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近代革命の社会力学(連載第80回)

2020-03-10 | 〆近代革命の社会力学

十二 フィリピン独立未遂革命

(2)革命的地方名望家階級の形成
 フィリピンのスペイン支配は、中南米のスペイン植民地と同様、スペイン系の大地主がプランテーション農園を営み、マレー系を主体とする先住フィリピン人を労働者として使役する形態を取っていた。これらのスペイン系大地主は社会における最上層を占めたが、19世紀になるとその下に非スペイン系の中間層が生まれてきた。
 これら非スペイン系中間層は中国系移民華僑やその混血系の子孫が多く、近代的教育を受け弁護士、医師などの知識中間階級になったほか、地方名望家として財産を保有し、地方の町役人としてスペイン植民地支配を下支えする存在となっていった。しかし、同時に、スペインからの独立を目指す最初の近代ナショナリストの給源ともなったのである。
 そうした一人にホセ・リサールがいた。華僑系の知識人家庭に生まれた彼は高等教育を受けて医師となった。日本や欧州にも留学して国際的な見識を得た彼は、帰国後、穏健な民族主義団体「フィリピン同盟」を結成した。この団体は、独立ではなく、フィリピン人の覚醒と団結を目指すものであったが、スペイン当局から危険視され、やがてリサールの命取りともなった。
 より明確に独立運動家・革命家として長く活動したエミリオ・アギナルドはより明確な地方名望家階級の出自であった。やはり華僑系のアギナルド家は北部カヴィテ州の町カウイトで世襲町長を務める一方、父は弁護士でもあった。自身は高等教育を受けず、若くして町長職を継ぎ、職業的政治家となった。
 アギナルドに代表されるような地方名望家階級は、スペイン支配層に対しては小地主階級として下位に置かれる一方、先住フィリピン人の労働者階級に対しては優位に立つという両義的な中産階級として自己を確立していく。そうした中で、地方名望家階級はスペイン支配からの独立を目指す革命的な覚醒を経験するようになった。
 しかし、かれらの革命的展望はあくまでもスペイン支配を廃して地方名望家としての権益を拡大し、ゆくゆくはフィリピン全体の支配層に取って代わることにあり、労働者階級の支配を許すことではなかった。その意味では、かれらの革命観は、西欧的な文脈で言うところのブルジョワ革命に置かれていた。
 実際、最終的にフィリピンが独立を達した後は、この地方名望家階級が地主階級として、地方政財界から中央政財界までを掌握する支配層に着座するが、さしあたり19世紀末時点における地方名望家階級は未だ自力で革命を遂行するだけの凝集力を備えていなかった。
 そのため、西欧諸国のように、一気にブルジョワ革命に進むことはできず、初動は労働者・民衆の側からの決起に頼る必要があった。そうした事情から、フィリピンにおける独立革命は、先行して地方名望家階級と労働者階級が連携するという地点からスタートするというユニークなものとなったのである。


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