熊本熊的日常

日常生活についての雑記

晴遊雨読

2012年04月03日 | Weblog

巣鴨のあたりは午後3時頃から風雨が強くなり、時折風で家が揺らぐような日になった。陶芸教室は勤めの関係で今月から夜のクラスになったのだが、午後3時20分に教室の運営会社から電話があり、今日は休講との連絡をいただいた。そんなわけで今日唯一の用事が無くなり、終日住処で本を読んだりスコーンを焼いたりして過ごす。

『月刊みんぱく』の最新号(2012年4月号)に興味深い記事を2本見つけた。巻頭エッセイ「なんとかなりまへんやろか」は、東京と大阪の文化の違いについて書かれたものだ。いくつか例を出しているのだが、最初のものが面白い。

(以下引用)
「残念ですが、胃がんです」
病院で精密検査の結果を言い渡されたとき、東京の患者さんならたいてい黙って下を向くという。そのあと二人の間にしばらく沈黙が続き、先生はその沈黙をじっと待つという。
 しかし、大阪の患者さんはちょっと違うらしい。
「残念ですが胃がんです」
「ええ? 胃がんでっか? ……そこ、なんとかなりまへんやろうか」
「……」
「なんともならんわなあ。……言うてもしゃあないわなあ……」
「まあ、ねえ」
「しかし、胃がんとは思わなんだなあ。……そらまあ、自分の体にできてしもたんやから……センセに言うてもほかの病気と換えてもらうわけには行かんのは分かってますけど……それにしても、えらいもんがでけましたなあ……」
「まあ、ねえ」
 先生はとりあえず「まあ、ねえ」しか言ってないのだが、患者が自分でおねおね言って自分で気持ちをなだめて、治療の話し合いはそのあとから始まるようだ。
(尾上圭介「なんとかなりまへんやろか」『月刊みんぱく』2012年4月号 国立民族学博物館 1頁)

筆者が意識しているのかいないのか知らないが、土地の文化というよりも個人の感性知性の違いを「東京」「大阪」という記号で表現したのではないかと私は読んだ。勿論、現実にそれぞれの風土の違いはあるだろう。ただ、そういうことよりも個人の思考力や言語運用能力に応じてコミュニケーションが成り立つのではないだろうか。私は自分が短気だとは認識していないのだが、普段の生活のなかで何が不愉快かと言って、話の通じない相手と対峙することほど不愉快なことはない。通じる相手であるか否かというようなことは5分も会話を交わせばだいたい見当はつくので、こりゃあかんと思えばこちらからは関わらないようにしている。世の中には「話せばわかる」相手よりも埒の空かない相手のほうが遥かに多いものだ。それでは交友関係が広がらないが有象無象との交友など願い下げだ。そもそも「友人」というものはそう大勢いるはずのものではないと思う。

もうひとつの記事は「被災後を生きる」という竹沢尚一郎氏の書いたものだ。昨年の震災に被災した岩手県大槌町の二つの集落について比較したものである。片や吉里吉里、片や町の中心部での被災後の様子だ。吉里吉里のほうは被災直後に住民総出で対策本部を立ち上げ、被災者自ら他の被災者の救援に当たったという。地域内の商店や被災を免れた家庭から物資をかき集め、自ら炊き出しも行い、自衛隊による食料供給が本格化するまでの3週間を耐え凌いだそうだ。一方、中心部のほうは中央公民館が被災を免れ、そこに被災者が避難したが防寒用品や食料の備蓄は無く、凍死した人もあったという。避難民のなかには役場の職員も多数いたが、吉里吉里のような対策本部はついに立ち上がらず、限られた物資を巡って避難民どうしが対立することもしばしばあったそうだ。この違いが何に由来するのか、その最たるものが被災前のコミュニティのあり方の差異だというのが筆者(竹沢氏)の観察だ。吉里吉里地区はもともと学校も寺院もひとつしかなく、2,200人の人々がいわばひとつの共同体として生活をしていた。対する中心部は都市化が進み、人々が共同生活というものに慣れていなかったのではないかと筆者は見るのである。

都市というのはその土地の生産力とは無関係に成立した集落である。人が暮らすためには、その命を維持するのに必要な食糧や生活物資が必要で、都市化が起こる以前は専らその土地の一次産業に依存していた。農業も漁業も林業も基本は共同作業であって、ひとりでできるものではなく、当然にその場所と深く結びついている。それが技術や交易の発達によって人々の生活と地域との結びつきは徐々に失われて今日に至っている。一般に「生活の進歩」とか「豊かさ」というとき、それは「都市化」とほぼ同義だ。進歩も豊かさも貨幣価値によって換算されて表現される。つまり、貨幣経済というシステムを選択して、「進歩」や「豊かさ」を追求すれば人の生活は自ずと土地から切り離されてゆくのである。土地から切り離されてしまうと人は貨幣無しに生きることができない。生きようとすれば貨幣にしがみつかざるを得ないのである。人と人との関係も、土地との関係も、風土も文化も全てが貨幣によって表現され、貨幣によって交換可能となる。貨幣経済あるいは貨幣による交換を前提とした市場中心の経済体制のなかで、人は貨幣以外のものは必要としなくなる。おそらく都市生活の孤独の本質は貨幣の存在ということなのではなかろうか。

ところで、巣鴨あたりの風雨はまだ続いている。雨は知らないが少なくとも風の音は凄まじい。明日、生協の宅配が届く予定なので、今日は食材の在庫が乏しく、昼に冷蔵庫の中のものを使い切ってしまった。戸棚に薄力粉の使い残りが少しあり、ベーキングパウダーや干し葡萄もあったので、夕方にスコーンを焼いた。焼菓子を作るときにいつも感じるのだが、焼菓子というのは要するにバターを焼いているだけなのだ。バターそのままでは熱を加えると溶けてしまうので小麦粉を乗り物にして、そこに多少の味付けをして加熱する。見た目は粉を焼いたものだが、その実はバターだ。パンと菓子の違いはバターの有無にあるといっても過言ではない。バターというのは要するに脂肪だ。パンの主役は粉で菓子の主役は脂なのである。フランス革命のとき、民衆が「パンをよこせ!」と蜂起したと聞いてマリー・アントワネットは「だったらケーキを食べればいいじゃない」と言ったとか言わなかったとか。国王の妃という立場で、もし本当にそう言ったのだとしたら、断頭台の露と消えても仕方が無い。人の生活とパンに象徴される生活基本物資との結びつきを理解しない為政者に存在意義は無いのである。

夜、前の職場の同僚から携帯にメールがあって、松島で俳句でも作ったのかと尋ねてきた。冗談であることは重々承知だが、iPhotoを開いて松島で撮影した写真を眺めながら三つばかり考えて、説明をつけて返しておいた。こちらも冗談のような俳句である。

瑞巌寺には立派な杉並木がある。その先が本堂だ。その様子を眺めて一句。

 杉並木 行き着く先は 春の寺

その寺は震災の復旧工事の真最中。そのことについて一句。

 彼岸寺 再建の音 高らかに

瑞巌寺別院の円通院には石庭がある。花など無いのだが、季語が欲しいので風景を捏造して一句。

 石庭の 波間に揺らぐ 桜花

お粗末。


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