季節が少々戻るが十月の末に信州へ小旅行を試みた。
最初に訪れたのが安曇野である。事前に観光協会へ問い合わせたところ、長峰山(930m)の眺望が良いとのことだったので安曇野インターを降りて直行した。幸いにこの日は全く雲が無く、飛騨山脈(北アルプス)と安曇野を一望することができた。白馬三山まではっきり見えたのには感動した。写真の左側のピークが常念岳である。この時期はまだ雪が無い。
長峰山山頂にはパラグライダーの離陸点があり、2~3機が安曇野の上空を気持ちよさそうに滑っていた。
冬晴や飛騨山脈はすつぴんに
安曇野の鳥人ふはり小六月
以下は最近の句会での作品である。
凩や海峡の灯の動かざる
凩や雀烏を吹き散らし
爪先に目のあるごとく蓮根掘る
蓮根掘る泥の中より白き肌
御八つ時置き忘らるる青写真
反転に心をどりぬ青写真
鷹の舞高きをめざし果てもなく
潔白の身にも鷹の目厳しかり
遊覧船ばかり小春の神戸港
最初に訪れたのが安曇野である。事前に観光協会へ問い合わせたところ、長峰山(930m)の眺望が良いとのことだったので安曇野インターを降りて直行した。幸いにこの日は全く雲が無く、飛騨山脈(北アルプス)と安曇野を一望することができた。白馬三山まではっきり見えたのには感動した。写真の左側のピークが常念岳である。この時期はまだ雪が無い。
長峰山山頂にはパラグライダーの離陸点があり、2~3機が安曇野の上空を気持ちよさそうに滑っていた。
冬晴や飛騨山脈はすつぴんに
安曇野の鳥人ふはり小六月
以下は最近の句会での作品である。
凩や海峡の灯の動かざる
凩や雀烏を吹き散らし
爪先に目のあるごとく蓮根掘る
蓮根掘る泥の中より白き肌
御八つ時置き忘らるる青写真
反転に心をどりぬ青写真
鷹の舞高きをめざし果てもなく
潔白の身にも鷹の目厳しかり
遊覧船ばかり小春の神戸港
素晴らしい安曇野の写真ですね。小生もこの辺りが好きで、常念岳の姿を見ると昔登った苦しかったことが思い出されます。そして、最近はこの辺りをスケッチにでかけてます。有明山の絵も描きました。
厳選して下記の句を頂きました。
冬晴れや飛騨の山脈はすつぴんに
まだ雪がこない山はえくぼだらけで、なるほど寝ぼけまなこのスッピンを見るが如きでしたと。その通りです。しかし、山がいいとそのスッピンも味が深いですね。
凩や海峡の灯の動かざる
凩が厳しいと木も鳴り、家も動くような感じにさせられる。しかし、見やれば海峡の灯はビクともしない。動と静の対比が見事です。そして動かない灯に焦点を集めることで、凩の厳しさが凝縮されたようにも感じられます。
御八つ時置き忘れらるる青写真
余りにも夢中になると一番の御八つ時さえ忘れてしまう。思えばあの頃は皆科学少年だった。
作者が自分の無心な姿を思い出しておられるのでしょう。
素晴らしい安曇野の下界を見下ろすお写真ですね!!。
如何にも信州に相応しい俯瞰の図の爽やかさです。夏であれば更に一層清々しいでしょう。パラグライダーには持って来いの高さと絶景のようですね。
沢山の佳句の中から以下の御句を選ばせて頂きました。
☆冬晴や飛騨山脈はすつぴんに
この日の飛騨山脈の絶景は快晴であったようですね?「すっぴん」との直截な措辞が、とても良くその情景を表わしています。
☆凩や海峡の灯の動かざる
明石から夜の海峡を眺められたようですね!!。木枯らしの吹き荒れる海峡のはるか遠くの灯は、如何にも寒々と冬めき、哀愁の漂う明石海峡の様子が想われ素敵です。
☆蓮根掘る泥の中より白き肌
故郷金沢の光景のようですね?冬になれば男性が褌一丁となって泥の蓮田に入り、レンコンを掘ると聞いた事があります。これも金沢の冬の風物詩ですね!!
☆御八つ時置き忘らるる青写真
青写真(日光写真)は懐かしいですね!!。当時、十円ほどで機材と印画紙などセットで売られていたと記憶があります。焼き付けが過ぎないよう、又時間帯・天候により変わるお日さまのご機嫌伺いは結構難しく、子供なりに研究しました。
所で、僭越ながら少し気になる箇所があります。「御八つ」は本来午後二時の事であり、午後二時ごろの間食の意味からひらがなと漢字の「お八つ」が、更に「置き忘らるる」は文語文法の未然・連・終止・連体・仮定・命令からすれば、受け身の「らる」の連体形の「置き忘れらる」となり、従って「お八つ時置き忘れらる青写真」では如何かととも・・・?僭越でごめんなさい。
☆遊覧船ばかり小春の神戸港
穏やかな小春日和の海上に、ゆったりとした神戸港が一瞬にして想起されました。大きな船は出払っていて、遊覧船ばかりが客待ちの状態で舫う光景は小生も大好きです。「遊覧船」「小春」「神戸港」との、どの措辞からもその状態が想われ素敵です。
すっぴん」という言葉が印象的で、安曇野の風景の広がりがよく表現されていると思います。
安曇野の鳥人ふはり小六月
ハンググライダーのゆうゆうたる姿が目に浮かびます
御八つ時置き忘らるる青写真
読んでそのままの光景ですが、昔のレトロな光景が良く出ています。
遊覧船ばかり小春の神戸港
周りは寒いのに、派手に塗られて装飾された遊覧船に「小春」をかけた句なのでしょうね。
懐かしい光景を拝見しました。安曇野にはスケッチもかねて何度も足を運んでいます。有明駅の東の小高いところに池田町立美術館というのがあって、そこからの鹿島槍から常念岳の眺めは素晴らしいです。ベンチに座り、終日スケッチを楽しんでいました。長峰山も行っています。いいところですね。
さて、その懐旧の思いもこめて、いくつか頂きます。
”安曇野の鳥人ふはり小六月”~ここ安曇野は常念岳の麓に広く広がる平野なのでパラセーリーングなどに適しています。その情景がうまく捉えられているように思います。
”凩や海峡の灯の動かざる”
”蓮根掘る泥の中より白き肌”~何やら久米仙人のエピソードを思い出して、にやりとしました。巧まざる面白さ、あり。
”御八つ時置き忘らるる青写真”~お八つなんてそれこそ懐かしい。そこへ日光写真。 ダブルで子供の情景が浮かんできて好きな句です。
早々にコメント下さったのに、お礼が大変遅くなり申し訳ありません。3句にコメントを下さり有難うございました。
長峰山に登ったのは初めてだったので、しかも快晴だったため180度のパノラマに感動しました。東山魁夷の感想文が碑になっています。遠くの白馬三山以外は全く雪化粧が無かったため、すっぴんとしました。
凩の句を深く解釈して下さり感謝です。
青写真の句の「忘らるる」の件ですが、たろうさんがご指摘の通り、「忘る」の未然形は下二段活用では「忘れ」ですから受身の「らる」の連体形「らるる」が付いてご指摘のように「忘れらるる」となります。一方、「忘る」には昔四段活用が使われておりました。この場合の未然形は「忘ら」ですから「る」の連体形「るる」が付いて「忘らるる」となります。用例として次の百人一首があります。
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな
講釈が長くなり失礼しました。ということで、元句の通り
御八つ時置き忘らるる青写真
で行こうと思います。
5句もお採りあげ下さり有難うございました。
飛騨山脈は通称北アルプスですが、二千八百メートル前後の山々ではこの時期雪はまったく無く、アルプスと呼ぶには憚られました。この状況を「すっぴん」で表しました。
たろうさんも子供の頃は日光写真で遊ばれたのですね。何の絵かわからないネガから、くっきりと絵が表れてくるのが楽しみでした。
ご指摘の「忘れらるる」ですが、ひとつ前の龍峰さんへのお礼の中で調査内容を書きましたので、読んでいただければ幸甚です。私は全く気付かずに「忘らるる」としていましたのでご指摘を受けて大変勉強になりました。有難うございました。
快晴の神戸港は土曜日のせいか、大型船は見られず大小の遊覧船ばかりが目に付きました。「小春」がぴったりでした。
4句もお採りあげ下さりありがとうございます。
「すっぴん」は広辞苑に載っていましたので使ってみました。ガッコの川本先生の講義の成果です。歌語でない言葉として。
パラグライダーの滞空時間の長いのに感心しました。気持ちよさそうですが危険もあるそうです。
快晴の神戸港は小春という季語にぴったりの光景でした。土曜日でしたので遊覧船ばかりが目に付きました。
四句もお採りあげ下さり、また楽しいコメントを有難うございました。貴兄も安曇野のファンとのこと嬉しいです。
常念岳以外の山々の名前が分らなかったのでユーチューブを見て確認しています。燕岳は有明山の影になり一部しか見えないのが残念です。
パラグライダーは長峰山頂上からいとも簡単にふわりと飛び立っていきます。滞空時間が長いのに驚きました。
日光写真を長時間さらしておくと、まっ茶色になってしまいますが、こんな失敗をやったような気がします。
御八つ時の句の「忘らるる」の件ですが、古語辞典を見ていましたら、忘るの変化で上代では四段活用と下二段活用の両方が実はあり、四段活用は「意識的に忘れる」、下二段活用は「自然に忘れる」「つい忘れる」の意味に持ちられたと。なればこの場合句の意味からは下二段の活用「忘れらるる」ではないかとも思われますが、如何でしょうか。