3日間のシカゴ滞在を終え、ムスはリベリアへ戻っていった。
最終日の朝、義手の型をとるために医者を訪れたあと、成り行きでレポーターと僕が、出発まで数時間ムスの世話をすることになった。大統領のグループはテレビのトークショーに出演するためにみなスタジオにいってしまうので、僕らがムス役をおおせつかったというわけだ。ムスは僕になついて(?)いるし、うってつけだとでも思ったのだろうか。。。リベリアから大統領が連れてきた子供を、地元のジャーナリストの手に預けるなんてなんだか変な話だが、ムスとより時間を過ごせることになった僕としては願ってもないところだ。
遊園地や玩具屋でムスはえらくはしゃいでいた。観覧車や回転木馬。。。さすがにこういうものリベリアにはないもんなあ。それからトリビューンのオフィスにも連れていったが、そこでもムスは人気者に。みな僕の写真で彼女のことは知っているので、エディターやレイアウトのデザイナーなど、「実物のムス」を見ていたく感動していたようだ。
振り返れば、ムスの訪米から義手の話。。。思いもかけない展開に、僕にとっては胸の高鳴るような数日間だった。
義手の件については、シカゴに住むリベリア人の女性が、何件か診療所に電話をかけまくって、経費とサービスを寄付してくれる医者を探し出したそうだ。
世の中、胸くそがわるくなったり、腹の立つことも多いが、それでもまだまだ捨てたものではないなと思う。恐らくはハンディキャップのまま、貧困のなかで一生を過ごすであろうと思われたムスが、なんと大統領につれられて訪米し、さらに義手を得るまでにいたったのだ。これは多くの人々の善意の賜物に他ならない。
義手ができあがる2,3週間後、ムスは再びシカゴにやってくる。義手を初めてつけたとき、彼女はいったいどんな顔をするのだろうか。。。
最終日の朝、義手の型をとるために医者を訪れたあと、成り行きでレポーターと僕が、出発まで数時間ムスの世話をすることになった。大統領のグループはテレビのトークショーに出演するためにみなスタジオにいってしまうので、僕らがムス役をおおせつかったというわけだ。ムスは僕になついて(?)いるし、うってつけだとでも思ったのだろうか。。。リベリアから大統領が連れてきた子供を、地元のジャーナリストの手に預けるなんてなんだか変な話だが、ムスとより時間を過ごせることになった僕としては願ってもないところだ。
遊園地や玩具屋でムスはえらくはしゃいでいた。観覧車や回転木馬。。。さすがにこういうものリベリアにはないもんなあ。それからトリビューンのオフィスにも連れていったが、そこでもムスは人気者に。みな僕の写真で彼女のことは知っているので、エディターやレイアウトのデザイナーなど、「実物のムス」を見ていたく感動していたようだ。
振り返れば、ムスの訪米から義手の話。。。思いもかけない展開に、僕にとっては胸の高鳴るような数日間だった。
義手の件については、シカゴに住むリベリア人の女性が、何件か診療所に電話をかけまくって、経費とサービスを寄付してくれる医者を探し出したそうだ。
世の中、胸くそがわるくなったり、腹の立つことも多いが、それでもまだまだ捨てたものではないなと思う。恐らくはハンディキャップのまま、貧困のなかで一生を過ごすであろうと思われたムスが、なんと大統領につれられて訪米し、さらに義手を得るまでにいたったのだ。これは多くの人々の善意の賜物に他ならない。
義手ができあがる2,3週間後、ムスは再びシカゴにやってくる。義手を初めてつけたとき、彼女はいったいどんな顔をするのだろうか。。。
何か色々思ってしまって、何を書いたらいいのやらなのですが。リベリア事情に関しては正直何も知りませんでした。
ひょんな事から、物事も人生も変わるものですね・・・。「ハンディを負ったムスちゃんは高度な教育を受けることによってのみ・・・」という下りがとても心に残りました。私達って所謂高度な教育を受けているのに、何かとんでもなく無駄にしているような・・・。
月に7ユーロで立派な教育が受けられるというのも、何か考えさせられました。私が一回外食を堪えるだけで、彼らの人生変える事が出来るのかぁと。
何かもっと色々考えさせられましたが、うまく書けないので、これにて失礼します
シカゴベースでのさらなる活躍お祈りします。
from boston masahiko takinami
それと共にリベリアにいる他の子供達が、一日も早く安定した生活が送れる事を期待しています。
今、私たちにできることってなんだろう?
忙しさに紛れながら、恵まれた環境の中にいる中で、人の事を思いやることができたなら、もっと幸せな子ども達が増えていくのに・・そう漠然と思う今日この頃です。
高橋さんを通じてその存在を知ったリベリアのムスちゃん。今までは漠然と、彼女はリベリアの中で育って大人になっていく、、、と想像していましたが、今回のことで私が描く彼女の未来まで可能性が広がっています。
この善意の波紋が、少しずつ、静かに、より多くの人に伝わって、響いていきますように。
高橋さんの写真がきっかけとなって、多くの人の善意を呼び起こしたんですね。
本当に世の中胸くそ悪いことだらけですが、それでもこういう出来事、
すばらしいなあと思います。
100の胸くそ悪い出来事も1回のこういう出来事でまた写真を撮ろうという
活力になるのでしょうね。
これからも応援しています。
あの腕を失った日の写真のころはまだ幼かったのに。
もう、少女になって。
どんな笑顔のムスの写真を見ても、頭のどこかであの写真が浮かんできます。
全くそのとおり!!!!(大拍手)
いつも、いや、たまに己の仕事の意味について深く考えているkuniさん。今回のできごと、名利に尽きるのではないでしょうか。
私はカメラマンではないけれど、自分が誰かの役に立ったリ、誰かに必要とされたりするときが、最高に嬉しいです。たとえ小さなことでも。
幸せなニュースをありがとう。
そして喜んでくれる人が沢山いることが、増してすばらしいよね。
ぼくも、自分が撮った写真で誰かが幸せになったり、未来が拓けてくるようなフォトジャーナリストになりたいです。
高橋さんの写真、ピュリッツァー賞なんか取るよりもずっとすばらしい影響を与えたのだと思います。