぬとは思えないんだ。もしもそうなら、師匠も表立って動くはず。何しろ師匠にとっては大事な人材を提供してくれたわけだし、今では占いと引き換えに多額の報酬を払ってくれているパトロンだ。みすみす“魔の者”に殺させるとは思えないね」
 勇太:「裏で動いてくれているということですか?」
 マリア:「多分。この場に師匠がいない時点で、そうなんだろうなぁって思う」
 勇太:「そ、そうですか」
 マリア:「書置きに、何があっても落ち着いて対応しろって書いてあったしね」
 勇太:「それもそうですね」

[同日15:23.天候:晴 同区 JR大宮駅東口]

〔♪♪♪♪。終点、大宮駅東口。終点、大宮駅東口でございます。お忘れ物の無いよう、ご注意願います。ご乗車ありがとうございました〕

 バスが旧中山道との交差点を通過する。
 そして、大宮高島屋の前のバス降車場で停車した。

 勇太:「そういえば、ここで昔、母さんの乗ったバスが事故に遭ったことがありました」
 マリア:「ああ、そんなこともあったな」
 勇太:「両親の怨嫉で、御本尊様の返納と離檀届を書かせた罰ですね」
 マリア:「……私からは何とも言えない」

 ワンステップバスの前扉が開いた。
 その構造上、漏れなく折り戸である。
 勇太はもちろん、今ではマリアもSuicaを持っている。
 クーラーの効いたバスを降りると、一気に熱気が2人を襲った。

 マリア:「この暑さ、何とかならないか?」
 勇太:「何ともなりませんねぇ。あとは別のバスに乗り換えるだけですので、頑張りましょう」
 マリア:「屋敷に帰って、プールにでも入りたいよ」
 勇太:「いいですねぇ」

 他の魔女も入りに来るほどだ。
 もちろん、男子禁制。
 一緒に入ろうとした勇太が、他の魔女に縛り上げられて男子更衣室に放り込まれてしまった。

 勇太:「乗り換えのバスはロータリーから出ます」
 マリア:「分かった」

 週末で多くの市民が行き交う中、2人は駅前のロータリーに向かった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“大魔道師の弟子” 「緊急事態発生」

2019-08-03 13:22:34 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[8月3日12:30.天候:晴 長野県北部山中 マリアの屋敷]

 稲生:「マリアさん、準備ができました!」
 マリア:「こっちもできた!早く魔法陣の中へ!」
 稲生:「はい!」

 マリアの屋敷の中庭。
 マリアは魔法陣を描いた。
 そして、稲生と2人で入る。

 稲生:「まさか父さんが突然倒れるなんて……」
 マリア:「人は誰でも死ぬ。ましてや私達は、何度もそれを目の当たりにする。『涙を枯らしてこそ一人前』なんて言う魔道師もいるけれど……」

 そこでマリアは考えた。

 マリア:(師匠にとっても勇太のダディはパトロンの1人だと思うが、置き手紙1つであっさりしているということは……どういうことだ?)
 稲生:「マリアさん、僕は準備OKです!」
 マリア:「ああ、分かった。じゃあ行くよ。……パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!」

 マリアは呪文を唱えながら魔法陣に聖水を振り掛けた。
 キリスト教会から忌み嫌われる魔女が聖水を使うとはこれ如何に?と思うかもしれない。
 本来、聖水はそういう風に使うわけではなく、そんな用途外に平気で使うところも嫌われる原因の1つなのである。

 マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!我らを稲生勇太の実家へと誘え!Lu.La!」

 ホウキに乗らない魔道士は、長距離を一瞬で移動したい場合にこうした魔法を使う。
 エレーナのような上級者ともなると、ホウキに乗りながらワープを行えるようになる(ルゥ・ラと似ているが、違うらしい)。
 魔法陣から放たれた白い光に2人は包まれ、そしてその姿を消した。

[同日13:00.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家裏庭]

 ルゥ・ラという魔法は長距離であればあるほど、しかし短距離であればあるほどピンポイントでの到着が難しい。
 時空を移動する魔法である為、時間のブランクまで発生させてしまう。
 最悪、移動したい先に上手く着けても、そしたら何年も経っていたなんてこともあり得るのだ。

 稲生:「着いたー!」
 マリア:「時間と日にちは!?」
 稲生:「今日の13時です。30分しか経ってません!さすがはマリアさん!」
 マリア:「屋敷からちょうどいい距離だからね、何とかなった」

 ルゥ・ラという魔法は万能ではない。
 まず、移動したい先を頭の中に思い描く必要がある。
 なので基本的には、一度でも行ったことが無いとダメである。
 今ではグーグルマップのストリートビューなんかで、実際行ったことが無くても行った気になれるようになっているが、成功率はやっぱり低い。
 マリアは稲生の実家には何度もお邪魔している。
 つまり、記憶に強く残っている。
 イメージが強ければ強いほど、成功率は高くなる。
 なので、実際にルゥ・ラを使う理由は『帰還』であることが多い。

 稲生:「急いで家の中に!……ていうか暑い!」

 本日のさいたま市の気温は【お察しください】。
 長野県北部山中より明らかに気温は高い。
 家の中に入ろうとすると、誰もいなかった。
 稲生の実家には警備会社による機械警備が導入されていて、留守中はそれが張り巡らされることになる。

 マリア:「恐らく勇太のダディの病院に向かっているんじゃ?」
 稲生:「そ、それもそうか。せめて荷物置いて行きたかったんだけど……」
 マリア:「しょうがない。私達も病院に向かおう。どこの病院?」
 稲生:「えっと……。き、聞いてなかった!どうしよう!?」
 マリア:「勇太のママに電話して場所聞いて!」
 稲生:「そ、そうでした!」

 稲生は自分のスマホを出すと、それで母親の佳子に電話した。

 稲生:「あ、もしもし?母さん?今、家に着いたんだけど……」

 という電話で驚いていた佳子だったが、それは当たり前だ。
 長野から埼玉まで30分で移動したなんて……。

 稲生:「家に入れないんだ……あ、そうか!」

 稲生は自分の財布を取り出した。
 その中には色々とカードが入っているが、その中に警備会社から発行されたセキュリティカードがあった。

 稲生:「この前もらってた!」
 マリア:「勇太、落ち着いて」
 稲生:「それで、どこの病院?……自治医大!?栃木まで行くの!?……あ、ああ……じゃなくて、埼玉のね」

 マジで落ち着け、稲生。

 稲生:「……分かった。僕達も行くよ。……うん、そう。マリアさんも一緒。……うん、それじゃあ」

 稲生は電話を切った。

 稲生:「母さんも今、病院に着いたみたい」
 マリア:「ダディと一緒じゃなかったのか」
 稲生:「母さんも母さんで仕事が忙しいからね。父さんはゴルフに行く途中、急に胸に痛みを覚えて倒れて、救急車で運ばれたらしいんだ」
 マリア:「急に胸に痛みを……?」

 マリアはその言葉を聞いて、『呪い』という言葉を思い出した。

 マリア:(まさか、“魔の者”の揺さぶりか?今度は勇太にターゲットを当てた?)

 ターゲットを直接攻撃する前に、家族などの血縁者を狙うというのは“魔の者”の常套手段であるという。

 マリア:「(師匠は何も言ってなかったぞ?)それで、その病院には?電車か何かで行くの?」
 稲生:「いえ、さいたま市内です。バスで行けるんですが、ちょっと急ぎなのでタクシーで行きましょう。取りあえず、荷物を置いてタクシーを呼びます」
 マリア:「ああ、分かった」

 稲生は機械警備を解除すると、持っていた鍵で玄関のドアを開けた。
 誰もいない家は暑く、稲生は急いでリビングのエアコンを入れた。
 そして、家の固定電話でタクシー会社に電話した。

 稲生:「もしもし?至急、タクシーを1台お願いします。……はい。住所はさいたま市中央区……。名前は稲生です。5〜6分ですね。よろしくお願いします」

 稲生は電話を切った。

 稲生:「5〜6分で来るそうです」
 マリア:「ああ、分かった。取りあえず、大きな荷物だけ置かせてもらう」
 稲生:「どうぞどうぞ」

 しばらくして、家の前にタクシーが1台停車する。
 ルーシーとベイカーが深夜、羽田空港まで定額料金サービスで乗った会社だ。
 今現在、病院に担ぎ込まれている父親の宗一郎が利用している役員用ハイヤーの契約をしている縁で、タクシーもその会社を利用することになった。
 それに乗り込む。

 稲生:「自治医大さいたま医療センターまでお願いします」
 運転手:「はい、かしこまりました」

 さすがに車内はクーラーが効いて涼しい。

 稲生:「父さん、心臓とかは丈夫だったはずなのに……」
 マリア:「そうなのか。(私も初めて聞いた。やはり、“魔の者”か。勇太の血縁者と師匠のパトロン1人を潰せて一石二鳥作戦に出たか?)」

 タクシーは病院へと向かった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“大魔道師の弟子” 「緊急事態発生直前」

2019-08-03 10:18:35 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[8月3日08:00.天候:晴 長野県北部山中 マリアの屋敷]

 イリーナ:「今日も美味しい朝食だったわ。ごちそうさま」
 マリア:「大変恐れ入ります」
 稲生:「マリアさんの人形達、どんどん人間に近くなっていきますね。昔はホラーそのものだったのに」

 屋敷の侵入者に対し、“サイレントヒル”並みの恐怖を与えていた人形。
 しかし今では“メタルギアソリッド”並みの……ゲフンゲフン。

 イリーナ:「そうねぇ。血のついたナイフとかで侵入者を襲っていたのに、今ではグレネードランチャーやガトリング砲まで装備するまでになっちゃって、屋敷の中が違った意味で大変なことになりそうよ。勇太君も脱走しようものなら、【お察しください】だからね?」
 稲生:「そんなことしませんよ」

 稲生の屋敷からの外出は許可されていない。
 無断外出は即ち脱走を意味する。
 基本的に見習は全てにおいて師匠に付くことになっているので。
 それでも普通に許可が取れるイリーナ組は、それだけ緩いということだ。
 もっとも、稲生自身が真面目な性格で、そもそも脱走など企む者ではないということを知っているというのもあるが。
 稲生が使い走りに出される時に、ダニエラという名のメイド人形が付くのも監視の為である。
 形式上、そうしなければならない為。

 イリーナ:「それじゃ、今日は図書室の蔵書整理をしてもらおうかな。午前中いっぱいでできるでしょ?」
 稲生:「え……あの魔道書の山を……?」
 マリア:「ああ、あれですね。分かりました。やっておきます」
 稲生:「マリアさん?」
 マリア:「いや、大丈夫だよ。あれくらい」

 ところで<1階西側食堂にはテレビが導入された。

〔「……それでは今日の運勢です。今日のラッキー星座は獅子座。何をやっても上手く行くでしょう」〕

 稲生:「この、よくテレビでやっている運勢というのは当たるんですか?」
 イリーナ:「私だったらテレビ局に頼まれてもやらないよ。もしどうしてもって言うんなら、マリアにやってもらう」
 マリア:「え?私ですか?」

 蔵書の山の整理を頼まれた際には何てことない顔をしていたマリアも、何故か運勢の占いについては嫌そうな顔をした。

 稲生:(つまり、弟子に投げる程度の仕事ってことか……)

 稲生もマリアの占いについては、後輩として口には出せないが、あまり信用していない。
 よく当たる時と当たらない時の波が激しい為である。
 当たる時は、それこそ宝くじに高額当選できるくらいの勢いであるのだが。

 イリーナ:「それじゃ、お願いね」
 マリア:「はい」
 稲生:「はい」

 朝食を終えると、稲生とマリアは連れ立って西側の奥にある図書室に向かった。
 屋敷の図書室は1階と2階にあり、吹き抜けの二層構造になっている。
 この図書室にも様々な仕掛けが施されており、侵入者がこの屋敷から脱出しようとしたい場合には、そこの仕掛けを解かなくてはならない。

 イリーナ:「ふむ……」

 イリーナは2階西側の貴賓室に向かった。
 ダンテがこの屋敷に滞在する際の部屋であるが、滅多に来ないこともあり、今ではイリーナが『留守を預かる』目的で使っている。
 前は1階西側のマリアの部屋で寝起きしていたのだが……。
 さっきから東側が出てこないが、東側を定期的に使っているのは稲生だけである。
 東側はゲストルームなどが集中しており、この屋敷に泊まりに来る者しか使用しない。
 稲生が寝起きしている部屋も、元はゲストルームだった。

 イリーナ:「そういえばここ最近、自分達の運勢は占っていなかったねぇ……。どれどれ……」

 イリーナは貴賓室に入り、机の前に座ると、バレーボールくらいの大きさの水晶球に手を翳した。

 イリーナ:「パペ、サタン、ハペ、サタン、アレッペ。……ふむ。しばらくは“魔の者”も大人しくしてるか。ベイカーさんが動いたみたいね。さすがは、私の大先輩」

 イリーナをして齢1000年強の大魔道師であるが、その中ではヒヨッコであるという。
 そもそもイリーナ自身が見習時代に脱走し、しかも自ら出戻りをしたというエピソードがある。
 ようやく弟子が取れるハイマスター(ベテラン魔道士)になっても、のんびりと何となく一人で過ごし、むしろ弟子を取らねばならないグランドマスター(大魔道師)になっても弟子を取ろうとしなかった為、これはさすがに師匠ダンテに注意された。

 イリーナ:「マリアの運勢は平和……ああ、そろそろ多い日が来るのね。勇太君は……あれ?……んん?……大凶?初めて見た。……あー……何か知らんが、確かに大凶っぽい……。えーと……先生として、生徒が大凶を迎えることが分かってて何もしないというのは最悪ね。何とか回避しないと。イジメの被害で自殺しちゃったコがいたのに、『イジメは無かった』と言い張るくらい最悪だわ。せめて、『イジメはあったかもしれないが、それが直接自殺の原因となったかどうかは不明な今日この頃です』くらいにしとかないと」

 そっちの方がよっぽど最悪である。
 と、そこへ水晶球に着信があった。

 イリーナ:「おっ、仕事の依頼かな」

 イリーナはローブを羽織り、フードを被って黒いマスクまでした。

 イリーナ:「……なるほど。分かったわ。それで報酬は……?」

[同日12:00.天候:晴 マリアの屋敷1F大食堂]

 マリア:「どう?意外とあっさり終わったでしょ?」
 稲生:「なるほど。マリアさんの人形を駆使して手伝わせればOKだったんですね」
 マリア:「そういうこと」

 見習魔法使いに扮するミッキーマウスが、師匠の留守の間に水汲み役を言い付けられたという物語がある。
 その言い付けを楽に行う為に、ミッキーは魔法でホウキを擬人化し、代わりにやらせるのだが、後で痛い目を見るという話だ。
 マリアのやったことはそれに似ているのだが、しかしそれでイリーナに怒られることはない。
 ミッキーは何が悪かったのか?
 それは習ってもいない魔法を勝手に使ったことであり、何も水汲みで楽したことではない。
 子供が読んだら後者を戒める為の道徳的な話になっているのだが、大人になってから読み返してみると実は前者だったことが分かる。
 マリアの場合はちゃんと自分で会得した魔法の範囲内で楽している為、これは許容範囲である。
 床掃除をするのにルンバを使って何が悪い?的な。

 稲生:「午後はどうなるんですかね?」
 マリア:「師匠のことだから、『自習』じゃないの?」
 稲生:「なるほど……」

 大食堂に行くと、イリーナはそこにはいなかった。

 マリア:「部屋で寝てるか、仕事に行ったかってところかな」
 稲生:「弟子は仕事場に連れて行かないんですねぇ……」
 マリア:「私が見習だった頃はよく連れて行ってくれたものだけど、今はね」

 マリア自身も現在は一人前。
 但し、仮免許が取れたというだけで、まだまだ若葉マークという所は変わらない。
 その為か、ローブに付けるブローチも、見習は白なのに対して、ローマスターは緑である。

 クラリス:「マスター。イリーナ様から言伝です」

 マリアの人形の中で古参のクラリスがマリアに封筒を渡して来た。
 今は人間態だが、人形形態になるとコミカルな動きをしてくれる。
 緑色の長いツインテールである為、稲生は『ミク人形』と呼んでいる。

 マリア:「ほお……」

 マリアは手紙を読んだ。
 達筆な筆記体で書かれている。

 マリア:「ボケてキリル文字(ロシア語)で書いてあるかと思ったら、ちゃんと英文だ。……あ、やっぱり師匠は仕事に行ったみたい」
 稲生:「そうですか」
 マリア:「で、何でも勇太にこれから試練が来るんだって」
 稲生:「え?僕に?」
 マリア:「手段は何でもいいから、とにかく落ち着いて対応すれば何も問題は無いと書いてある」
 稲生:「そ、そうですか」

 と、そこへ稲生のスマホに着信が入った。
 早くも、試練の到来か!?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする