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人類史概略(連載第14回)

2013-10-29 | 〆人類史之概略

第7章 機械革命と資本制

封建制の崩壊・移行
 中・近世を特徴づけた封建制は、やがて中央集権制の再構築を狙う国家権力によって挑戦を受けることになる。中でも西洋封建制はいち早く崩壊していった。その中心地フランスでは16世紀末以降、絶対王政が成立する。
 このことには、またしても商業が関わっていた。中世も末期になると、西洋農村にも貨幣経済が普及し、封建領主も貨幣地代で所得を得るようになり、地主化していくが、収益力の乏しい領主は当然没落していく。さらにペストの大流行による農奴人口の減少による労働力不足も加わり、農奴は団結して解放闘争をするまでになった。
 一方で、貨幣経済の発達は商業都市の力を高めた。改めて商業の時代の到来である。封建制絶頂期には封建領主中の首席者にすぎない地位に甘んじていた国王はこうした商業都市の商人資本と結びつくことで資金力もつけ、経済的に優位に立つことに成功したのである。
 一方、マルクスが西洋以上に西洋的と評した日本の封建制は表見上維持されていたものの、近世に入ると徳川幕藩体制の下、中央集権的に脱構築されていった。
 中国では律令国家の公地公民制が崩壊した後に封建制と大地主制の中間形態的な土地制度が形成されたが、それは秦・漢以来の伝統であった皇帝中心の中央集権体制の内に組み込まれる形で清の時代まで続いていく。
 イスラーム世界でも新たな盟主となったオスマン帝国は君主スルターンへの権力集中と中央集権制の確立を強力に推進し、イスラーム世界でも発現していた封建的分裂状況を解消しようと努めた。しかし体制内在的に残存した準封建的なイクター制の系譜を引くティマール制が末期になると崩壊し、次第に地主制的な形態が現れ、分裂が進行したが、これはむしろ近代的土地私有制度の萌芽であった。
 これに対して、中南米で特徴的な大地主制型の封建制は中央集権国家の挑戦を受けることなく、その体制内に深く埋め込まれ、近現代まで引き継がれていく。これは、このタイプの封建制が所有権の観念に立脚しており、近代的所有権制度への移行の意義を持っていたことと関連しているだろう。
 いずれにせよ、封建制崩壊期ないし移行期には、農奴にせよ小作人にせよ、こうした隷民の地位と自由が相対的に上昇・拡大し、労働者化していくが、これは来たる資本主義的賃労働の時代を間接的に準備したと言えよう。


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