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奴隷の世界歴史(連載第42回)

2018-01-28 | 〆奴隷の世界歴史

第六章 グレコ‐ロマン奴隷制

古代ギリシャ人の奴隷観
 古代ギリシャ人は哲学論争を同時代のどの民族よりも好んだが、奴隷制の是非論もその一つであった。とはいえ、古代ギリシャの名だたる哲学者の間でも、奴隷制は圧倒的に是認されていた。最も初期の論者では、ホメロスが奴隷を戦争の不可避的な結果として正当化している。
 同じことをヘラクレイトスはさらに敷衍し、戦争は「万物の王」であって、彼(戦争)は人を奴隷にしたり自由人にしたりする権利を持つと論じた。こうした議論は、ギリシャに限らず、奴隷制の起源の一つが人狩りによる場合を含めた戦争捕虜に発していることを示唆するものである。
 しかし、奴隷制が戦争捕虜に限らず、社会的な制度として定着した時代には、もはや奴隷制をあえて哲学的な論争の主題として掲げる論者もほとんどいなくなり、ソクラテスやプラトンといった大家も奴隷制について主題的には論じていない。プラトンによれば、ギリシャ神話上の「黄金時代」には、奴隷制なくしても人々は暮らせたが、それはすでに遠い過去の原初の社会だというのである。
 プラトンが構想した哲人王による理想国家においても、奴隷制は当然の前提とされていたし、すべての市民が財産及び教育に関して平等であるべきことを初めて憲法的に説いたカルケドンのファレアスが理想とした都市国家においてすら、公共的任務に従事する公共奴隷は正当化されていた。 
 ギリシャ都市国家の衰退期に出たアリストテレスは、奴隷制について最も強力に弁護している。とりわけ人間の中には生まれながらにして奴隷として定められた者が存在しているという「生来性奴隷説」は後世の奴隷制擁護論者によっても引用され、スペインにおける奴隷論争のきっかけともなった。 
 しかし一方で、アリストテレスは、奴隷とはそれなくして市民が生活することのできない家産の最も重要な一部だとして、奴隷制を正常な社会における必需という実際的な観点からも正当化しており、「生来性奴隷説」の自然学的な説明とは齟齬する部分もある。
 このことは、古代ギリシャのポリスがそれだけ奴隷制によって支えられており、彼が強調するとおり、奴隷の存在なくしては成り立たない構制であったことの証左であろう。その点、古代ギリシャの奴隷は、資本主義社会において必需的な賃金労働者―ある見方によれば「賃金奴隷」―に照応するものであったと言えるだろう。
 他方、アリストテレスと同時代の弁論家ソフィストであったアルキダマスは「自然は誰をも奴隷にはしない」と論じて、アリストテレスとは対立的な議論を提起したが、ソフィストは危険な詭弁家と見られており、正統派の議論とはなり得なかった。
 しかし、すべての人間は等しく同じ種族に属するという原理を初めて哲学的に明確に論じたのはソフィストたちであった。ソフィストによれば、真の奴隷とは精神の奴隷であり、地位は奴隷であっても精神が自由であれば、その者は自由人である。
 このようなソフィストらしい一見詭弁的な議論はその後、ヘレニズム時代のストア派やエピクロス派の哲学にも継承されたが、「精神的奴隷」の概念は真の奴隷解放の断念を示しているとも言える。そして、ヘレニズム哲学が広く隆盛化した頃には、古代ギリシャを上回る強力な奴隷制を築いたローマの時代となっていた。


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