草若葉

シニアの俳句日記
 ~日々の俳句あり俳句談義あり、そして
折々の句会も

新若葉 卯月句会 本句会を終了します。

2024-04-03 | Weblog
いよいよ桜の花咲く四月となりました。四月七日に開催いたします。しばしお待ち下さい。(今回の幹事は、「ゆらぎ」です。)

四月七日となりました。皆様の投稿をお願いいたします。(今月の幹事は、ゆらぎさんの都合が悪く、九分九厘代行です。)

皆さんのコメントをお願いいたします。ゆらぎさんの今回の投句はありません。

コメント記入が終りました。コメントバックをお願いします。

本句会を終了いたします。皆様のご協力に感謝申し上げます。(九分九厘)

今回は、句会に参加できず、コメントにも書き込みできず失礼いたしました。
伏してお詫び申し上げます。(ゆらぎ)
ピンチヒッターで幹事を引き受けて頂いた九分九厘さんには、厚くお礼もうしあげます。(ゆらぎ)

(紘子)
空遠み桜並木の動き出す
「遠み」を「たどおみ」と読むことを初めて知りました。桜が咲き始めてから満開になるまでの時間と空間の変化がまことに上手に詠まれ込んでいます。満開になるに従い空の占める空間が小さくなり「たどおみ」ていきます。(九分九厘)

朝ぼらけ弥生の空のちぎれ雲
 朝早く起きて見れば、弥生の空は良く晴れ、ぽっかりと千切れ雲が浮かんでいたようですね?「折角の春なればあの雲のように自由に出掛けたいもの」との、心情が滲み出て居ますね!!。(かつらたろう)

遥か富士桜のひと日始まりぬ

曇天の黙深くして桜充つ
 花曇りの光景でしょうか?穏やかな曇り空に愈々桜の花が満開となったようです「黙深くして」との措辞により、曇天ながら艶やかな桜満開の景色が想われます(かつらたろう)

雨も良し桜さくらの語り合ふ
 客お相手に忙しい日々、この日ぐらいは、一息入れて。(葉有露)
    世の中は開花宣言だ、満開だ、宴会だ、散り始めたと大騒ぎ。少しは静かにゆっくり楽しみたいものだ、雨に降られるの花も落ち着いてよいものだと、作者は桜に託して詠んでおられる。全くその通りです。(龍峰)


(九分九厘)
老櫻にひこばえありて花一輪
 老いの命のつつましいことよ。(葉有露)
 上部の桜が満開の時季を迎えれば、下の大きな幹のあたりに出て居るひこばえの蕾も開花を迎え、可愛らしい桜の花が一輪ほころびますね!!。(かつらたろう)
 
 葉有露さま、たろうさま、 コメント有り難うございます。夙川の桜を見に行った時まだ花は一分咲きくらいでしたが、老木のひこばえに桜一輪をみつけました。老木の命の強さを再認識しました。(九分九厘)

桜木のつぼみのどれも明日ひらく
 この句を「選」として頂きます。(紘子)
 
 紘子さま、「選」を頂き有り難うございます。第一句で詠んだ通り、桜の花は夙川の花は殆ど咲いていませんでしたが、これほど多くの蕾がすぐに一斉に咲くと思うと、自然の不思議さをまざまざと感じた次第です。(九分九厘)

一瞬の花見楽しむ特急電車
 この句には二つの意味があるように思う。一つは文字通り、特急電車の窓から沿線の、一瞬に過ぎてゆく満開の桜を楽しんでいる。もう一つはこの時期に毎年訪れる、世を挙げての桜の大騒動、しかしこれも人間の一生の時間軸で見れば、一瞬に過ぎてゆく楽しみなのかもしれない。(龍峰)
 電車の車窓より眺める桜の「お花見」ですね?あっ!綺麗に咲いて居ると思っても、ほんの一瞬です。昨日7日は、鳥取の田舎より弟がバスツアーでの阪神競馬場へ来ました。桜花賞が目的であり、小生も電車に乗って行き付き合いました。好天に恵まれ、桜並木の素晴らしい阪神競馬場でした。勿論結果は「さくら咲く」でありました。(かつらたろう)
 
 龍峰さま、たろう様、コメント有り難うございます。句の真意を龍峰さんがずばりと当ててくれました。たろうさん、桜花賞をご覧になったとのこと、賞金の具合はどうでしたか?(九分九厘)

老櫻の赫灼なりし花満ち満つ

櫻充つこの一週間憂さ忘る


(たろう)
無垢なれや傷つきやすき白木蓮

花ゑんどう支柱の丈にまだ足らず
 これからの長い付き合いの始まりです。(葉有露)
 この句を「選」として頂きます。(紘子) 
 
 <葉有路様、紘子様>
 上記の拙句をお選び頂き、嬉しいご句評も頂戴しまして大変有難う御座います!!。京都洛西の近在には西方の京西山の麓に、田畑が広がって居ります。小生は何時も、散策ウオーキングのコースとして好んで歩いて居り、この時は、2メートルの丈の支柱の下方に、早くもゑんどうの花が咲いて居りました。概して実のなる植物の花は、その先に楽しみが在る為でしょうか?とても美しくて愛らしいく、思われます。(たろう)

乙女等の白き足裏(あうら)や青き踏む
 
 この句を読んだ瞬間、フランスの葡萄園で収穫された葡萄を、裸足の乙女達が歌を唄いながら踏みつぶしている光景がよぎりました。勿論、季語は「踏青」と知った上での話です。いろんな光景が見えてきて新鮮な雰囲気を持つ句です。(九分九厘)

 <九分九厘様> 上記の句をお選び頂き、フランス絵画よりの連想でしょうか?美しい光景のようにご鑑賞頂き、大変有難う御座います!!。近くの公園の芝生に於いて、春休みの女高生と思しき乙女等が弁当を食べ、その後CDラジカセの音楽を掛け躍って居りました。その光景は当に「青き踏む」の季語にぴったりと想いました。(たろう)

濡れつつも開き初めをり花の雨
  雨にもめげず咲き初める花を見て、その健気さに心打たれる。作者の花への慈しみ、優しさのにじんだ句ですね。(龍峰)
 
 <龍峰様>上記の拙句をお選び頂き、嬉しい過分なるご句評も頂戴しまして大変有難う御座います!!。この春は寒暖差が激しく、中々暖かくならず桜の開花も御多分に漏れずかなり遅くなりました。丁度3分咲き頃と七分咲き頃には花の雨に見舞われ、ずぶ濡れの状態で咲きつづけて居りました。桜の美しい花の命は短くても、咲きつづける力強さはかなりのもの感嘆しました!!。当に「雨しずく滂沱となりて花あはれ」でした。(たろう)

咲き満てど蒼ざめゐたる花あはれ


(龍峰)
春背負ふ友遠きより絵画展
 遠くのご友人より、絵画展のご案内があったのですね?いつも戸外に出てデッサンに励むご友人の様子が「春背負府」との措辞に、見事に表現されて居りますね!!。(かつらたろう)
 この句を「選」として頂きます。(紘子)

たらう様 紘子様
 本句を取り上げて頂き有難うございます。たらうさんのコメントに深く考えさせられました。自分としては先の自分の絵画展に、友が遠方より、冬を乗り切り、春の雰囲気を持って来てくれたという気持ちを詠んだつもりでした。勉強になりました。(龍峰) 

万象の芽をさましをり催花雨よ 
 この二ヶ月ほど毎週雨が降っているようです。植木は元気でどんどん新しい芽を吹き出しています。次第に暖かくなって、もう桜が散りはじめます。 梅雨の時期にこのまま繋がっていくのでしょうか。〔九分九厘)

九分九厘様
 本句のコメント有難うございます。鑑賞いただいた通りです。
今年の春は暖冬と言われていたのに、2月の20日ごろから1か月間、雨模様で寒かった。先月25日ぐらいからようやく春めいてきた。その頃の雨は、万象の草木に遅れていた花の芽出しを促しているように感じました。そしてあっと言う間に桜は開花し、満開になりました。(龍峰)

四月馬鹿年中となり午後のテイー

曲水に影流しをり花万朶
 曲水とは庭園内を流れる小さな川の事であり、何処かの庭園内の桜見物でしょうか?その小川には花万朶の影を映しております。京都には城南宮の「曲水の宴」が余りにも有名ですね!!。(かつらたろう)

たらう様
 本句を取り上げて頂き有難うございます。鑑賞いただいた通りです。曲水の場所は城南宮でありませんが、公園の中の曲水に沿って咲き誇る様子を詠んだものです。(龍峰)

碧眼の笑みこぼしをり花見橋 
 櫻は人選びません.(葉有露)

葉有露様
 本句を取り上げて頂き有難うございます。この時期日本に来ている西欧人は、桜の花を楽しんでいるように感じました。満開の花を眺め写真を撮り合い、微笑む姿は我々と変わらない姿でした。(龍峰)


(葉有露)
菜の花を夜の野照らす灯りとし
 一面の菜の花、夜になれば辺りの野をほのかに浮き上がらせ、夜道の灯になる。何と風雅な、江戸前の俳諧のような句ですね。作者の風流を楽しむ気持ちが伝わってきます。(龍峰) 

(お礼)龍峰様
  お採りあげ戴き有難うございます。中七で「の」と「野」が続き滑りがよくないとおもっています。この風景は、随分昔済州島に行ったとき経験です。
当時,長女がここに学術調査のため、長期滞在していました。葉有露拝
 

春風は裏の草木も見舞いたり 
 春風は時には春疾風ともなり、台風並みの大風になる事があるようですね?「裏の草木も」とは、お家の裏手にある六甲山の山並みの事でしょうか? 春の大風に見舞われ、恐ろしい音を立てて居ります。(かつらたろう)
 この句を「選」として頂きます。(紘子)
 
(お礼)たろう様、紘子様
 平凡な句にも拘らず、お採りあげ戴き有難うございます。どのような境遇にあろうとも、すべての自然と人々とに春が来ますようにとの思いです。葉有露拝

花の散るその行く末はどの世かな
 あれ程待ちにまった桜の開花と云えども、一週間ほどで散ってしまいます。その花びらの行く末は、どのような世の中になっていることであろう?と遠い行く末まで想う作者です。(かつらたろう)
 (お礼)たろう様
 お採りあげ戴き感謝です。散る花の行く末は、想像も及びませんが、やがてあの世から見ることになるでしょう。葉有露拝

花衣飾りて孫は卒業す 
 一張羅の着物を着る孫の姿を、目を細めてみる作者。いいですね! 素晴らしい人生の一コマです。〔九分九厘)
 (お礼)九分九厘様
 孫に対する努めを果たした気分で、この句になりました。もっとも「卒業」は季語であり俳句教室で先生に注意をうけました。葉有露拝

花衣母と過ごしし年月よ

                          以上


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