まず13日のセゴビアの手前での白雪姫の城のモデルになったアルカサルの写真を掲げます(写真)。
白雪の城の歴史や冬紅葉(再掲)
14日 晴れ マドリッド市内、トレド
マドリッドの市街地は立派な重厚な街である。すぐロンドンを思い浮かべた。しかし、日は燦々と輝き明るい。街作りではパリやニュヨークを手本にしたとか。本日も晴れており、最後の見学がうまくいきそうである(写真)。
マドリッドは半島の中央に位置し、標高655m故に乾燥して、晴れの日も多いそうである。9世紀にイスラムに対する砦として築かれたが、占拠された。11世紀の終わりに奪還し、16世紀に入って時の王が宮廷をこの地に移した。以降ハプスブルク朝スペイン帝国の中心として発展してきた。スペインが無敵艦隊を有していたのもこの頃である。
岩壁の厚き街並み冬ぬくし
マドリドの人慌ただし赤セータ
いにしへの無敵の街や冬の暮
まずプラド美術館に行く。市街地の真ん中ではあるが、周りには広大な公園があり、静かな趣がある(写真)。
ガイドの案内で有名な絵を効率よく見て回る。説明は要にして簡を得ているが、不完全燃焼。個人でじっくりみたいものである。それでもフラ・アランジェコの「受胎告知」、エル・グレコの「聖三位一体」「羊飼いの礼拝」「胸に手を置く騎士の肖像」、ベラスケス「ラス・メニーナス」、ボッシュの「快楽の園」、ルーベッベンス「三美神」「東方三博士の礼拝」、ゴヤ「着衣のマハ」「カルロス4世の家族」等等、多くの絵を見る事が出来た。尚、ゴヤの「裸のマハ」は残念ながら貸し出し中で見る事は出来なかった。
木漏れ日のプラドの庭の落ち葉ふむ
冬日さすプラドの庭のゴヤの像
冬晴れにコルトのごとの名画かな
次なるはゆくりと来たし花ひらぎ
この後スペイン広場でドンキホーテとサンチョ・パンサの像の写真を撮り、王宮広場へ行く(写真)。現在の王宮は1764年にイタリヤの建築家によりフランス・イタリヤ風のデザインとなっている由。アルマス広場に面した王宮は実に立派である(写真)。尚、丁度この時王は日本を訪問されていると聞いた。
昼食は旅行中初めての和食に有り付き、一息を入れた。そしていよいよ最後の見学となるトレドへ出発。
トレドはマドリドからは60km、1時間程で到着。トレドは今回最も尋ねたい街であった。むしろ今回のコースを選定する決め手になった街である。トレドはタホ川に囲まれた天然の要塞都市であり、エル・グレコが住んだ街として知られている。ここを訪れた多くの画家によってこのトレドの丘、アルカサル、大聖堂がシンボルの丘陵都市が描かれている。560年西ゴート王国の首都になったトレドは711年から400年間イスラムの支配下に入った。11世紀再奪還後もイスラム教徒もユダヤ人もキリスト教徒と共に住み、三位一体の文化が築かれた。そして、1561年に首都がマドリッドに移るまで政治、経済の中心として栄え続けた。このような意味で、この街は16世紀で時計が止まってしまった街とも言われる。
まず、バスはトレドの街全体が見渡せるタホ川を挟んだ対岸の丘に止まる。長い間絵や写真で見てきた、アルカサルとカテドラルがシンボルの丘を望む。息を飲む間もなく、催促されてシャッタを押す(写真)。
いよいよ街中に入り、カテドラルを見学。13世紀に建設が始められ、15世紀に完成した。その後も増改築を繰り返してきたこの聖堂は正に荘厳である(写真)。
内部も芸術性が高く、宝物室の金銀宝石で細工された宝冠、法衣等等に目を見張る。またエル・グレコやゴヤ等の宗教画の数々。全体は博物館そのものである。
次に歩きながらサント・トメ教会へ行き、有名なエル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」を見る。描かれている内容とエル・グレコの思いが分かりやすい絵であった。惜しむらくはここでもしばしの時間が欲しい。アルカサルは工事中で尋ねられなかったが、11世紀に要塞として築かれ、その後幾多の増改築、破壊が繰り替えされてきた。現在は軍事博物館となっている。
古い入りくんだ狭い路地に16世紀の臭いを探し求めて、しばし散策(写真)。
やがてタホ川に架かるサン・サルテイン橋を渡って帰りの途に着いた(写真)。
千年のトレドの丘や冬の暮れ
冬空にトレドの丘の古城かな
冬日さすグレコの聖者のまなこかな
色沈む聖堂の塔冬の丘
冬の陽や錆色深しアルカサル
マドリドの最後の夜は名物の生ハム、小皿に幾つもの郷土料理が出てくるメニュー、そして赤ワインで今回の3300kmの旅をしみじみ思い返してみた。
後日談;14日朝6時発のイタリヤ航空の飛行機で発つ予定が連日までのストライキで飛ばず、イベリヤ航空機で9時頃に発って、ひとまずローマへ。関空行きの午後2時発のイタリヤ機が何と23時30分発になり、遅れると。そこでローマの街へ、気心知れたご夫妻と4人で繰り出し、スペイン広場、階段、トレビの泉、フォノローマ、コロシアムと見て回り、半日のローマの休日を楽しむおまけが付いた。そして15日夕方無事関空に到着した。
長い間、拙句、拙文にお付き合い頂き有り難うございました。(完)