草若葉

シニアの俳句日記
 ~日々の俳句あり俳句談義あり、そして
折々の句会も

今日の俳句 /ドイツ・オーストリア旅行(其の二)・ハイデルベルグ/ 九分九厘

2008-10-20 | Weblog


10月7日連泊のリューデスハイムを出発、バスで二時間足らずでハイデルベルグに到着。今回の旅行で是非行ってみたいと思っていたところの一つです。私は大学の4年間を寮で過ごしましたが、寮歌に<ハイデルブルグの学び舎>というのがあり、酒を飲んでは大声で歌ったものです。特に文学部や医学部の先輩たちは、この地を聖地の如くあがめていましたので、一体全体どんな所か、それ以来一度行ってみたいと念願していたわけです。半世紀以上も前の話です。1386年に創設されたドイツでは最古の大学で、町全体が大学となっていて、人口13万人のうち学生が3万人といいます。第二次世界大戦では日本の京都や奈良の如く、連合軍の爆撃対象から外されたそうです。古い街並みの、期待に違わずのハイデルブルグでしたが、それはむしろ青春の回顧のなせる仕業だと思いました。

 学び舎の古き伝えや色落葉
 秋去るに哲学の道歩くべし
 黄葉の照りに華やぐ古き城
 青春に還る道筋秋惜しむ
 
ライン河の支流ネッカー川に架かっている、とても美しいアルテ橋から散策を始めたました。町の中央に70~80m四方くらいの小さな大学広場があります。その周りに創設期の建物群があって、その一つに創立の式典を行ったという校舎がありました。この建物が空中廊下で裏の建物につながっています。裏の建物は学生牢と称して、悪さをした学生を閉じ込める牢屋で、三日間水とパンだけの罰が与えられたそうです。反省がないと最長2週間閉じ込められるそうです。ただし授業だけは受けられたそうです。ドイツの大学は昔から牢屋を併設することが決まりとなっていたそうで、つい戦後になってから廃止されたそうです。この牢屋に入ると箔がつくというので、ひっきりなしに悪さが起こったという事で、どうやら日本の旧制高校の<ばんから>もここが発祥の地のようです。この広場の一角に創設の最初につくられた学科の建物があります。ガイドの説明によると、<音楽史学科>教室だそうです。一寸首をひねったものの、そうなんでしょう。別の通りには音楽家のシューマンの下宿がありました。2年間法律を勉強していたが、主任教授の助言によって音楽家への転向を決めたそうです。本当に弁護士なんかにならなくて良かった!

町の散策のあとは、岡の上にある今は廃城となっているハイデルベルグ城に登ったのですが、ここから眺める町の光景はまさに絶景でした。



冒頭の写真は、ハイデルベルグの城から街を見下ろしたものです。天気が良くていい写真が撮れました。小さく写っているのがカールテオドール橋(アルテ橋)で、川向うに理工系の建物があります。

終わりにある写真は、当日の晩に泊まった古城ホテルです。左手の真っ赤な小さな木は、マルバノキ(マンサク科)です。六甲山の森林公園や高山植物園でお馴染みの木です。こん場所で紅葉になっているのだ!と懐かしく思った次第です。
コメント (12)
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