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領土(域)の共有

2022-04-07 | 時評

主権国家が最も苦手としていることがあるとすれば、それは領土の確定である。主権という排他的支配観念を保持する限り、領土は単一の国家の排他的支配領域であって、一つの領土が複数の国家に属することはあり得ない。領土はシェアできないのである。

そのことが最も明瞭な形で問題となったのが、ソ連邦解体後に旧ソ連邦領内で多発した民族紛争である。その点、ソ連体制は15の構成共和国のみならず、各共和国内の多くの少数民族にも形だけの自治共和国を与え、それらを全部まとめてソ連邦という単一の連邦主権国家に編入するという形で技術的に民族問題を「解決」していた。

一見して巧みな解決法であり、実際、ソ連邦が持続していた間は、深刻な民族紛争は抑えられていた。しかし、この「解決」は見かけだけのものであったことが、ソ連邦解体後に続々と露呈していった。「ソ連の平和(パクス・ソヴィエティカ)」は所詮、ソ連邦の事実上の支配国ロシアの覇権に組み込まれていた限りでの「平和」に過ぎなかったのだ。

目下最大の国際問題となっているロシアのウクライナ侵攻の背景にも、こうした見せかけのパクス・ソヴィエティカの崩壊が関わっている。そのことは、当初、首都キエフを落とす構えも見せていたロシアがウクライナ東部地域の占領に焦点を絞ってきた(と見られる)ことで、一層鮮明になった。

この地域は、すでに先行してロシア領に編入されたクリミアほどではないが、少数派ながらロシア系住民が比較的多く、ロシアへの帰属を求める人々も少なくないことから、分離独立運動が発生している。ロシアはこの運動を支持するという大義名分で東部の占領を目論んでいる。

対するウクライナも、主権国家として東部地域のロシア編入―実質的な領土の割譲―を容認するわけにいかないので、徹底抗戦するであろう。領土の割譲は、主権国家にとって最悪の屈辱だからである。
 
こうした領土紛争はウクライナに限らず、歴史上世界中で起きてきた戦争原因の第一位であり、特に主権国家概念が確立された近代における戦争の実質はすべて領土紛争であると言って過言でない。

こうした領土をめぐる対立を止揚する方法は、主権国家概念の揚棄をおいて他にはない。その点、筆者の年来の提唱にかかる「領域圏」という概念は、主権という排他的概念によらないので、一定の領域のシェアも可能である。

例えば、ウクライナ東部であれば、これをロシアとウクライナ双方の共有領域とすることも可能となる。その場合、いずれの法令によって統治するかという問題は残る。

その点、法的にはいずれか一方の領域圏に属しつつ、もう一方の領域圏には代議機関にオブザーバ参加し、その政策決定に一定の影響力を行使するという方法が単純明快ではあるが、この場合、法的にいずれの領域圏に属するかをめぐって紛争が生じる恐れは排除できない。

それを避けるには、いささか技巧に走るきらいはあるが、例えばロシア系住民とウクライナ系住民で別々の代議機関を持ち、前者はロシア法、後者はウクライナ法に従うといった属人的統治を行うことも不可能ではない。

このように、主権国家という西欧近代の固定観念から解き放たれることによって、新たな平和の形が見えてくるのである。これは、地球規模での恒久平和という空想を現実に変えることのできる思考上の大革命である。


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