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EU―ファシズム防壁の危機

2019-05-30 | 時評

2019年の欧州議会選挙は、加盟各国で伸張する反移民≒反イスラーム、反EUを掲げる国家主義諸政党が欧州議会でも伸張するかどうかが焦点であった。開票結果は表面上、中道保守系と社民主義系の二大勢力がいずれも後退しつつ、辛うじて相対的な二大勢力は保持するという微妙なものであった。

焦点の国家主義諸政党の中核会派は「諸国民と自由の欧州」(ENF)と見られているところ、このグループはプラス22議席と伸張したものの、勢力としては第6位にとどまった。しかし、国家主義勢力にはもう一つ「自由と直接民主主義の欧州」(EFDD)という二番手会派が後ろに控えており、こちらもプラス13議席と伸張した。

この二つの勢力を足し合わせると112議席となり、新議会第3位の勢力である。つまり、国家主義勢力が三桁の議席を持つ第三極にのし上がったわけである。この両勢力は有権者を欺く擬態として「自由」を冠しているが、その本質は白人優越の自国第一ファースティズムであり、ファースティズムとはファシズムの現代的表象としてのネオ・ファシズムへの連絡通路である。

これらの勢力はつとに欧州議会内に一定の地歩を築いてはいたが、反ファシズムを旗印とする欧州連合でこうした勢力が決定力を持つことは従来、困難であった。欧州では、欧州連合がファシズム防壁としての役割を果たしてきたのである。

しかし、ついに国家主義勢力が第三極として台頭したことで、ファシズム防壁としての欧州連合に危険信号がともったことになる。このことは、物事を中和化する妥協をこととしてきた「中道保守主義」と「社会民主主義」という互いに相似形化した二種の「中道」勢力の限界を明瞭に示している。

「中道」に失望した有権者を惹きつけた国家主義勢力が今後いっそう伸張して欧州議会の過半数を制するようなことになれば、欧州連合の解体ないしは換骨奪胎によって、防壁は無効化される事態もあり得ることだろう。

そうなれば東西ヨーロッパにまたがる「欧州拡大ファシズム連合」という戦前ファシズムでも見られなかった悪夢となる。そこまで進むかどうかは予断不許だが、欧州旧ファシズムの打倒から来年で75年。当時を体験した世代も少なくなり、ファシズムへの免疫を持たない戦後世代が多数を占める欧州人がファシズムの免疫を再び持つには、もう一度ファシズムを体験するしかないのかもしれない。

ちなみに、アメリカにおけるファシズム防壁は合衆国憲法とその下での古典的三権分立体制であるが、これを超憲法的な統治手法で解体しようとしているのがトランプ大統領である。ここでも、憲法という防壁が侵食にさらされている。

また戦前の擬似ファシズム軍国体制を解体した戦後日本でもアメリカが手を入れた戦後憲法がファシズム防壁となってきたが、こちらも国粋主義改憲勢力の議会制覇により大きく揺らいでいることは周知のとおりである。

欧州、米国、日本とそれぞれの仕方で築いてきたはずの諸国のファシズム防壁が揺らぐ時代である。これらすべてで防壁が決壊すれば、地球全域にネオ・ファシズムが拡散するだろう。その先にはどんな世界が待っているのか、このような問いもSF文学任せにできなくなりつつある。


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