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比較:影の警察国家(連載第32回)

2021-02-20 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐1‐2:保安庁の公安警察機能

 保安庁(Security Service)は元来、20世紀初頭に設置された陸軍省(現国防省)系の諜報機関を沿革とする古い機関であり、第一次世界大戦を機に軍事諜報組織がその担当分野ごとに番号順に整理された際、防諜を担当するMI5 (Military Intelligence, Section 5)として位置づけられた。
 こうした経緯から、保安庁はMI5と通称されるようになり、第二次大戦後、これらの軍事諜報機関が統廃合された後も、対外諜報を担当する秘密諜報庁(Secret Intelligence Service:通称MI6)とともに、冷戦時代の主要な防諜機関として存続するとともに、内務大臣の管轄下に移った。
 諜報機関としての性格上、内務大臣の管轄下にありながら、内務省の機関ではないという微妙な関係にあるが、冷戦終結後は、それまでの主としてソ連を中心とした東側陣営からの防諜という本来任務の比重が落ち、代わってテロ対策が新たな任務となったことから、公安機関としての性格が強まった。
 こうした保安庁の公安警察機能は1990年代、それまで主に首都警察と北アイルランド保安隊の任務であった北アイルランド分離独立派武装組織・アイルランド共和軍(IRA)対策が保安庁の任務として明確にされたことに始まる。
 その後、21世紀に入り、9.11事件後、イギリスでも「テロとの戦い」テーゼが掲げられると、保安庁のテロ対策機能は強化され、テロ関係者と疑われる個人に関する秘密の情報収集に着手するようになったとされる。2006年には、およそ27万人分の個人情報を蓄積していたことが判明している。
 とはいえ、保安庁はあくまでも諜報機関であって、捜査機関ではないから、被疑者の拘束や尋問はできないが、活動の重点が防諜からテロ対策に遷移するにつれ、保安庁の公安警察機能が高まっており、イギリスにおける中央警察集合体の一角に加わりつつあることも、たしかである。
 その点、90年代後半には、一時、保安庁が重大犯罪の捜査に際し、犯罪捜査機関に対して電子監視や盗聴を支援する任務が与えられた。この任務が恒久化されれば、保安庁の公安警察化は一層進展したはずであるが、こうした任務は後に新設の国家犯罪庁(NCA)に移管された。
 一方、2018年には、政府が保安庁要員に対して、任務遂行に際し犯罪行為を犯すことを許可し、免責していたことが発覚し、問題となった。表の警察機関が法的に実行できない言わば裏仕事を保安庁が担っている疑惑が表面化したわけである。
 こうした裏仕事を身上とする諜報機関・保安庁のなし崩しの公安警警察化は、如上のとおり、機関の所属関係が曖昧なままであることと相まって、イギリスにおける影の警察国家化を進展させる要因となるだろう。


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