浦島の異時間と、夢で死者に感じるそれとの違い

2020年08月23日 | 昔話の異時間・異世界-浦島太郎と山幸彦-
【4-3.浦島の異時間と、夢で死者に感じるそれとの違い】時間について、ひとは、記憶で過去を描きだすとともに、未来方向への時間を想像・予期をもって描く。通常は、予期の範囲内になっている未来であり、それへの構えを作って対処しているが、それが、意外にもそうなっていないと、戸惑い、これに驚くこととなる。浦島は、故郷の記憶更新がない状態で帰郷した。いうなら昨日の今日という状態なので、故郷は変わってないと予期している。だが、それが大きく変貌していて予期を覆し、驚かされることになる。逆に、あの世のひとの夢では、死後何十年も経っていて年をとり変わっているはずとの通常の予期のもとで見たら、まったく昔の姿のままで、変わっていないことに驚かされる。その奇怪な異時間は、浦島では、長い旅とか長期の隔離の終わったところに生じる。だが、夢の中の死者では、その出会いの瞬間にその異時間を感じさせられることになる。  
 その異常な時間への関与という点では、あの世のひとの夢では、自分は夢見ているだけで、あの世のひとの異常な不変・不老の状態に、あの世の時間のなかに、巻き込まれているとは感じない。自分を含めて、夢に登場する身近な生者は皆年を取って現れているのに、あの世に行ったひとは年取らないのだなと、傍観者として観察するだけである。だが、浦島の方は、自身がその奇怪な状態に巻き込まれていると感じる。同じ時空に立っているはずなのに、自分の時間が二重になっていると感じて動転させられる。皆が自分の知らない間に何かをしていて、自分は疎外され取り残されていると感じる。あるいは、自分がおかしくなっているのであろうか、変な世界にまきこまれているのではなかろうか等と不安になることもある。異常な時間展開を傍観者として眺めて過ごすわけにはいかない。自身がその異常な時間の体現者となる。 
 浦島的異時間は、異常な時間展開の途上では、これに気づかず、それの展開を終えて故郷に帰り振り返ってそうと分かることになるが、この、長い疎隔状態から解放されたとき抱く帰郷時の異常な時間感覚は、そう長くは続かない。それが錯覚であることには、浦島では、すぐに気づくことになるのが普通である。故郷の人たちが、現実が、日々それの錯覚であることを自覚させていく。だが、夢であの世にいった者が年取らないことは、あの世という別世界を信じている者では、その信仰心を共有する人たちの間ではあの世の不老不死を当然とした言動をとることもあって、錯覚とは思わないで、あの世の永遠を信じ続けることになる。浦島体験では、その現実が、異時間感覚の錯覚であることの反省を迫るが、死者の夢では、それがないので、夢見るたびに、あの世の永遠という思いを深くしていくことになりかねない。死者は、変わりようがない。何度見ても、不老不死で現れて、永遠の世界であることへと一層思いを強くしていきかねない。
 浦島もあの世の死者も、時間を成り立たせる記憶更新のないことが奇怪さの原因である。が、記憶更新ゼロになる理由は、浦島では、自分がその世界から出ていき疎遠状態を作ったことにあり、あの世の人の不老不死の方は、あの世に行った人の方が消えていってしまったことに原因がある。浦島では、故郷全体が消えていって記憶のうちに固定して不変となってしまうが、あの世の場合は、死んだ人のみが消えて固定して不変となっているのである。浦島の場合、異時間発生の原因は、自分(が長旅に出たこと)にあるが、あの世の場合、死者(が冥土へと旅立ったこと)にあるわけである。
 異常な時間の広がり、範囲の点では、あの世にいった人の場合、その死者だけが、変わらないということで異常なのである。あるいは、死者に限らず、長らく会わなかったひとのことを想起したり夢に見る場合もそうだが、そのひとだけが年取らず、変わらないで現れる。自分や周囲はみんなその年月分変化しているのに、その夢のなかに現れた死者とか長く会っていない人物のみが変化せずということである。自分の頭の中で現在の同級生の集合写真を作ってみたら、死んだ友、卒業してから長年会ったことのない同級生だけは、卒業時のまま、死ぬ時までの姿で若々しく写っている。だが、浦島体験の方は、異常なのは、長く留守にしていた故郷の人全員がそうであるのみでなく、よく見ると、山も川も故郷のすべてが留守にした時間分変化しているのである。自分が昨日の今日と思っているものすべてが、実際には長い時間の留守分の変化を見せる。家族が一挙に10年年取ったと奇怪に思ったが、裏庭に植えたばかりだった栗の苗木は、もうたわわに実をつけており、10年の年月を感じさせずにはおかない。異時間感覚は、自分の故郷に関する記憶更新ゼロによる錯覚であると多くの現実が語る。
 
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