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近代科学の政治経済史(連載第62回)

2023-05-15 | 〆近代科学の政治経済史

十二 生命科学と生命科学資本・生権力

有機体に関する科学である生物学は物理学と並び古い歴史を持つ科学であるが、20世紀以降、その発展は著しく、情報科学と並び、近年最も応用的な進歩を遂げている科学分野である。それは医薬学の発展ともリンクしつつ、経済的には生命現象そのものを人為的に操作する技術を備えた生命科学資本のような新規の資本を生み出すとともに、政治的にも生命現象をそのものを管理する生権力の可能性を高め、人間を含めた生物の存在性そのものに根源的な影響を及ぼしている。


生物学から生命科学へ

 生物学という経験的学問は、古代ギリシャはアリストテレスの『動物誌』以来の古い歴史を持つとはいえ、同書は今日的に見て多くの誤謬を含む思弁的な思考の域を出ておらず、近代的な経験科学としての生物学が成立したのは、他の近代科学分野と同様に17世紀のことである。
 中でも、オランダで発明された顕微鏡は画期的な道具となり、物理学者でもあったロバート・フックが顕微鏡を用いて細胞という生命体の最小単位を発見、さらにオランダの商人かつ生物学者でもあったアントニ・ファン・レーウェンフックが微生物を発見したことは近代生物学の本格的な幕開けとなった。
 顕微鏡により従来は肉眼でマクロな形態しか把握できなかった生命体について、肉眼では捉え切れない微生物や一般生物の細胞などの微視的な生命現象を捉えることができるようになったことは、近代生物学の発展を強く促した。
 19世紀後半には、マクロな分野でもダーウィンの進化論が台頭し、宗教的に大きな反駁を呼びつつも、通説として定着していった。一方、ミクロな分野では画期的なメンデルの遺伝学が誕生したが、この両者は遺伝的進化の理論として結合していく。
 20世紀以降には、電子顕微鏡の発明により、生命現象に対する微視的解明はさらに精緻を極めるようになり、分子生物学のような超ミクロな生物学も発展する。これは遺伝学とも結びついて、分子遺伝学の発達、ひいてはゲノム解読にも至る。
 このようにして、当初は生物の素朴な観察に始まった生物学は、次第に生命現象そのものを微視的に解明する生命科学へと発展を遂げていった。それに伴い、生命現象を人工的に操作するような政治経済的に利用価値の高い技術も誕生し、人間存在、ひいては生物界全体にも不穏な影響を及ぼしつつある。

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