[1月16日13:00.天候:曇 アルカディア王国西部辺境オークタウン中心部 稲生勇太]
稲生はアルカディアシティに向かう前に、この町で魔道師に関する情報を集めようと思った。
そこで再び、稲生達が旧貴族への屋敷に対する無断進入の廉で叱責を受けた番所に行ってみることにした。
番所にはアルカディア王国の正規軍の役人が派遣されて詰めている。
まあ、アメリカで言うところの保安官みたいなものだ。
アルカディア王国では地方の町村でも、中央から派遣された国家憲兵が治安維持に当たっている。
「こんにちはー」
稲生が番所に到着すると、ノックをして入った。
「ん?何だ、またアンタか。まだこの町にいたのか」
稲生達をこってり絞った小太りの役人は、稲生を見て嫌そうな顔をした。
「すいません。明日には出て行きますんで、今日のところは勘弁してください」
「まあ、いつまでいようと勝手だが、禁止事項に触れるようなことはやめて頂きたいね」
「はい、気をつけます。ところで今回は、ちょっと聞きたいことがあって来たんです」
「聞きたいこと?」
「あの旧貴族の屋敷には、魔法の結界が張ってありました」
「ああ。魔道師さんに頼んで張ってもらった。最近、トレジャーハンターという恰好いい名前で盗賊稼業をする輩が増えて来たんでな。おかげで、5人くらいは真っ黒焦げだよ」
役人は嘲笑めいた笑みを浮かべた。
アルカディア王国では、あまり加害者に対する人権意識は小さいようである。
「その魔道師さんが結界を張ったのは、いつですか?」
「ほんの3日くらい前だ。取り壊し直前が1番、危険な時だからな。旅で立ち寄ったらしかったが、ちょうど良かったよ」
「3日前……」
稲生は首を傾げた。
だが人間界と魔界では、流れる時間が違う。
もしかしたら、先にマリアが魔法陣に吸い込まれたとしたなら、その後で吸い込まれた稲生とは数日間くらいのブランクはあるかもしれない。
「その魔道師さん、マリアンナ・ベルフェ・スカーレットさんでは無いですか?」
「名前は名乗らなかったが、少女みたいな魔道師さんだったよ」
「この人ではないですか?」
稲生はスマホのホーム画面を見せた。
稲生とマリアが一緒に写っている。
マリアは照れ笑いを浮かべていた。
「あー……こんな感じだったかなぁ……。いや、終始ずっとフードを深く被ったままだったからね。でも確かに金髪のおかっぱで、そういう緑のブレザーとグレーのプリーツスカートを履いていたよ。で、黒いストッキングだったね」
「やっぱり!」
99パー、マリアだと稲生は思った。
「その人、今どこに!?」
「取りあえず、結界の報酬をもらって、『レッドスターシティに向かう』と言ってたね」
「レッドスターシティ!?……って、どこですか?アルカディアシティとはまた別?」
「まあ、アルカディアシティとこの町の中間地点にある町かな。シティというくらいだから、人口はそこそこ多いよ。まあ、王国西部の州都みたいなものだ」
「へえ……」
西部州なる地域だったのか、ここは。
(しかし、同じ魔界にいるのなら、どうしてマリアさんは連絡をくれないんだろう?)
そもそも、稲生のスマホ(魔法で、魔界であってもマリアやイリーナとは繋がるようになっている)でも連絡が取れないのだから……。
[同日18:00.オークタウン中心部の宿屋 稲生&アレクサンドラ(サーシャ)]
稲生は仮眠を取っていたサーシャと合流し、1階の酒場兼食堂で夕食を取っていた。
サーシャはしっかり酒を頼んでいる。
「で、どうなんだい?情報は入ったかい?」
「ええ。ここからアルカディアシティに向かう途中に、レッドスターシティという大きな町があるそうです。その町にマリアさんが向かった可能性があります」
「その町、何かあるのかい?」
「分かりません。ここの役人さんの話だと、王国西部の中では1番大きい町だそうですが、薬師系の魔道師さんが色々な薬を作っている場所があるということです」
「ふーん……」
薬師系というとポーリン・ルシフェ・エルミラというイリーナの姉弟子を思い浮かべた稲生だが、彼女とそこがどういう関係なのかまでは分からなかった。
だが、何らかの接点はあるだろう。
マリアもそれを期待して向かったのではないだろうか。
稲生自身、役人から情報を得るまで、マリアが魔界にいることは憶測の域を出なかった。
ましてや先に魔界に来たマリアは、後から稲生も吸い込まれたことなど知らないだろう。
「じゃあ、何だい?急いだ方がいいかもね」
「はい。最悪、その町でも会えない恐れがあります」
「……だね。ま、その時はアルカディアシティまで行くしか無いね」
「はい」
「そうだ。稲生はあの安倍首相と知り合いなんだろ?」
「ええ」
「稲生のその魔法具で、直接安倍首相と連絡は取れないのか?」
「魔界にはアンテナや基地局が無いので、このスマホは使えないんです」
稲生は残念そうな顔をした。
魔界の電話は明治時代のものと大して変わらない。
つまり、固定電話しか無く、その固定電話も直接電話線を通して、交換局を介して通信を行うという前近代的な方式だ。
「でも凄いよなぁ、魔道師の持つ魔法具って。見えない相手と話ができるだけじゃなく、その文字盤(ホーム画面)に絵まで映し出せるのか」
「そうなんです。この人がマリアさんです」
稲生はホーム画面に設定している2人の写真を見せた。
「おー、かわいいコだね。15〜16……いや、17〜18歳……いや、やっぱり16〜17歳……?」
「25歳です」
「私らより年上っ!?……ま、まあ、魔道師さんって、往々にして見た目年齢と実年齢が合わないっていうからな。稲生も実は300歳くらいとか?」
「いやいや、僕はまだ見習なので実年齢のままです。サーシャと同い年ですよ」
「そうか」
「確かにマリアさん自身、もともと童顔というのもありますし、魔道師になったのが18歳の時ですから、その頃から変わらないのは無理も無いです」
「なるほどね。じゃあ、稲生が好きな人の絵を見せてくれたことだし、私も見せようかな」
サーシャは首から掛けているペンダントを取り出した。
その中に小さな人物画が入っていた。
つまり、ロケットペンダントである。
精悍な顔付きの男性であった。
稲生のイメージで重戦士というと、もっと藤谷みたいな巨体の男戦士をイメージしていたのだが、これだと映画のグラディエーターの出演者みたいな感じだ。
「稲生は見覚え無いよねぇ?」
「……何しろ、映画とかに出演する人達みたいな感じで、見たことあるって言われればそんな気もするし、無いと言えば無いし……」
「まあ、そうだよね」
「すいませんね。僕にもう少し魔力があれば、それでエリックさんを魔法で捜索することができるんですが……」
「いいよ。無いものはしょうがない。とにかく、まずはレッドスターシティに向かうことだな。もしかしたら、そのマリアンナって人がエリックを捜せるかもしれないんでしょ?」
「そうです。マリアさんもよく水晶球を使っているので、可能だと思います」
「よし。そうと決まったら、明日は早起きしてその町へ向かうよ」
「どのくらいで着けるでしょうか?」
「まあ、私の足……というか、稲生の足に合わせないとダメか。それなら1週間で着けるんじゃない?」
「い、いっしゅう……かん!?」
稲生はフリーズして、ポロッと持っていたフォークを落としてしまった。
本当、昔の人達は徒歩で何日も掛けて旅をしていたのだから、発達した交通手段を惜し気も無く利用している現代人としては恐れ入る。
稲生はアルカディアシティに向かう前に、この町で魔道師に関する情報を集めようと思った。
そこで再び、稲生達が旧貴族への屋敷に対する無断進入の廉で叱責を受けた番所に行ってみることにした。
番所にはアルカディア王国の正規軍の役人が派遣されて詰めている。
まあ、アメリカで言うところの保安官みたいなものだ。
アルカディア王国では地方の町村でも、中央から派遣された国家憲兵が治安維持に当たっている。
「こんにちはー」
稲生が番所に到着すると、ノックをして入った。
「ん?何だ、またアンタか。まだこの町にいたのか」
稲生達をこってり絞った小太りの役人は、稲生を見て嫌そうな顔をした。
「すいません。明日には出て行きますんで、今日のところは勘弁してください」
「まあ、いつまでいようと勝手だが、禁止事項に触れるようなことはやめて頂きたいね」
「はい、気をつけます。ところで今回は、ちょっと聞きたいことがあって来たんです」
「聞きたいこと?」
「あの旧貴族の屋敷には、魔法の結界が張ってありました」
「ああ。魔道師さんに頼んで張ってもらった。最近、トレジャーハンターという恰好いい名前で盗賊稼業をする輩が増えて来たんでな。おかげで、5人くらいは真っ黒焦げだよ」
役人は嘲笑めいた笑みを浮かべた。
アルカディア王国では、あまり加害者に対する人権意識は小さいようである。
「その魔道師さんが結界を張ったのは、いつですか?」
「ほんの3日くらい前だ。取り壊し直前が1番、危険な時だからな。旅で立ち寄ったらしかったが、ちょうど良かったよ」
「3日前……」
稲生は首を傾げた。
だが人間界と魔界では、流れる時間が違う。
もしかしたら、先にマリアが魔法陣に吸い込まれたとしたなら、その後で吸い込まれた稲生とは数日間くらいのブランクはあるかもしれない。
「その魔道師さん、マリアンナ・ベルフェ・スカーレットさんでは無いですか?」
「名前は名乗らなかったが、少女みたいな魔道師さんだったよ」
「この人ではないですか?」
稲生はスマホのホーム画面を見せた。
稲生とマリアが一緒に写っている。
マリアは照れ笑いを浮かべていた。
「あー……こんな感じだったかなぁ……。いや、終始ずっとフードを深く被ったままだったからね。でも確かに金髪のおかっぱで、そういう緑のブレザーとグレーのプリーツスカートを履いていたよ。で、黒いストッキングだったね」
「やっぱり!」
99パー、マリアだと稲生は思った。
「その人、今どこに!?」
「取りあえず、結界の報酬をもらって、『レッドスターシティに向かう』と言ってたね」
「レッドスターシティ!?……って、どこですか?アルカディアシティとはまた別?」
「まあ、アルカディアシティとこの町の中間地点にある町かな。シティというくらいだから、人口はそこそこ多いよ。まあ、王国西部の州都みたいなものだ」
「へえ……」
西部州なる地域だったのか、ここは。
(しかし、同じ魔界にいるのなら、どうしてマリアさんは連絡をくれないんだろう?)
そもそも、稲生のスマホ(魔法で、魔界であってもマリアやイリーナとは繋がるようになっている)でも連絡が取れないのだから……。
[同日18:00.オークタウン中心部の宿屋 稲生&アレクサンドラ(サーシャ)]
稲生は仮眠を取っていたサーシャと合流し、1階の酒場兼食堂で夕食を取っていた。
サーシャはしっかり酒を頼んでいる。
「で、どうなんだい?情報は入ったかい?」
「ええ。ここからアルカディアシティに向かう途中に、レッドスターシティという大きな町があるそうです。その町にマリアさんが向かった可能性があります」
「その町、何かあるのかい?」
「分かりません。ここの役人さんの話だと、王国西部の中では1番大きい町だそうですが、薬師系の魔道師さんが色々な薬を作っている場所があるということです」
「ふーん……」
薬師系というとポーリン・ルシフェ・エルミラというイリーナの姉弟子を思い浮かべた稲生だが、彼女とそこがどういう関係なのかまでは分からなかった。
だが、何らかの接点はあるだろう。
マリアもそれを期待して向かったのではないだろうか。
稲生自身、役人から情報を得るまで、マリアが魔界にいることは憶測の域を出なかった。
ましてや先に魔界に来たマリアは、後から稲生も吸い込まれたことなど知らないだろう。
「じゃあ、何だい?急いだ方がいいかもね」
「はい。最悪、その町でも会えない恐れがあります」
「……だね。ま、その時はアルカディアシティまで行くしか無いね」
「はい」
「そうだ。稲生はあの安倍首相と知り合いなんだろ?」
「ええ」
「稲生のその魔法具で、直接安倍首相と連絡は取れないのか?」
「魔界にはアンテナや基地局が無いので、このスマホは使えないんです」
稲生は残念そうな顔をした。
魔界の電話は明治時代のものと大して変わらない。
つまり、固定電話しか無く、その固定電話も直接電話線を通して、交換局を介して通信を行うという前近代的な方式だ。
「でも凄いよなぁ、魔道師の持つ魔法具って。見えない相手と話ができるだけじゃなく、その文字盤(ホーム画面)に絵まで映し出せるのか」
「そうなんです。この人がマリアさんです」
稲生はホーム画面に設定している2人の写真を見せた。
「おー、かわいいコだね。15〜16……いや、17〜18歳……いや、やっぱり16〜17歳……?」
「25歳です」
「私らより年上っ!?……ま、まあ、魔道師さんって、往々にして見た目年齢と実年齢が合わないっていうからな。稲生も実は300歳くらいとか?」
「いやいや、僕はまだ見習なので実年齢のままです。サーシャと同い年ですよ」
「そうか」
「確かにマリアさん自身、もともと童顔というのもありますし、魔道師になったのが18歳の時ですから、その頃から変わらないのは無理も無いです」
「なるほどね。じゃあ、稲生が好きな人の絵を見せてくれたことだし、私も見せようかな」
サーシャは首から掛けているペンダントを取り出した。
その中に小さな人物画が入っていた。
つまり、ロケットペンダントである。
精悍な顔付きの男性であった。
稲生のイメージで重戦士というと、もっと藤谷みたいな巨体の男戦士をイメージしていたのだが、これだと映画のグラディエーターの出演者みたいな感じだ。
「稲生は見覚え無いよねぇ?」
「……何しろ、映画とかに出演する人達みたいな感じで、見たことあるって言われればそんな気もするし、無いと言えば無いし……」
「まあ、そうだよね」
「すいませんね。僕にもう少し魔力があれば、それでエリックさんを魔法で捜索することができるんですが……」
「いいよ。無いものはしょうがない。とにかく、まずはレッドスターシティに向かうことだな。もしかしたら、そのマリアンナって人がエリックを捜せるかもしれないんでしょ?」
「そうです。マリアさんもよく水晶球を使っているので、可能だと思います」
「よし。そうと決まったら、明日は早起きしてその町へ向かうよ」
「どのくらいで着けるでしょうか?」
「まあ、私の足……というか、稲生の足に合わせないとダメか。それなら1週間で着けるんじゃない?」
「い、いっしゅう……かん!?」
稲生はフリーズして、ポロッと持っていたフォークを落としてしまった。
本当、昔の人達は徒歩で何日も掛けて旅をしていたのだから、発達した交通手段を惜し気も無く利用している現代人としては恐れ入る。