報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「悪魔の誘い」 3

2019-06-17 18:49:16 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月17日21:13.天候:曇 東京都台東区上野 JR上野駅]

 稲生達を乗せた通勤快速電車が上野駅に接近する。
 昼間の快速は尾久駅を通過するが、通勤快速は停車する。
 その代わり、昼間の快速は蓮田駅には止まるが、通勤快速は通過である。
 この違いがよく分からない。

〔まもなく終点、上野、上野。お出口は、左側です。新幹線、山手線、京浜東北線、常磐線、上野東京ライン、地下鉄銀座線、地下鉄日比谷線と京成線はお乗り換えです。電車とホームの間が広く空いている所がありますので、足元にご注意ください。今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました〕

 この後流れる英語では、やはり『足元にご注意ください』を英語で『Watch Your step.』と言っている。
 しかし、これはアメリカ英語。
 イギリスの鉄道では、『Mind the gap.』と言う。
 もしも英語圏の国の者に、そういう注意喚起をする機会があったら、あえて日本人が習っていないイギリス英語で言ってみるのもいいかも。
 日本の鉄道でも、実は関東と関西において言い回しの違う注意喚起がある。
 それは、ドアに書いてある。
 関東では『ドアに注意』、関西では『指詰めにご注意』。
 多分、これくらいの違いだろう。

〔「……低いホーム14番線に到着致します。お出口は、左側です。……」〕

 電車は何事も無く高度を下げて、頭端式の低いホームにゆっくり入線した。
 かつては長距離列車が発車するホームであったが、主たる特急列車は16番と17番線に集約され、しかも常磐線専用となっている。
 高崎線の特急は、それ以外の低いホームのどれか(13番線は無い)から発車する。

〔うえの〜、上野〜。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕

 稲生達は折り返しの電車に乗り込む乗客達の出迎えを受けてホームに降り立った。
 金曜日ということもあってか、既に長蛇の列ができている。
 下りは需要があるのに、短い10両編成での運転なのである。
 せめて尾久車両基地から付属の5両編成を回送で持って来て、ここで増結しても良さそうなものだが……。

 稲生:「あ、そうだ」
 ルーシー:「?」

 中央改札口を出ると、稲生は何かを思い出したかのように自動券売機の所まで行った。

 ルーシー:「何をしているの?」
 マリア:「ああ、なるほど」

 付き合いの長いマリアには、稲生が何をしようとしているのか分かった。

 マリア:「帰りの電車のキップを買っているんだ」
 ルーシー:「帰り?稲生とマリアンナはICカードを持ってるじゃない。私は……自分で買うよ。それくらいのお金は先生から頂いているし」
 マリア:「いや、そういうことじゃない」

 稲生は券売機で何かを買うと、戻って来た。

 ルーシー:「帰りの電車のキップなんて、帰りでもいいじゃない。最悪、今日中に帰れるかどうか分からないんだから」
 稲生:「ゲン担ぎですよ。夕方の勤行で御祈念はしましたが、僕の場合、更にゲン担ぎしないと気が済まないもので」
 ルーシー:「どういうこと?」
 稲生:「こう言ったら怒るかもしれないけど、ゼルダとロザリーが死んだのは、帰りの新幹線のキップを買っていなかったからだと思うんだ」
 ルーシー:「そんなの関係あるわけないじゃない!どんな魔法よ!?」
 マリア:「ルーシーは本科の授業で習わなかったか?私も不思議に思っていたんだけど、多分これ、本科で習った『ジンクス』じゃないか?日本語では『ゲン担ぎ』って言うみたいだけど」
 ルーシー:「『ジンクス』ですって!?……その呪い、聖職者に多いって聞いたけど……」
 マリア:「勇太は仏教徒でもある。それが関わってるんだと思うね」

 むしろゲン担ぎというのは、ネガティブな意味でのジンクスを回避する行動という意味で使われる。
 最近の新しい言葉だと『フラグクラッシュ』、或いは『フラグ折り』とも言う。
 要は悪いことが起きるフラグが立った時、それを折る為の回避行動というのか。
 但し、場合によってはその回避行動によって新たなフラグが立つこともあるから要注意だ。

 稲生:「それでは行きましょう」

 稲生達は東京中央学園の最寄りの出口へ向かった。

[同日21:30.天候:曇 東京都台東区上野 東京中央学園上野高校]

 稲生:「昔はもっと妖気や霊気が漂っていたんだけど、今は見る影も無いな」
 ルーシー:「どういう学校よ?」
 マリア:「そういう学校だったんだ。今は回収されたけど、旧校舎には姿見を模した魔界の穴まであったんだよ。その穴、セキュリティ掛かってないからモンスターがダダ漏れだ。そう言えば信じる?」
 ルーシー:「その魔界の穴があったこと自体がウソみたいよ」
 稲生:「魔界の穴だけじゃない。第二次世界大戦中の東京大空襲による犠牲者の多くもここに運ばれたっていうから、それも関わっているとされているんだ」

 そのことは今現在、教育資料館として再生された旧校舎にも資料として展示されている。
 ここが臨時の病院(救護所)や遺体安置所として機能していたことが。

 稲生:「ここから入れる」

 稲生は裏門(通用門)の小さなドアを開けた。
 本来学校という所は『開かれた場所』という考え方から、下校時刻や休校日は門を閉めるものの、通用門の横の小さなドアだけは施錠されない。

 稲生:「場所は体育館裏の倉庫の横だ」

 途中で警備員の巡回に当たりそうになり、慌てて物陰に隠れる。
 学校が宿直や清掃、設備を外部委託したのは21世紀に入ってから。
 それまでは宿直は教員で直接行っていたし、用務員も学校法人直接雇用の体系だった。
 今では全て宿直は警備会社、用務員はビルメン会社、更には学食や売店の運営に至るまで外部委託している。
 その宿直の教師が被害者枠となった怪談話も、この学校には語り継がれている。
 が、今それは関係無い。

 稲生:「あそこだ!」

 体育館の横には体育倉庫ともまた違う倉庫があった。
 確かに使われていない分、管理が疎かになっているのか、それ以上古いはずの体育館よりも朽ちているように見える。

 マリア:「確かに何かの気配を感じるな」
 ルーシー:「私も感じる。よし、急いで魔法陣を書くよ」

 ルーシーとマリアは手持ちの魔法の杖を手に取ると、それで魔法陣を描いた。
 そして2人手を取り、一緒に呪文を唱える。

 マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。この地に隠遁し悪魔よ。直ちにその姿を現せ」
 ルーシー:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ。この地に隠遁し悪魔よ。直ちにその姿を現せ」

 稲生もまた魔法の杖を構え、悪魔の出現に備える。
 中には契約など全く興味を持たず、血肉だけを狙って来る輩もいる為、それに備えなくてはならない。
 新聞部に伝わる話によれば、そういう話ではないので、恐らく大丈夫だと思うが、万が一ということもある。

 マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ」
 ルーシー:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ」

 すると魔法陣が光り出し、また、元々曇っていた空であったが、急に稲光と雷鳴が発生した。
 その稲光が魔法陣に吸い込まれるように直撃し、稲生は眩しい光に目を細めた。
 そして、その光の中から悪魔が現れた。

 稲生:(一体、どうなる……!?)

 稲生は手に汗を握り、グッと魔法の杖を握りしめた。
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“大魔道師の弟子” 「悪魔の誘い」 2

2019-06-17 13:28:57 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月17日20:48.天候:曇 埼玉県さいたま市大宮区 JR大宮駅・宇都宮線上りホーム]

〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の4番線の列車は、20時49分発、通勤快速、上野行きです。この列車は、10両です。……〕

 夜の大宮駅で電車を待つのは稲生とマリア、そしてルーシーである。
 マリアの契約悪魔、ベルフェゴールの調査結果が夕方出た。
 すると確かにクジの件は悪魔のしわざで、しかもその居場所を突き止めたという。
 その場所というのが、東京中央学園上野高校。
 稲生の母校である。

〔まもなく4番線に、通勤快速、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックまでお下がりください。次は、浦和に止まります。この列車は、10両です。……〕

 夕方すぐに行かなかったのは、今日は金曜日で部活動の生徒達もそれまでは残っているだろうし、そもそもOBとして何か事前情報を掴めないか、稲生独自に調査をしたからである。
 そして、突き止めた。
 稲生は元々新聞部員で、東京中央学園で起きていた怪奇現象を追っていたからである。
 時には威吹にも手伝ってもらったり、自分が怪奇現象を引き起こしていた妖怪や幽霊と対峙することもあった。

〔「4番線、お下がりください。通勤快速の上野行きが参ります。上野止まりの電車です。池袋、新宿方面、東京、品川方面には参りませんのでご注意ください」〕

 電車がスーッと入線してきた。
 短い10両編成なので、あまりホームの後ろの方で電車を待っていてはいけない。
 通勤快速というと混んでいるイメージがあるが、これから東京都心へ向かう需要は少なく、10両編成でもガラガラだった。
 連結されているグリーン車など、乗客がいたのかどうかさえ分からない。

〔「ご乗車ありがとうございました。おおみや〜、大宮です。お忘れ物の無いよう、ご注意ください。4番線は宇都宮線、通勤快速、上野行きです。さいたま新都心駅には止まりません。次の停車駅は浦和です。停車駅にご注意ください」〕

 最後尾の10号車に乗り込んだ。
 ロングシートしか無い車両だが、ドア横の席が埋まっているだけで、やたら空席が目立つ。
 適当に硬いシートに座った。

〔この電車は宇都宮線、通勤快速、上野行きです。……〕

 賑やかな発車メロディがホームに鳴り響く。

〔4番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をご利用ください〕

 大宮駅では新幹線ホームと中距離電車ホームだけ駅側で発車メロディを流し、駅員(輸送助役?)の客終合図でもってドア閉めを行う。
 需要の少ない電車で駆け込み乗車は無く、それによる再開閉など無く、スムーズにドアが閉まった。
 そして、微かにインバータの音が聞こえて来たかと思うと、電車が走り出した。

〔この電車は宇都宮線、通勤快速、上野行きです。停車駅は浦和、赤羽、尾久、終点上野です。グリーン車は4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次は、浦和です〕
〔This is the Utsunomiya line,commuter rapid service train for Ueno...The next staion is Urawa.〕

 稲生:「僕が現役生だった頃、地縛霊の話があったんです」
 マリア:「地縛霊?」
 ルーシー:「そこで死んだ何者かの霊が成仏できずに、その場に留まって、訪れた人間に怪異をもたらす悪霊のことよ」
 稲生:「僕が現役生だった頃は、もっと別の話でした」

 地縛霊がいたとされる場所に足を踏み入れると、何も無いただの平らな地面なのに、何故かよく転ぶ。
 で、その時に必ずケガをする。
 それが擦り傷どころではなく、打撲や骨折などあり得ない重傷を負わせるのだ。
 そこで学校側はお祓いをすることにしたのだが、さすがにそんなオカルト話に本気で乗ったとあっては笑い者だ。
 対策として、そこに倉庫を建てることにした。
 倉庫ならそうそう生徒も立ち入る場所ではないし、それを建てる為の地鎮祭という名目も成り立つ。
 地鎮祭は無事に終わり、倉庫を建てる時も何の事故も発生せず、無事に完成した。
 そこまでは良かったのだが、誰もがそこに地縛霊がいたことなど忘れ去ろうとしていた頃、本当にそこを倉庫として使うことにした。
 そこで1人の教師が2人の生徒に使わなくなった机や椅子を片付けるよう指示したのだが、そこで事件は起きた。
 結論から言うと、頼まれた生徒のうち、1人は死亡。
 もう1人は精神錯乱状態。
 死亡した生徒は精神錯乱した生徒に椅子で殴られて殺されたらしいが、精神錯乱した方の生徒は殺された方の生徒が化け物と化したから殺したと言い張った。
 精神錯乱した方は、稲生が話を聞いた当時まで精神科に入院していたらしい。
 今でも入院しているのかは不明だ。
 その倉庫は曰く付きである為、再び建物だけ残して使用禁止になったそうだ。

 稲生:「僕が聞いたのはこの話だけです。ところが、どうも僕が卒業した後で、またあの場所で事件が起きたらしいですね」

 稲生が聞いた話では、お祓いをしに来たのは神社の神主である。
 その後に起こった事件では、キリスト教の神父が呼ばれた。
 それは何故か?
 そう、あそこに悪魔が現れたからである。
 学校側では、かなり正確な情報まで掴んでいたのだろう。
 だが、選択肢を誤ったようだ。
 神父の力だけでは祓えない強い悪魔が出たようだ。
 そういう時こそ魔道士の出番なのだが、さすがにそこまでは思いつかなかったようだ。
 ま、そもそも魔道士に簡単に連絡が取れるような人間など、殆どいないとは思うが。

 稲生:「あそこで数人の女子生徒がどういう経緯か、悪魔の召喚の儀式を行ったようです。多分、僕が卒業した後で、僕達の活動が後輩達に知れ渡ったらしいんですが、それでちょっとしたオカルトブームが到来したようです。それに乗っかったんだと思いますけど」
 マリア:「バカだね」
 ルーシー:「バカだね」

 魔道士でさえ冷や汗をかきながらの悪魔の召喚術式なのに、それを素人の人間がやったらどうなるか……。
 悪魔は契約相手が魔道士だと分かったら警戒するのだが、それは契約を持ちかける方も同じなのである。
 当然ながら、流血の惨を見た事は想像に難くない。
 地縛霊というのは、その時に死んだ女子生徒達の霊ではないかというのが今の現役生による新聞部員の見解だ。
 稲生はOBの権限を利用して、その資料を取り寄せた。
 それで、ベルフェゴールの調査に誤りが無いと確信し、今こうして向かっているというわけである。
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“大魔道師の弟子” 「悪魔の誘い」

2019-06-17 10:17:05 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月17日11:20.天候:晴 東京都千代田区丸の内 JR東京駅八重洲南口]

 JRバスのターミナルもあるこの出口に辿り着いた稲生。
 マイクを使ったバスの発着案内放送が賑やかだ。
 鉄道駅の案内放送と違い、自動放送は一切無い為、ターミナルの係員が逐一肉声で放送している。

 稲生:「マリアさん、お待たせしました」
 マリア:「遅かったじゃない」
 稲生:「すいません。丸ノ内線だと、反対側の丸の内側なもんで、こっちまで来るのが大変でしたよ」

 今、東京駅で八重洲側と丸の内側を自由に往来できる通路は北口1つしか無い。

 稲生:「それで例の物は?」
 マリア:「これ」

 マリアが出した封筒は熨斗紙に包まれており、『特賞』と書かれていた。

 稲生:「金一封入ってそうな封筒ですけどね」
 マリア:「それだったら、ルーシーがありがたく使わせてもらうさ。ねぇ、ルーシー?」
 ルーシー:「ま、まあね」

 ルーシーは相変わらず硬い表情だ。
 マリアと一緒の時は笑顔も見せるのだが。
 ただ、ルーシーの場合は過去の経験からして、他の魔女にありがちな『男性恐怖症』でも『男性嫌悪症』でもなく、ただ単に人間嫌いなだけのようだ。

 マリア:「日本語会話なら自動通訳魔法具で分かるけど、文字の翻訳まではできないからね。何て書いてある?」

 封筒を透かしてみると、確かに何かの文字が見える。
 それを見る限りでは……。

 稲生:「おお!大江戸温泉物語だ!」
 マリア:「温泉か」
 稲生:「きっと、大江戸温泉物語の宿泊券か何かですよ!いやあ、いいの当てましたね!」
 ルーシー:「温泉……spa……」
 稲生:「早速、見てみましょう。開けてみても?」
 ルーシー:「いいよ」

 稲生は熨斗紙に包まれた封筒を開けた。

 稲生:「どこの温泉かな?鬼怒川かな?それともお台場かな?」

 別に稲生が当たったわけでもないのに、何故か自分が当たったかのようにルンルン気分で開ける。

 稲生:「うん。やっぱり大江戸温泉物語のペア宿泊チケットですよ!どこのだろう?」

 更にそのケースを開ける。
 すると!

 稲生:「何これ!?」
 マリア:「!?」
 ルーシー:「!!!」

[同日12:00.天候:晴 東京駅一番街 某飲食店]

 稲生:「……え、何でハズレなの?」
 マリア:「いや、ハズレじゃないよ!」
 ルーシー:「バカにしやがって……!」

 そう。
 稲生の言う通り、ケースを開けてみるとハズレだった。
 いや、ハズレというか……。
 白紙に毛筆で、『ハズレ ざんねんでちたw』と、書かれた紙が入っていただけだった。
 文句を言いにくじ引き会場に行った3人の魔道士だったが、会場はもぬけの殻だった。
 試しに近くの店舗スタッフや巡回中の地下街警備員に聞いてみたが、今日はそんなイベントはやっていないという。

 稲生:「罠じゃないですか、これ?」
 マリア:「まだ“魔の者”の眷属がこの近くにいるのか?」
 ルーシー:「私はね、バカにされるのが一番嫌いなの。こんなことをしたヤツはタダじゃおかない……!」
 稲生:「こんなことをする罠って、何だろう?普通、逆じゃないですか?僕がもし“魔の者”の眷属だったら、逆にハズレくじを当たりに見せかけて、逆にこの温泉に呼び寄せて、あとは【流血の惨を見る事、必至であります】」
 マリア:「悪魔の考えることは分からないからなぁ……ん?悪魔?あ、そうだ!」

 マリアは何か思いついたようだ。

 マリア:「ベルフェゴール!」
 ベルフェゴール:「は、ここに……」

 するとマリアの召喚に応じ、英国紳士の恰好をしたベルフェゴールが現れた。

 マリア:「このイタズラ、悪魔のしわざだと思うか?」
 ベルフェゴール:「その可能性はあります。ちょっと調査してみましょう」
 マリア:「頼む。報酬は魔法石1つやるよ」
 ベルフェゴール:「緑のヤツでお願いしますよ」
 マリア:「分かった」

 宝石のエメラルドに似ているのだが、それだろうか。
 因みに魔法石はこの世界で見つけることもあるが、多くは魔界で稼ぐものである。
 稲生も“魔の者”に狙われて魔界を彷徨った時、その苦労の甲斐として魔法石を多く手に入れた。
 大抵はエンカウントしたモンスターが持っていることが多い。
 見た目は宝石なので、価値を知らないモンスターが拾ってそのまま持っているというパターンだ。

 マリア:「もしも“魔の者”の眷属あるいは悪魔そのものの嫌がらせだとしたら、ベルフェゴールに頼めばすぐに分かる。何しろあいつはキリスト教7つの大罪の悪魔、つまり上級悪魔だからな」
 ルーシー:「“怠惰の悪魔”でしょ?頼まれた後でサボるのがオチなんじゃない?」
 マリア:「だから報酬を先に提示するんだよ。それは他の悪魔も同じ。勇太も覚えといて」
 稲生:「は、はい!」

 いきなりの先輩の指導に、稲生は慌てて手帳を取り出した。
 優秀な悪魔ほど契約内容に沿った活動を行う。
 忖度など絶対にあり得ない。
 先に報酬を提示し、それで落としておかなければ、後でボッたくりバーの如く、とんでもない額を請求してくる恐れがあるからだ。
 契約者が普通の人間だと分かれば、悪魔はナメて掛かって来る。
 それに気づかない人間は哀れ、自分が不幸になるか、最悪命まで取られてしまうのだ。
 契約者が魔道士だと分かると、悪魔も警戒してくる。
 魔道士の方が上手だと知っているからだ。

 ルーシー:(ベルフェゴールの場合、先に報酬を提示されてそれに乗ったからサボりはしないだろうけど、多分眷属の中級悪魔辺りに丸投げするのがオチってところね……)

 ルーシーはそう心の中で呟くと、食後のアールグレイを啜った。

 ルーシー:(マリアンナの悪魔だけで事足りればいいんだけど、そうでなかったら私の……)

 ルーシーもまたマスターである。
 マスターということは、ちゃんと契約悪魔がいるということだ。
 ダンテ一門の魔道士は自分の魔力だけで魔法を使い続けることには無理があることを知っているので、悪魔と契約して安定した魔力を供給してもらうことを是としている。
 これはケータイで言うところの、前者はパケット通信、後者はWi-Fi通信に例えられている。
 パケットだけでスマホのネットを使い続けると、いつかは通信制限が掛かってしまう。
 しかしWi-Fiであれば、接続中はいくら使っても構わない。
 そういうことだ。
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