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近代革命の社会力学(連載第358回)

2022-01-03 | 〆近代革命の社会力学

五十二 ニカラグア・サンディニスタ革命

(1)概観
 1979年の中米では3月のグレナダに続き、7月には大陸部のニカラグアでも革命が勃発した。この両革命の間に直接の関連性は認められないが、いずれもマルクス‐レーニン主義を標榜する勢力による武装革命という点では共通しており、中米を地政学上の「庭」とみなすアメリカにとっては、看過し難い連続革命とみなされた。
 中米でもスペイン語圏の大陸部は、19世紀にスペインから独立した後、大国として台頭してきたアメリカの覇権追求の主たる対象地域となり、アメリカ資本の進出を伴うアメリカへの従属化が進行していたが、中でもニカラグアでは最も早くから従属化が進行した。
 この国では1856年から57年にかけて、アメリカ人傭兵のウィリアム・ウォーカーが自ら外人大統領として支配するという数奇な歴史を持つが、本格的なアメリカの進出は20世紀に入ってからであった。アメリカは、1926年‐27年の内戦に乗じて海兵隊を動員して軍事介入したが、これに抵抗したのがアウグスト・セサル・サンディーノであった。
 彼はゲリラ部隊を率いてアメリカ海兵隊に長期のゲリラ戦を挑み、アメリカを苦戦させたが、1934年、アメリカの支援で創設されていた準軍隊組織・国家警備隊によって殺害された。この時の功績で台頭した国家警備隊司令官アナスタシオ・ソモサが政治の実権を握り、以後、ソモサ一族による世襲の独裁体制が確立されていく。
 第二次大戦を越えて3代40年以上にわたって続いたソモサ家独裁体制を打倒したのが1979年の革命であり、この革命の主体となったのが、前出サンディーノを記銘して1961年に創設されたサンディニスタ国民解放戦線(FSLN)である。
 解放運動の英雄を記銘した同種の武装革命組織は近隣の中米諸国ではしばしば見られるが、革命に成功したのがニカラグアのFSLNだけであるのは、この国では抵抗の対象たる独裁体制が露骨であり、かつそれに対する国民総体の反感も明瞭だったからである。
 他方、FSLNはいちおうマルクス‐レーニン主義をイデオロギーとして採用してはいたが、サンディーノにちなむ独裁体制への抵抗という一点で幅広い反体制派が参集した包括的な組織であったため、キューバのように革命後、共産党に統一されることなく、複雑な派閥構造が革命の前後を通じて維持された。
 そのことが、革命成功後も政体や政策の焦点が定まらない状態を惹起し、内紛を生じさせるとともに、アメリカの支援を受けた反革命勢力の結集を容易にし、革命の遂行を阻害する長期の内戦を結果した。
 しかし、アメリカはグレナダのように直接の武力侵攻による革命政権の打倒を企てず、かつ内戦も膠着する中、1990年の民主的な大統領選挙でFSLNの現職大統領が敗退するという形で、革命は幕引きとなった。
 このように、成功した武装革命が民主的な選挙によって終焉するという事例は稀有であるが、さらに後年、21世紀に入って、FSLNが民主的な選挙で再度政権に返り咲いたという点でも、いっそう稀有な事例となった。
 一方、近代革命史の全体図において、ニカラグア・サンディニスタ革命は、マルクス‐レーニン主義を標榜する一国単位の革命としては、現時点で最終のものとなっている。そうした意味では、サンディニスタ革命の終焉は、同時に、革命思想としてのマルクス‐レーニン主義の退潮を画する意義を持ったと言えるかもしれない。


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