[12月28日13:10.JR宇都宮線普通列車内 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
電車が走り出してすぐグリーンアテンダントと呼ばれる、グリーン車専属の案内係がやってくる。
昔のグリーン車はそこに専務車掌が乗務していて、普通にキップを切るだけであったが、今ではグリーンアテンダントに取って代わられている。
「あ、この方のです」
アテンダントが寝ているイリーナの所に来たので、稲生がイリーナのグリーン券を渡した。
「ありがとうございます」
アテンダントは改札挟という名のホチキス型のスタンプを押した。
駅の有人改札口で押されるスタンプは赤いインクだが、車内改札のものは青いインクである。
アテンダントに運転扱いの車掌の資格は無いが、客扱いの資格はあるのだろう。
稲生は既にSuicaで乗っているのでいいが、イリーナとマリアに関してはグリーン券の提示を求められた。
アテンダントはにこやかな顔で、マリアの券にもスタンプを押す。
しばらくすると、イリーナやマリアの頭上の使用状況ランプも赤から緑へと変わった。
今回の場合、アテンダントが女性だから良かったが、昔みたいな男性車掌だと、マリアの分も稲生が預かることになっていただろう。
ベルフェゴールが契約悪魔として使役できるようになったとはいえ、昔のトラウマはそう簡単に消えるものではないからだ。
稲生とはこうして隣り合って座れて、手袋越しなら手を繫げるようにもなったのだが、本来ならそれすら難しいのが普通かもしれない。
何度も性的暴行を受け、身ごもった双子の赤ん坊を特殊な方法で中絶するまでに至ったのだから。
それでも、見た目は普通に振る舞える理由は、本来の彼女の性格にも起因していると思われる。
自殺や自分の殻に閉じ籠もるではなく、復讐劇を繰り広げる方を選んだわけだから。
「あ、何か食べます?」
「? もうランチは終わったが……?」
「甘い物は別腹と言いますよ」
「ふーん……?」
稲生がそんなことを言った理由は、先ほどのグリーンアテンダントが、今度は車内販売にやってきたからだ。
とはいえ、そこは普通列車の2階建てグリーン車。
新幹線や特急列車の車販と違って、大きなワゴンを押してやってくるわけではない。
手提げカゴに入れて持って来た。
「フィナンシェ2つと、コーヒーください」
「はい、ありがとうございます」
「私はお茶で」
稲生は手持ちの小銭入れから支払った。
尚、稲生はコーヒーを注文したが、紙コップ売りのコーヒーではなく、普通の缶コーヒーである。
普通列車では、そういうものは扱っていない。
「フィナンシェは久しぶりだ」
「そうですか」
「こういう所で扱ってるとは……」
「まあ、コンビニで売ってるくらいですから」
稲生はそう言って、フィナンシェの入った包みを開けた。
「ユウタは甘い物が好きなのか?」
「ええ。口が寂しい時は、よく飴を舐めてましたが……」
「そうなのか……。じゃあ今度、おやつの時間にはユウタも呼んであげる」
「えっ?」
「いや、私はいつも15時におやつの時間にしてるんだけど、ユウタはあまり甘い物が好きそうじゃないし、ずっと部屋にいるから、呼んでなかったんだ」
「あ、そうだったんですか」
確かにマリアとイリーナがお茶をする時間があるのは何となく知っていたが、女性同士のあれかと思い、稲生はあえて参加を表明しなかった。
「1つ屋根の下で一緒に修行しているのだから、今度からは呼ぶよ」
「あー、ありがとうございます」
マリアが硬い言い回しをしているのは、何も英語を日本語に訳す魔法を使っているからだけではない。
過去のトラウマによる影響だ。
子供の頃は、もう少しおっとりした、普通の少女だった。
それが10代になって、“魔の者”に洗脳されたスクールメイトに襲われた後、魔道師になってから、強く振る舞うことを念頭に置いたため、言葉遣いもやや硬い言い回しになっている。
イリーナに言わせれば、ユウタと会ってから、だいぶ口調が柔らかくなったとのこと。
[同日13:33.JR大宮駅 稲生、マリア、イリーナ]
〔まもなく大宮、大宮。お出口は、右側です。新幹線、高崎線、埼京線、川越線、東武野田線とニューシャトルはお乗り換えです。電車とホームの間が広く空いている所がありますので、足元にご注意ください〕
「師匠、師匠。そろそろ着きますよ」
マリアが立ち上がって、真ん前に座るイリーナを揺り起こした。
『あと5分』を繰り返すかと思いきや、意外と素直に起きた。
「大変。予知夢を見たのよ」
と、イリーナ。
「ええっ?何ですか?」
大魔道師の見る予知夢は浅井会長の与太予言と違って必ず当たる。
それが悪いものなら、尚更だ。
「この電車……大きく揺れるよ」
イリーナが深刻な顔をしながら言ったものだから、マリアが、
「まさか、脱線?!」
と、一瞬驚愕の顔になった。
だが稲生は、
「……いや、これは別に脱線とかじゃなくて……」
ガッ!……ガッ!……ギギィ!……ギギィッ……!
「ポイント通過なだけでは?」
「んあ?そうかい?ならいいんだけどね」
「師匠!」
上野駅を発車する宇都宮線が大宮駅に進入する時、必ず9番線に入るのだが、大宮駅としては副本線部分になる。
その為、ポイントを渡ることになり、速度制限ギリギリで電車が差し掛かると大きく揺れるのである。
高崎線はそのまま真っ直ぐ8番線に入り、それではまるで高崎線が本線のようだが、それもそのはず。
大宮に先に線路を通したのは宇都宮線(東北本線)ではなく、高崎線だからだ。
今では上野発の宇都宮線が大宮まで本線扱いのようだが、歴史上から見れば、高崎線が本線なのである。
東北本線を浦和駅で分岐させるか、大宮駅で分岐させるか、はたまた熊谷駅で分岐させるかで揉めたことは有名。
結局どこで分岐させることになったのかは、言うまでも無く大宮である。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮です。宇都宮線の普通列車、宇都宮行きです。途中、久喜で湘南新宿ラインから参ります快速電車との待ち合わせがございます。……」〕
稲生達は電車を降りた。
「ここからどうするの?」
「幸いバスがありますので、それで行こうと思います」
「そう。別にタクシーで行ったっていいんだよ?」
「いえ。僕は電車とバスで移動するのが好きなので」
エスカレーターに乗りながら、稲生が答えた。
「まあ、それならいいんだけどね」
年末の仕事納めや冬休みの学生達などで賑わう大宮駅。
3人は、多くの人が行き交う駅構内を西口に向かって進んだ。
鉄道の旅は、取りあえずこれで終わりである。
あとは、路線バスに乗るだけのようだ。
「師匠。師匠が見た予知夢って、電車が揺れることだけではないでしょう?」
「ふふ……まあね。後で話すわ。バスが空いてたら、そこで話してもいい」
「多分ガラ空きだから、大丈夫だと思いますよ」
一体、イリーナは何の予知夢を見たというのだろうか。
元旦から震度4の地震が来たことのあるさいたま市だったが、来年の元旦も大きめの地震が来るという予知夢だろうか。
電車が走り出してすぐグリーンアテンダントと呼ばれる、グリーン車専属の案内係がやってくる。
昔のグリーン車はそこに専務車掌が乗務していて、普通にキップを切るだけであったが、今ではグリーンアテンダントに取って代わられている。
「あ、この方のです」
アテンダントが寝ているイリーナの所に来たので、稲生がイリーナのグリーン券を渡した。
「ありがとうございます」
アテンダントは改札挟という名のホチキス型のスタンプを押した。
駅の有人改札口で押されるスタンプは赤いインクだが、車内改札のものは青いインクである。
アテンダントに運転扱いの車掌の資格は無いが、客扱いの資格はあるのだろう。
稲生は既にSuicaで乗っているのでいいが、イリーナとマリアに関してはグリーン券の提示を求められた。
アテンダントはにこやかな顔で、マリアの券にもスタンプを押す。
しばらくすると、イリーナやマリアの頭上の使用状況ランプも赤から緑へと変わった。
今回の場合、アテンダントが女性だから良かったが、昔みたいな男性車掌だと、マリアの分も稲生が預かることになっていただろう。
ベルフェゴールが契約悪魔として使役できるようになったとはいえ、昔のトラウマはそう簡単に消えるものではないからだ。
稲生とはこうして隣り合って座れて、手袋越しなら手を繫げるようにもなったのだが、本来ならそれすら難しいのが普通かもしれない。
何度も性的暴行を受け、身ごもった双子の赤ん坊を特殊な方法で中絶するまでに至ったのだから。
それでも、見た目は普通に振る舞える理由は、本来の彼女の性格にも起因していると思われる。
自殺や自分の殻に閉じ籠もるではなく、復讐劇を繰り広げる方を選んだわけだから。
「あ、何か食べます?」
「? もうランチは終わったが……?」
「甘い物は別腹と言いますよ」
「ふーん……?」
稲生がそんなことを言った理由は、先ほどのグリーンアテンダントが、今度は車内販売にやってきたからだ。
とはいえ、そこは普通列車の2階建てグリーン車。
新幹線や特急列車の車販と違って、大きなワゴンを押してやってくるわけではない。
手提げカゴに入れて持って来た。
「フィナンシェ2つと、コーヒーください」
「はい、ありがとうございます」
「私はお茶で」
稲生は手持ちの小銭入れから支払った。
尚、稲生はコーヒーを注文したが、紙コップ売りのコーヒーではなく、普通の缶コーヒーである。
普通列車では、そういうものは扱っていない。
「フィナンシェは久しぶりだ」
「そうですか」
「こういう所で扱ってるとは……」
「まあ、コンビニで売ってるくらいですから」
稲生はそう言って、フィナンシェの入った包みを開けた。
「ユウタは甘い物が好きなのか?」
「ええ。口が寂しい時は、よく飴を舐めてましたが……」
「そうなのか……。じゃあ今度、おやつの時間にはユウタも呼んであげる」
「えっ?」
「いや、私はいつも15時におやつの時間にしてるんだけど、ユウタはあまり甘い物が好きそうじゃないし、ずっと部屋にいるから、呼んでなかったんだ」
「あ、そうだったんですか」
確かにマリアとイリーナがお茶をする時間があるのは何となく知っていたが、女性同士のあれかと思い、稲生はあえて参加を表明しなかった。
「1つ屋根の下で一緒に修行しているのだから、今度からは呼ぶよ」
「あー、ありがとうございます」
マリアが硬い言い回しをしているのは、何も英語を日本語に訳す魔法を使っているからだけではない。
過去のトラウマによる影響だ。
子供の頃は、もう少しおっとりした、普通の少女だった。
それが10代になって、“魔の者”に洗脳されたスクールメイトに襲われた後、魔道師になってから、強く振る舞うことを念頭に置いたため、言葉遣いもやや硬い言い回しになっている。
イリーナに言わせれば、ユウタと会ってから、だいぶ口調が柔らかくなったとのこと。
[同日13:33.JR大宮駅 稲生、マリア、イリーナ]
〔まもなく大宮、大宮。お出口は、右側です。新幹線、高崎線、埼京線、川越線、東武野田線とニューシャトルはお乗り換えです。電車とホームの間が広く空いている所がありますので、足元にご注意ください〕
「師匠、師匠。そろそろ着きますよ」
マリアが立ち上がって、真ん前に座るイリーナを揺り起こした。
『あと5分』を繰り返すかと思いきや、意外と素直に起きた。
「大変。予知夢を見たのよ」
と、イリーナ。
「ええっ?何ですか?」
大魔道師の見る予知夢は
それが悪いものなら、尚更だ。
「この電車……大きく揺れるよ」
イリーナが深刻な顔をしながら言ったものだから、マリアが、
「まさか、脱線?!」
と、一瞬驚愕の顔になった。
だが稲生は、
「……いや、これは別に脱線とかじゃなくて……」
ガッ!……ガッ!……ギギィ!……ギギィッ……!
「ポイント通過なだけでは?」
「んあ?そうかい?ならいいんだけどね」
「師匠!」
上野駅を発車する宇都宮線が大宮駅に進入する時、必ず9番線に入るのだが、大宮駅としては副本線部分になる。
その為、ポイントを渡ることになり、速度制限ギリギリで電車が差し掛かると大きく揺れるのである。
高崎線はそのまま真っ直ぐ8番線に入り、それではまるで高崎線が本線のようだが、それもそのはず。
大宮に先に線路を通したのは宇都宮線(東北本線)ではなく、高崎線だからだ。
今では上野発の宇都宮線が大宮まで本線扱いのようだが、歴史上から見れば、高崎線が本線なのである。
東北本線を浦和駅で分岐させるか、大宮駅で分岐させるか、はたまた熊谷駅で分岐させるかで揉めたことは有名。
結局どこで分岐させることになったのかは、言うまでも無く大宮である。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮です。宇都宮線の普通列車、宇都宮行きです。途中、久喜で湘南新宿ラインから参ります快速電車との待ち合わせがございます。……」〕
稲生達は電車を降りた。
「ここからどうするの?」
「幸いバスがありますので、それで行こうと思います」
「そう。別にタクシーで行ったっていいんだよ?」
「いえ。僕は電車とバスで移動するのが好きなので」
エスカレーターに乗りながら、稲生が答えた。
「まあ、それならいいんだけどね」
年末の仕事納めや冬休みの学生達などで賑わう大宮駅。
3人は、多くの人が行き交う駅構内を西口に向かって進んだ。
鉄道の旅は、取りあえずこれで終わりである。
あとは、路線バスに乗るだけのようだ。
「師匠。師匠が見た予知夢って、電車が揺れることだけではないでしょう?」
「ふふ……まあね。後で話すわ。バスが空いてたら、そこで話してもいい」
「多分ガラ空きだから、大丈夫だと思いますよ」
一体、イリーナは何の予知夢を見たというのだろうか。
元旦から震度4の地震が来たことのあるさいたま市だったが、来年の元旦も大きめの地震が来るという予知夢だろうか。